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第22話 レオンの目

レオンが第三支部の事務所に戻った時まだ明かりはついていた。アッカマンの部屋の明かりもついている。レオンはノックした。


「レオンです」


「入れ」


部屋に入るとハロルドもいた。何やら話し込んでいたようだ。


「こんな遅くにどうした?ボーナスの金額ならもうフィードバックしただろ。がっはっは!」


「お話中途は知らず、失礼しました」


「いいよ。雑談していただけだ」


「俺は、席をはずそうか?」


とハロルドが言った。


「いや、ハロルド隊長にもお知らせしたい内容です」


「なんだ、俺もか?いいよ。聞くぜ」


「東の方で強力な魔力が集まりつつあるようです。数日前から動きがあるようです」


ハロルドとアッカマンの顔つきが変わった。


「お前、どこでその話を聞いた?」


とアッカマンが訊ねた。


レオンは少し考えたが


「俺の能力でわかるんです。昔故郷のアルネ村を襲った魔族の気配を事前に察知しました。正確な数はわかりませんが、強さはわかります。かなり強いと思います」


ハロルドとアッカマンはお互い顔を見合わせてた。


「実はな、今、ハロルドから同じ話を聞いたところだったんだ」


アッカマンが言った。


「ハロルド、話していいよな?」


「わかった。レオンこの話はほかの誰かにしたか?」


「いえ、今話したのが初めてです」


「よし。この話は極秘だ。許可がでるまで他の誰にも話すな。同じ部隊のやつも、先輩にもだ」


「わかりました」


「二日ほど前、大陸東部で魔力が集まっていることが調査隊によって報告された。観測された魔力の大きさが正しければ中級魔族以上だ。しかも複数ある。中級魔族が人間の領域に現れることは非常にまれだ。第三支部と第二支部で早急に原因を調べるように指示が出ている」


「今、アッカマンと話をしていたのは調査メンバーを選ぶためだった」


「しかし、レオン、魔力の集まりを感じたと言ったが、調査隊が報告した魔力は五百キロメートル近く離れた場所だ。どうやってこの場所から魔力がわかったんだ?」


アッカマンが聞く。


レオンは答えに困った。


「正直なところわかりません。なぜ俺にこんな能力があるのか。なぜわかるのか自分にもわからないのです」


「エドガーさんがレオンを知っていたことと関係あるのかもな」


ハロルドが言った。


「エドガーさんが?」


アッカマンが聞く。


「エドガーさんはレオンのことを知っていた。試験の後に話をしたときな。西の小さな村出身の新人に面白いのがいるってな」


「エドガーさんは俺の故郷を救ってくれました。二年前アルネ村が魔族に襲われたときに調査隊としてきてくれたのです。その時に一緒に魔族と戦いました」


「二年前か、魔族の動きが活発になり始めたころだな。確かにエドガーさんは当時第三支部長として、西側を中心に調べていた」


「ふむ。しかし、話が見えんな。それとレオンの能力とどうつながるんだ?」


アッカマンが言う。


レオンもどう答えて良いかわからなかった。


「レオン、明日朝一で会議がある。エドガーが招集した会議だ。今回の調査方針を決める会議だ。それに出てくれ」


「わかりました」


「確かにそれが手っ取り早いな。しかし、秘密会議だぜ、エドガーに先に話を通しておかないとな」


「そこはやっとくさ。レオン明日大丈夫か?白の中央の第二会議室だ」


「わかりました。しかし、そこに出て何をすれば」


「ひとまず出るだけでいい。質問がでれば答えてくれ」


「わかりました」


レオンは宿舎に戻った。


次の日の朝、レオンはいつもより1時間早起きして、出勤した。


レオンが、会議室に入ると明らかに緊迫した空気が流れていた。


ハロルドとアッカマン以外のメンバーの顔はわからないが、明らかに強い魔力を持ったメンバーが集まっている。おそらく幹部のメンバーなのだろう。


レオンは緊張していた。


席は三十ほどあるだろうか。そのうちの十ほどが埋まっていた。


レオンはハロルドに促され一番端の席に座る。


しばらくすると緊迫した顔つきでエドガーが入ってきた。


エドガーは第二支部と第三支部の統括隊長とのことだ。つまり、ここには第二支部と第三支部の幹部が集まっているのだと思う。


「待たせたな。前線の報告を聞いていた。えーっと、今日はメンバーだったな。誰を調査に向かわせるか」


「エドガーさん。その前にレオンはご存じで?」


「レオンじゃないか。どうしてここにいる?これは極秘の会議だぞ」


*え、あらかじめ話を通してくれるって話では……*


「昨日レオンから東の魔力の集まりを感知したと報告がありまして。今回の話と証言が一致したので、この会議に呼びました」


「本当か?レオン。お前、魔力がここから分かったのか?」


「あ、はい。本当です。今も魔力を感じています」


会議室内でざわめきが起こった。


「確かにお前の探知能力は優れているが、ここは五百キロ近く離れているぞ」


「はい。自分でも理由はわからないのですが…複数の魔力が三日前から集まっているのがわかりました。しかもどんどん増えています」


エドガーが黙った。


「発生源は特定できるか?」


「いや、そこまではわかりませんが……」


「ふむ……我々が探知できたのは二日目だ。それよりも前にお前は魔力が探知できたといことだな」


「そうです」


「わかった。お前とは後で話しがしたい。では本題に戻ろう」


◇


会議では、東部へ偵察隊を送る計画と、周辺の集落へ注意を促す計画について話し合われた。


「軍を動かすには場所が広すぎる」


「まず街道と村の避難路を確認すべきだ」


「発生源が一つとは限らない」


レオンは地図に書き込まれる印を追った。東の村で見た焼け跡が頭に浮かぶ。もし同じ地域で魔物が集まっているなら、住民への知らせを急ぐべきだ。


そのときだった。


視界の端に、見慣れない文字が現れた。


【対象:ハロルド】

【魔力量:503】


レオンは瞬きをした。


文字は消えない。


【対象:エドガー・リース】

【魔力量:987】


さらに、会議室にいる者たちの頭の近くへ数字が浮かぶ。


幹部たちは三百から六百ほど。誰かが動くたび、数字もついていく。


レオンは思わず椅子から腰を浮かせた。


「どうした?」


ハロルドが尋ねる。


「いえ……少し、見え方が変わって」


「体調が悪いのか」


「大丈夫です」


レオンは座り直し、心の中で呼びかけた。


*世界の声、これは何?*


『レオンの魔力による観測精度が上がったため、魔力量の定量評価が可能になりました。《魔力探知》のスキルが解放されました』


*急に数字が見えるようになったの?*


『以前も強弱の差は捉えていました。現在は、その差を共通の尺度で表示できます』


数字が倍なら、強さも倍?


『いいえ。魔力量のみを示す値です。直接的な戦闘能力を示すわけではありません。例えば、剣技、戦闘経験は含まれません』


*なるほど。これはかなり便利な能力じゃないか?*


会議は続いている。


レオンは邪魔にならないよう、再び地図へ目を向けた。


誰かが発言するたびにそちらを向き、魔力量を測ってみた。


374、630、445、


だが、奥の席にいる魔法使いを見た瞬間、息が止まった。


【対象:不明】

【魔力量:3000】


桁が違う。


その男は、細い身体を灰色の外套に包み、椅子深く座っている。歳はかなり上だろう。レオンの祖父であるガルドに近いかもしれない。色白で少し顔色が悪くも見える。ストレートの白い顎髭があった。手元の茶を両手で持っている。


周囲の魔力を見ても、ほとんど流れがない。


見た目だけならむしろ、弱く見える。


*三千? 間違いじゃないのか*


『複数回の観測結果が一致しています』


『ただし、対象は魔力を抑制している可能性があります。通常の観測では、実際の量を把握することは困難です』


レオンは男から視線を外した。


エドガーの九百八七ですら、かなり強いと感じた。その三倍を超える魔力を持つ人物が、会議室の隅で静かに茶を飲んでいる。


幹部の一人が、東部の地図を指した。


「偵察隊には誰を出す」


いよいよメンバーの選定だ。


エドガーが答えようとするより先に、奥の魔法使いが茶の器を置いた。


「一つ、確認してもよろしいかな」


穏やかな声だった。


全員が彼を見る。


男はレオンへ視線を向けた。


「君は、東の魔力が増え始めた時期を、どうやって知ったのかな?」


レオンは答えを選ぶために、一呼吸置いた。


レオンの視界には、先ほどから数字が浮かんでいる。


【対象の魔力量:3000】


「……俺には、魔力の動きが分かります」


「それは聞いた。知りたいのは、ほかの調査員より早く気づけた理由だ」


男の視線が、わずかに鋭くなった。


「それと、さっきから君は私の魔力も調べているね」


レオンの背筋が伸び、冷や汗が流れた。


隠しているつもりだった。


前世の証券会社で、見積もりの根拠を問い詰められたときの感覚に似ている。もっとも、あの頃の相手は魔力量三千ではなかったが。


レオンは一度、エドガーを見た。


エドガーは黙って頷く。


ここで曖昧な説明を重ねても、東へ向かう人たちの判断を鈍らせるだけだ。


「古代遺跡で、声を聞きました」


会議室が静まった。


「その声は、自分を《世界の声》と呼びました。魔力の位置や動きを教えてくれます。俺が使える魔法の一部も、その声に助けられて覚えました」


幹部の一人が眉をひそめる。


「声だけで魔法を習得したと?」


「最初は俺にも信じられませんでした。でも、俺には魔力の大きさと位置が、世界の声のおかげて高感度にわかるのです」


「世界の声……」


三千の男が静かに繰り返す

。

「実は近くにいる人の魔力量は数字でみることができます」


「数字?」


「ハロルド隊長は五百三。エドガーさんは九百八十七。そして、あなたは三千です」


灰色の外套の男を見て告げると、会議室がざわついた。


ハロルドがレオンへ身を寄せ、小声で言う。


「俺の数字、エドガーの半分くらいなのか」


「魔力の量だけです。戦えば別です」


「よし。その説明はあとで全員にしてくれ」


男は静かに立ち上がった。


「私はライゼン。第三支部で調査戦略を担当している」


彼は居並ぶ幹部を見渡した。


「百年前の第三次魔導大戦に、『世界の声』に導かれた勇者がいたという記録がある」


エドガーの表情が変わった。


「勇者についての記録。ライゼンさん、それは残っていたのですね。火事で焼失したと聞いていたが」


「あの魔力を帯びた書物が火事くらいで燃えはしないよ。勇者は魔力の流れを読み、エルフとともに魔族と戦ったとされる。『世界の声』という呼び名も、その記録に出てくる」


レオンは息をのんだ。ザルクが遺跡で口にした百年前の戦いとつながる。


「だからといって、この少年が同じ力を持つと決まったわけではない」とライゼンは続けた。

「だが、私が抑えている魔力を探られたことも事実だ。彼の報告には、調べる価値がありそうだな」


皆がレオンを見た。先ほどまでとは会議室の空気が違っていた。


レオンの頭の中に、丁寧な声が響く。


『数値は現在の観測に基づく推定値です。戦闘能力を直接示すものではありません』


「分かってる」


思わず声に出すと、ハロルドが振り向いた。


「誰に返事した?」


「……世界の声です」


「会議中にも話すのか」


「僕にも予告はありません」


ハロルドは額を押さえた。「便利そうで大変だな」


◇


東への調査隊は、第三支部の調査部隊と第二支部の戦闘部隊から編成することになった。


魔力が集まる場所の正体は、まだ分からない。危険な相手がいれば、人数を増やしても守る対象が増えるだけかもしれない。会議では、現場を指揮できる師団長級の者を各部隊から三名ずつ選ぶ方針が決まった。


調査部隊からはハロルドと、二人のベテラン。戦闘部隊からも三名。


指揮はエドガーが執る。


そして、最後の一人にレオンが選ばれた。


「新人を連れていくのか?」


当然の疑問に、エドガーが答えた。


「東の変化に最初に気づいたのはレオンだ。現地でも、彼の感知が役に立つだろう。ただし戦闘参加させるかどうかは現地で私が判断する」


レオンは頷いた。数値が見えても、自分がこの部屋で一番経験の浅いことは変わらない。


◇


出発までの数日、レオンは練習がてら第三支部の隊員の魔力を調べた。街でも、人通りの中で無理のない範囲だけ確かめる。


【街の通行人:8】

【店員:17】

【一般兵士:74】


一般の人は、おおむねゼロから二十。調査員の兵士は五十から三百ほどだった。中には、鍛え抜かれた格闘家なのに十前後の隊員もいる。戦闘訓練の様子から想像するにかなり強い人だ。


魔力量と腕力は別。数字だけで相手を判断しない方がいい。


前世の証券会社でも、ひとつの数字だけを見て判断を誤る人は結構いた。あくまで判断材料の一つだ。


◇


出発の朝、王都の東門に八人が揃った。


ハロルドの隣に立つ調査部隊の二人は、地図と荷の確認を手早く進めている。第二師団長のゲイルと第二師団の副団長ベインだった。ゲイルの魔力は六百以上ありハロルドを超えている。髪は緑色で動きやすいように鉄ではなく革製の装備でそろえていたただし服の中にチェインメイルを仕込んでいる。腰には短剣がさしてある。


ベインの魔力は四百五十ほど。茶髪で目は黒色。こちらも革製の装備にチェインメイルを仕込んでいる。二人とも調査部隊の中でも戦闘向けのメンバーだ。


第二支部の戦闘部隊の一人目は、二メートルほどもある長身の格闘家ヤンデン。色黒で頭は綺麗にそられている。格闘服を着ており、筋骨隆々で見るからに強そうだ。


二人目はラグナ、磨かれた胸当てを着けた騎士だった。金髪の髪、茶色の目。身に着けているものは鉄製だが魔力を帯びている。おそらく魔導装備だ。どの装備もかなり良いものに見える。


三人目を見て、レオンは少し意外に思った。


白いローブをまとった、レオンとそう年の変わらなさそうな少女だ。名前はソフィア。青色のショートヘア。青みがかった目が印象的で、かなり整った顔立ちをしている。戦闘部隊の精鋭だと知らなければ、王都の魔法学校へ向かう学生に見えたかもしれない。


ソフィアがレオンの視線に気づいた。


「何か?」


「いえ。よろしくお願いします」


レオンは慌てて姿勢を正し、無意識に魔力を確かめた。


【対象の魔力量:20000】


「……え?」


思わず声が漏れた。


三千のライゼンを見たときでさえ驚いた。その数倍どころではない。


二万? 何かの間違いだろ。


『再測定します』


世界の声が応じる。


【対象の魔力量:20000】

【観測値に大きな変動なし】


少女は小首をかしげた。


「私の顔になにかついてます?」


「い、いえ、なんでも……」


*さすがに何かの間違いだろうが、戦闘部隊の魔法使いだから、あり得るのかも……。*


エドガーが全員を見渡す。


「東の魔力が集まる理由を確かめる。危険を察知した者は、すぐに共有してくれ。出発するぞ」


門が開き、八人は王都を後にした。




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