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第17話 第三次試験

第三次試験まで、二日間の休みがあった。


一次試験で消耗した魔力と体力を回復させるためだろう。レオンは軽い素振りだけで鍛錬を切り上げ、王都を見て回ることにした。


大通りには、数えきれないほどの店が並んでいる。


肉屋の軒先には腸詰めが下がり、魚屋では砕いた氷の上に銀色の魚が並べられていた。野菜を積んだ屋台の隣から、焼きたてのパンの匂いが漂ってくる。


雑貨店、服屋、靴屋、占いの店。魔導器具を扱う店には、火を使わずに湯を沸かせる道具まで置かれていた。


*これがあれば、村でも朝の支度が楽になるな。*


値札を見て、レオンはそっと店を離れた。


楽になるのは支度で、苦しくなるのは財布らしい。


しばらく歩くと、石造りの立派な建物が見えた。入口の看板には、銀行と書かれている。


「銀行もあるのか」


前世の仕事を思い出し、自然と足が止まった。


この世界で個人名義の口座を開くには、成人する十八歳まで待たなければならない。入口に掲げられた案内を読んで、レオンは小さく頷く。


*来年になったら、絶対に口座を作ろう。*


まさか、証券会社まであるのだろうか。


気にはなったが、今日は通り過ぎることにした。


◇


細い通りに入ったところで、魔導書を扱う書店を見つけた。


「魔導書の本屋……!」


思わず声が漏れる。


まるで、子供の頃に遊んだゲームの店だ。


*いや、今はこれが現実なんだけど。*


建物は年季の入った木造だった。看板の文字はかすれ、入口の扉には何度も修理した跡がある。


重い扉を押し開けると、小さな鈴が鳴った。


店内は少し薄暗く、天井近くまで届く本棚が隙間なく並んでいた。紙と革、それに乾いた木の匂いがする。


一番近い棚には、「火の系統魔法」と書かれていた。


その棚を埋めているのは、すべて火の魔法に関する本らしい。背表紙の厚さも色もまちまちで、金属の留め具がついたものもある。


「火だけで、こんなにあるのか」


レオンは棚を一つずつ見て回った。


水、風、土、雷。


さらに奥には、「日用魔法」という札がある。


一冊手に取り、開いてみた。


杯を洗う魔法。箒を動かして床を掃く魔法。窓を拭く魔法。散らかった物を片づける魔法。


「こんなものまで……」


ページをめくる手が止まった。


水の入った桶を運ぶ魔法。


「あるじゃないか!」


少し大きな声になり、レオンは慌てて口を閉じた。


これを知ったら、セラは喜ぶだろう。桶が自分で歩かないという問題も、ようやく解決できそうだ。


本の題名を記録帳に書き留め、棚へ戻す。


そのとき、店の奥に掛けられた札が目に入った。


**閲覧注意。十八歳未満立入禁止。**


その先は、厚い布で仕切られている。


レオンは足を止めた。


*この世界にも、そういう本があるのか……。*


周囲を見回す。店員は入口近くの机で、分厚い帳簿をめくっていた。


レオンは何食わぬ顔で奥へ進み、布の前に立った。


*待て。今の俺は十七歳だ。*


もっとも、心は三十八歳の元証券マンである。しかも二年たっているから四十歳だ。


*……問題なかろう。たぶん。*


自分に都合よく結論を出し、布をくぐった。


奥に並んでいたのは、見た目には普通の魔導書だった。


レオンは一冊を手に取る。


留め具を外し、表紙を開いた。


「ギャアアアアアアッ!」


叫び声とともに、半透明の顔がページから飛び出した。


「うわあっ!」


レオンは本を放り出し、尻もちをついた。


床に落ちた本は、なおも叫び続けている。顔は天井近くまで伸び、目と口を大きく開いてレオンを見下ろした。


店員が駆け込んでくる。


短い呪文を唱え、勢いよく本を閉じた。


叫び声が途切れた。


「こら! 制御できない者が、勝手に開くんじゃない!」


「す、すみません!」


「札を見なかったのか?」


「見ました……」


レオンは何度も頭を下げ、逃げるように店を出た。


通りに戻ってから、ようやく息を吐く。


*閲覧注意って、そういうことか……。*


◇


試験前日の夕方、第三次試験の案内が宿へ届いた。


受験者によって、集合する日と時間が違う。


レオンは翌日の午後二時。ジェイクは、その翌日の午前十時だった。場所はいずれも東訓練場である。


「何をやるんだろうな」


ジェイクが案内を眺めながら言った。


「ここまで来たら、何でも受けるしかないね」


「先に受けるんだから、終わったら教えてくれよ」


「話せる内容ならね」


このときは、軽い返事のつもりだった。


◇


翌日の午後、東訓練場には五十人近い受験者が集まっていた。


試験官は全員の番号を確認すると、城へ続く通路へ案内した。


階段を下りるにつれ、外の暑さが遠のいていく。石壁に取り付けられた照明が、足元を淡く照らしていた。


地下二階で、先頭の試験官が立ち止まる。


「これから呼ぶ番号の者は、ここに残れ。ほかの者は、私についてこい」


八人が呼ばれ、別の試験官とともに廊下へ向かった。


残りは、さらに階段を下りる。


次の階でも八人が残った。


地下五階に着いたところで、レオンの番号が呼ばれる。


「千四十二番」


「はい」


同じ場所に残った八人が、石造りの扉の前に並んだ。


試験官は全員を見渡してから、説明を始めた。


「この先の部屋には、八つの扉がある。それぞれ、自分の受験番号が書かれた扉へ入れ」


その奥は、ダンジョンになっているという。


課題は、内部に置かれた魔法の宝石を見つけ、持ち帰ること。


罠があり、魔物も出現する。


レオンは少し胸が高鳴った。


*ダンジョン攻略か。いよいよ、それらしくなってきたな。*


「なお、判断を誤れば死ぬこともある」


胸の高鳴りが止まった。


*まじかよ。*


試験官は机に並べられた腕輪を指さす。


「そのため、全員にこれを着けてもらう。蘇生と転送の機能を備えた、試験用の腕輪だ。万が一死亡した場合は、蘇生させたうえで、この場所へ戻す」


受験者たちの間から、安堵の息が漏れた。


「ただし、その場合は失格となる。腕輪があるからといって、無謀な行動はするな」


レオンは渡された腕輪を眺めた。


銀色の金属に細い紋様が刻まれ、小さな石とボタンが一つずつついている。


*便利すぎるだろう。でも、死ぬのは嫌だな……。*


「制限時間は一時間。時間内に宝石を確保すれば合格だ。時間切れになった場合も、腕輪が自動でここへ転送する」


罠にはまって動けなくなっても、置き去りにはされないらしい。


*場合によっては、一時間ずっと罠に挟まれているのか?*


レオンが腕輪を見直していると、試験官が付け加えた。


「途中で棄権したい場合は、そのボタンを押せ。すぐに戻れる」


*それを先に言ってほしかった。*


「質問はあるか?」


黒っぽいローブを着た少女が手を上げた。


「使用を禁止されている魔法はありますか?」


「ない。自分の力は、すべて使ってよい。ただし、ほかの受験者との協力や妨害は禁止する」


各ダンジョンは隔てられており、思念伝達による連絡もできないという。壁を壊して、隣へ移ることも難しいらしい。


試験官は最後に、腕輪が正しく装着されているかを確かめた。


「では、開始する」


◇


レオンは自分の番号が書かれた扉を開いた。


その先には、薄暗い廊下が続いている。


煉瓦造りの壁には、等間隔に照明が取り付けられていた。壁そのものにも魔力が込められているのが分かる。


扉が背後で閉まった。


レオンは剣の位置を確かめ、慎重に歩き始めた。


ダンジョンがどれほど長いかは分からない。慎重すぎても、時間が足りなくなるかもしれない。


前方で、青い何かが動いた。


【前方に魔力を確認:スライム】

【確度:高】


近づくと、床の上で青い塊が揺れていた。


「最初はスライム。基本だな」


スライムが跳ねた。


レオンは半歩横へ動き、剣を振り下ろす。


真っ二つになった青い身体は、光の泡に変わって消えた。


*ここで勝利の音楽が流れたら、完全にRPGだな。*


もちろん、音楽は流れなかった。


レオンは剣を構え直し、先へ進んだ。


◇


その後は、ゴブリン、ゴブリンロード、オークと、徐々に手強い相手が現れた。


魔力の流れから次の動きを読み、必要なときだけ身体能力強化を使う。戦いが終われば、すぐに解除した。


苦戦したのは、黒い鎧をまとったダークナイトだった。


相手が剣を構えると、刃に赤い炎がまとわりつく。


魔法剣だ。


打ち合うたびに熱風が顔をなで、剣を握る手まで熱くなった。


炎が目の前を通ると、分かっていても身体が引けてしまう。


*火を怖がる獣か、俺は。*


何度も距離を取っていては、時間だけでなく体力も失う。


レオンは魔力強化で相手の動きを読み取り、踏み込みの瞬間に身体能力強化を重ねた。


炎の剣が振り下ろされる、その内側へ入る。


黒い鎧の継ぎ目へ刃を通すと、ダークナイトは膝をついた。直後、ほかの魔物と同じように光の泡となって消えていった。


レオンは強化を解き、息を整えた。


「できれば、次は熱くない相手でお願いします」


返事はなかった。


罠も古典的なRPGそのものだった。


床の一部を踏むと、壁から矢が飛び出すもの。棘のついた壁が迫るもの。細い穴から炎を噴き出すもの。


【前方に魔力】

【罠の可能性:中】


世界の声はやっぱり便利だった。


魔力の変化に気づいて足を止め、周囲を調べると、床の継ぎ目や壁の穴が見つかった。


よく観察すれば、避けられるようにはなっている。


*……答えが分かっているから、そう思えるだけかもしれないけど。*


途中、小部屋の中に宝箱を見つけた。


レオンは入口で立ち止まる。


「ミミックかな」


だが、探している宝石が入っている可能性もある。


ゆっくり近づき、蓋へ手を伸ばした。


【対象:魔物】

【確度:高】


手を引っ込めた。


「やっぱり」


宝箱は、何事もなかったように静まり返っている。


*これってチートだよな。*


少しだけ開けてみたい気もしたが、レオンはそのまま部屋を離れた。


◇


腕輪に浮かぶ残り時間が、三十分を切った頃だった。


前方に、妙な気配があった。


【前方に魔力を確認:正体不明】

【魔力の強さ:中】

【確度:中】


魔物の姿は見えない。


レオンは歩幅を小さくし、廊下の先を見つめた。


空間が、わずかに歪んでいる。


【対象:魔力の壁】

【魔力の強さ:中】

【確度:高】


目を凝らすと、廊下を塞ぐ透明な膜が見えた。その向こうにも、道は続いている。


「これを越えろってことか」


魔力の強さが「中」と言われても、どの程度なのか分からない。


レオンは近づき、そっと手を触れた。


瞬間、掌が弾き返された。


「なるほど。この圧力に耐えるのね」


もう一度手を当て、少しずつ押し込む。


強い反発を受けながらも、指先は膜の中へ入った。


腕を通し、肩を入れる。


身体が半分ほど入ったところで、押し戻された。


レオンは後ろへよろめき、足を踏ん張った。


「普通に通るのは無理か……」


魔力強化を使う。


今度は自分の周囲に魔力をまとわせ、ゆっくり前へ進んだ。


抵抗はあったが、先ほどとは違う。透明な壁が身体の表面を滑り、レオンは向こう側へ抜けることができた。


すぐに強化を解く。


「魔力強化さまさまだな」


残り時間は、二十五分ほどだった。


レオンは足元を確かめながら、少し歩調を速めた。


◇


廊下の先に、広間があった。


奥には台座があり、狛犬に似た石像が一体置かれている。


尖った耳。大きく開いた口。足元には、石で彫られた爪が並んでいた。


「ここが終点かな」


辺りを見回しても、宝石はない。


隠されているのだろうか。それとも、途中で見落としたのか。


今から戻って探すには、時間が心もとない。


そのとき、石が擦れる音がした。


石像の顔が、レオンへ向く。


「……まさか」


そのまさかだった。


石像は台座から飛び降り、一直線に襲いかかってきた。


レオンは横へ転がった。


爪が床を削り、石片が頬のそばを飛ぶ。


重い身体に似合わず、動きは速い。身を起こしたときには、もう次の攻撃が迫っていた。


レオンは身体能力強化を使い、爪をかわして剣を振る。


石の胴を、刃が斜めに抜けた。


石像が二つに分かれ、床へ落ちる。


「やった……!」


剣を下ろしかけたところで、切断面が崩れた。


石が砂のようにほどけ、二つの身体の間を流れる。砂が重なり、再び石になった。


元どおりの石像が、顔を上げる。


「まじですか……」


再び爪が迫った。


レオンはかわし、斬りつける。


だが、また再生する。


三度目も同じだった。


このままでは、魔力だけが減っていく。


*こういうときに、世界の声へ聞けたらな。*


魔力の情報は見える。しかし、遺跡から遠く離れたここでは、問いかけても声は返ってこない。


自分で考えるしかなかった。


レオンは距離を取り、石像を見つめた。


何か、見落としているはずだ。


もう一度、胴を斬る。


今度は倒れた身体から目を離さず、再生する瞬間を観察した。


崩れた石の間で、赤いものが光った。


【対象:魔力の核】

【確度:高】


「それか」


石像が再生し、低い姿勢で身構える。


レオンは魔力強化を使った。


飛びかかってきた石像の横へ身体をずらし、胴へ掌を押し当てる。


「《衝撃》!」


轟音とともに、石の身体が砕けた。


散らばる破片の中に、赤い核が見える。


レオンは剣を振り下ろした。


核が割れた。


寄り集まろうとしていた砂が動きを止め、石像の残骸は光の泡となって消えていった。


レオンは剣を下ろした。


「……何とかなったか」


肩で息をしながら、強化を解く。


そのとき、また石が動く音がした。


「まだいるのか!?」


慌てて剣を構える。


だが、動いたのは広間の中央の床だった。


石の板が開き、その下から小さな宝箱がせり上がってくる。


レオンはしばらく、動かずに眺めた。


「今度は、ミミックじゃないよね」


【対象:魔力のこもった箱】

【確度:高】


*見れば分かるわ。魔物かどうかを知りたいんだけど。*


箱に近づき、剣を手元に置いたまま蓋を開けた。


中には、小さな宝石が一つ入っていた。


青緑色の光が、その奥で揺れている。


「これだ……!」


宝石をつかんだ瞬間、腕輪が光った。


広間が白くかすむ。


次の瞬間、レオンは試験開始前の部屋に立っていた。


◇


「よくやった。合格だ」


試験官が笑顔で迎えた。


レオンは手の中の宝石を確かめ、拳を握る。


「よし!」


安堵した途端、疲れが押し寄せた。


部屋を見回す。


ほかの受験者はいなかった。


「俺が最初ですか?」


「いや。一人、先に合格して帰った」


「もう……?」


自分には魔力を読む能力がある。罠を見つけるにも、相手の動きを避けるにも、かなり有利だったはずだ。


それでも、自分より早い者がいる。


*上には上がいるな。*


試験官は宝石を受け取り、記録用の紙に何かを書き込んだ。


「ほかの受験者には、試験内容を話さないこと」


「分かりました」


返事をしてから、レオンは少し気になった。


「あの、誰かが話してしまうことはないんですか?」


試験官が、にやりと笑う。


「その腕輪を着けている間は、試験内容を話せないようになっている。無理に伝えようとした場合も記録が残る。違反すれば、合格は取り消しだ」


レオンは腕を見る。


腕輪は、まだ着いたままだった。


外そうとしても、留め具は動かない。


「これは、いつ外れるんですか?」


「全員の試験が終われば解除する。日常生活には支障がない」


*呪いの腕輪じゃないか……。*


便利な魔法も、使われる側になると少し怖い。


◇


宿へ戻ると、ジェイクが待っていた。


「どうだった?」


「合格したよ」


「おお! おめでとう!」


ジェイクはレオンの肩を叩いた。


「で、何をやったんだ? 俺、明日なんだけど」


「それは――」


言葉が止まった。


口を開いているのに、続きが出てこない。


もう一度話そうとしても、喉の奥で言葉が消えてしまう。


レオンは腕輪を指さした。


「試験内容は、これで話せなくなってる」


「何だよ、それ」


ジェイクは腕輪をのぞき込み、顔をしかめた。


*あれ、これって大丈夫か?ヒントになるんじゃ・・・*


不安になったのでジェイクに頑張れよと言って自分の部屋に籠った。


レオンはベッドに腰かけた。


ジェイクの試験が終わるまでは部屋にいよう。しかし、疲れた・・。


そう思うと同時に緊張が解け、ベッドに寝落ちした。


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