第20話 初任務
第三支部の門をくぐった朝、レオンは見覚えのある青年に呼び止められた。
「おい、新人! 遅刻だぞ!」
門の脇で、ジェイクが手を振っている。
「じゃあ、お前もだろ」
二人は笑いながら並んで門をくぐった。
石造りの建物の前には、荷を積んだ馬車が止まっていた。旅装の兵士たちが、地図と荷物を確かめながら乗り込んでいる。
訓練場からは木剣のぶつかる音が聞こえ、玄関では書類を抱えた兵士が足早に出てきた。
「二人とも調査隊とはなぁ」
ジェイクが言った。
「俺は、そうなる気がしてた。でも、ジェイクは少し意外だな」
「俺もだ。調べものは苦手なんだけどな」
「護衛役じゃない?」
「それなら戦闘部隊と組めばよくないか?」
「……それもそうか」
二人は受付で名前を告げた。
こうして、レオンとジェイクは第三支部の隊員となった。
◇
最初の一カ月は、覚えることばかりだった。
調査の種類。地方の地理。村や町の位置。各地に暮らす種族と、魔物の分布。
建物や地形の見方、歴史、回収した物品の扱い方、調査報告の書き方。
筆記試験で手も足も出なかった、古代文字の授業まであった。
*軍隊に入ったつもりが、学校に戻ったみたいだ。*
戦闘訓練より、机に向かっている時間の方が長い。
毎日走らされ、剣を振らされる生活を想像していたレオンには、少し拍子抜けだった。
戦闘訓練は二、三日おきに行われ、狭い場所での立ち回りや、負傷した仲間を守りながら退く動きなど、実戦を想定した練習が中心だった。
基礎体力づくりや、習得した魔法の鍛錬は、各自で続けるように言われた。
「身体ができていないから待ってくれ、と魔物に頼んでも聞いてはくれんぞ」
教官にそう言われ、ジェイクが真顔で頷いていた。
◇
報告書のまとめ方は、レオンにも馴染みがあった。
確認できた事実と推測を分ける。日時と場所を明記する。情報の出どころを記録する。
前世で作っていた市場資料に、似たところがある。
問題は、すべてペンと紙で書くことだった。
間違えれば訂正し、大きく修正するなら書き直す。文章を後ろへ移したくても、指先一つでは済まない。
*昔の人は、これを毎日やっていたのか……。*
レオンは書き損じた紙を脇へ置き、新しい一枚を取り出した。
隣の机から、ジェイクがのぞき込む。
「剣より書類の方が得意だろ?」
「内容をまとめるのはね。書く方が追いつかない」
「俺は内容も追いつかないや……」
ジェイクは自分の報告書を見た。
半分ほどが訂正されている。
「これ、書類というより戦場の地図だな、赤印ばっかり」
「負けてる場所が多いね」
「うるせーな、まだ撤退はしてない」
二人はため息をつき、またペンを持った。
さらに苦労したのが、王都の部署名と担当範囲だった。
特に第一部隊は、人も部署も多い。
調査の協力を頼みに行くと、別の窓口を紹介される。そこへ行けば、今度は担当者が外出中だという。
ようやく会えたと思えば、必要な書類が一枚足りない。
*会社と変わらないな。*
レオンは、人の名前と部署名を記録帳へ書き込んでいった。
剣や魔法だけでは、仕事は進まないらしい。
◇
新人にも、事務室の机が割り当てられた。
大部屋ではなく、小部隊の隊員や支援担当者など、十人ほどで共用する部屋だった。
壁には担当区域の地図が掛かり、棚には報告書や調査用の道具が並んでいる。
通常業務の日は、皆おおむね朝九時までに集まり、午後三時か四時頃まで仕事をしていた。ただし、任務があれば時間は変わる。
経験の長い隊員ほど席が空いていることも多かった。各地の調査へ出ているのだ。
レオンの教育係には、ローエンという調査兵がついた。
三十二歳。銀色の短髪に、百七十五センチほどのがっしりした身体。目尻に笑い皺があり、低い声で落ち着いて話す男だった。
第一部隊で五年働き、推薦を受けて調査部隊へ移ったという。
妻と、五歳と三歳の子供がいる。
「朝が一番大変だな」
ローエンは初日にそう言った。
「魔物より大変なんですか?」
「魔物は、靴を左右逆に履いて泣いたりしないからな」
その日の仕事や訓練は、まずローエンから指示を受ける。
面倒見がよく、職務だけでなく、王都での暮らしについても相談に乗ってくれた。安い食堂や、靴の修理を頼める店まで教えてくれる。
レオンには、頼れる兄のような存在だった。
◇
ジェイクも同じ小部隊に配属され、事務室も一緒だった。
第三支部の隊長はハロルドである。
その下には、担当する地域や任務によって分けられた五つの師団があり、さらにその下に複数の小部隊が置かれていた。
レオンたちの小部隊は、新人二人を含めて六人。
王都から比較的近い地域の調査を担当していた。見習いが経験を積むには、ちょうどよい配置なのだろう。
小部隊の隊長は、アッカマンというちょっと変わった名前の男だった。
四十代後半で、短く整えた髭に、よく笑う大きな口。小柄だが年齢を感じさせない引き締まった身体を持ち、剣と格闘技の両方を使う。
声が大きく、よく「がっはっは」と笑った。
彼が部屋へ入ると、廊下にいる者にも分かる。
「お前たち、仕事には慣れたか!」
「書類には、まだ慣れません」
レオンが答えると、アッカマンは大きく頷いた。
「安心しろ! 俺もだ!、がっはっは!」
*安心していいのか、それは。*
ローエンが黙って、隊長の机へ未処理の書類の束を置いた。
◇
ジェイクは、格闘技の訓練ですぐに頭角を現した。
模擬戦では先輩相手にも全く引けを取らない戦いをした。
身体の使い方がうまく、抑え込みもうまい。教官にも褒められていた。
レオンも、剣と魔法の訓練を続けた。
剣の基礎を確かめる稽古では強化魔法を使わなかったため、速さや力で目立つことはない。
それでも、相手が踏み込む直前に動き、攻撃の方向を見抜く力は、ほかの兵士たちの目を引いた。
「分かっていたなら、どうして避けられなかった?」
稽古のあと、ローエンに尋ねられる。
「動きが間に合わなかったので」
「なら、あらかじめ早く動く方法を考えよう。レオン、どうやっているかはわからないが、お前は私たちより読みは正確だ。自身をもって先に動くんだ。そうすれば動きが間に合わなくても先手を取れる」
特殊部隊はレベルが高く、レオンは教えをすぐに吸収していった。
◇
配属から一カ月後、二人に初めての現地調査が命じられた。
王都の東にある、住民二百人ほどの村が魔物に襲われたという。
出発前、アッカマンが地図を広げた。
「先発隊が魔物の駆除に成功している。昨日の時点で周辺の安全を確認された」
指が、街道から少し離れた村を示す。
「我々は被害の範囲を調べ、痕跡から魔物の数と侵入経路を確認する。生存者からの聞き取りと、救助活動の支援も行う」
「戦闘は無いのですね」
ジェイクが尋ねた。
「そうだ。ただし、安全確認は昨日の話だ。残党が隠れている可能性もある。油断するな」
アッカマンは二人を見た。
「初仕事にしては、少々きついものを見るかもしれん。だが、これも我々の仕事の現実だ」
いつもの笑い声はなかった。
レオンは頷き、荷物の紐を確かめた。
◇
王都を馬車で出発し、村へ着いたのは午後だった。
入口の見張り台は黒く焦げ、半分が崩れていた。
通りに並ぶ家々も、多くが焼かれている。屋根を失った家の中に、煤けた食卓と倒れた椅子が見えた。
焼け残った梁から、焦げた木の匂いが漂っていた。
村人たちは南側の無事な建物に集まっている。先発隊の兵士が見張りに立ち、治療師が怪我人を診ていた。
ジェイクは焼けた家を見て、しばらく黙っていた。
「……二百人の村か」
「アルネ村の、倍くらいだ」
人数が違っても、暮らしは想像できる。
どの家に誰が住み、誰が畑へ出て、誰が井戸へ水を汲みに行くか。互いに知っている規模の村だ。
レオンは、自分の村の北門が破られた日を思い出した。
◇
調査隊は二手に分かれた。
アッカマンたちは村人から話を聞く。
レオンとジェイクはローエンとともに、東側の焼け跡を調べることになった。
「まず、焦げ方を見てみろ」
ローエンが、崩れた家を示す。
「外から火をつけられたのか。それとも、中へ火が入ったのか。どう思う?」
レオンは戸口の前にしゃがんだ。
内側の床が強く焼けている。外壁にも煤はついていたが、焼け落ち方は内側の方が激しかった。
「屋内で、強い火が使われたように見えます」
「そうだな。ただ、それだけで決めつけるな。火元の痕跡と、魔物が入り込んだ跡を探そう
。重要なのは魔物の残りがいないか確認すること。また、使う魔法の種類と強さをきちんと記録することだ」
「最近、魔物の活動が活発になっている。やつらの活動範囲と規模を正しく把握するんだ」
家の柱には、深い爪痕が残っていた。
レオンは幅と高さを書き留め、周囲の魔力を探る。
弱い残り香のようなものがあった。火の魔法が使われた跡かもしれない。
生きた魔物の反応とは、少し違って感じられた。
「救助隊が確認しきれていない場所もある。瓦礫の下に人がいるかもしれん。崩れそうなところは慎重にな」
ローエンの指示を受け、二人は外側から瓦礫をどけ始めた。
◇
通りの奥に、教会らしい石造りの建物があった。
屋根は落ち、入口も崩れた石で塞がれている。
「あそこは、まだ中を調べられていないんですか?」
レオンが尋ねると、ローエンは現場の印を確かめた。
「入口が塞がっていて、手が回っていないようだな。調べに行こう」
ローエンは側面へ回り、壁の状態を調べ始めた。
レオンは入口の外に積もった石を一つ持ち上げる。
ジェイクも隣に来た。
「これは、一人じゃ終わらないな」
「ああ。大きいのから、二人で動かそう」
石をどけるたびに、細かな灰が舞った。
声をかけ、返事を待つ。
何も聞こえない。
それでも、中に誰かいるかもしれなかった。
二人が大きな石を横へ動かしたとき、近くで別の石が崩れる音がした。
レオンは手を止めた。
【背後:魔力反応】
【強さ:弱】
【対象数:判定不能】
「ジェイク、待って。何かいる」
瓦礫の間で、魔力が動いた。
残っていた魔法の痕跡ではない。
生きた何かだ。
レオンが振り返った瞬間、焼けた壁の隙間から黒い爪が伸びた。
小柄な人型の魔物が、首を狙って飛びかかってくる。
「レオン!」
ジェイクが叫んだ。
レオンは身をひねって避けた。
背中が、斜めに落ちた梁へぶつかる。
剣へ手を伸ばしたが、狭すぎた。抜きかけた刃が、石と木の間に引っかかる。
魔物が着地し、すぐにこちらへ向き直った。
その身体の周りで、弱く見えた魔力が膨らむ。
*さっきまで、気配を抑えていたのか。*
【攻撃到達:間近】
建物の壁が背後にあり、魔物が正面にいて逃げ道を塞がれている。
*身体能力強化を使って無理やり突破するか。いや、間に合わない。やばい、どうすれば……。*
その瞬間、頭の中に声が響いた。
『接続しました。防壁魔法を解放できます。発動しますか?』
レオンの目が見開かれる。
世界の声?
最後に古代遺跡で話してから、二年。
王都へ来てからも、一度も聞こえなかった声だった。
*Yesだ!*
『承認しました』
レオンの目の前に、透明な壁が現れた。
硬い音が響き、魔物の黒い爪が弾き返される。
【スキル解放:防壁魔法】
*防壁……!*
なぜ声が聞こえるのかを考える余裕はなかった。
よろめいた魔物へ、ジェイクが飛び込む。
腕をつかみ、関節を押さえながら身体を横へ引いた。
「今だ、レオン!」
魔物の身体が、瓦礫の外へ引き出される。
レオンは足元の石を蹴って場所を空け、剣を抜いた。
ジェイクの腕を避け、魔物の胴へ刃を振り下ろす。
「くらえ!」
手に、確かな感触が伝わった。
魔物が耳障りな声を上げた。
だが、その魔力は消えなかった。
ジェイクは一旦引き、レオンは剣を構え直す。
魔物は何か唱え始めた。
*魔法か?聞き覚えのない呪文だ*
【魔力:急激に増大】
【確度:高】
魔物の輪郭が魔力の集中で白く光り始める。
*やばか……なんて圧力だ*
「ジェイク!一旦逃げ……」
その瞬間魔物が白い光とともに爆発した。




