第27話 遺跡の試練part2
翌日は休息に当てた。
食事を取り、眠り、庭の日陰でゴーレムの動きを思い返す。
攻撃には一定の傾向があった。
遠くでは、突進か魔力弾。
近くでは、拳と踏みつけ。
一つをかわしても、もう片方の腕が動く。空中へ逃げれば、次の攻撃に対応できない。
*なら、足を床につけたまま、背後へ回るのはどうだろう。*
胸の中央に核があるなら、背中から《衝撃》を通せるかもしれない。
ただし、その前に結界を崩す必要がある。
レオンは記録帳へ、攻撃の順序と避ける方向を書き込んだ。
そこへ、ガルドが通りかかった。
「今日は静かにしとるんじゃな」
「マーヤに休めって言われたからね」
「それはよいことじゃ」
ガルドは庭の柵にもたれ、レオンの記録帳を覗いた。
「ねえ、ガルド。自分より、ずっと大きくて速い敵に遭ったらどうする?」
「大きくて速い敵か。そうじゃのう。わしは狩人じゃから、まず考えることは一つだな」
「というと?」
「罠を張って、獲物が来るのを待つ」
レオンはペンを止めた。
「なるほど」
「自分より強い相手に、真正面から向かっても勝てん。足を止めるか、狭い場所に追い込むか。こちらが戦いやすい状況を作るんじゃ」
*罠か……。*
あの広間には、木も茂みもない。
地面を掘るわけにもいかなかった。
だが、剣は持ち込めた。
ほかの道具も使えるのではないか。
レオンは記録帳の余白へ、思いついたものを書き始めた。
◇
翌朝、五度目の試練に挑んだ。
レオンは、ガルドから借りた弓と、いくつかの狩猟用具を持参していた。
試練が始まると、剣と同じように、道具もアストラルボディの手元へ再現された。
*よし。持ち込める。*
ゴーレムの目が光る。
巨体が動き出したところへ、レオンは矢を放った。
矢は胸へ当たり、乾いた音を立てて落ちた。
かすり傷もない。
ゴーレムは防ごうとすらしなかった。
*まあ、そうだよな……。*
レオンは弓を脇へ置き、身体能力強化で突進をかわした。
次は、白い霧を出す小さな玉だった。
狩りで獲物の視界を遮るために使うもので、火をつけると、内部の水と薬剤が反応して霧を噴き出す。
レオンは《発火》で起動させ、周囲へ投げた。
白い霧が床を這い、徐々に広がる。
ゴーレムの脚が見えなくなり、やがて胴体も霞んだ。
*これなら、見えないだろう。*
そう思った瞬間、霧の向こうから拳が伸びた。
レオンは慌てて身を引く。
続く魔力弾が、立っていた場所を正確に通り抜けた。
*見えてるのか?*
霧の中でも、ゴーレムは迷わずこちらへ向かってくる。
顔には目のような光が二つある。
しかし、よく考えると人間と同じように目で周囲を見ているとは限らなかった。
*魔力を感じているのかもしれない。赤外線センサーみたいなものも、あり得るか……。まあ、この世界に赤外線センサーがあるかどうかわからないけど*
どちらにしても、自分の視界だけが悪くなっている。
*これは失敗だ。*
レオンは霧の薄い場所へ走った。
ゴーレムが追ってくる。
壁へ近づき、横へ切り返す。巨体が向きを変える間に、最後の道具を取り出した。
ガルドから借りた、狩猟用の爆裂玉だ。
《発火》で導火線へ火をつけ、ゴーレムへ投げる。
レオンは身体能力強化を使い、すぐに距離を取った。
爆音が広間に響いた。
ゴーレムの顔付近が、炎と煙に包まれる。
*さすがに、これは効いただろ*
煙が晴れる前に、巨体が突き抜けてきた。
装甲に煤がついているだけで、動きは変わらない。
*まじか、イノシシなら十体は殺せるやつだぞ……。*
そこで、ソフィアの言葉を思い出した。
火や水の術では、ほとんど傷をつけられない。
結界を崩し、内部へ雷や衝撃を通す必要がある。
*爆発なら違うかと思ったけど、表面で弾かれたら同じか。*
用意した道具は、底をついた。
「……仕方ない。直接やるしかないな」
◇
レオンは攻撃をかわし、ゴーレムの側面から背後へ回った。
*ここなら――*
次の瞬間、上半身だけが半回転した。
右腕が迫る。
*そんなのあり!?*
思考加速で動きを捉え、身体能力強化で後ろへ退いた。
拳が目の前を通り過ぎる。
間合いが離れると、ゴーレムは右手を向けた。
掌へ、白い光が集まる。
*魔力弾。放つまでに、少し時間がある。*
レオンは床を蹴った。
右腕の外側へ飛び込み、胸を覆う結界へ掌を当てる。
「《衝撃》!」
鈍い音が響いた。
だが、結界は破れない。
魔力を集中する時間が短すぎた。
ゴーレムの腕が向きを変える。
白い光が、視界を埋めた。
◇
入口へ戻ったレオンは、しばらく動かなかった。
負けた。
道具も、ほとんど役に立たなかった。
それでも、初めて狙った場所へ攻撃を当てられた。
*進歩はしている。*
ゴーレムが右手へ力を集めている間なら、胸へ近づける。
問題は、《衝撃》の準備だった。
間合いに入ってから魔力を集め始めるのでは、遅い。
リシアに教わった練習を思い出す。
出す前に止める。
魔力を一点へ集め、その状態を保つ。
*先に掌へ溜めておけばいい。*
維持している間も魔力は減る。
だが、不十分な一撃を何度も放つよりはよい。
レオンは試練を一度中断し、水を飲んだ。
呼吸が落ち着くのを待ちながら、掌を見つめる。
今日の挑戦は、あと一度。
そこで終える。
◇
六度目の試練が始まった。
ゴーレムが突進する。
レオンは早めに横へ動いた。
巨体が止まり、右手がこちらを向く。
掌に、白い光が集まる。
レオンも右手へ魔力を集めた。
まだ、放たない。
*思考加速。*
ゴーレムの掌の向きが定まる。
その射線を外しながら、身体能力強化で踏み込んだ。
右腕の外側を通り、胸へ近づく。
足は床につけたまま。
跳ばない。
伸びてくる左手より先に、掌を押し当てる。
「《衝撃》!」
結界の一点が、大きく歪んだ。
細いひびが走る。
レオンは結果を見届ける前に、横へ抜けた。
背後で拳が床を砕く。
*傷が入った!*
ゴーレムが上半身を回す。
レオンは深追いせず、いったん距離を取った。
魔力弾の構え。
同じ動きだ。
右手へ魔力を溜める。
射線を外す。
腕の外側から入り、先ほどと同じ場所を打つ。
二撃目で、結界の一部が砕けた。
その奥の装甲にも、亀裂が入る。
左腕が迫った。
レオンは身体を低くしてくぐり抜けた。肩をかすめた風圧だけで、姿勢が崩れそうになる。
*あと、どれくらい持つ?*
世界の声の数字はない。
それでも、術を使ったあとの重さで、残りが少ないことは分かった。
長引かせる余裕はない。
三度目。
《衝撃》が、装甲の亀裂へ入った。
破片が落ちる。
胸の奥に、白く光る核が見えた。
「あれだ!」
だが、近づいたままでは殴られる。
レオンは退いた。
ゴーレムが追う。
その足を左右の切り返しでかわし、もう一度、魔力弾を構える距離へ離れた。
右手が上がる。
今度は、思考加速を使う余裕がほとんどない。
*分かっている動きだ。自分で見ろ。*
掌へ、残った魔力を集める。
放たれる光を斜め前へかわし、そのまま腕の下へ入った。
胸の穴。
奥で光る核。
レオンは掌を向け、短く魔力の通り道を伸ばした。
「《衝撃》!」
乾いた音が、ゴーレムの内部で響いた。
核にひびが入る。
次の瞬間、光が砕けた。
ゴーレムの腕が止まる。
大きな身体が傾き、片膝をついた。
床が震えた。
レオンは、その場へ座り込んだ。
「……やった」
ゴーレムの輪郭が、光の粒へ変わっていく。
粒は広間をゆっくり漂い、やがて消えた。
◇
気づくと、レオンは入口の台座に戻っていた。
本来の身体へ感覚が重なる。
胸も脇腹も痛まない。
ただ、全身が鉛のように重かった。
『試練の突破を確認しました』
世界の声が響いた。
『《ホーリー・ブラスト》を解放できます』
レオンは顔を上げた。
「どんな魔法?」
『神聖属性を持つ魔力を凝縮し、前方へ放つ術です。衝撃による打撃に加え、神聖属性に弱い魔族へ高い効果を発揮します』
「ゴーレムが、右手から撃っていたやつ?」
『はい。試練の対象は、同系統の術を使用しています』
レオンは、何度も吹き飛ばされた瞬間を思い出した。
あの威力を、自分でも出せるのだろうか。
『威力は使用者の魔力量と制御精度に左右されます。解放しただけで、試練の対象と同じ出力を得られるわけではありません』
「先に言われた……」
『また、現時点では解放に必要な魔力が不足しています。回復後の実行を推奨します』
「うん。そうしよう」
立ち上がろうとして、膝へ手をつく。
今日はもう、新しい術を試すどころではなかった。
◇
翌朝、十分に休んだレオンは、遺跡で《ホーリー・ブラスト》を解放した。
掌へ魔力を集めると、白い光が生まれた。
《光の矢》とも、《衝撃》とも違う。
形を保とうとするだけで、予想以上に魔力を使った。
レオンは遺跡から少し離れた、岩の多い場所へ移動した。
人や動物がいないことを確かめ、背後に岩壁のある大岩を標的に選ぶ。
高さは三メートルほどだった。
掌を向け、集めた魔力を放つ。
「《ホーリー・ブラスト》!」
白い塊が岩へぶつかった。
轟音とともに、中央が砕ける。
石片が周囲へ飛び散り、薄い土煙が上がった。
レオンは目を丸くした。
「凄い!なんという威力だ」
昨日までは、逃げるしかなかった術だ。
それが今、自分の手から放たれた。
信じられず、掌と岩を交互に見る。
「もう一度だけ」
今度は、魔力を集める時間を延ばした。
掌の光が濃くなる。
腕が震え始める。レオンは全力で放った。
白い光が岩を貫通し、背後の岩壁へぶつかった。
崩れる音が、何度も重なる。
土煙が晴れると、大岩には二メートル近い穴が開いていた。
「……すごいな」
言葉が、それ以上出てこなかった。
だが、驚いていられたのは短い間だった。
急に身体が重くなる。
膝が折れ、レオンは片手を地面についた。
『訓練の中断を推奨します』
「分かってる。今日は、ここまで」
威力は凄いが、そのぶん、消費も大きい。
*二発撃っただけで、これほど疲れる術を、実戦で何度も使うわけにはいかないな*
◇
村へ帰る頃には、足取りが怪しくなっていた。
玄関で待っていたマーヤが、腕を組む。
「今日も訓練?」
「新しい魔法を覚えたから、少しだけ」
「その『少し』を、誰かに決めてもらった方がよさそうね」
レオンは返す言葉がなかった。
試練のゴーレムには勝てた。
だが、母の前では、相変わらず勝ち目がない。
大人しく家へ入り、食卓の椅子へ座る。
マーヤが置いた皿には、厚く切ったパンと、肉の煮込みが山盛りになっていた。
「食べたら、今日はもう休みなさい」
「はい」
今度は、素直に従った。
◇
翌日は、訓練をせずに遺跡へ向かった。
ここ数日、試練に夢中になって、聞きたかったことを後回しにしていた。
レオンは中央の石の前へ腰を下ろした。
「世界の声。百年前の戦争について教えてほしい」
『第三次魔導大戦についてですね』
「うん。それと、勇者について」
風が崩れた石壁を通り抜けた。
『第三次魔導大戦では、魔王の復活を目指す魔族が各地へ侵攻しました。人間の諸国とエルフが協力して抵抗しましたが、戦いは長期化しました』
レオンも、大まかな話は知っていた。
ダレンから聞き、王都でも歴史の本を読んだ。
勇者が魔王を討ち、戦争を終わらせた。
村では、そう語られていた。
しかし、ノルムは魔王の肉体が残っていると言っていた。
「勇者が魔王を倒したんだよね?」
『記録では、勇者はエルフとともに魔王の拠点へ入り、復活を阻止したとされています。その後、魔族の軍は統率を失い、戦争は終結へ向かいました』
「復活を阻止……。消滅させたわけではないの?」
『記録では魔王の復活が阻止されたとなっています。それ以上の詳細な情報は参照できません』
レオンは膝の上で手を組んだ。
人間が知っている話と、魔族が語る話。
どちらも、すべてではないのかもしれない。
「勇者は、どんな人だった?」
『人間です。魔力の流れを読む力に優れ、エルフと協力して戦いました』
ザルクが、この遺跡で自分へ向けた目を思い出す。
百年前の勇者。
あの魔族も、似た力を知っていた。
「名前は?」
『現在参照できる記録には、名前が残っていません』
「英雄なのに?」
『記録の一部は失われています。また、参照できない記録もあります』
レオンは唇を結んだ。
世界の声も、すべてを知っているわけではない。
知っていても、伝えられないことがある。
その違いが、こちらには分からなかった。
「この遺跡へ来ていたことは、前に聞いたよね。勇者は、どこから来た人なの?」
『この地方の出身です』
「……この地方?」
思わず周囲を見回した。
丘と森に囲まれた、アルネ村近くの遺跡。
大陸中で語られる勇者が、この辺りで育ったとは知らなかった。
『勇者はエルフとともに、この遺跡の地下設備を整備し、拠点として使用しています』
「じゃあ、地下もエルフが造ったの?」
『いいえ。遺跡そのものは、第三次魔導大戦よりはるか昔から存在します。勇者たちは、残されていた施設の一部を使えるようにしました』
レオンは地下への扉を見た。
自分が入った広間も、もっと古い時代から存在しているのだ。
あのゴーレムの試練は、誰のために作られたのだろう。
「最初に造ったのは誰?」
『確認できません』
「あなたがここにいるのは、勇者が残したから?」
『その問いに、明確な答えを示すことはできません』
レオンはため息をついた。
「勇者も、あなたの声を聞いた?」
『はい。勇者が世界の声と会話した記録があります』
ライゼンの話と一致する。
「俺と同じ、接続者だったってこと?」
『はい』
「世界の声。あなたは、そもそも何なんだ?」
『この遺跡に残された機能の一部です』
初めてここへ来たときと、変わらない答えだった。
「勇者とは、どういう関係がある?」
『勇者が私の機能を利用した記録はあります。それ以上の関係は、現在の情報では定義できません』
「俺を、勇者の代わりにするつもり?」
『そのような目的は確認できません』
レオンは石畳を見下ろした。
答えを聞くたびに、少しずつ進展はあるが、いちばん知りたいところへは、まだ届かなかった。
ただ、勇者もここへ来ていた。
同じ石に触れ、同じ声へ問いかけたのかもしれない。
「……ありがとう。今日は、これで帰るよ」
『承知しました』
「次に来るときは、名前が分かっていると嬉しい」
『新たな記録を参照できた場合は、お伝えします』
レオンは立ち上がった。
地下で得た魔法より、その返事の方が、しばらく耳に残った。
◇
帰省の休暇は、終わりに近づいていた。
レオンは王都へ提出する、西の地方の調査記録を整理した。
森の見回り。村人から聞いた魔物の目撃情報。現地で確かめた足跡や爪痕。
東の渓谷で感じたような、強い魔力の集積は見つからなかった。
アルネ村も平穏だった。
そのことを報告書へ書けるのが、何より嬉しかった。
出発の日、マーヤは食べ物を包んだ袋を渡してくれた。
「帰り道で食べて」
「こんなに?」
「毎日、二人分食べる人がいたから」
レオンは言い返せなかった。
ダレンは村の入口まで見送りに来た。
「仕事はきちんとやれ。ただ、帰る場所があることも忘れるな」
「うん。また帰ってくる」
セラは、もらった魔導書を持っていた。
「桶、少しだけ浮いたわよ」
「もう?」
「でも、すぐ落ちた。次に帰ってくるまでには、運べるようにしておくわ」
「楽しみにしてる」
ガルドは、返した弓を肩へ掛けている。
「道具は、役に立ったか?」
「相手が頑丈すぎて、全然」
「そうか」
ガルドは笑った。
「なら、効かんことが分かっただけでも、使った甲斐はあったな」
レオンは頷いた。
皆へ手を振り、王都へ続く道を歩き出す。
丘の向こうに、古代遺跡の柱が少しだけ見えた。
◇
王都へ戻ったのは、それから数日後だった。
第三支部へ調査結果を提出し、レオンはようやく一息つけると思った。
荷物には、故郷から持ってきた菓子がある。
ジェイクと分けて食べるつもりだった。
ところが、廊下でアッカマンに呼び止められた。
「レオン。報告を出したら、会議室へ来てくれ」
「何かありましたか?」
「新しい任務だ。お前にも入ってもらう」
「今、帰ってきたところですが」
「分かってる。俺も今、聞かされた」
いつもの大きな笑い声はなかった。
レオンは、手に持っていた菓子の袋を見た。
開ける前に、次の仕事が決まってしまったらしい。
「ジェイクにも声をかけますか?」
「ああ。ただし、先にエドガーがお前と話したいそうだ」
レオンは顔を上げた。
東の城で飛び去った、ノルムの分身が頭をよぎる。
「どんな任務ですか?」
アッカマンは、会議室の扉へ視線を向けた。
「中で聞こう。エドガーとハロルドから、直接説明がある」
レオンは菓子を机へ置き、会議室へ向かった。




