第19話 合格者たち
エドガーは執務室で、選抜試験の合格者名簿を開いた。
二十七人。
名前の横には、年齢、出身地、選択種目、試験の成績が記されている。
その中の一行で、指が止まった。
**レオン。十七歳。アルネ村出身。**
エドガーがにやっと笑った。
「……ついに来たか」
二年前、村を離れる朝に見送ってくれた少年を思い出した。
相手の攻撃を読む力は並外れていたが、身体も魔力も追いついていなかった。無理をして倒れ、起きたと思えば、また無理をする。
マーヤに叱られて肩を落としていた姿を思い出し、エドガーは小さく笑った。
「今度は、誰に叱られることになるかな」
個別の評価書を引き寄せる。
第四次試験は、一敗のあとに一勝。
最初の対戦相手は、マディスという魔法使いだった。
「ほう。楽には通してもらえなかったか」
エドガーは椅子に座り直し、残りの名簿へ目を通した。
彼には、この二十七人の配属先を決める役目があった。
◇
アリティア王国の軍は、大きく三つの部隊に分かれている。
第一部隊は、王都や各地の街を守り、秩序を維持する一般兵の部隊だった。
大きな戦争のない現在、王都では外敵と戦うより、街の巡回や犯罪者の取り締まりに当たることが多い。門の警備、物資の管理、事務を担う者もおり、三部隊の中で最も人数が多かった。
第二部隊は、魔族や魔物の討伐を主な任務とする戦闘部隊。
第三部隊は、王都の外へ出て、魔物の動向や各地の異変を調べる調査部隊である。
第三部隊にも戦闘能力は求められる。しかし、敵を倒すだけでは仕事は終わらない。何が起きているのかを見極め、情報を持ち帰り、対策を考える役割も担っていた。
第二、第三部隊からなる王直属の特殊部隊は、民衆から《ドーン・ホーク》――暁の鷹と呼ばれている。
通常は、第一部隊で経験を積んだ兵士が推薦を受けて入隊する。今回の選抜試験は、民間から直接入ることのできる、数少ない機会だった。
その二部隊を統括するのが、エドガーである。
成績のよい順に配れば済む仕事ではない。
一人で敵を倒すのが得意な者もいれば、仲間を支えることで力を発揮する者もいる。強くても、すべての任務に向いているとは限らない。
エドガーは評価書をまとめ、試験官たちの待つ部屋へ向かった。
◇
扉を開けると、長机の上に書類が山積みになっていた。
第二支部の戦闘隊長、ダルヴェルトが、椅子にもたれて腕を組んでいる。
短く刈った髪に、日に焼けた顔。厚い肩と太い首は、上着を脱いでも鎧を着ているようだった。
隣では、第三支部の調査隊長、ハロルドが報告書へ書き込んでいた。
エドガーを見て、ハロルドがペンを止める。
「ちょうどよかった。報告書が増えすぎて、机が見えなくなってきたところだ」
「下に机があるなら、まだ大丈夫だ」
「その理屈で、私の机にも仕事を積んでいるんですね」
エドガーは聞こえなかったふりをして、空いた席へ座った。
ほかにも、試験を担当した数人が残っている。
「配属を決めたい。記録だけでは分からないところを聞かせてくれ」
ダルヴェルトが書類の山から一枚を抜いた。
「では、まずはネマンでしょうな」
◇
「第三次試験、十四分三十五秒。過去最短です」
エドガーは顔を上げた。
「十四分?」
「十四分三十五秒です」
「中間地点までではなく?」
「宝石を持ち帰るまでです」
ハロルドが横から補足した。
ネマンは二十一歳。
百九十センチを超える長身で、銀色の髪を持つ。身体に沿う服を着ており、鍛えられた体格がよく分かったという。
ただ大きいのではなく、全身の釣り合いが取れていた。
「顔も、ずいぶん整っていたな」
ダルヴェルトが言う。
「魔法格闘家ですが、拳に魔力を込めて殴るだけではありません」
ハロルドが記録を開いた。
「見えている拳と、魔力の届く位置がずれる。防いだつもりの相手へ、別の角度から打撃が入ります」
「奇術師のような戦い方でした。手を見ていると足をすくわれ、足を見ていると、もう倒されている」
「不思議なやつだな」
第四次試験では、開始から十秒。
一撃で相手を倒していた。
「今回の受験者では、一番強いでしょう」
ダルヴェルトが言う。
「力の加減はできているか?」
「はい。相手は意識を失いましたが、無傷に近い状態でした。意識だけ奪ったようです」
エドガーは評価書へ書き添えた。
「戦闘部隊で見たいな。だが、誰を教官につけるか悩むところだ」
「普通の教官より、強いかもしれませんからね」
「初日から教える側が逆にならないようにしないとな。まあ、いい刺激になるだろう」
◇
次に、マディスの評価書が置かれた。
「魔力の測定石を上限まで光らせた者です」
ハロルドが説明する。
二十歳。百七十センチほど。
黒髪に紺色のローブ。赤い魔鉱石をつけた木の杖を使っていた。細身で、見た目はおとなしい青年だったという。
第三次試験は三十五分で突破。
最終試験では、最初の対戦で勝利している。
「光の矢を複数の魔法陣から撃ち続けました。一本ごとの出力を抑え、数と角度で相手を追い込みます」
「魔力量に任せて撃っているだけではないんだな」
「ええ。遠くでは逃げ道を狭め、近づけば速い一撃を放つ。防壁もよく鍛えています」
ダルヴェルトが頷く。
「見ていて、相手には同情しました。逃げれば追われる。近づけば撃たれる」
エドガーは対戦相手の欄を見た。
「レオンか」
「ご存じでしたか」
「ああ。少しな。それで、どうなった?」
「レオンが一度、防壁を破りました」
エドガーの眉が上がる。
「ほう」
「そこはあとで。先にマディスの話を終えましょう」
ハロルドが言った。
「もう、知り合いの子の活躍を聞く顔になっていますよ」
エドガーは咳払いし、姿勢を戻した。
「聞いている。続けてくれ」
◇
「ジーク・サカキについては、私から」
机の向こうにいた試験官が手を上げた。
格闘技の模擬戦で、実際にジークと対戦した男だった。短い黒髪で、頬には鉤爪で引っかかれたような古傷が残っている。
ダルヴェルトが、その男を見る。
「一次試験が終わったあと、妙に静かだったな」
「報告書を書いていたんです」
「いつもは、まず昼飯の話をするだろう」
「……今回は、書くことが多かったんです」
エドガーは笑いをこらえた。
「追い詰められたと聞いたが」
試験官は素直に頷いた。
「ええ。あれほどの相手とは思っていませんでした」
ジークは百八十五センチほどの長身。黒髪で、白い格闘服を着ていた。
立ち姿に力みがなく、足運びも攻撃のつなぎも丁寧だったという。
「基本が徹底しています。こちらが少し雑に動けば、すぐに隙を突いてくる。大技に頼らず、正確な動きでじわじわ攻めてきます」
「昨年の東部地区の武闘会で優勝しています」
ハロルドが言った。
「なるほど……。それを、対戦する前に知りたかったですね」
「知っていたら、どうした?」
ダルヴェルトが尋ねる。
「そうですね……昼飯を軽くしたでしょう」
今度は、エドガーも笑った。
第三次試験の突破時間は三十七分。
第四次試験では、ジェイクを二分ほどで降参させている。
「ジェイクも弱くありません。ただ、あの対戦ではジークが上でした。試合後は相手の状態を確認していて、落ち着いていましたよ」
エドガーは頷いた。
「即戦力になりそうだな」
◇
「エキエル・ヴェールは、第一部隊からの志願者です」
ハロルドが次の書類を差し出した。
二十七歳。百七十五センチ。
茶色い髪と目を持ち、簡易的な鎧をつけていた。剣は、以前の討伐任務で報酬として与えられたものだという。
魔法剣士であり、僧侶としての技能もある。
第三次試験は三十四分。最終試験でも、最初の対戦で合格していた。
「強化魔法の使い方が丁寧です。必要なところで出力を上げ、不要になれば下げる。任務経験が出ていますね」
「対戦後も、治療担当が来る前に、相手へ応急処置をしていました」
別の試験官が付け加えた。
「第一部隊での様子も聞いています。真面目で、雑務も進んで引き受ける性格のようです」
「気が利くな。この部屋の書類も何とかしてくれないかな」
ハロルドが書類の山を見る。
「ああ、それは俺も欲しい。最近、書類としか戦っていないよ」
ダルヴェルトが言った。
「おいおい。貴重な才能を、そんなことに使うなよ」
エドガーが言うと、二人は何事もなかったように評価書へ目を戻した。
「本人は調査部隊を希望しています」
「それなら、希望を生かせそうだな」
◇
セレスティアの説明は、医療担当の試験官が引き受けた。
二十二歳の僧侶。
百五十センチほどの小柄な女性で、青い髪と青みを帯びた瞳を持ち、白っぽいローブを着ていた。
第三次試験は三十九分。第四次試験は、一度目の対戦で勝利している。
「回復魔法の精度が、特に高いです。必要な場所へ無駄なく魔力を送れる。魔力量も十分にあります」
「攻撃は?」
「神聖魔法を使います。そちらも、十分に実戦で通用する水準です。ただ、本人は回復を主にしたいようですね」
試験官は、少し困ったように笑った。
「気づいたら、こちらの治療を手伝っていました」
「もう働いていたのか」
「ええ。止める理由もなかったので、お願いしました」
エドガーは苦笑した。
「給料がいつから発生するのか、確認しておかないとな」
◇
次はラミスだった。
「この者は、規則をよく読んでいました」
ハロルドが言う。
十九歳。百六十センチほど。
軽く波打つ短い紫色の髪に、黒っぽいゆったりした格闘服。目元にはいたずらっぽさがあり、笑うと年齢より幼く見えたという。
「魔法格闘家です。身体能力と魔法の釣り合いがよく、第三次試験は四十三分でした」
エドガーが対戦記録を見る。
「最終試験は、二敗してから一勝か」
「最初の二試合は、一、二分ほどで降参しました。押されてはいましたが、まだ戦えたと思います」
「力を残したのか」
「でしょうね。三度目は開始直後に間合いへ入り、魔力を込めた手刀一撃で相手を倒しています」
ダルヴェルトが顎をなでる。
「最初から、そのつもりだったのか?」
「おそらく。試験前に、私へ質問してきましたから」
ハロルドは少し間を置いた。
「『三回目で合格しても、同じ給料がもらえるんですよね』と」
エドガーは声を上げて笑った。
「確かに、そのとおりだ」
勝ち方は人それぞれだ。
ただし、最後の相手が同じ考えのやつだったらこれ程うまくはいかなかっただろう。勝負を後へ回すのも、勇気のいる判断だ。
「調査でも使える考え方だ。ただ、仲間と動くときには説明してもらわないとな」
エドガーが言う。
「何も言わずに退かれたら、残った者が困る」
「配属後に、しっかり教育します」
ハロルドは評価書へ書き添えた。
◇
最後に、レオンの書類が置かれた。
「お待ちかねですね」
ハロルドが言う。
「順番に聞いていただけだ」
「そうですか」
ハロルドは、それ以上追及しなかった。ダルヴェルトは少し笑っていた。
レオンは十七歳。百六十五センチ。黒髪。
剣技と攻撃魔法を選択し、第三次試験は四十分で突破。最終試験は、二度目の対戦で合格していた。
「まず、相手の動きを読む力が高い」
ダルヴェルトが切り出す。
「剣技の試験でも、最終試験でも同じです。相手が動き始める前に、次の動作を読んでいるように見えます」
「ただ、読めても避けられないことはあります。身体が追いついていない場面もありました」
「本人も、それは分かっているようです」
ハロルドが続ける。
「マディスとの対戦では、正面から近づけないと見て、炎を目くらましに使いました。そこから身体能力強化で側面へ回っています」
「放出する魔法の威力は?」
「高くありません。撃ち合えば、まず勝てなかったでしょう」
エドガーは頷いた。
「それでも、防壁を破った」
「そこが不思議なのです」
ダルヴェルトが身を乗り出す。
「身体能力強化を使ったときの速度が、普段とは違いすぎる。魔力強化の効き方も、通常の出力から考えると大きすぎます」
そして、接触して使う《衝撃》。
マディスが魔力を集中させた防壁を、一撃で砕いた。
「普通の攻撃魔法はまだ未熟なのに、あの術だけは突出しています」
「理由は?」
「分かりません。入隊したら、本人に聞きましょう」
「たぶん、『衝撃を使いました』と答えるぞ」
エドガーが言った。
ダルヴェルトは眉を寄せた。
「そういう答えは困るな」
「悪気なく言うから、余計に困る」
エドガーは笑いながら、評価書をめくった。
「そのあとは?」
「マディスが立ち上がると、降参しました。魔力をほとんど使い切ったのでしょう」
エドガーは、少し安心したように息を吐いた。
「止めることを覚えたか」
「以前は、どうだったんです?」
ハロルドが尋ねる。
「倒れるまでやっていた」
二人が評価書へ目を落とした。
「……配属後も、よく見てやってくれ」
◇
世界の声について、エドガーはこの場で話さなかった。
その力がどのように働くのか、彼自身にも分からないことが多い。
それに、レオンの戦いを、あの声だけで説明するつもりもなかった。
攻撃が届かなければ、近づき方を変える。
力を使い切れば、無理を続けず、次の試合に懸ける。
見えたものをどう生かすかは、レオン自身が選んでいる。
「第三部隊がよさそうだな」
エドガーは言った。
「相手の位置や動きを把握し、仲間へ知らせる。その力は調査で生きる」
ハロルドが頷く。
「戦う力もありますし、伸びる余地は大きそうです」
「ただし、最初から一人で動かすな。経験のある者につけてくれ」
「無理をさせないためですか?」
「本人が勝手に無理をしないためだ」
ハロルドは、配属欄の横へもう一行書き込んだ。
◇
その後、一時間ほどかけて、全員の配属先が決まった。
まずは仮配属となる。試用期間中の働きによって、所属が変わる場合もあった。
もっとも、戦闘部隊と調査部隊は合同で任務に当たることが多いし、必要に応じて頻繁に部隊を異動した。
エドガーは、書き込みの増えた名簿を眺めた。
「豊作だな」
皆が頷く。
ダルヴェルトが肩を回し、ハロルドがようやくペンを置いた。
そこで、エドガーが声を落とした。
「今回、募集を行った理由は、ここにいる全員が承知しているな」
椅子の軋む音が止まった。
ハロルドが口を開く。
「その件ですが……魔王が復活したという話は、本当なのですか?」
「確認は取れていない。今のところは噂だ」
エドガーは答えた。
「ただし、各地で魔族の活動が活発になっていることは事実だ。だから人員を増やした。今回、調査部隊への配属を多くしたのも、そのためだ」
ダルヴェルトが腕を組む。
「もし事実なら、百年ぶりに魔王の脅威が戻ることになるな。王都の守りも見直さねば」
「その可能性も考えている。だが、まだ断定するな」
エドガーは、一人ずつ顔を見た。
「この話を共有しているのは、一部の幹部と、今回の人員配置を担う者だけだ。部下にも、新しく入る者にも漏らすな。不確かな話で、混乱を招くわけにはいかない」
「承知しました」
皆が静かに頷いた。
窓の外から、訓練場の掛け声が聞こえた。
エドガーは名簿を閉じる。
「さて。まずは歓迎会だな」
ダルヴェルトが顔を上げた。
「各部隊で開いてやってくれ。任務に出る前に、互いの顔と名前くらいは覚えておかないとな」
「飲みたいだけでは?」
ハロルドが尋ねた。
「あ、ばれた?」
「統括隊長は、全部の歓迎会に顔を出すつもりらしいぞ」
ダルヴェルトが、隣の試験官へ言った。
「いやあ、仕事ってつらいな」
エドガーが大げさに息を吐く。
「書類仕事も残っていますよ」
「それは遠慮する」
「選べません」
ハロルドが書類の束を差し出した。
エドガーは、歓迎会の予定を書く前に、もう一度ペンを持つことになった。
◇
その頃、レオンは宿の部屋でマーヤへの手紙を書いていた。
机の上には、書き終えた便箋が二枚。三枚目にも、すでに半分ほど文字が埋まっている。
試験の内容を順番に書いていたら、思ったより長くなった。
レオンは最初の一枚を取り上げた。
合格したことは、きちんと冒頭に書いてある。
そのあとに、試験の説明。ジェイクという友人ができたこと。王都の店や、宿の食事のこと。
魔導書の店で尻もちをついた話は、省いていた。
*村のみんなは、どうしているだろう。*
セラは相変わらず井戸の当番をしているだろうか。ガルドは稽古の相手がいなくなり、退屈しているかもしれない。
合格したと知れば、きっと喜んでくれる。
マーヤは喜んだあとで、危ないことをしていないか尋ねるだろう。
レオンは便箋へ、食事も睡眠もきちんと取っていると書き足した。
ふと、丘の上の古代遺跡を思い出す。
世界の声と最後に会話してから、もう二年になる。
魔族との戦いが終わったあとは、畑仕事と鍛錬に追われ、遺跡へ足を運ぶ機会を逃していた。
今も、魔力の流れや相手の動きは見える。
だが、あの声に問いかけるには、遺跡へ行かなければならなかった。
*今でも、話せるのかな。*
レオンは窓の外へ目を向けた。
王都の屋根が夕日に染まっている。その向こうに故郷の丘があるはずだったが、ここからは見えない。
次に帰ったら、遺跡にも寄ってみよう。
そう思いながら、レオンは手紙の続きを書き始めた。




