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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第二章. 落陽の果て、蒼穹に嵐吹く【ルド】
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変転

【ルド】第一区『イーグル』を象徴する建造物『塔』、その最下層にて。

ガゴッと金属が拉られた鈍音が響く。

それは『ゴエディア』を顕現した吏史が『塔』の外壁を紙のように剥がす音であった。


「…………なんだ、これ」

手にした鉄板を地面に置きながら、目を凝らす。

異色の瞳に映るのは蓋――ではない。そう想起させるようにも複数枚積み重なった厚い金属板だった。

「此処の…内側にあるのか?」

もう一枚、二枚と。何度も引き剥がす。

そうして『ビルダの一部』とやらを掘り起こす作業に勤しんでいく。


「……………」

黙々と解体作業が行われていく姿を、カミュールは直ぐ後ろで見守った。

横に座り込む白雪を一瞥することなく、吏史のみを注視し続ける。


「――お前さぁ」

そうして大人しく佇むカミュールに、白雪を抱きかかえたリオがさりげなく囁き声を掛ける。


「なんかやたらと『ゴエディア』の味方してんのは、何で?」

「…………僕がそうしたいから、そうしてるだけです。何か文句ありますか?」

「別に。あれだけお母さん奪った『古烬』許さない〜って散々ほざいてたくせに、その代表格みたいな奴の味方することが不思議でならないだけだよ」


小馬鹿にするような調子で手痛いところを突かれたカミュールは口を閉ざす。

暫し沈黙を経てから、詰まり切った息を吐いた。


「どうぞ、好きなだけ不思議に思っててくださいな。……それはそれとして……君の方も何故、僕らについてるんですか」

「ぼくはビルダの願い事を完遂してもらわないと困るんだよ。わざわざあの空間から助けた意味がない」

「………成程。君自身の碌でもない思惑があるというわけですか」


ぎろり、と剣呑な光を宿したリオが抱く蒼穹の瞳がカミュールへ注がれる。

「碌でもないって決めつけんなよ」

「碌でもないろくでなしですよ。……誰かを利用しようとする奴は、総じてそうです」

無論それが自分も含むような物言いで平然と返し、カミュールは一度瞼を閉じて、ゆっくりと開く。

そうして必死に作業を執り行う吏史を仰ぎ見た。


「吏史君。念の為、お聞きします。……宜しいのですか。僕の憶測ではビルダも君を利用しようとするろくでなしですよ」

「いや嘘は好まないのはほんとだけどな。妙にプライド高いジジイだから」

自らの黒髪を流すような仕草を行いつつ擁護するリオに、カミュールは擦り寄ってくる野良猫を払いのけるよう真顔で手を振る。


「会話に割り込んでこないでくれます?ノイズなんで」

「ハァ?普通に有益な情報だろうが!」

「………有益かはともかく、おいといて。吏史君。これは報告も兼ねた警告なんです。頼っていいのかという疑問でもあります」


眉間に皺を寄せる憮然な態度には無視を決め込み、カミュールは再度、吏史へ話しかけていく。


「ビルダが『嘘をつかない』信条を持っていたとしても……肝心な重要事項説明を執り行わなかった可能性が否めない。『聞かれなかったから話さない』ことは、無知を利用した詐欺師の常套手段ですよ。だから……本当に――頼るのは彼で良かったんですか?」

切実な疑問に対し、吏史の解体を進める手は止まらない。ただ、逡巡を経てるのか返事自体は間が開いた。


「オレは壊すことでしか誰かを守れない。失わないように助けたいなら、相手が始祖でも何でも……力を借りるしかない」

同時に、ブチッと様々なコードが強引に、白い火花を散らしながら引き千切られる。後にただの不要物へとなったそれを乱雑に投げ捨てた。

「………そう、ですか」

先の宣言を聞いた以上、以降はカミュールは吏史を見届けることしかできない。

リオも黙って事の成り行きを見据えるのだから、止めれるものは誰もいないのだろう。


――そうして、『ゴエディア』により『塔』の内部が開かれていく。

最後の殻は“何か”を密封するようにもやたら重圧な白銀色の加工金属板で。ソレが強引に取られた瞬間、周囲には煌めく赤霧が舞い散っていた。


「―――――」

起きた奇妙な現象を前に腕で口元を覆い、目を細めて内部を睨む。

そうした己の手により空気に晒されたモノを直視した吏史だが――情報を知った途端に目を瞠り、息を呑んだ。

「どうかしました?――ッ」

発言せずに硬直する様子を見かねて、カミュールが隣に並ぶ。同様に開かれた内部を覗けば驚愕を覚えるように空色の双眸が瞠られた。


「………なん、なんですか。これは」

声を震わせ、愕然としながら独り言めいた発言を続ける。

「これは枝?いいえ、というよりも、アメーバめいた不定形の生命体……」

「は。何?何がどうした……ぅ゛……ッ!?」

続けて覗き見たリオが嫌悪に呻き、表情を大きく歪めてしまう。


――三種三様。総じて戸惑いの一色へ染まり切った。

内部はそうなって然るべき悍ましきものが鎮座している。そう目を疑うような光景が広がっていたのだ。


『塔』の中心となる内部は、実に複雑な構造していた。

都市の象徴にして発電機能も備わってあるからか、コードが螺旋のように絡み合っていて束になっている箇所もある。


しかし先に暴いたばかりの箇所にはビルダの依頼となる奇妙なものが埋め込まれていたのだ。

「……()()()、みたいじゃないかよ」

リオの恐怖で揺れる声に、否定は上がらない。


そこにあるものを所見で語るならば、樹木の形を模る不定形の“怪物”だった。

鮮血より濃い紅色をしたソレは、『塔』の中枢として根付くように周囲の機器に絡みついている。最下層部だけでなく全体に這うことを示す様に、隙間にも紅色が僅かに見えた。

だが、あくまでもソレが溶液ではなく生命体であると証明するように。

暴かれたばかりの中心には心臓を想起させる塊めいたものがある。

一定の鼓動を打ちながら、脈を刻んでいた。


――その有り様はリオが例えた通り、多足類昆虫のようにも見えてしまう。


「……でも。そんな単純なものじゃあない、か。これが始祖ビルダの一部なんだろうし」

吏史はポツリと呟き、意を決するように息を吐く。

一歩踏み出して『塔』に足を掛けながら身を乗り出した。

奇妙で怪奇、名称し難き存在であるソレに対し『ゴエディア』纏う手を伸ばす。


――始祖ビルダの依頼通り、ソレを引き抜くために。


「待……っ吏史君!コレに触れるのは……っすいません。もう一度聞きます!本当によろしいのですか!」

カミュールは声を荒らげて吏史の肘を両手で掴み、身を傾けるように後方へ引いていく。吏史の行動を物理的に制止しようと試みていた。

「君の意は先に聞きました。存じ上げておりますし、出来そうな方を頼るのは……考え自体は間違えてはない…。ですが…っはっきり申し上げます!これはとんでもないことになりかねない!嫌な予感がするんです!」

顔は血の気が引いて蒼白。恐怖等で普段の冷静さを損なったのだろう。切迫した様子を隠さず、表情も苦々しく強張らせてる。


「この事実は僕らだけに留めてはいけない。どうすべきかを代表者と共に精査すべきですよ…!『塔』の内部に始祖の一部があったなんて、三十代目ネルカルが把握してるかすら怪しい!幸いルナリナ=ネルカルならまだ、僕たちの話に耳を傾けるはずですから、ここは彼女に連絡だけでも……」

「その間にオルドが消えるかもしれない」

地を這う低声にカミュールが萎縮するのをお構いなしに、捲し立てられた。

「……時間がないんだ。わざわざ聞いてる暇なんてない。行動を起こさないと。これはオルドを助けるためだ。きっと納得してくれる。第一、ディーケだって居るんだから何が起きたとしても大きな問題にならない」

「ち、違います………違うんですよ!被害に“大小”関係なくて。……問題をよしとした上で相談もなく実行するという一連の流れが、まずいと……!」

道理を訴えるカミュールの意見に対し、吏史は振り返り目を瞬かせる。

「なんで?」

「……………は………?なん、で…って……いや、これが………普通、でしょう……?」

その平然とした態度に戸惑いつつも、未だ退くことはせずにカミュールが訴えたが、依然吏史は不思議そうに首を傾けるばかりだ。


「オレは『古烬』の兵器『ゴエディア』。アストリネの[核]を啜って異能を模造する機能がある。……人ではない存在だ」

突如、突きつけられた卑屈に満ちた自己紹介(覆しようがない事実)に、カミュールは言葉を失う。


「どうやって生きればわからなくなった時に。全部、オルドが気づかせてくれたんだよ。『奪われたくない』『死にたくない』って」


空色瞳が揺れる。透き通った虹彩に映る吏史は口角を歪な形に吊り上げて、動かした。

「何に替えてもいい。それでも大切な存在を繋いで一緒に生きたい。それが、今のオレの本音なんだ」

正面から真っ黒に濡れた言の葉を受け続けたカミュールは、目を細めて奥歯を噛み締めていく。

無性の怒りが湧いて、仕方なかったのだ。

――呆気なく消えた自身の父親と、誰にも本心を明かさなかったオルドヌングに。

正気を損なわせた暗き青と黄色の双眸を平然と向けて、喉を震えさせる吏史へ、カミュールは憤怒を抱くのだ。


「だからオレはオルドの役に立つ。いいや、むしろ兵器だからこそ役に立たないといけない。ビルダがオレで何を企んでいようが、なんでもいいよ。……結果が全てだ。オルドが生きれるならそれでいい」


――教育不足。

透羽吏史は善悪を定義つける道徳と、自己を肯定する自尊心が欠如してるではないか!


「………あ、あの…………男どもは……!」

ひどくズレた人間性を目の当たりにしたカミュールが小さく戦慄いた。


(大事にはしておいて、色んなことがわかる立場にありながら、こんな重要なことを……まともに、教えてやらないなんて……!)

家族としての思い出や戦う術は十分に与えたのだろう、それは吏史の必死な行動で察せられる。


(道を外れたことを行えば多くを傷つけてしまうと、何故、彼に教えなかったんですか…?!……でもジルさんなら―――違う!)

思考を回しながら一つの覆しようもない要素に気付き、頭を抱えたくなった。

(アストリネには、『人を守る』ことが当然の常識として埋め込まれてる!身に染みた癖を教えられるわけがない!)

種の違いは超えられない。その事実に唇を噛む。


サージュもオルドヌングも吏史と生活を過ごして知識を与えた。

しかし彼等は揃ってアストリネ(管理者)

その上、『平定の狩者』に属していたもの。道外れた行動が何を生むかは、身に沁みついてて分かり切りすぎた立場にある。

だからこそ、吏史は彼等に教えられなかった。

慣れた癖というものは客観視し辛い上に、教えずとも備わってるものだと認識しがちが故に。


(だから、教えなかったんじゃない。僕らにとってそれが『当たり前』が過ぎた……!)

一見して吏史が素直で善良な少年なのも相待って、必要だと判断つかなかったのかと頭を抱え込んだ。


『古烬』の兵器という立場を慮れなかった種族の差。

『古烬』を蔑ろにした歴史。

これら二つの要因が歪んだ価値観を生み出したのだ!


「………っ吏史君……」

詳に解明された。性格に根付く問題だと。現状、早期解決は難しいだろう。

だが、カミュールの意向は変わらない。吏史の腕にしがみついて制止を図る。

(僕もかつて君を利用しようと目論んでました。心赴くままに動けとも促したばかりです。君からしてみれば矛盾した行動でしょうが……!)

夏空を想起させる異色の瞳に、己が映る中で見返す。

(だけど、止めねばならない。間違いを犯して後悔する君を見たいわけではないんですよ…!)

決意を込めて吏史を空色瞳で睨み据えた。


「まず一つ!君は!」

険しい顔を浮かべて渾身の力で腕を握り、声を張り上げて叫ぶ。


「君は、人間です!まずはそこから気づきなさい!」

「―――――!」

思わぬ反論に吏史の異色の瞳が瞠る。その中で、カミュールは捲し立てた。

「そもそも第一にイプシロンは兵器として君に何かを頼ろうとしてましたか!?全っ然望んでなかったでしょうが!」

「っ!だ……だからだろ!だから……自分から役に立つようにするしかない!」

糾弾に吏史は顔を顰めて、激情を激情で返すように強く吠えたてる。

「生きていてほしいんだ!隣にいてほしいんだよ!二度と失いたくない…!なのに、オレの願いに反して…オレには壊す力しかないせいで……ジルや……オルドまで居なくなってしまう!嫌だ!絶対に嫌だ!……例え、藁でも僅かな希望があるならオレは掴みたい……!」

溺れてしまう前に、無意味かも知れなくても行動を起こさねばならない。動かなければ奪われる。

声を掠れさせながらも吏史は切に訴えた。


「変えたいのなら、そうやって自分から動かなきゃダメなんだ!助けてくれる神様なんて…いないんだから!」

これは散々失い続けた少年の慟哭。

ようやく得た居場所と安寧を損なうことに恐怖する。誰にも備わって起こり得る普通の感情の乱れだろう。


「………………」

一歩離れてた位置で目の当たりにしたリオは言葉を無くし、押し黙るばかりだった。


「……………。気持ちは、わかりますよ。痛いくらい。僕も母を条件に出されたならば君と同じ選択をするでしょう。僕たちはよく似た同類なんですから」

同調を抱いたカミュールは、沈痛なる思いを込めて目を伏せる。

「だったら……!」

「ですが、」

だが、直ぐに発言を遮りつつも視線を上げた。吏史から目を逸らさぬように。


「もしも、をよく考えてください。君がビルダに唆されただけであれば?彼が始祖というだけで……盲信するのは危険です。僕たちの常識が通用しない相手であることも想定できる以上、願い叶わずに『塔』だけが壊れるという最悪なケースも……十分あり得てしまう」

身を引き裂けれるような苦しみを理解した上で、切なる想いを込めた。

両手を白百合が咲き誇る胸元へ添える所作を交えて、どうか届くことを願うように。


「もう少し深く、考えてください。もし間違いなら、君が傷つくだけで……ほんとうの意味でひとりぼっちになってしまいます。僕は君にはそうならないでほしい。一人は、寂しいですから」


真摯なる想いに、吏史は――逡巡を覚えたのだろう。

やがて吏史はカミュールの手を払い始めたが、その時の仕草はやや緩慢で手向けられた優しさを乱暴に振り解き辛そうな調子だった。


「……だけどオレにはカミュールが居る」


傷だらけの手で細い指先だけを、控えめに掴む。

そんな、実に慎ましい接触を悲しげな表情で行いながら――やがて、未来でもそうありたいと祈る懇願を紡ぐ。


「カミュールだけは、この先ずっとオレの味方で居てくれるんだろ?」


揺るぎない信頼が込められた眼差しが一心に注がれていた。


「そ、れは、」

ただ、戸惑うカミュールから答えを待つことはない。すでに意を決していた吏史が動く。

手放して僅かな繋がりをなくし、奇妙な生物へと向き直る。

「っダメ!吏史君!!」

黒骨の手甲たる『ゴエディア』を再顕現させて、『塔』の内部で鼓動を刻む紅き異形の心臓を容赦無く掴み―――引き抜いた。






「――良い子だ」

ここには無いはずの嗄れた声が感嘆の吐息と共に渡りゆく。


「では、()()()お主の願いを叶えてやろう」

後に陽炎のようにも極彩色の光が、揺らめいた。



そして、深層から天に向けて虹光の奔流が起こる。


それは、『塔』を中心に起きた異常事象。

最下層から最上にかけて地盤変化の胎動が響くもの。

支柱となる『塔』の崩壊により、崩落が起こる。

第一区『イーグル』の地につく者ならば総じて等しく、巻き込まれてしまうものだ。


――そしてこれは、オルドヌングの剣がサージュを断ち切る前に起きた事象である。


「な、ぁ!?」

踏みしめた足元を絡め取られたも同然だ。オルドヌングの姿勢は崩れかけた。


手元が狂い、剣は虚しく空振ってしまう。


思わぬ形で難を免れたサージュだが――此方も平等に余震に巻き込まれた。

「ぃ゛!…だぁ…ッッ…!」

加算された重力の影響もあり、背を仰け反らせた姿勢という碌な受け身も取れぬ形で足腰を強打する。

「……っク、ゥゥ……歳がいくつでも腰は大事にするべき箇所なのに……!」

拉た片腕の激痛だけでなく全身に響いた鈍痛に唸りながらも、苦悶し続けることはない。


鼻筋に皺を寄せつつ素早く身を起こす。

後方へ跳躍し、体勢が崩れたオルドヌングとは広く距離を取れるのだ。


ひとまず追撃の難を逃れた上で、周囲へと視線を巡らせていく。


「……………………マジか」

サージュは瞠目する。起きた異常を、取り返しのつかない事態を、理解した。


「考えうる中でも一番最悪な展開だな」


虹光を乗せた突風が周囲に満ちるよう全体を薙ぐ。

赤混じる金糸を浮かせ、栗色髪を乱していく。しかし互いに整える間もない。

寧ろ、サージュの方は想定しなかった混沌を前にして、顔を強張らせてばかりだ。


――『塔』は、底から溢れる極彩色の光に飲まれていた。


但し、その光は光子でも波ではない。

意思を持つ質量であると示すように、重ねて織り成されて、『塔』を中枢にした無貌の巨人が姿を現した。

それは、唯、己の強大さと威光を現すには留まらなかった。

波のように断続的に光輪を立てて、『塔』の施設等を崩落させていく。

破壊をも織り成す巨人は夜空へと手を伸ばす。……その動作は虹の天輪が渡る範囲を広げる行為なのだろう。

より一層、身が膨張するかのように虹輪の輝きが増していた。


故に、意思を予期できる。

この巨人は『塔』の崩壊では留まらず、第一区『イーグル』に在する全てを呑むつもりなのだ。


―― ◆◆◆◆◆◆◆◆◆……


虹光を乗せた風が重なり、音を奏でている。


―― ◆◆◆ ◆◆◆ ――◆◆◆◆◆◆ …!


一定の波長で世界を揺るがす。


―― ◆◆◆…! ◆◆◆◆◆◆!


まるで、塵芥の如く呆気なくも散る有象無象を嘲笑するかのように。

巨人が奏でる風音が続くのだ。


「…ッチ!化け物が……!」


サージュは険しい表情で虹の巨人を睨み、嫌悪を吐き捨てる。

背後から剣を振り下ろして迫るオルドヌングに対しては、ハニカム構造で形成した氷壁を編んで応じた。


ギィン!と渾身の痛打と緻密な堅牢が辺りに響く。

拍子で黄金の粒子と氷粒が周囲に霧散したが、氷壁は厚く、健在だ。

「しつこ。なに?ってかこの状況で僕に絡むのかよ」

「……っアレはなんだ……いったいなんなんだ!あなたはまた、裏で、何をしでかしたんだ!?」

力強く踏み込んで、少しずつ剣を押し込む。

徐々に強引にも氷壁へ亀裂を走らせて翡翠瞳を見開き吠えるオルドヌングに、サージュは肩を竦めて呆れた溜息を吐く。


「いいや、何もしてないねぇ。こればかりはノータッチ。つーか心の読めてるんなら色々察せられるもんがあるだろ?今の僕の心が見えてるんだろ?」

「…………っ!」

オルドヌングの顔が歪み、手が僅かに震える。

――サージュの主張は正しかったのだ。

この異常現象に於いては何の関与してないと、煌めく翡翠瞳が難なく真実を看破できてしまう。


「…ならば今、あなたを潰したとしても…結局……何も解決したとは言い難いではないか…!」

だからこそオルドヌングは顔を横に振り狼狽した。

無用の情報を弾いた上で心が読めるという極みに至れど正解には迎えない。重要なピースを手に入れても、型に迷うならば無いも同然だ。


「………。まあ、ねぇ。きっと解決にならないし、少なくとも今はお互いに戯れてる場合じゃないわけだけど。それでもまだ噛み付くわけ?」

無論、答えまで理解しうる立場(『観測』者)であるサージュは嫌悪の対象に策を教えるなんて、優しさを施さない。わざとらしくもニヒルに笑い、煌めく翠瞳を細めて突き放す。


「ここであなたを取り逃しても、大概碌なことにならないだろう…!」

「失敬な。少なくとも今のお前よりは実害がないんだから大分マシだよ」

「―――…………は?」


虚を突かれたように息を呑んだ瞬間、サージュは視線を動かす。

満開に咲き誇る紅きダリアめいた羽毛――光に包まれて輝く[核]に向けて、注がれた。


「調子がさぁ、良過ぎるとは思わない?まあだから都合が悪いものもボヤけて見えないんだろうけどねぇ。自身を俯瞰して理解できず、事の深刻さを把握できていないのも仕方ない」

「……………何が言いたい」

「気付けよ。花が埋め直されたように、咲き直してるじゃん。時間制限自体は何となくお前も感じてただろう?何故、尚も崩れないのか。これって根性論では解決しないものだよね。お前は悪法で朽ちるバカを見てきた側だからこそ、わかってるはずだ」


身慄いを覚える。先の答えを知る行為に恐怖するように。

何もかもが指摘通りだ。心身好調だからこそ、嫌な予感が覚えてしまい、冷たい汗が頬を伝う。

「………ッだから、何が言いたい!先からいったい…っなんだというんだ!」

込み上げた焦燥感に耐えかねるように、オルドヌングは強引に盾を破る。

破砕されて透徹の欠片が舞う中で、剣の切先から逃れるようにも一歩身を引いたサージュが睨み据えた。


「では、僕が答えを簡潔的に言おう。お前は捕食者側に堕ちたんだ。壊れゆくお前の命を維持するために、代わりの命が供給されている」


「―――……………………は?」

剣の力が僅かに緩む。

「ぁ……あり得ない……!いったい、どういう主張だ!そもそも、何故俺が、どうやって、そのようなことが叶うわけ…!」

動揺しながらも否定を紡ごうとした。

「!?」

しかし、それは致命的な隙。サージュは手元に冷気を収束させ、刹那にて不意を穿つ。


「――オルドヌング!!」

氷の軌跡が走り切る。ディーケが俯き掛けた顔を上げて叫ぶ。

オルドヌングの腹部には、サージュが編んだ氷の細剣が突き刺さっていた。数センチ以上まで深々と刃が埋め込まれた――明らかな致命傷である。


しかし、オルドヌングの身は崩れる兆しを見せていない。声も出さずに身が戦慄く。

蹌踉めき、数歩ほど後方へ下がり、震える手で剣を抑える。

そこへ直ぐに虹光の風が湧き立ち、オルドヌングの傷へ集い始めて負った裂傷を癒すのだ。

まるで、時を巻き戻すかのように。欠損修復が果たされて、突き刺さった氷剣が自然と抜けていく。


数秒と経たずにカランと音を立てて、割れた床へ弧を描き、無造作に転がった。

「………………………」

透き通った氷剣を、オルドヌングは愕然と見下ろす。

傷を負った事象そのものが消されたように。血という汚れすら一切ない氷剣を見下ろしていた。


「可能だよ。だって、アレは始祖なんだから。説明なんて……この言葉だけで十分だろう?教えてやった歴史を忘れちゃったのかなぁ?」

オルドヌングは何も反論せずに沈黙を貫き、瞠目したまま剣を見下ろし続けた。


「八百八十七人と…三十二。これがお前の壊れた[核]完全再生に必要な数。緊急修復用としてあてがわれたのは………九十五人と、五くらい?」


否定。反駁。抗弁。異論。論駁。異議。

全てが紡いだところで意味もない。オルドヌングは唇を固く噛んで、瞠目したまま黙してしまう。


「何故、始祖がこうするのかは教えてやろう。……『誰かの願い』さ。何に変えてでも君を生かしたい誰かの願いを聞いたから、始祖ビルダは叶えようとしてる」

語りとはまた別の声が、聞こえてくるのだ。


――(助けて)


オルドヌングは心理操作の異能を持つ。

開花を迎えた、今は、『必要とした情報のみ』が分別されて汲み取れてしまう。


「……何に代えてでも、ねぇ」

故に、現実の声を置いて。謎を詳らかにすることを望んだ意に応えて、解が示される。


(助けて。)(痛い。)(消えたくない。)(怖い。)(苦しい。)

(死にたくない。)(助けて。)(死にたくない。)(たすけて。)(苦しい。)(たすけて。)(たすけて。)

(おかあさん、おとうさん、)


(誰か。)


風に乗り届くは意識集合体。『遺児』の断片的な機械的思考とは異なるもの。

己という器に取り込まれる寸前にて、刹那で反響する声が聞こえていた。


( にたくない。)

(誰か。)

(たすけて。)


かつて幼き頃の己とは違う。

天に祈ろうとも決して救われることはなかったであろう多数の人々の声が、立て続けに流れていく。


(痛い。)(苦しい。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)(誰か。)



(終わりたくない。)


――黒き雨垂れが、心へ滲み落ちていく心地に。

オルドヌングは微かな吐息を漏らし、瞼を震わせる。


「……強制的に多数の命を奪い、飲み込む気分はどう?」


挑発的な質問に何も答えられない。無言を、貫いてしまっていた。


「……ッ、ぐ…ぁ……!」

しかしオルドヌングには呆然とすることも許されない。

不意に聞こえてきた僅かな呻き声が鼓膜を揺らしたため、息を呑んで顔を上げては視線を回す。

「ぃ、……ッ、!」

苦悶の声を上げて膝を付けるは、手負いのディーケだけではない。無傷のアルデもだ。

其々が、顔色は死人めいた土気色である。

始祖の威光と思わしき虹光が沸き立つ度に、その顔色は悪化する一方でよくなる兆候が見受けられない。


「まさか……アストリネまで。……しかも、再生力すら奪われてるとでも………!?」

「いやいや……当然じゃん。『破滅』という事象を覆す代償なんだから、こんくらい安いものだよね」

「!……ッならば何故!あなたは平気なんだ!?」


オルドヌングは猛然と吠える。

だが、同時に強烈な蒼き光に差し込まれてしまい、眩さに目を細めた。


「――単純明快さ。引っかからないから。この身は“人”でもなければ“アストリネ”でもない。[吸収対象]としては認識されないんだよ」


背後に溢れる蒼光に照らされて身が染まるサージュは口元を歪めて笑う。

それは異能――『転移』の『門』。それが、完全に展開しまってる。


「しまっ………!」

逃すまいとオルドヌングが翼を羽ばたかせ、サージュは躊躇いなく地面を蹴り上げて跳ぶ。


「じゃあねぇ〜クソガキ。あとは後処理に頑張んなぁ」

蒼光の『門』に飲まれて転移する間際にて。

放任的な激励を送りつつも無事である片手で小瓶を取り出して、オルドヌングへと放り投げた。


「精々回るその頭を、全力で使いなよ」

――転移対象者を呑んだ電磁波が瞬時に掻き消える。

オルドヌングが伸ばした手が掴むのは、投げられた小瓶だけだった。


「……ッくそッ…!」

拳を握り、横に振るう。忌々しげに舌打ちを漏らす。

自身の全てをかけてでも倒すべき相手だったというのに、取り逃してしまったのだ。


(“無我”を貫かれて、思考依存の隙を完全に突かれた…!)

これが心理看破に依存する相手への最適解だと、教え込むように完全にしてやられて、頭を抱え込む。

(油断した。二手先を行く相手だと、わかっていただろうに…!)

発散しようもない忿懣を抱き、手にした小瓶を強く握り締める。

「…………え?」

――怒りのまま、小瓶を割り砕く前。

違和感を覚えたオルドヌングが手を開く。

亀裂が走る小瓶には淡い海色の溶液が満ちている。ほんのりと冷気を帯びる溶液は異質さを放っており、それ自体には、やたら覚えがあった。


「まさか。これは、()()()……?」

また、薄金色の付箋が添えられていて。

ぐしゃぐしゃにした紙を開けば、たった一文だけ記されてることに気付く。


〔お手本通り、よく噛んで食べなさい〕


あまりにも、奇怪で意味不明。込められた意図が不明瞭過ぎる一文だ。

「は、」

――しかし、オルドヌングに全てを理解させるには、あまりにも十分過ぎた。

「ッ、ハ……」

やがて、オルドヌングは堰を切ったように肩を揺らして乾いた笑いを漏らす。

「ハハハッ…ああ、なんだ。ククッ…そう、だったのか。あなたは二十年以上前から、これを描いてたのか……!」

終始してやられた事実に、掌で額を抑えてただ笑うしかなかった。


「最悪だよ。やはり取り逃すべきじゃなかった。此処で仕留めるべきだった………」

だが、決して後悔の念で項垂れず、恨みつらみを未練がましく語る真似はしない。


「――ああ、本当に。最悪だ」

瞼を閉じて深い溜め息を一つ。それで、取り乱した気を切り替える。

開始の合図も兼ねるように、親指で小瓶の蓋を弾き飛ばす。


「来い――『アルマ』」

兵器『遺児』を用いて事態鎮圧に遂行せんと、オルドヌングは黄金の粒子を与えた名前で呼び招く。

召集に応えた数十万の黄金は、天を衝く柱を編み上げていた。


「…してほしいことがあるんだ。これが、最後だよ」

幼い子供に頼み、言い聞かせるように。オルドヌングは優しい声調で最後の(オーダー)を下す。


()()()()()()

燦然と煌めく翡翠瞳が指し示すように映すのは一点。虹の巨人を射抜くようにも捉えていた。

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