白の輪舞曲
メカリナンは舞い上がる砂塵に満ちた部屋の中央にて、静かに佇む。
灰が満ちるような光景を一瞥し、やがて懐から箱を取り出した。
梱包された長方型の箱を開けば、整列された煙草がある。
革手袋に包まれた指で挟むのは、一本だけだ。
紅で色づく唇で吸い口を挟み、愛用してる純銀製のライターを用いて先の刻へ点火する。
――深呼吸を繰り返し、部屋を紫煙に満たしていく。
宙に霧散して空気に溶け行く砂塵に対して、ある種の弔いを送るように。
「……容赦ないですね、カンデラ」
嗄れた声が背後から掛かることでメカリナンが横目を向けて声主を視認する。
だが、何者か理解しては直ぐにその煌めく藤色瞳を閉ざしていった。
「ああ。なんだ、モニングかい。うっかり異能を放つところだったじゃないか」
煙草を咥え直し、からりと笑いあげるメカリナンに、燕尾服を纏う六十代男性が目元に走る皺を深めて上品に笑う。
「勘弁願いたいですな。幾つになっても貴方の撃は…年甲斐もなく泣きたくなるほどに痛い」
モニング=テレスコフィ。
十代目テレスコフィにして『音』を操作するアストリネたる男は、馬尾のようにも束ねた己の長き白髪を揺らしながらも歩み、自然とメカリナンの隣へ並んでいた。
「相変わらず行動が速すぎますね。貴方がイプシロンを特効薬で起こす間、せめて『旧き姓』の殲滅は俺が行おうと思っていたのですが……」
「いや。気にするな。今回に限ってはね、違うんだよ。――これはアタシがやったわけではないんだ」
慇懃な態度で後ろ手に組み佇んでいたテレスコフィの身が強張る。
「――なら、この場は一体誰が、一掃したんですか?」
己へ向けられる錫色瞳は静謐を湛えながら戸惑いに揺れていたが、メカリナンは包み隠さず明かすのだ。
「やったのはシェルアレンだよ」
「……二十五代目エファム?確かに、かの君は三ヶ月前に『ゴエディア』の前に姿を現したとは存じ上げておりましたが…」
「但しその姿をした『何か』ってのが、アタシの感想さ」
「――どういうことですか」
フゥと濃い紫煙を吐き出して、メカリナンが眉間の皺を深めて呟く。
「なぁ。アタシが知ってるシェルアレンは、善意が行きすぎてよく空回る奴だったんだ。常に自己による犠牲を前提にした完璧な解決を要求されてるもんだから……全部、ひとりで抱え込んじまう。でもね、それはそれだと物事を割り切れるから綺麗に笑える子だったよ。そういう所がアタシは気に入ってたんだ」
メカリナンはよく知っている。
年齢もあって記憶の澱が白亜に濁る点があれど、それでもシェルアレンのことを理解しようと歩んでいた側だったが故に。
「だからね、何だった……のだろうね。ここまで年食って生きちまったくせになんで、こうなっちまったのかこれっぽっちもわからないんだよ」
真紅に染まる部屋。錆びた鉄の匂い。[核]諸共破壊されて苦悶に唸り、息絶えて砂塵へ還る者達。
赤の砂塵が舞う中で佇むは月白。
煌めく満月を浮かべた夜空瞳の目尻を下げて、閑雅を讃えた笑みを綻ばせている。
「何一つとして理解できなかったよ。まるで残虐性を現す宗教絵画でも鑑賞してる気分だったさ」
瞼を閉じていくメカリナンには、そんな焼きつくような射影的な記憶ばかり残ってるのだ。
――とても信じ難く、強い衝撃を受ける光景だったのだから当然とも言えるだろうが。
「…あながち、イプシロンの懸念は間違えてないかもしれない。ここまで惨いことをやれるのはヴァイスハイトのクソガキくらいだ」
「…ヴァイスハイト…?しかし、彼は彼で十六年前に絶えたでしょう?」
テレコスフィの疑問に応じるようメカリナンは藤色瞳を覗かせる。後に顔を歪めていき、老いで刻まれた皺を深めていく。
「あのサージュ=ヴァイスハイトが終わる時は、想定外が重なり盤面ごと狂わせられまくった時くらいさ。襲撃事故程度で亡くなるわけがなかったんだよ」
「ですが、月鹿に捕食されたのは……想定外だったのでは?今やヴァイスハイトは誰にも継がれなかった。ただの杞憂です、カンデラ。途絶えた姓が続くことはありません」
「ああ。普通はそうさ。普通ならそれでいい。アンタが言いたいことはわかってる。……けどな、モニング。アタシ達に馴染んだあらゆる道具や建物はすべて奴の系譜が関与してるんだよ」
ヴァイスハイトは時代を、文明を終わらせ、管理の暦を盤石なものに築き上げた。核心にして影でもある。
「本当にそれで消えたと言えるのかい。あのヴァイスハイトが」
「……………」
何も、答えきれない。テレコスフィの唇は重く閉ざしてしまう。
錫色瞳は深慮を携え据えていたが、メカリナンが提示した疑念に同調するように焦点が彷徨うばかりだ。
「あの事件を鼻から疑うべきだった。アレはアストリネの中でも飛び抜けて“異端”だ。想像を具現化しちまう……なんて、『神』とも呼べるだろうに。アレをアタシ達の常識で定義するべき存在じゃあなかったんだよ」
ジュッと焼き付ける音が立つ。
それはメカリナンが着火したばかりの煙草を型なく握り潰す音だ。
硬い拳の隙間からは薄い紫煙が名残で漏れ出ていたが、舞う砂塵に飲まれて呆気なく消えていた。
「シルファールはもう居ない。その血族すら最近殲滅された。大半の兵器も……エファムが主軸となった『平定の狩者』が殲滅した。……なのに、何故だ?何故、今更兵器問題ですったもんだして、ここまで荒れてる?――この状況が彼奴の手引きなら大いに納得できるんだよ」
煌めく藤瞳が、瞳孔ごと大きく瞠る。
「創れるなら、破壊だって容易にできるもんだろ」
煙草を握り締める手からは、彼女が操る鋭き極光もが溢れ出ており、煙草の形が霧散した。
「そう、ですね。現に“ヴァイスハイトレポート”を起因に六主や人が惑い、どの国も荒れている。無関係とは言い難い。例の透羽吏史も…彼の養子である以上……」
「モニング、それはやめな。未成年への他責なんて馬鹿でみっともない真似をするんじゃない」
発言を遮ったメカリナンが、頬に青筋を浮かせた険しい表情でテレコスフィを咎めていく。
「あの子は自分の大切にしてるもんを守りたいと願ってるだけだよ。誰もが持ち得る普通の感覚を備えてるだけなんだ。……それを利用しようと目論む奴等が、圧倒的に悪いじゃないかい」
「……………そうですね。誠に大変失礼致しました」
「馬鹿が。アタシに謝ってどうするんだい」
恭しくも頭を下げるテレコスフィにメカリナンは小馬鹿にするよう鼻で笑い、何かを思い馳せるようにも目を伏せた。
「……兎も角。こんな舐めた真似をしてくれた奴には精算をつけさせんと示しがつかんだろうね。………いや、正確には取り返しがつかなくなる、か」
そのような独白を紡ぎ、メカリナンは息を吐いた。
やがて徐に前を見据えては一歩前へ踏み出すようにも踵を返し、退室せんと扉へ向かう。
「――カンデラ。何処へ行かれるのですか?」
テレコスフィがその背に声をかけても、メカリナンの迷いなき歩みは止まらない。
「身辺整理」
手短に解を示し纏わりつく血の砂塵を払い除け、老女はただ進む。
◆
月鹿と対峙したメカリナンは目を細める。
彼女と会って、確信を抱けた。神経を逆撫でさせるような悪辣な好奇心は隠せていない。
「…随分と上手い具合に溶け込んだもんだ」
サージュを睨み、鋭く舌打つ。
鼻腔を掠める血の匂いも相俟って、神経を逆撫でられたメカリナンの眉間に走る皺は自然に深まるばかりだ。
「いったい何を企んでるかは知らんが………アンタのことだ。碌でもないことなんだろう?」
素早く両腕を振り袂を広げつつ、顔の高さで並行に揃えあげる。
「その腐った根性、ここで叩き潰してやるよ」
互いに構えて開幕が降ろされる前。サージュは悩まし気にも唇を尖らせた。
「あーあ。困ったなぁ。“詰み”、とまでは行かずとも貴女はまあまあ面倒な相手ではあるんですよねぇ」
先に証明もされている。
雷は光と解釈を持つ以上、メカリナンには雷弾は通用しない。
「ばんっ」
何の前置きも無しにサージュは無邪気に銃のトリガーを引く。
試しの一発という雷鳴が轟き、メカリナンへ向かう。
だが、光速は彼女に仇なさない。
前に構えた掌が先を取り、今度は真横へ叩き流れる。
閃光が瞬き、一拍。後に脳髄を震わせる破裂音が響けば四散した破片ごと突風が吹き遊び、サージュとメカリナンの髪をなびかせた。
「うん知ってた。やっぱ相性は最悪か」
「それが分かってて、この先も無駄撃ちする気かい?」
「いいや?そんな無駄はことはしない。貴方を狙っても無駄だから――先を変える」
メカリナンが怪訝そうな表情を浮かべた。
刹那、数度の閃光と雷鳴が走る。
「っちぃ!」
舌を打ったメカリナンは地面を踏み締めた。
速射でベガオスに放たれた雷撃を真下へ叩き落とす。
庇う動作という僅かな隙を得れたサージュは即座に駆け出した。
合間に銃口をアルデとイアンへ傾け、連続でトリガーが引かれていく。
「それでアタシを出し抜いたつもりかい!?舐めるんじゃあないよ!」
憤怒という感情は極まった。メカリナンも引き金を引くよう速攻で纏う黒のジャケットコートを脱ぎ捨てて、顕現を行う。
眩い光が放たれ、顔は全貌を覆う能面に覆われた。
両腕は白黒の体毛と筋肉で膨張し、切り裂く鉤爪が革手袋を無惨に裂く。
和装の袖口からは、黒模様が走る虎の剛腕がむき出しになるが、背中から更に四本の虎腕が伸び出ていた。
左右対称、二対を生やすその姿。さながら観音を彷彿とさせるだろう。
顕現時による異能向上を以てして、メカリナンは光速動作を披露する。放たれた雷という光を物質として捉えて掴む。
「洒落臭い!」
しかし此度は逸らすことはない。
持ち前の剛腕で殴りつけていく。
――バァン!!
白雷が破裂音を立てながら、脆い木材のように崩壊し一帯に放電する。
周囲には雷光が蛍火のように散り散りに舞い上がっていた。
「まだだ!」
当然、六腕は止まることは無い。メカリナンが杭のように地面を踏み締めて、準備を済ます。
短い深呼吸を済ませ全身に力を込め、首に青筋を立てては次々と迫りくる十二の雷を対処する。
六本の剛腕は的確に雷弾を捉え、怒涛の殴打を振っていき、連轟を轟かせては全て破砕し切った。
「―――……めんどくさっ」
そんな苦言を漏らすサージュの翠瞳が平らに据えていくが、後に瞳の輝きが増す。
「これはあんま使いたくなかったんですけど…ま、仕方ないか」
不満を溢したと同時に冷風が巻き起こる。
酷寒たる風は淡い蒼光となり、白銃の銃口へ浮かぶ光として集束された。
(……?なんだい?奴は何をした?)
疑問を浮かべるメカリナンにトリガーが引かれる。
但し空を走るは白き雷弾ではない。瓶覗色の弾だ。
ヒュッと空気を切り裂く音を立てて、メカリナンに向かっていく。
「小細工を仕掛けたつもりかい…!だがねぇ、この弾も遅いんだよ!」
だが、メカリナンの目は既に弾を捉えてる。光速で動ける身では欠伸が出るほど遅いものなのだ。
背から伸びる腕の一つを以て、蒼き弾を粉砕する。
「――――!?」
パキン!に派手に花開くような凍結音が場を冷え込ませ、受けたメカリナンが、目を瞠る。
蒼き弾は雷弾のように放散しない。
寧ろ、着弾時に貫通せず分散することで空気中の水分を糧に開花した氷柱を連ねていた。
「これは、氷………!?」
光で構築された能面の向こう、藤色瞳が瞠る。
氷柱が強固な拘束をされたも同然。凍結された腕は拳を握りしめたままで碌に開けそうにもない。
周囲に散った電気に呼応してか、氷柱の表面にバチバチと音を立てて白の電荷が迸るばかりだ。
(待て。こいつは【暁煌】でジルを打破して食らった。あの坊やの特性報告を鑑みれば………っ雷を扱えるのがまだわかる。――だが、氷はありえん!氷の異能者、操り手の記録はない!!)
雷ではなく氷を用いられた、暦に明記されてないものを用いられてしまった動揺も酷く大きい。
――見せた隙か、あまりにも大き過ぎる。
「……老いを重ねる度に自我と知見は強固になり、根拠のない自信を重ねるため変化が厳しくなってしまう。僕自身、老害には総じてその印象があります。貴方も例外なく同様に。初見の衝撃を飲む適応力に欠けてるからこそ、判断力が著しく落ちる」
メカリナンに評価を下したサージュが、トリガーを引き続けて氷柱を編む弾を撃ち込み続ける。
元より脆弱な蒼弾は着弾の衝撃でも霰のように飛び、空中の水分等を糧に氷柱を編む。
「ッぐ…………!」
メカリナンが撃で小さく呻く。
その苦悶の息すら凍てつかせる勢いで、氷柱は開花するように広がっていた。
弾の嵐は彼女の六本の腕だけに止まらない。肩や腿、足元の地面にまで、メカリナンを捕える空中の塵等を含んだ不純物の錠と檻は狙い通りに完成されてしまう。
「っこの!……小賢しい真似を!」
憤怒を高めて力強く踠くが、氷柱の檻にはヒビすら入らない。
外せないならば威勢でしかないと嘲笑するように、氷晶はメカリナンの身――表面に走る白き電気をも完全に捕らえるばかりだ。
「わかりますか?貴方が僕の『観測』から越えるなんて、鼻から期待してないんですよ。十七代目メカリナン」
その点が残念だ、と。煽る言葉を投げつつ、サージュは片目を瞑る。
徐に白き銃を己の顔前へと構えていく。
呼応するようバチッと白き電流は迸り、冷気が集う薄氷を四散させ、再装填が果たされた。
「貴方は決して『観測』の輪からは外れない。廻り巡り、ただ踊り続けるだけです」
そしてサージュは銃口を突きつけトリガーを引き、再び雷弾――雷が轟く。
狙いはメカリナンを覆う氷。内部に仕込んだもの。何度も弾く際で接触し、表面に残された電気だ。
氷に覆われることで放出先を見失ったソレに撃ち込むことで、更なる圧を限界まで蓄積させた。
(まずい!)
メカリナンはようやく意図に気づく。己の身に走る麻痺という負荷がかかる中で顔を強張らせて身じろぐが最早、無駄にして遅い。
刹那。世界という硝子が悉く破砕される音が轟いた。
「――ぁ゛、ガッ!?」
氷の檻全体が、霧散する。
彼女の顔を覆う光の面も粒子として飛散し、鮮血交じりの紅き粉雪と共に舞い散った。
これは耐久が限界を迎えた絶縁破壊現象。
――だが、メカリナンが受けた衝撃は爆散だけでは済まされていない。
(なんて、やつだい。氷で拘束し逃げ場を無くしただけじゃなく……あたし自身を、避雷針に、……雷の衝撃だけを、与えてきやがった…!)
氷の特性を利用された発想の転換による一撃。
雷という高エネルギーを直接与えるもの。
光へ転換する間も無くメカリナンの全身は撃たれ痺れ、伝導路となった皮膚が額まで裂くように傷を作り、自身の顕現姿を崩してしまいながら、前のめりに倒れ込んでしまっていた。
(コレじゃあ、ジルよりも……こいつの方が。雷の異能の使い方に長けてるようなもんじゃないか――)
虚になりかける意識の中で、思い知る。
どれだけ強い力でも愚直に振り回すだけでは大した脅威にならない。
知恵は、力を更に増強させるのだ。発想が回ればより強大な脅威へとたり得てしまう。
「おやおやぁ。まともに痺れちゃいました?」
だからこそ、サージュ=ヴァイスハイトは天災同等の存在なのだ。
乱れた白髪の隙間から藤色瞳を覗けば、悪戯が成功した子供の様にサージュは笑っていた。
「感謝してくださいねぇ。今のは水蒸気爆発よりは遥かにマシな優しい一撃なんですから」
舐め腐ったその態度に、ギリッと力強く歯を噛み合わせる。
意地を以てメカリナンは意識を手放さない。自らの血で濡れた腕を地面に叩きつけ、鉤爪を土に立てていく。
「ああ、…ありがとよ。確かに、痺れたともさ。いい着付けだったね…!」
気丈に笑い返すが、体はとうに限界だった。
裂けるように負った傷も癒えてない。失血の影響が酷く眩暈が起こってる。
ここで立ち上がっても老体に鞭打ちも同然。老い先短き命を燃やすにも等しいがメカリナンは退かずに藤色瞳を煌めかさせた。
「お返しをくれてやる!」
自身の周囲に八個の光球を練り上げ、サージュに真っ直ぐに飛ばす。
「………ふーん。力の差は歴然なのに、まだ足掻くんですかぁ?」
一発、サージュが地に向けてトリガーを引けば地面から透徹なる氷柱が顕現する。
光球は出現した透明な壁を破壊するのみで止まった。サージュには一つも届かない。
「リスクある行動を嫌う慎重な貴方らしくもない。僕としても別に貴方には微塵も興味ないので……此処で眠られててもいいのですよ?」
「バカを、いうんじゃないよ。眠ってられるか」
吐き捨てた。整然と冷たい地面に横たわり惰眠を貪るにしても今のままじゃあ、夢見が悪いと語るように睨む。
「最期に見る顔がアンタなのも最悪だ。眠るにしても、後草れなく眠りたいね」
空々しい態度を無視して、メカリナンは屈せず立ち上がらんとする。
倒れ伏せず獣の四足歩行じみた無様な姿勢を取って猛然と毒突き、小刻みに震えても立ち上がった。
「…それなら子守唄を歌いましょうか?」
「何を言ってんだ。余計な悪夢を見ちまう。ソレだけは勘弁願いたいよ」
巫山戯た冗談を跳ね返しつつ、割れた光の能面の向こうで覗く藤色瞳は澄明なる煌めきを放つ。
やがて睨み据え、直ちにサージュとの距離を詰める。
周囲に散った光の粒子が収集し、剛腕の爪をより鋭敏に伸ばしていた。
強化された六本の腕を規則もなく振るい、乱撃を以てサージュの身を切り裂きにかかる。
「――うーん。そうですか。それなら仕方ないですねぇ。では、嫌な夢として終わらせましょう」
しかし動きが光速であろうともサージュには無関係。悠々と見切り、回避を卒なくこなしていく。
十数回の撃をいなしきっては雷銃を回す。
メカリナンの左目に銃口を突きつけた途端、サージュの背後に細き影が掛かる。
それは、振りかぶられた二対の刀。柄を硬く掴み急襲を図る影。そのもののような黒き鋼鉄纏う躯。
――麻痺した体を強引に動かし、好奇と判断して立ち向かうベガオスだった。
(確実に、取った!狩れる!全ての脅威となる此奴を……討ち取れる!)
麻痺した体を動かしたベガオスが確信を抱く。完全なる背面、死角をついた。
このまま弧を描く白刃が目の前の厄災の首を狩り取るだろう――と。
「君も悪い夢を見たいんだねぇ」
しかしサージュは乱れない。機微すら見せない無表情を浮かべていく。
そして瞬時に地につける勢いで足を伸ばし、身を屈める。
「っな!?」
頸椎を捉えていた二対の刀が空を切った。
死角からの撃の回避を成したが、それではサージュは終わらない。
「ハハッ」
小馬鹿にするようにも軽く笑い、脚で円を描くように身を回す。
体勢を整えて、後に地面を蹴りあげる。膝を伸ばしベガオスとの距離を詰めていく。
「勇猛と蛮勇を大きく履き違えてるよ」
雷の双銃は、瞬時に細剣へと変わる。
(――剣に、変えた!)
変化を視認したベガオスが空を切った刀を回し構え直す。迫る剣戟に応じようとした。
「異能への理解も浅いな。剣を振り回すだけの猛進でどうにかなるものなら、人類はアストリネに敗北しなかった。今の統治の至も築かれなかったさ」
一切合切、存在をも否定するように、サージュは刹那にて神速の激突を放つ。
所詮、電気はエネルギーでしかない。
メカリナンのように雷を光として捉えきれないならば――刀や鎧という物質を通り抜けてしまう。
「ッガハッ!?」
雷撃が、ベガオスの喉元を直接穿つ。接触面から内部にかけて伝導路となった肉が焼かれていく。
衝撃による拍子で吐き出した唾には、焼けて赤黒く変色した血が混じった。
「さてさて。このまま――脳でも焼かれてみるかい?」
雷の細剣で突き刺したまま、柄を掴み直すサージュがあくどく笑う。
その笑みごと無に掻き消す勢いで、全てを飲み込まんと白亜の眩耀が灯り始めた。
「――っ、よそ見をしてる場合かい……!」
自らが操作する光、蛍火よりも眩き粒子を多量に沸かせたメカリナンが大きく吠えた。
傷だらけの剛腕で合掌を起こし、溜めの構えを取れば、瞬時に幾多の掌の上で奔流と集束が果たされる。
「お灸を据えてやるよ!」
そうして光球は光華を放つ。
光柱へと変化を果たし軌跡を描きながら、巨大な矢として舞う。光速の速度にて、厄災を祓わんとした。
「!」
僅かでもベガオスに意識を傾けてしまっていたサージュはソレを避けられない。
光柱は一瞬のうちにサージュに追いつき、その身を覆い駆け、吹き飛ばす。
多くの壁を形無しにしながら、端にまで叩きつけられていった。
―――ガラガラと崩壊の音を立てて、灰色の砂塵が舞い広がる。
(……決まったか?これで、終わりか?……直撃した。それはわかる。普通の人間の肉体なら、圧に耐えかねて絶えて、止まるはずだが、――)
「――ゲホッ!ゴホゴホッ!ッ、!」
メカリナンの思考は止まり、酷く咳き込む。
喉に絡む痰に苛まれながら咳嗽を繰り返すが、無理やりに抑え込むよう息を飲み込んだ。
(咳などしてる場合では、ない)
そんな心地で、サージュが飛んだ先を睥睨する。
(だが体が、重い。………次は……今と同じようなものは、もう撃てん……)
内心で自覚はしていた。己が、限界であることを。
ダメージ蓄積した状態で体を動かし異能を用いた反動は大きい。今や、全身が鉛を背負ったような倦怠感に加え意識は朦朧し、いつ暗転してもおかしくない状態だ。
しかしメカリナンは弱さを見せずに気丈に佇む。
斃れてはアストリネとしての矜持を崩すという自尊心でもあった。
「っ………!………ング…ッ…!」
先に介入して隙を作ったベガオスは、限界だ。
今や刀を掴めていない。雷に突き刺された喉元を押さえて蹲り、持続で苛む雷の苦痛に悶えてしまっている。
(…あたしもあの子も、もう余裕はない。アルデは元々戦力としては期待できない。――サージュ。どうだ。今のアンタは……あたしの記憶通りのままなのかい?)
横目に視認してからメカリナンは祈るようにも追憶し、仮面の下で顔を歪めていく。
(以前のように打たれ弱いアンタのままなら、これで止まる。……終われるんだ)
そんな僅かな淡い期待ごと霧散させるように。灰煙は充満せず風が舞い上がった。
「――今の攻撃は、なかなか興味深い。シエルの極地とはまた違う。焼却する否認の極光ではなく、光の物量化……なんでしょうね」
推察を立てつつ現れたサージュは、透徹の盾を己が身に囲わせている。
――それは、ハニカム構造式で連ねた巨大な氷の結晶にして盾だった。
「でも、致命的なまでに光の性質や特性は消えなかった。メカリナン………極地に至れなかった貴方ではこの程度なんですよ」
教唆的な態度でサージュは徐に片手を挙げていく。氷の盾は応じてパズルを組み直すように、形状を“単結晶”へと成す。
「――ところで…知っていましたか?氷は光を跳ね返す鏡にもなれば、閉じ込める檻にもなれるんですよ」
操作者の意に応じて氷の結晶に亀裂が走り、一筋の光が漏れる。
兆しは一瞬。崩壊を果たすことで氷に閉じ込められた閃光が迸った。
先の極光から一切削がれてない。そのままの質量と威力を有した、光矢がメカリナンへと向かうのだ。
(………ああ)
放たれる寸前。0.1秒前で理解を得れた。
これは、心していたことだ。眩さから逸らすようにも目蓋を下ろし、胸中で溜息を漏らす。
その程度の僅かな挙動しか、メカリナンには許されなかった。
――極光は駆け抜ける。数多の壁を破壊尽くす形で突き抜けた。
光が収まった後、夕暮れの太陽は完全に沈み、満天の星に満ちた夜空が広がっている。
柱等をも破壊し尽くされた建物から落ちた混凝土の破片は、仰向けに倒れるメカリナンを汚し、彼女の色を灰色へ被せるのだ。
「よっ」
灰色の煙ばかりが上がる中、サージュはステップを踏むよう軽やかに進む。
地面に蹲るベガオスや戦々恐々として固まるイアンを一瞥し、微動だにしないメカリナンへと歩み寄る。
「………ま。大丈夫ですよ。塔に連なる場所ではありますけど此処は屋上区。仮に完全倒壊したとしても寝てる兵士が巻き込まれるだけだ。然程、大きな被害は出ないかと」
六本の腕が変形するほどひしゃげて仮面は破損し、自ら溢す光の粒子に溺れるようにも仰向けで倒れるメカリナンを見下したまま、サージュは大きな被害はないと見解を淡々と並べる。
「貴方が最も危惧してたであろう『一般市民巻き込み』という最悪のケースはないかもしれません。よかったですねぇ」
「…………【ルド】に、関わる全てを、嫌ってた割には、随分と親切じゃないか………」
「今は割とどうでもいいのもありますけど……生前、貴方にはラミナ共々お世話になりましたから。その礼も兼ねております」
ハッ、と。
気道が鉄塊で詰まらせたか、冗談を宣う者を笑い飛ばすような吐息がメカリナンから漏れた。
「礼を素直に返すなんてね。……らしくもない」
「……そうですねぇ」
口元を笑ませて瞼を閉じたサージュに対し、数拍の沈黙を経てメカリナンが口を開く。
「……あたしが負けることは、重々理解していたよ」
その逆も然り。メカリナンが雷を光として捉えたようにサージュが光を雷として捉える。
危惧していた通りに執り行われただけだ。薄々、気付いてても新たな事に踏み出せない以上、敗北して然るべきだった。
「今のアンタなら行けると思った。此方の常識の枠に当て嵌めて、思考しちまった。――そもそも、アンタ自体がどちらとも言えない存在だというのに…」
今のサージュはアストリネでもなければ人とも言い難い。『古烬』と評するにしても常識外たる存在なのだ。
笑みを深めて無言の肯定を示すサージュにメカリナンは重い溜息を吐く。
「なぁ、最期に教えてくれ。何をするつもり、なんだ。四十九代目カミュールは消えた……元に戻らないのは、重々理解してるだろうに。狂気の所業と罵られるような歪んだ想いを抱えて、何を成すつもりだ?」
それにはサージュは口と片目を開く。翠瞳は恒星を想起させる勢いで、爛漫に煌めいていた。
「そうですね。何かを成すというよりも、行けるところまでどこまでも行こうかなと思ってます。探究には終わりがないので挑戦してなんぼです。――だから、」
片腕を横に薙ぐ。握りしめた手には、氷の細剣が握られている。
冷気纏う剣が編む霧に合わせて白き電気まで迸った。
「折角ですし、貴方も連れて行ってあげます。『旅は道連れ、世は情け』……なんて。とても愉快な諺もありますし?」
「……単純に、あたしの異能が移動に便利そうだとしか考えてないだろ」
「おやおや。流石にバレちゃいましたか」
手心の欠片もないと平然として明かす際、サージュの笑顔は満面だった。
「でも、そんなもんです。この世界には神様がいないんだから自己を貫いてなんぼですよ。『世界を僕が回すべき』………ですから」
後の対話は、無用の産物。
メカリナンは利己主義極めた発言への返事を、罵倒すら起こさずに先の運命を受け入れるよう瞼を閉じていく。
其処へ氷結の剣が命を穿つため、左目へ差し迫る。
「さようなら。カンデラ=メカリナン」
冷風を巻き起こす透徹の鋒は、メカリナンの[核]を砕き代を途絶えさせるのだろう。




