第24話 大戦の魔導兵器
エドガーが城門へ手を向けた。
掌の前に光が集まり、太い矢となって放たれる。模擬戦でマディスが使っていた《光の矢》に似ているが、威力は桁違いだった。
轟音とともに門が砕け、人が数人並んで通れるほどの穴が開いた。
その向こうから、魔物が一斉に飛び出してくる。
武装した魔族、鎧を着たオーク。剣や槍を持つスケルトン。その後ろには、魔鉱石をはめ込んだ杖を構える魔法使いの魔族もいた。
どれも街道で遭遇した魔物とは違う。装備が整い、互いを守るように隊列を組んでいる。中庭の奥からも、次々に足音が近づいてきた。
「数が多い!」
レオンが剣を抜く。
「後ろにいろ」
ラグナは短く告げ、剣を振った。
《風刃剣》の斬撃が先頭の一団を薙ぎ倒す。その脇をヤンデンが駆け抜け、盾を構えた魔物ごと拳で打ち飛ばした。
振り向きざまの蹴りが、別の魔物の鎧をへこませる。
押し寄せる群れに、二人が道を切り開いていく。
その間をすり抜けた一体が、レオンへ向かってきた。
防壁を張ろうと手を上げた瞬間、頭上から光が落ちる。
魔物は一瞬で灰になった。
「……助かりました」
見上げると、ソフィアが地上から五メートルほどの高さに浮いていた。白いローブの裾が風に揺れている。
「それは何の魔法?ですか?」
『飛行魔法です』
答えたのは世界の声だった。
ソフィアがこちらを向いた。
「何か言った?」
「いえ。飛べるのがすごいな、と」
「足元を気にせず狙えるからね」
彼女はそう答え、次の魔物へ杖を向けた。
細い光が走る。
また一体、姿が消えた。石畳に散った灰だけが、風に流されていく。
同じ《光の矢》なのだろうか。レオンが使うものとは、結果がまるで違った。魔物は文字どおり灰となり、原形をとどめていない。
*ラグナとヤンデンの二人をすり抜けた方が、ひどい目に遭ってるな……。*
ほんの少しだけ、魔物が気の毒になった。
◇
戦いは中庭から城内へ移った。
ラグナとヤンデンが前を切り開き、ソフィアが取りこぼした敵を倒す。エドガーは進路と後方を確かめながら、一行を奥へ導いた。
倒した魔物は、すでに百体近い。
レオンは一度も剣を振っていなかった。
*暇だ…、出番がないのは、ありがたいんだけど……。*
目の前の敵は、探知して報告するより先に倒される。
それなら、まだ誰も見ていない場所を調べるべきだ。
レオンは城の奥へ意識を向けた。
*世界の声。壁の向こうの魔力を調べられる?*
『承知しました。ただし、壁と残存する結界の影響により、位置と数には誤差が生じます』
視界に、いくつもの反応が浮かぶ。
【城内:強い魔力反応、複数】
【最大推定値:約6000】
【遮蔽された領域:測定困難】
六千。
十分に強い相手だ。しかし、ソフィアの魔力量は二万だった。
*数字だけで決めちゃいけないけど、この人たちとなら生きて帰れそうだ。*
レオンは少しだけ肩の力を抜いた。
「奥に強い反応が複数あります。測れる範囲では、一番大きいもので六千ほどです。ただ、調べられない場所もあります」
「分かった。変化があれば、すぐ知らせてくれ」
エドガーは足を速めた。
◇
城の主、ノルムは、次々に消えていく配下の魔力を感じていた。
黒い二本の角。その下の細長い顔には、眉間から頬へ黒い紋様が走っている。青白い光を帯びた鎧の背からは、大きな翼が伸びていた。
ノルムは肘掛けを握り、扉へ目を向けた。
*あの結界を、これほどあっさり解くとは。*
人間の魔法使いにできることだろうか。
エルフが手を貸しているのかもしれない。だが、第三次魔導大戦のあと、エルフの多くはクォリノストへ引き上げたはずだ。
一人の顔が、記憶に浮かぶ。
*まさか、星辰のローレシア……?*
すぐに、その考えを打ち消した。
*あれは魔導大戦で死んだと聞いた。あり得ん。*
扉が勢いよく開き、下級魔族が駆け込んできた。
「ノルム様! 城門が破られ、人間たちが侵入しました!」
「分かっている。敵は何人だ?」
「確認できたのは、五人です」
「五人?」
ノルムの指が、肘掛けから離れた。
あれだけの兵を、わずか五人で倒している。
「その中に女の魔導士はいるか。青い髪と、青い目をした女だ」
「はい。おります。その魔導士の攻撃を受けた兵は、一瞬で灰に……」
ノルムは立ち上がった。
*特徴は合っている。だが、本当にあの女なら……。*
「どうなさいますか?」
「私が確かめる。例のものを準備しておけ」
配下が顔を上げた。
「ついに使われるのですね」
「魔力の充填は終わっている。残るのは動作の確認だけだ」
ノルムは扉へ歩き出した。
「試運転には、ちょうどよい相手だろう」
◇
城の奥へ進むにつれ、魔物の抵抗は途絶えた。
一行が大広間の扉を開くと、高い窓を背に、翼を持つ魔族が立っていた。
淡く光る鎧。黒い角。細い身体に似合わない、重い魔力。
レオンの視界に数字が浮かぶ。
【対象の魔力量:約6000】
*こいつが、ガーゴイルの主か。*
「結界を破ったのは、お前たちか」
「そうだ」
エドガーが一歩進む。
「王都調査局のエドガー・リース。魔物の活動が増えた理由を調べに来た」
魔族は答えず、片手を上げた。
床から黒い棘が伸びる。
「散れ!」
エドガーの声と同時に、ヤンデンが跳んだ。ラグナの風刃が棘を断ち、二人が左右から魔族へ迫る。
ヤンデンの拳を、魔族が腕で受けた。
足元の石床が砕ける。
続くラグナの剣が鎧を裂いたが、魔族は黒い魔力を刃に変え、その追撃を押し返した。
これまでの敵とは違った。
二人を相手にしても、簡単には崩れない。
ソフィアは天井近くへ浮かび、杖に光を集めた。ただ、三人が激しく位置を変えるため、すぐには撃てない。
「百年前の戦争のあと、ここへ来たのか」
エドガーが問いかける。
魔族はラグナの剣をかわし、笑った。
「人間どもが勝利に酔っている間に、この渓谷へ城を築いた。結界で隠し、長い時間をかけて力を蓄えたのだ」
「何のために?」
答えはなかった。
魔族の目が、エドガーへ向く。
【次の動作:前方への突進】
【確度:高】
「エドガーさん!」
レオンの警告とほぼ同時に、魔族が床を蹴った。
黒い刃が、エドガーの喉元へ伸びる。
*危ない!*
その瞬間、レオンの視界で数字が跳ね上がった。
【対象:エドガー・リース】
【魔力量:987 → 13000】
抑えられていた魔力が、剣へ流れ込む。
エドガーは半歩だけ身をずらし、刃を振った。
魔族の黒い刃が砕ける。
続く一太刀が鎧を深く裂き、魔族を広間の端まで吹き飛ばした。
柱にぶつかった身体が、床へ落ちる。
「ぐっ……これほどとは……」
魔族は立ち上がろうとしたが、腕に力が入らず、膝をついた。
レオンは息をのんだ。
九百八十七は、エドガーが抑えていた魔力にすぎなかったのだ。
*数字が見えるようになっただけで、分かった気になってたな……。*
◇
エドガーは剣を向けたまま、魔族へ近づいた。
「観念しろ。なぜ魔力を蓄え、結界で隠していた?」
「フッ…、フフフフ、ハハ!それで勝ったつもりか?」
魔族は血のにじむ口元を拭い、ゆっくり周囲を見渡した。
天井近くにいるソフィアへ、視線が止まる。
青い髪に、青い目。魔力も抑えているようだった。
しかし、耳は人間と変わらない。
*エルフではない。やはり、私の勘違いか……。*
魔族は顔をエドガーへ戻した。
「いいだろう。少しは答えてやる」
背を柱に預け、息を整える。
「百年前、魔王を失った我々の多くはテネブラエへ戻った。だが、人間界に残った者もいた。我々のようにな」
*世界の声。テネブラエって何?*
『闇を意味する言葉です。一般には、魔族や悪魔が生息する界層を指します』
*魔界みたいなものか。*
『はい。その理解で良いと』
エドガーが問いを重ねた。
「なぜ残った?」
魔族の口元が一瞬歪み、それからにやりと笑った。
「魔王の肉体は、まだ人間界にある」
広間が静まった。
「……本当か?」
「我々は待っているのだ。魔王が力を取り戻す日を。そのために、力を蓄えながらな」
「百年前、魔王の復活は阻止されたはずだ」
「それは人間の勝手な解釈だ」
エドガーは魔族を見据えた。
「その話は、拘束してから詳しく聞こう」
「はははは、これだから人間ってやつは。目の前のことしか見えないようだ」
魔族が低く笑う。
そのとき、床が揺れた。
魔族の足元に刻まれた線が光り、大広間の中央がゆっくり開いていく。
*世界の声、何が始まる?*
『地下の遮蔽が解除されつつあります。これまで観測していた魔力の集積源である可能性が高いと推測されます』
「地下から、強い魔力が出てきます!」
「入口へ集まれ!」
エドガーが指示を出す。
五人が扉の近くへ退くと、魔族は翼を広げ、開いた床の上へ舞い上がった。
地下から、大きな塊がせり上がってくる。
人の形をしていた。
だが、頭が床の高さを越えても、まだ肩が見えない。
やがて全身が現れたとき、その高さは十メートルを超えていた。茶色い装甲は白い光沢を帯び、肩や胸には金属の継ぎ目が走っている。
「ゴーレムね」
ソフィアが言った。
*ゴーレムというより、巨大なロボットだ……。*
「古い魔導兵器だわ。魔導大戦で使われたものかもしれない」
エドガーが見上げる。
「弱点は?」
「表面に対魔法結界が張られている。火や水の術では、ほとんど傷をつけられないわ。物理攻撃を合わせて結界を崩し、内部へ雷か衝撃を通すのがよいと思う」
「分かった。ラグナ、ヤンデン、動きを抑えてくれ。俺が結界を破る。ソフィアは援護を頼む」
三人が頷いた。
ゴーレムの目に光がともる。
腹の奥から響くような低い音が、広間を震わせた。
【対象:ゴーレム】
【魔力量:17500】
*一万七千五百……。*
ソフィアより低い。
しかし、その巨体と装甲を見ていると、数字だけでは安心できなかった。
【対象:ゴーレム】
【口部へ魔力集中】
【確度:高】
「口に魔力が集まっています! 撃ってきます!」
ゴーレムの口が開いた。
五人が散る。
直後、白い奔流が広間を横切った。
後方の壁を突き抜け、向こうにある建物まで巻き込んでいく。遅れて轟音が響き、崩れた石が床へ降り注いだ。
*あれを防壁で受けるのは無理だ。絶対に避けないと。*
レオンは扉の脇へ身を寄せ、魔力の動きに集中した。
◇
ラグナとヤンデンが、左右からゴーレムへ迫る。
拳と剣が、装甲を打った。
硬い音が響く。
「硬えな、こりゃ!」
ヤンデンが腕を引く。
ゴーレムは両腕を広げ、二人を払いのけようとした。
その正面へ、光の矢が衝突する。
ソフィアの一撃だった。
巨体が二、三歩後退する。しかし、すぐに姿勢を立て直し、右手を彼女へ向けた。
「右手から来ます!」
レオンが叫ぶ。
放たれた魔力を、ソフィアは上昇してかわした。彼女のいた場所を光が抜け、高い窓が砕け散る。
上空では、ノルムが戦いを見下ろしていた。
*魔導大戦の兵器だぞ。今の弱体化した人間に、どうにかできるものか。*
渓谷の地下で見つけたときは、動く状態ではなかった。
修理に何十年もかかった。魔力の充填にも、城の配下を総動員した。
ようやく蘇った兵器が、侵入者を押し返している。
ノルムの口元に、笑みが戻った。
◇
ソフィアは攻撃をかわしながら、ゴーレムを覆う結界を観察していた。
身体の形に沿って、魔力が均等に流れている。関節が動けば、結界もその動きに合わせて変わった。
*丁寧に作られているわね。どの角度にも、ほとんど隙がない。*
正面から破るには、相応の出力が必要だ。
だが、エドガーの剣なら傷をつけられる。一度崩れれば、そこから内部へ術を通せるはずだった。
下では、ラグナとヤンデンが攻撃を続けている。
ゴーレムの動きは抑えていたが、徐々に押し戻されていた。
*少し、手伝うか。*
ソフィアの周囲に、いくつもの魔法陣が浮かぶ。
それを見たノルムが、眉をひそめた。
*何をする気だ?*
次の瞬間、無数の光の矢が放たれた。
レオンは目を見開く。
マディスが試験で使っていた術に似ている。しかし、一本一本の太さも速さも、比べものにならなかった。
光が次々に装甲を打ち、ゴーレムの足が止まる。
全身の結界が明るさを増した。
防御へ魔力を回したのだ。
「今だ!」
ラグナが脚へ斬りつけ、ヤンデンが反対側の膝を打つ。
ゴーレムが二人へ腕を伸ばした。
その胸が、無防備になる。
「エドガー!」
「出番だな」
エドガーの剣へ、魔力が集まった。
床を蹴り、一気に間合いへ入る。
「《アストラル・ホーリー・スラスト》!」
光をまとった剣が、ゴーレムの胸を突いた。
結界にひびが走る。
一瞬の抵抗のあと、正面の一部が砕けた。
剣が装甲を貫く。
巨体が後退し、背後の壁へぶつかった。壁一面にひびが広がり、石片が落ちる。
胸には大きな穴が開いていた。
その奥で、動力部らしい球体が、脈を打つように光っている。
それでも、ゴーレムは腕を上げようとした。
ソフィアが杖を振り下ろす。
「《サンダーストーム》」
雷光が、開いた胸へ降り注いだ。
耳をつんざく音が響き、内部の光が激しく明滅する。
やがて、目の光が消えた。
持ち上がりかけた腕が落ち、ゴーレムは壁にもたれたまま動かなくなった。
エドガーが剣を引き、一息つく。
「……止まったか」
レオンも、ようやく息を吐いた。
◇
ノルムは、沈黙したゴーレムを見下ろしていた。
*あり得ん。あれだけの魔力を注いだ兵器を……。*
逃げなければならない。
だが、扉の近くには人間たちがいる。飛び出せば、あの魔導士に撃ち抜かれるだろう。
視線を動かした先に、レオンがいた。
ほかの四人より、明らかに弱い。
*あの少年なら……。*
ノルムは床へ降りた。
翼をたたみ、両手を上げる。
「待て。降参する」
エドガーが剣を向けた。
「動くな」
「知っていることは話す。城も、蓄えた魔力も渡す。命だけは助けてくれ」
声を震わせ、膝をつく。
エドガーは距離を保ったまま問いかけた。
「なら、お前たちの魔王はどこにいる?」
「それは……」
ノルムの目が、エドガーの肩越しに動いた。
レオンを捉える。
視界に警告が浮かんだ。
【対象:ノルム】
【魔力を収束中】
【発動位置:足元付近】
「罠です!」
レオンは防壁を張った。
同時に、すぐ近くの床から黒い魔力の槍が現れる。
*下から――!*
槍はまっすぐ、レオンへ向かった。
防壁とぶつかり、一瞬だけ止まる。
次の瞬間、透明な壁が砕けた。
レオンは反射的に両腕を交差させた。
衝撃が全身を貫く。
足が床から離れ、身体が宙へ投げ出された。
遠くで、誰かが自分の名前を叫んでいる。
その声さえ、急に引き伸ばされたように聞こえた。
*あれ……?*
視界が暗くなる。
石の破片も、振り向く仲間たちも、ゆっくり動いていた。
レオンは、時間そのものが遅くなったように感じていた。




