第18話 第四次試験
翌日、第三次試験を終えたジェイクが宿へ戻ってきた。
入口に姿を見せたときは肩を落としていたが、レオンを見つけると、にっと笑った。
「何とか通ったぜ」
「よかった! どうだった?」
「いやあ、危なかった。残り一分を切ってたと思う」
全員の第三次試験が終わり、腕輪の口止めの魔法も解除されていた。
ジェイクは椅子に腰を下ろすと、出された水を一息に飲んだ。
「あの石像に、二十分以上かかったんだよ。殴っても蹴っても元に戻るだろ?」
「核は見つけた?」
「最後にな。時間がなくなって、やけになってタコ殴りしたら、赤いものが見えた。そこへ一発入れたら、ようやく止まった」
レオンは、素早く飛びかかってきた石像を思い出した。
あれをタコ殴りできるとは、相当な実力だ。
「よく、あの速さについていけたね」
「ついていけなかったから、何度も蹴られたんだよ」
ジェイクは脇腹をさすった。
「怪我は治してもらったけど、蹴られた感じだけ残ってる」
「分かる気がする」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇
二日後、第四次試験の開催通知が届いた。
これが最終試験になる。
内容は、ジェイクが聞いていたとおり、受験者同士の模擬戦だった。
第三次試験を通過したのは、三十一人。
一人につき最大三回の対戦機会が与えられ、一勝すれば合格となる。勝った者から試験を抜け、敗れた者だけで次の組み合わせを作る仕組みだ。
人数が奇数になった場合は、一人が試験官と戦う。その場合は勝敗だけでなく、戦いぶりを見て合否を判定するという。
レオンは通知を読み返した。
「三回とも負けたら、不合格か」
残っているのは、千人以上の中から選ばれた三十一人だ。
一勝という条件も、簡単には思えなかった。
「レオンとは戦いたくないな」
ジェイクが言う。
「僕もだよ。でも、そうなったら全力でやろう」
「当然だ。手を抜いたら、ぶっ飛ばすからな」
レオンは笑って、差し出された拳に自分の拳を合わせた。
◇
翌朝九時、二人は東訓練場にいた。
三十一人の受験者と、八人の試験官が集まっている。
訓練場には対戦用の区画が設けられ、その外側には医療担当の試験官が待機していた。
「第四次試験では、実際の戦闘で必要となる技量を評価する」
試験官の声が響く。
「武器と魔法の使用は認める。ただし、相手を殺した場合は失格だ。故意であるかどうかは問わない」
受験者たちの顔が引き締まった。
「実際の任務には、相手を生かして捕らえるものもある。力を出すだけでなく、抑える技量も必要だ」
レオンは剣の柄へ目を落とした。
力任せに斬ればよい試験ではない。
「一試合は十分。どちらかが戦闘不能になるか、敗北を認めた時点で終了する。時間内に決着がつかない場合は判定を行う。また、危険と判断すれば、試験官が止める」
続いて、治療についての説明があった。
試合に支障のある怪我は、回復魔法で治療する。ただし、消耗した魔力まで元に戻るわけではない。
「第三次試験とは違い、蘇生を前提にはしていない。相手の状態をよく見ろ。魔法なら安全だと思うな」
レオンは頷いた。
強い魔法も、当てる場所や出力を誤れば命を奪う。
最大三回戦うなら、勝ち方だけでなく、力の使い方も考えなければならなかった。
「試験開始は三十分後だ。各自、準備するように」
◇
レオンは肩を回しながら、ほかの受験者を見た。
腰に二本の剣を差した者。杖に手を添えて静かに目を閉じる者。腕立て伏せをしている者。
見覚えのある顔もいた。
その中に、魔力の測定石を最大値まで光らせた青年がいる。
*あの人とは、できれば当たりたくないな……。*
ほかの者も、みな強そうに見えた。
レオンは息を吐き、視線を自分の足元へ戻す。
雰囲気にのまれても仕方がない。
落ち着いて自分にできることを、やるんだ。
◇
最初の対戦は、魔法使い同士だった。
開始の合図とともに、風の刃と氷の弾が飛び交う。防壁が光り、砕けた氷が訓練場の土へ散った。
レオンは思わず身を乗り出した。
*あんなに続けて撃てるのか。*
二人の力は拮抗していた。
だが、一方が防壁を張り直す際にわずかな隙を作り、風の術を肩へ受けた。
身体が横へ流れ、杖を取り落とす。
「降参します!」
試合が終わると、医療担当がすぐに駆け寄った。
傷口に光が集まり、顔をしかめていた受験者の表情が、少しずつ緩んでいく。
レオンは治療の速さに驚いた。
しかし、治療を終えた受験者は、そのまま座り込んでいた。傷が治っても、使った魔力や疲労まで消えるわけではない。
次は、剣士と魔法使いの対戦だった。
剣士は何度も間合いを詰めたが、刃を振り抜く直前に動きを鈍らせた。相手を深く斬ることを恐れているようだった。
対する魔法使いは、足元を狙う風や、動きを止める小さな雷を使って距離を保つ。
制限時間が迫ったところで、雷の術が剣士の脚へ当たった。
膝が折れ、試験官が終了を告げる。
*剣は、当て方が難しいな。*
魔法も危険だが、出力や種類を選べる。剣で相手を止めるには、斬る以外の動きも必要になりそうだった。
レオンは、自分ならどう戦うかを考えた。
そのとき、番号が呼ばれた。
「千四十二番、レオン。対戦相手、マディス」
レオンは顔を上げた。
測定石を最大値まで光らせた青年が、静かに立ち上がっていた。
*よりによって……。*
◇
マディスは黒髪で、レオンより少し背が高かった。
紺色のローブは飾りが少なく、袖口だけに銀色の細い模様がある。年齢は近そうだ。細身で、落ち着いた目をしていた。
見た目はおとなしそうだ。
それが、かえって不気味だった。
二人が向き合う。
「始め!」
先手を取る。
レオンは地面を蹴り、間合いを詰めた。
同時に、マディスの周囲に小さな魔法陣がいくつも浮かんだ。
光の矢が放たれる。
正面だけではない。左右から、斜め上から、次々にレオンへ向かってくる。
【複数の攻撃を確認】
【接近中】
レオンは身をひねり、足を止めずに避けた。
一本をかわした先に、次の一本が来る。
マディスは攻撃を緩めなかった。むしろ、魔法陣の数を増やしていく。
*これは、まずい。*
レオンは身体能力強化を使った。
迫る矢の隙間を抜け、横へ走る。
マディスの目が、わずかに細くなった。
「思ったより速いな」
光の矢の速度が上がる。
レオンは息を詰めた。
このまま避け続ければ、先に自分の魔力が尽きる。身体能力強化が切れた瞬間、集中攻撃を受けるだろう。
長引かせてはいけない。
レオンは矢をかわしながら、少しずつ前へ出た。
剣が届く距離まで入れば、まだ戦える。
あと数歩。
マディスの口元に少し笑みが浮かぶ。
その瞬間、マディスの正面へ魔力が集まった。
【前方:魔力集中】
【確度:高】
太い光の矢が、一直線に放たれた。
レオンは身体能力強化の出力を上げ、横へ跳んだ。
光がすぐ脇を通り抜ける。
だが、着地する前に小さな矢が迫っていた。
肩と太腿に衝撃が走る。
「っ……!」
鋭く突き刺さるものではなく、強い打撃に近い。それでも、何度も受ければ立っていられなくなる。
マディスは、一歩も動いていなかった。
息も乱れていない。
遠くにいれば、数で追い詰められる。
近づけば、速い一撃を待ち構えられている。
*十分間、撃ち続けるつもりか。*
一本ごとの威力を抑え、数と角度で相手を追い込む。魔力量だけでなく、戦い方も巧みだった。
レオンには、その攻撃を最後まで避け続ける余裕はない。
ならば・・・。
◇
レオンは再び、前へ出た。
マディスは手を休めないが、少し光の矢の数を減らした気がする。
先ほどと同じ距離へ誘い込むつもりだ。
レオンは前回より少し手前の位置で、右手へ魔力を集めた。
「《ファイヤーフレイム》!」
炎がマディスへ伸びる。
「な・・」
マディスは少し驚いた。
威力は高くない。
*俺に魔法で挑むとは・・*
マディスは小さな防壁を作り、難なく受け止めた。
その炎が視界を遮った瞬間、レオンは横へ跳んだ。
そこから身体能力強化で、一気に間合いを詰める。
炎の向こうではなく、側面から。
マディスが振り向いたときには、レオンは目の前にいた。
「――!」
光の矢が途切れる。
マディスは魔力を防御へ回し、正面に防壁を作った。
レオンは剣を振らなかった。
魔力強化を重ね、掌を防壁へ押し当てる。
「《衝撃》!」
掌の前で、光が弾けた。
防壁の一点に亀裂が走り、次の瞬間、透明な破片となって砕け散る。
残った衝撃がマディスを捉え、後ろへ吹き飛ばした。
訓練場に、短いどよめきが起こった。
◇
マディスは地面に倒れていた。
*防壁を、砕いた……?*
彼は魔力に自信があった。
マディスの肉体の強さは普通の人間と大きく変わらない。そのため、攻撃魔法以上に、防御の鍛錬を重ねてきた。
自分の光の矢を最大出力で当てても、簡単には壊れない防壁だ。
レオンは、その一点を打ち抜いた。
*つまり、俺の魔法より強いってことか*
マディスは息を整え、膝を立てた。
◇
レオンは、その姿を見つめていた。
*頼む。起きないでくれ……。*
掌に力が入りにくい。
身体能力強化と魔力強化を重ねた一撃で、残りの魔力をかなり使ってしまった。
マディスが立ち上がる。
レオンは小さく息を吐いた。
相手を殺さないよう、衝撃が通った直後に力を抑えた。
*もっと出してよかったか*
もう一度光の矢を放たれれば、今度は避けきれないだろう。
レオンは剣を下ろした。
「降参します」
マディスが、少し意外そうな顔をした。
「そこまで。勝者、マディス!」
試験官の声が響いた。
戦いを終えた二人は、中央で握手した。
「防壁を壊されるとは思わなかった」
マディスが言う。
「そのあと、立ち上がるとは思わなかったよ」
「もう少し続くと思ってた」
「僕の方は、もう続けられない」
レオンは苦笑した。
「次に懸けるよ」
「お前なら大丈夫だ。応援してる」
その言葉に頷き、レオンは医療担当のもとへ向かった。
◇
ジェイクの最初の試合は、六番目だった。
相手は、一次試験で試験官を追い詰めたという格闘家。
ジーク・サカキ。
百八十五センチほどの長身で、黒髪を短く整えていた。白い格闘服からのぞく腕は、引き締まっている。立ち姿には無駄な力がなく、相手を見る目も静かだった。
開始直後、ジェイクが踏み込む。
拳をかわされ、反撃を受けた。
続く蹴りも受け流される。組みつこうとすれば、先に足を払われた。
ジェイクは立ち上がり、再び構えた。
だが、二分ほどで自ら手を上げた。
「降参だ」
控え場所へ戻ったジェイクは、レオンの隣に座った。
「どうしようもなかった。全部、向こうが上だ」
「僕も負けたよ」
「見てた。あの防壁、よく壊したな」
「そこで力を使い切った」
二人はしばらく、訓練場を眺めた。
「次、頑張ろう」
レオンが言う。
「ああ。お互いにな」
◇
最初の十六試合が終わった。
受験者同士の十五試合に加え、試験官と戦った一人も合格と判定され、十六人が試験を抜けた。
残ったのは十五人。
「次の対戦は午後二時から行う。合格者は帰ってよい。見学を希望する者は、指定された場所に残れ」
誰も帰らなかった。
これから同じ部隊に配属されるかもしれない者たちだ。その戦い方を知る機会を、逃すつもりはないらしい。
レオンとジェイクは早めに昼食を済ませた。
温かいスープとパンを食べながら、次の対戦表を見る。
レオンの相手は、魔法格闘家だった。
「接近戦なら、さっきよりはやりやすそうだ」
「油断するなよ。拳に魔法を込める相手だろ?」
「分かってる。ジェイクの方は?」
「魔法使いだな」
ジェイクは対戦相手の姿を見て、少し黙った。
若くかわいい女性だった。
「おい、女の子だからって手を抜くなよ」
「あ、当たり前だろ…」
「負けたときのいいわけにしなきゃいいけどな」
「このやろう…」
ジェイクが殴りかかる真似をし、二人して笑った。
◇
レオンの相手は、ダイルという男だった。
筋骨隆々の身体を迷彩柄の服で包み、足元には頑丈な軍用ブーツを履いている。
金髪は左右を短く刈り、中央だけを高く立てていた。
*前世の格闘ゲームで、似たようなキャラがいたな……。*
レオンが考えている間に、ダイルは拳を握り、首を左右へ傾けた。
「始め!」
ダイルが積極的に攻めてくる。
拳には魔力がまとわりつき、打ち込まれるたびに空気が鳴った。
レオンは剣の腹で受け流し、足を動かす。
速い。
だが、マディスのように、あらゆる方向から攻撃されるわけではない。
肩、腰、足へ流れる魔力を追えば、次の動きが見える。
レオンは必要なときだけ身体能力強化を使い、相手の正面を外した。
ダイルが、わずかに体勢を崩す。
レオンは攻撃へ移ろうとした。
【フェイント:右脚による蹴り上げ】
【確度:高】
踏み込みかけた足を止める。
ダイルの右脚が、顎を狙って跳ね上がった。
レオンは身を反らした。
ブーツが鼻先を通り抜ける。
そのままダイルは後方へ回転し、両足で着地した。
*技まで似ているのかよ……。*
見覚えがあっても、避けるのが楽になるわけではない。
レオンは剣を構え直した。
その後も、拳と蹴りが何度も迫った。
何発かは腕や肩に受けたが、レオンは距離を崩さなかった。大きな動きのあとに生じる隙を見ながら、少しずつ相手を追い込む。
やがて、ダイルが右拳を振り抜いた。
レオンはその外側へ入り、左の掌を相手の脇腹へ当てる。
「《衝撃》!」
威力を抑えた打撃が通った。
ダイルの息が詰まり、膝が落ちる。
再び構えようとしたところで、レオンの剣先が胸元に止まった。
ダイルは剣とレオンを見比べ、息を吐いた。
「……参った」
「勝者、レオン!」
レオンは剣を下ろした。
*勝った……!*
拳を握りたい気持ちを抑え、先にダイルへ手を差し出す。
「ありがとう」
「よく、あの蹴りを避けたな」
「本当に、ぎりぎりだったよ」
ダイルは苦笑し、その手をつかんで立ち上がった。
◇
ジェイクの二度目の相手は、昼食で見た小柄な女性魔法使いだ。
明るい茶色の髪を後ろで結び、細い杖を両手で構えている。年齢はレオンと近そうだった。
ジェイクは開始直後、少し距離を取りすぎた。
その間に風の術を受け、慌てて構え直す。
しかし、そのあとは持ち直した。
足元への魔法を跳び越え、相手が杖を向け直す前に懐へ入る。腕を押さえ、投げ倒す直前で動きを止めた。
女性が降参を告げ、ジェイクも合格となった。
「おめでとう」
レオンが迎える。
「お前もな!」
「最初、少し遠慮してなかった?」
「馬鹿言え。俺はいつでも全力だ」
「そういうことにしておくよ」
「そういうことなんだよ」
ジェイクはレオンの肩を軽く小突いた。
◇
二度目の対戦では、七組の勝者が合格した。
残る一人は試験官との対戦に臨んだが、合格の判定には届かなかった。
これで合格者は二十三人。
残った八人が、最後の四試合を戦う。
レオンとジェイクは、そのまま見学を続けた。
三度目の対戦は、見ているだけでも苦しかった。
二度負けた受験者たちは、すでに多くの体力と魔力を失っている。傷は治療されていても、動きには疲労が表れていた。
魔法使い同士の対戦では、双方が魔力を使い果たし、最後は素手で殴り合いになった。
大きな技は出ない。
それでも、一人が倒れれば、もう一人が合格する。
二人とも必死だった。
「見るている方が辛いな……」
ジェイクが低く言った。
レオンは頷いた。
力を使い切ってなお立っていられるか。それも、試されているのかもしれない。
ただ、一人だけ、様子の違う受験者がいた。
◇
ラミスという女性の魔法格闘家だった。
軽く波打つ紫色の髪を短くまとめ、黒っぽいゆったりした格闘服を着ている。袖口と腰の帯には、小さな魔法の紋様が縫い込まれていた。
成人しているようだが、いたずらっぽい目元には、どこか幼さが残る。
レオンは、彼女の最初の二試合も見ていた。
どちらも一、二分ほど戦ったあと、早々に降参している。
押されてはいた。だが、大きな傷を負った様子はなかった。
最後の試合。
開始の合図と同時に、ラミスは地面を蹴った。
相手の正面をわずかに外し、一息で間合いへ入る。
右手に魔力が集まった。
手刀が、相手の首の付け根に近い肩口へ、正確に落ちる。
相手の身体が崩れた。
ラミスは倒れる身体を片腕で支え、頭を地面へぶつけないように寝かせた。
試験官がすぐに状態を確認する。
「戦闘不能。勝者、ラミス。合格だ」
「らっきー!」
ラミスは笑った。
レオンは、彼女の呼吸がほとんど乱れていないことに気づいた。
*作戦勝ちか。*
レオンは少し感心した。
自分に同じことをする度胸があるかといえば、なかった。
◇
すべての試合が終わり、二十七人の合格者が決まった。
三十一人のうち、四人が不合格となった。
試験官が合格者を前へ呼び、今後の手続きを説明する。
レオンはジェイクと並び、その話を聞いた。
千人以上が集まった最初の日から、ようやくここまで来た。
村一番と呼ばれていても、王都には自分より強い者がいくらでもいる。
マディスの魔力量。ジークの格闘技。ラミスの判断力…?。
今日だけでも、知らなかった強さをいくつも見た。
それでも、自分の番号は合格者の中にあった。
「受かったな」
ジェイクが小声で言った。
「うん。今度こそ、本当に」
レオンは頷いた。
これで、村のみんなに手紙が書ける。
マーヤは喜んでくれるだろうか。それとも、危険な仕事に就くことを心配するだろうか。
たぶん、両方だ。
レオンは帰り道で便箋を買うことにした。
合格の報告と一緒に、食事も睡眠もきちんと取っていると書いておこう。
レオンは解放された気持ちで宿に向かった。




