イジと張り合いの鬩ぎ合い
「――ねぇ。君も、そう思わないかい?」
満面の笑みでサージュは振り返れば、数メートル先の瓦礫の山に蒼の光輪が降り立つ。
それは、車輪を巨大化させ平たくした幾何学的な模様を特徴とする浮遊機械『テイルヴェロシティ』だ。
「うぉおお……地獄絵図ぅ…!」
その持ち主にして操作主たるイアンは、到着した現場の凄惨さに顔を引き攣らせてしまう。
「あのぅ〜…イプシロン様もグラフィス様もやられてるし、ディーケ様はなんかヤバ目?じゃないです??……この状況生み出した主犯格っぽい激マブレディは、なんつーか雰囲気が怖いってか。そう少年!少年居ないですやん!どこに行ったのよ俺様たちの戦力は!?」
両手を振って意義を捲し立てるイアンを、アルデは瞼を閉じつつ無視をする。
そうして緩慢に目を開き、瞬きを繰り返しては状況を把握した。
ひび割れた身を再生できずにうつ伏せて動けぬ様を晒すグラフィス。
数万匹と思わしい黒虫めいた群れに全身集られた状態で微動だにしないディーケ。
――そして、イプシロン。瓦礫に身を貫かれて血濡れに項垂れるその姿を、視認した。
(そう。あなたは此処で終わりなのですね)
薄く唇を開き、桜色の瞳を揺らす。
直ぐに『何故』等の疑問を息ごと飲み込んで、交錯した複雑な心を溢れさせないよう口を固く噤む。
(でもね。私、すごく安心しているのよ。……いろんな意味で……)
理由経緯は置いて、事切れる間際である点。眠り続けることなく起き出して抗っていた点に。
アルデは酷く安堵を覚えては、笑んだまま硬直しているサージュへと視線を戻し鋭く睨み据えた。
「………貴方の問いには、この私がお答えしましょう。……考えの一つだと否定こそはしませんが、貴方が語るソレは、些か思想が強過ぎる」
狂気を切り払う凛とした態度でアルデが否定で返せば、サージュはスッと上げた口角を一の字に下げて、真顔に変化を果たす。
「ぅひぃ…!」
纏う空気が、変わった。
とんでもない威圧感まで放たれたため、イアンが怖気つくようにも悲鳴を上げつつ身を萎縮させる。
「これ!これすごくやばいて!俺様たちすごくやばい状況ですって!」
「いいえ、アルデの名に懸けて此処は退けませんので。……貴方は帰還しても構いませんよ。代わりに、愛弟子の捜索をお願いします」
「お、おぉう…逃げないの?……マジかぁ〜……いや、此処は俺様も腹括りますよ!男なんで!でも終わったら俺様とご褒美デートしてください!報酬付きなら喜んで出ます!」
「その様な暇も服もないのでお断り致します」
「そりゃそう………しかし服、ですか。―――俺様が貴方様にお似合いのお姿を厳選いたしますよ?」
これ以上のない気合が込められた真剣な表情の誘いを行うイアンを無視して、アルデは鴇色の触手を蠢かせる。
この場において最善手を起こすべく、実行準備に取り掛かった。
「ベガオス。想定外の事態が起きておりますが、『続行』です。相手はグラフィス様ではなく最悪の『古烬』。私の愛弟子を翻弄し、あのハーヴァをも倒した相手。決して勝とうと考えず防衛に徹してくださいませ」
紡がれた指示に呼応するよう、再び宙に蒼光が放たれて『門』が開く。
編み出された電磁波を黒き鎧が破る。
足先から首元にかけて剛健なる風格を持つ黒曜の装甲。鈍重にして武骨なる印象を与える厚鎧。
それを装着したベガオスが、堂々と現れた。
『テイルヴェロシティ』のすぐ真横にて身を屈む形で着地を果たし、一呼吸を挟み、俯いた顔を上げる。
「―――………承知いたしました、アルデ様」
意に応えるようにも折り込まれた兜が自動で開き、頭部もが黒鎧で覆われていく。
そうして板金鎧を身につけたベガオスが立ち上がり、背負い込んだ二対の刀――その柄を、力強く掴んで抜刀した。
「自分の役目を果たします」
空気を裂いて晒すは二つの黒に染まる刃。切先をサージュに向け、交戦の意という宣誓を果たすだろう。
「………私はディーケの救助に急ぎます。適切な薬を調合しますので、できる限りなるべく多くの時間を稼いでください」
その一言の後、アルデは『テイルヴェロシティ』に同乗し、イアンは指示に従うよう宙に浮く。
直ぐに光の軌跡を描きながら、身を蝕まれるディーケの元へ向かうのだった。
「……………はぃ?」
一連の流れを真顔で見守ったサージュは、冷め切った様子で声を上げる。
表情は一切変えずに現れた面々を、改めて数を数えるようにも指を指す。
「………はーーー…………ん?」
しかし、どれだけ数えても三人。アルデとイアンと、ベガオスのみ。
十秒ほど敢えて待ってみても、望んだ“待人”の影すらもないと知れた。――知れてしまった。
「誰だよお前ら」
暗き翠瞳を向けてどすの利いた低い声で憤慨を晒し、長針めいた細剣の柄を掴み、敵愾心を剥き出す。
何度か手に慣らすように剣で円を描き回し、最後は真横に薙いで一陣の風を起こした。
「むっかつくんだよねぇ。……招待されてないのに当たり前みたいな顔でパーティに参加するような、空気読めない奴らもさぁ」
透明な硝子めいた手甲『ゴエディア』を顕現させて、サージュは地面を蹴り上げる。
向上させた身体能力を存分に発揮し、一瞬にしてベガオスとの距離を詰め切って剣の鋒を突き出した。
狙いは頭部、頭部の鎧の隙間。
目にも見えぬ速さで剣先が眼球に迫る。
「!」
だが、ベガオスはゾッと身の毛よだつ悪意の予感を得た。
己の直感に従い、反射神経を利かせ、片足を後方に引き刀身を交差するよう構えれば、サージュの差し向けた鋒へ接触する。
――キィインッ!!!
鼓膜ごと脳を揺るがす重き金属音が辺り一帯に響き渡り、激しい力の拮抗を匂わせた。
「―――ッぅぉおおおお!!」
ベガオスは、全身に力を入れて対抗する。
双剣で接触したサージュの細剣を挟みながら、気合いと渾身の力を込めて、前へ踏み出していく。
サージュの体ごと壁に向かって勢いで駆け出し始め、身を押し付けるような拘束を図るのだ。
「……チッ!」
すぐにベガオスの意図に気づいたサージュは露骨に舌を打つ。
体格差から不利は明瞭。無理に対抗するべきではないと素早く判断し、未練も躊躇いなく、細剣をパッと手放す。
「っんな、ぁ!?」
仰天したベガオスを置いて、サージュは地に伏せる勢いで身を屈めた。すかさず開脚し地面に弧を描くようにも足を回す。
遠心力を乗せて、真下から突き上げる。ベガオスの腹部を鋭く穿つため、強烈な蹴撃が襲う。
―――ゴォン!
しかし、ソレは大した一撃とはならない。
岩程度なら軽く砕ける程度の膂力が込められていたとしても亀裂すら起きていない。
ただただ重圧な金属音が鳴り響くだけだった。
その上、内臓にも響かなかった撃だったと答えるように、怯まなかったベガオスが反撃に出る。
抑えていたサージュの細剣を遠くに放り投げ、自由にした双剣を即座に振り下ろす。
「…うわっマジか」
刀が差し迫る中、サージュは口を開けて眉を歪ませる。
「くっそダルい」
心底めんどくさいと本音を表すように、ゲンナリしきった表情を浮かべていた。
「まあでも、所詮は硬いだけだね」
すかさず、サージュは地面を蹴り上げる。
数メートルほど一気に飛び退き、ベガオスと距離を取っていた。
凄まじき瞬発力で白刃を避けた後にすぐに身を回し、体勢を整えていく。
しかしそのまま追撃せんと迫るベガオスから逃走するよう駆け出したため、追いかけっこが開幕する。
「っこの!待て!!」
「待てと言われて待つ馬鹿はいないですよーっと」
最中、ベガオスは間合内に居るサージュの疾走を止めようと、上中下と二本の刀を駆使して振るう。
「はいはい。遅い遅い」
しかしサージュには何一つ当たらない。
跳躍と屈伸を活用されて多段を見切られ、回避し切られてしまう。死角なはずなのに目が後頭部にあるようだ。刀の軌道を完璧に読み取られて距離が離されていく。
(機敏な蜂のよう…いや、これは、霞を切ってるも同然だ!掠りもしないとは…!)
追いつけぬ焦りに加えて、当たらぬ攻撃。まるで挑発をされ続けるような煩わしさを覚えて歯噛みする。
だが、ベガオスは頭まで沸騰しかける熱を籠めた息を吐いて冷静を保つ。
決して追いかけることには誇示しない。
(いいや、今は時間を稼ぎつつ…いずれ刀が通る様に相手の行動を脳に叩き込め!)
兜の向こうで、サージュの煌めく翠瞳を鋭く睥睨する。
撃が当たらぬものと割り切り、標的を一時変更に動く。
ここはサージュ自身を切り付けるのではなく、亀裂が走る床へと白刃を向けた。
「っせやぁあ!!」
更に抉るようにも二対の刀で切りつけて、サージュに対し黒い埃を巻き上げては金属片を飛ばすのだ。
「――あー。ほんと、喧しい上に鬱陶しいな」
その投擲に片眉を歪めつつ嫌悪の雫をポツリと零し、顔面や腹部に飛んできた金属片を前に怯むことなく、両手で素早く叩き落とす。
ただ、全てを払い切るほどの時間が与えられず。サージュの肩や腿には赤い切傷が刻まれた。
「ッチ!」
走る苦痛に目を眇めて鋭く舌打ちを鳴らす中、黒霧を払いながら刀を交差し振り下ろさんと宙に飛んでいたベガオスが姿を現すのだ。
「覚悟ぉ!」
咆哮を上げて、刀を振り下ろす。
真下のサージュは体勢を整えられてない。この刀は確実に通り、傷を与えられるだろう。
そんな確信を乗せた撃が風を斬り払い、突風が巻き上がり、栗色髪がなびく。
「何を?」
しかしサージュは表情を変えることはない。
一歩。前へ踏み出す。硝子めいた手甲で拳を握る。
刀が到着するよりも先に、鋭い正拳突きがベガオスの腹部へ炸裂した。
―――瞬間、暴風が巻き起こる。
黒き塊が弾丸のように吹き飛んで壁に激突する。
壁は爆発音にも似た瓦解音と共に派手に放散し、広範囲に砂塵を舞上げていた。
「ッ堅物少年!!」
イアンが恐怖に瞠目しながらもベガオスの安否を伺うように荒げた声を上げるが、返事はない。
「………ゲホッ!ゴホゴホッ………」
しかし、灰色に覆い尽くすほどの濃い砂塵の中で、それでも立ち上がろうとする不屈の影が動く。
「うん。やっぱ硬いな。それ、【ルド】の『イーグル』周辺の鍾乳洞で発掘された……特殊鉱物を用いてるんだろう?」
体についた埃等の手払いを済ませたサージュは、人差し指を突きつけては回していた。
「……っ、なぜ、それを知って……」
「そもそも目新しいものですらないよ。ソレ自体は二十年前から発見されていた鉱物だし。第一発見者のネーミングセンスが絶望的で壊滅的だったから名称登録未遂で放置されてたやつなのさ」
「出鱈目を、言うな!」
ベガオスは壁にしがみつくように指を食い込ませ、うつ伏せた体を強引に起こす。
「そのような話はない!これはフリッド様が見つけられ、編み出した最高峰の武具だ!なにより二十年前の話だったならば!貴様は産まれてすらないだろう………!」
痺れが残る腕を振るいベガオスに吠え噛み付かれたサージュは、小さく肩をすくめる。
「………まあ、別に。君程度に話しても何の意味がないエピソードだったかな」
無意味な行為をしてしまったと、自省の溜息まで吐いていた。
「じゃ、これから先はただの暇つぶしで八つ当たり。ただの独り言だよ」
音を立てない神速を披露したサージュがベガオスへ距離を詰める。
「っ!く…っ!?」
胸部から腹部に狙いすまされた数段の殴打が連発されたが、ベガオスは辛うじて刀で受け流し対応した。
「僕にはね、嫌悪するものが二つある。その一つは『諦め』だ。始めから変えることを望まない、夢を捨てた惰性の塊を嫌悪している」
ベガオスは完全に受け流せず、刀の鳴りに加えて武震めいた衝撃の揺れを覚えたたが刀を手放すことはしない。サージュに追いつこうと斬り払い続けていく。
「どうして誰も夢を見ないのか?自らが動かなければ停滞するだけ。人はアストリネ管理社会という支配体制へ懐柔され切ったまま思考放棄するんだろうねぇ。…っ嘆かわしい事この上ない。『このまま何も変わらない』『変わらなくていい』、そんな諦念が全てを腐らせてしまう。――ならばこそ、僕が阻止するしかない」
しかし、サージュは振り下ろされる刀を避けない。迫る白刃を片手の指で摘み、軽々と受け止める。
「…………っな!?」
驚愕したベガオスがサージュから刀を引き離そうと後方に引こうと試みるが、ベガオスは一歩も動けない。
「最高の未完成品を見つけたんだ。完璧で理想的な“頂”に至れる逸材。僕はソレに夢を託すことにした。知識技能全てを捧げたんだ」
「………くっ!……この!!」
ベガオスがどれだけ身動ぎ足掻いても無意味だった。
力の差が歴然だ。憮然とした表情で佇むサージュから、刀を引き剥がせない。
「……後は、完全現界させるためにも“容量”を開けてあげるだけ。機械のシステムをアップデートするにもある程度の容量が必要だろう?それと同じ原理なんだよ」
片手だけでベガオスの刀を抑えたまま、サージュは終始つまらなさそうな調子で語る。
「この先、歴は変わる。変革は決して避けられない。但し二つの道があるだろう。完全完璧なる夢が満ちるのか、喪失の果てに芽吹く希望が輝くのか………。敢えて何も『観測』しない方が、きっと面白いだろう」
そしてサージュは刀を摘む指を離す。
素早く身を回した拍子で、煌めく翠瞳が光の軌跡を宙に描くのだ。
「その最高峰の鉱物とやらを殴打で破壊した鉄腕ゴリラも、起こる変革に喜ぶだろうさ」
不意に力点を失うことで、体勢を大きく崩したベガオスへ殴打の嵐が襲う。
咄嗟かつ本能的に。二対の刀を左右に傾けて、拳を峰に当てさせるよう努めていく。
「……っ、………グッ!が、ァ、゛!?」
だが、それは集中砲火にも等しい連撃。ベガオスの動体視力では全てを捉えきれない。
一秒にして数十以上放たれる鮮烈な火花めいた乱打を、完全に見切れる人間など存在せず、頭部を中心に肩、腹部、脚にまで容赦なく叩きつけられた。
――最高の硬度を誇る鎧は、サージュが纏う手甲から送られた衝撃に耐えかねる。
手首を叩かれたことで刀を落としてしまうだけでなく、周囲には鮮血が付着した黒の断片もが散乱していた。
「ま。どれもこれもが僕の勝手な独り言。君には何もわからなくて当然の話だけどねぇ」
割れた兜からは傷ついた額の流血で歪める黒色の片目が覗く。
「だからまあ、そうだな。僕の八つ当たりついでに――実験にも付き合ってくれ」
素早く身を屈めて懐に飛び出んだサージュは、拳を解いて指合わせた貫手を兜に差し込み、手甲で眼球を鋭く、穿つ。
「この体は始祖の誓約が適応されるか、否か」
芳醇な果実が穿ち潰れる音が、一瞬眩んだ世界に蹌踉めくベガオスには、確と聞こえていた。
(―――ダ メだ、 こいつは。次元が、違う。強すぎる)
意識がうつろう中、ベガオスは交戦を経て確信を抱く。敬意を捧げるディーケを超越するほどではないが、次ぐ強さを持つ相手だと。
(透羽吏史 ならば、まだ、まともに対抗できたかもしれない…)
相対した経験則から評価できる。
吏史ならば実力が拮抗した。少なからずこのような一方勝負にはならなかっただろう。
ベガオスと違い圧倒的な展開を敷かれることなく、眼球も損なわずに済んだ。何も失うことなく任務遂行できた筈――。
「…うん、やっぱり。この体なら人を傷つけても反動がないな」
しかし、ベガオスの目は据わる。兜越しに敵を睥睨する。
(まだ……自分の目は、一つ残っている!)
暴れたくなる様な激痛が走り脂汗が流れようが闘志はまだ、折れていない。
「後は時間が許す限り、死ぬまでギリギリ攻めて試し……てぇぅ゛っ!?」
敢えて武器を取るのではなく、両腕を動かす。満足げに笑うサージュの首元へ腕を回して首固めを行う。
「っ、ぐ!?」
下手な抵抗ができない様、地面に叩きつけてから片足の踵を突き立てるように腹を押さえて呻かせた。
(ああ、そうだな、そうだろう!こいつは自分よりも強い!その事実がどうした!?自分が何もできんと心折れて、諦める理由にはならんだろうが!!)
ガチッと歯が欠けそうなほど強い歯軋りを鳴らし、全身に力を込めて奮起する。
たとえ死んでも折れまいと示す意思がそこにあった。
(命を張ってでもこいつを止める…!何のために、彼の方を許さなかったのか!)
兵士として選んだ自分を肯定するために、彼女を必要だと謳い立つことを強要した。
ならば、あらゆる意味でこの任務を全力で賭しなければならない。
〈死ぬ覚悟で着いてきなさい〉
アルデの命令を必ず遂行する。ベガオスとして生まれた意味を遂げるために、必ず。
「捕まえたぞ!!」
一つしかない黒眼に決意を込めて、動揺する敵を睨み据えた。
「このまま………貴様を絞め落とす!」
捕えられてしまったサージュは動揺を抱く。ベガオスの拘束は、やたら強固だったのだ。
「……ふ、っざけんなぁ!この程度なら、簡単に―――ぃ゛ッ!?」
喉を締め上げられて呼吸を阻害される影響が大きく、弛緩してしまう。最早『ゴエディア』だけでは、首に絡んだ拘束を引き剥がせそうにない。
こめかみに青筋を浮かべて憤慨を現し、サージュは一つの抵抗として肘鉄を繰り出す。鎧奥にも響くよう腹部を強打する。
だが、ベガオスは僅かな呻きを漏らすのみで拘束は一向に緩まない。
寧ろ仕返しとばかりに腹を押さえていた足の力が籠り圧迫感が増すせいで、碌に唾も飲み込めず泡を口端から噴き出してしまう。
「ぇえ、い…!だから、直情的な脳筋ゴリラは!っ面倒、なんだよ!」
どれだけ計画を練ろうが力押しで捩じ伏せては台無しにする。本能で破綻しにかかる獣のような存在が実に不快だと嫌悪感を込めて大きく吠えた。
「浅学非才の無能が、余計なトラブルを持ってきて、台無しにする!暴走した制御不能の、ブルドーザーと変わらなぁ、ぐっ!…クソがぁあ!!」
この劣勢を打開せんとサージュは目を瞑り、煌々と輝く翠瞳を開く。
同時に引き金を引かれたように、バチ!と火花が散るように白き電気が迸った。
「――っ君なんかに、コレを使うのはひどく癪だが、手札を、切ってやるよ」
不味いことが起こる。それは、ベガオスの直感でも感じ取れた。
腕を動かしてサージュの意識を刈り取ろうと掛かるが、遅い。
既に白の電気は宙へと伸びており、幾つもの球として型を成した。
ベガオスを取り囲む雷球の檻が展開されたのだ。
(電撃……!?まさか、あのハーヴァ様の異能か!?何故、こいつが…!)
継承すら叶わず亡くなった者の異能だと理解を得、汗を伝わせて戸惑うベガオスに、サージュは薄ら笑い手で印を結ぶ。
「『ゴエディア』は、全ての異能を取り込み消費、できる。――そういうふうに、造られた兵器なのさ」
パチンと、指先を弾き鳴らす。
合図を受諾した雷球は烈日めいた光と共に、周囲を烈しく引き裂く雷を放出させた。
一度だけではなく、数度にかけて、雷鳴が轟き白き閃光が走る。
「――っ……アルデ様!ちょっと、調合してる場合ではないくらい、堅物少年の流れよろしくないかもですわ!」
後ろ背にて眩さと同時に、劣勢を感じたイアンが声を荒げて訴える。
しかし、触手を蠢かせては調合へ集中するアルデの顔色は変わりない。
「そこまで仰るならイアン様が救援に駆けつけてください。私はこのまま調合を続けます」
「あ。すいません。俺様、男の好感度というデメリットは死んでも稼ぎたくなくて……」
「なら、彼が耐え切れることに賭けるしかない」
冷たく返した後にアルデは青色の溶液に満ちた試験管を摘み、越しに映る『遺児』に蝕まれるディーケを見据える。
「ベガオスは四十六代目ディーケの弟子。その実力と、フリッドが管理していた『ピーヘン』が編み出した鎧の性能をも信じて、私は最善を尽くします」
瀕死のイプシロンとグラフィスの救出はしない。今は、ディーケの解放だけを優先し、現状打破の一手となる劇薬を生み出す。
それが先々を見据えた最適解だろうと判断したアルデの桜瞳は、炯々と煌めいていた。
――黒煙が場に立ち込めていく。
ケホッと小さく咳き込みながら起き上がるのは、栗色髪の少女……その肉体を得たサージュだった。
鬱陶しげにも煤がついた頬を手の甲で拭い、乱れた髪を撫でていく。
「……うん。人間にしちゃあ、意外と丈夫。殺しにかかったけどまだ形を保って生きてるのか。これは『遺児』の賜物…いや、身につけてる鎧の恩恵ってところかな?」
体についた黒炭を叩き払う形で簡易的に身を整え終えたサージュは、真下で転がるものへ冷淡な一瞥を送る。
「今の電撃はね……練度威力揃って全盛期のジルコン=ハーヴァが扱う力と相違ない。『ゴエディア』はね、食らった[核]の主同様の異能を使えるんだよ。その上……解釈を広げれば元の主を超えることもある」
僅かな動作すら見せずに返事も起こさないソレに構わず、絡んだ髪を手櫛で通し、淡々と語り続けた。
「因みに『ハーヴァの師はエファム。エファムの全てはヴァイスハイトを支えていた』……ま、この意味も君にはわからないんだろうなぁ〜」
焼けて炭のように黒くなった塊からは、微かな呼吸のみが溢れてる。
最早、虫の息と思わしい姿を瞬きで見つめ、侮蔑を込めた嘲笑を浮かべるのだ。
「別にわかんなくてもいいけどね。この僕が『ハーヴァを超える雷操作者』という理解だけでいいさ。[核]半分だけでも……なんて、言われても何も気づかないだろうしねぇ」
この結果が必然だったと語らって、漸く、溜飲を飲み込めたのだろう。
サージュは手を上げて背伸びを起こす。
「あー、ま、多少スッキリした。この身のことも色々知れてよかったよ。お疲れ様ぁ〜」
踵を返すように背を向けて、悠々と去ろうとした。
――雷の直撃を受け鎧ごと全身を黒く焼かれてしまい、仰向けに倒れる瀕死のベガオスを置いて。
◆
これは出撃前に起きた話だ。
ベガオスが黒鎧をその身に纏うと決めるキッカケでもある。
「コレをつけてきなさい」
フリッドが全武具を担ぐように持ってきては、ベガオスに押し付けるよう譲渡した。
「フリッド様、これは……」
「正式な名前はまだないかしら。でも、強度は保証するわ。最近、【ルド】の地下で発掘された軽量かつ硬度も最高峰だった新種金属を用いた武具だもの」
「…少し、透羽吏史の『ゴエディア』に似てますね」
「あーーー………言われてみれば確かに?でも、別に子犬ちゃん意識して制作してないわよ?」
片目を瞑り人差し指を軽く回すフリッド曰く、防御面が強化施術並に向上しており貫通に特化した弾丸をも防ぐ強度を誇る武具だという。
「とにかくこの金属は加工適性も高い。繊維状にして編むこともできた。構造上を人体筋に沿った造りだから装着時の負荷軽減も最小限なのよ。でもまあ、そんな変わった金属だから武器にも出来てて……」
説明を終えた後に早足で部屋を出て、二秒と経過せずに赤と金、それぞれの鞘に収まった二刀を担いで戻ったいた。
「ほら、これよ。同じ金属を使ったこの刀も活用してちょうだい」
「っと、わ……!?………っか、軽……!?」
二対の刀も投げ渡されて、慌てて受け止めた瞬間にベガオスは酷く驚いた。
刀の見た目は太刀だというのに短刀並みに軽かったのだ。
「あんた、二刀流での受け流しを主にした防御姿勢とかはとれる?」
「え?はい。可能かと。剣を主に鍛錬を積みましたが……ディーケ様の教えで、全ての武器はある程度使えるよう訓練を済ませておりますので」
「なら二つとも使いなさい。別に壊してもいいわ。弁償とかも要求しないから」
「……」
ベガオスは素直に礼を紡げず、押し黙る。
数回呼吸を繰り返して緊張感を抜いた後に、重々しく口を開いた。
「………良いのでしょうか。フリッド様。自分が、ここまで施しを受けても」
有難い気持ちがある反面、引け目を感じたベガオスが受け取ったばかりの刀を握り締める。
最高峰たるこの武装を身に纏い刀を振るえば、ベガオスは下手なアストリネよりも武力を有した存在へと昇華されるだろう。
――しかし、ベガオスからしてみれば、フリッドは反感を買ったばかりの相手。
ここまで行ってくれる理由が見えなかったから、簡単に受け取れずに居た。
「………ヴァイオラちゃん。結構、繊細なのよ」
概ねその心中を察してるような語らいを皮切りに伝えられ、ベガオスは口を閉ざす。
以降は余計な口を叩かぬよう俯けば、フリッドの発言は続いた。
「『海底のお嬢様』ってあだ名は、あながち間違えじゃない。身近な死を数として認知できる残酷性をまだ備えられないもの。きっと、今日この日まで選んできた全てに対して後悔と罪悪感しかないのだと思うわ」
慈しむように紡ぐフリッドの深緋瞳は、ベガオスごと遥か先を仰ぐように見据えられていた。
「『シェルアレン様をお手本に』。先代が残した教えは、きっとただの呪いね。ジェリエナちゃんはシェルアレン様に“ある才能”を備えてなかったのよ。だから、己が破滅する道でしかない。――ジェリエナちゃんは気づいていたから、先で諦め切れかけていたのよ」
吐息混じりに語らって、フリッドは腕を組む。後に眉間に皺を刻み、ベガオスを鋭く睨み据えた。
「なのに、あんたが引き戻したでしょ?ヴァイオラちゃんの心が磨耗するだけの道へ引き戻した。しかも自分の存在意義を示すという理由のために」
意図に気づかれてしまったベガオスは然程驚かない。
フリッドは『色』を操作するアストリネ。人の顔色で概ね心境を察することもある筈だ。
だから、黙り込んで肯定を示すよう目を伏せる。
「そんなあんたにあたしの考えを教えてあげる。――兵器は使い手、兵士や人は雇い主。それぞれで評価が左右されてしまう存在よ。この考えから、私は結論付けていることがある。――『強い力こそ管理されるべきだ』」
「―――」
そこで、漸くベガオスは彼女の意図に気づくのだ。
この施しはカサンドラ=フリッドによる脅迫と鎖。
最新の武具を渡してベガオスを増強させることで、先の逃げ道を閉ざすためのものだろう。
「だけど子犬ちゃんはヴァイオラちゃんを選ばない。だからせめてあんたは強くなりなさい。先の人生でもヴァイオラちゃんの管理下に置かれて、彼女の正しさをあんたが証明していくの」
この先、ベガオスはソレ以外の人生は選べないだろう。
これがヴァイオラ=アルデを求めたベガオスへの代償だと突きつけるような要求だった。
「…わかりました。ありがたく頂戴いたします。賜りましたこの力は、アルデ様のためにお使いします」
――当然、ベガオスは逆らう真似はしない。直ぐにフリッドへ深々と頭を下げる。
先の遠慮を殴り捨てるよう二本の刀を胸に寄せ、最新武具を受け取る意とともに、己が忠を現すのだ。
「…………ハァ」
ひどく悩ましげな溜息が、フリッドから溢れた。
「まあ、いいわ。この先ヴァイオラちゃんの走狗となる覚悟があるみたいだし……妥協はしてあげる」
険しい表情を解き、片目を瞑って頭を掻く。鬱屈とした気かはれないのか髪は乱れたまま整えられなかった。
「でも、勇気を振り絞って庇うなんて真似はしないでよ。そうした蛮勇は余計に被害を招くだけだから」
「それは重々存じあげております。ディーケ様にも忠告されたことです」
「あら、そう?あいつ、そういうところはちゃんとしてたのね。ならいいわ。………じゃ。後はこれだけ覚えていてちょうだい。――」
長い息を交えてフリッドは天を仰ぐようにも顔を上げる。空が見えぬ灰色の天井を見上げたまま、紅走る唇を動かした。
◆
「ッカハッ!」
ガシャンと、組み合わされた鎧の節目から、壊れかけの摩擦音が立つ。
「ッ、カヒュ……ッ!ッヒュ、ヒュー…」
千切れそうな意識の糸に必死にしがみつき、肺に穴が空いたような過呼吸を繰り返す。
煤が混じり真っ黒な吐息がひび割れた兜の隙間から漏れ出ていた。
だが、ベガオスは苦し紛れにも手を動かす。
手探りで、近くに転がった刀を見つける。
剥き出しの刀身を構わず掴み、カン!と打ち込むよう地面に突き刺した。
「ッ、ぐ、ぅぉおおぉ…!」
刀を軸に、全身に渾身の力を込めて、雷撃で痺れた身を起こしていく。
全身の筋肉が痙攣し、悲鳴を上げるのにも構わず、とうに限界を迎えた身体を無理矢理に起こす。
「…………へぇ〜?まだ立つんだ?」
背後から聞こえる抵抗を聞き届けたサージュは歩みを止めて、翠玉瞳を横目に動かしていく。
「起きなかったら先の実験のお礼も兼ねて、見逃してあげたのに」
片掌を胸元まで上げて、直ぐに白き雷球を編み出しては身を翻す。
「遺言、聞いてあげよっか?」
雷球から漏れ出す白雷は、薄ら笑うサージュを中心に放散した。バチバチと弾ける音を何度も立てて空気を裂き、焼く軌跡を描いてる。
「無用、だ。自分は、…此処で朽ちる気はない。生きて、貴様を止める、止めなければ、ならんのだ……!」
肩を上下に揺らし、絶え絶えの息を晒しつつもベガオスは両足を踏み締めて刀を抜き先を突きつけた。
「……アルデ様には、触れさせない。……彼女は、いずれ、人を率いる象徴となる。感情では動かぬ、冷徹な主に。先の自分にも、他の兵士たちにも、っラグダールさんにも必要な存在だ……!」
自己本位のエゴを剥き出しに、愚直な決意を刀ごと向けては上段へ構えていく。
そんな満身創痍なベガオスに対し、サージュは片眉を吊り上げて心底愉快そうな笑みを浮かべる。
「健気だねぇ。飼い慣らされた犬が新しい首輪を求める構図と変わらない。――だけど、僕は君のような馬鹿な子は割と好きだよ」
好意を紡ぎ、手にした雷球を潰すように両手を合わせ、雷を広げた。
だが、今度は周囲に放電現象は走らない。サージュの両手に留まっている。
起きた事態をベガオスが理解する前、閉じた両手が開かれた。
「ビショップやナイトのように。盤上でよく動ける駒は雑に使ってなんぼなもんだ」
素早く腕を交差するようにも突き出されていく。両手に付着した白き雷の形状変化が顕となる。
――それは、研磨された雪花石膏が如く。純白の光沢を持つ美しき双銃だ。
元素から編み出されたとは思えぬ完璧な構築がなされた引き金には既に指が掛かっており、装填作業も無用とばかりに銃口はベガオスの頭部に突きつけられていた。
――所謂『発射寸前』とも読み取れるだろう。
「―――ッ!」
ベガオスは息を呑む。
ブルリと背筋が震えて身が戦慄く忌避を覚えた。咄嗟に周囲を見回し、対抗手段を探す。
「でも、ごめんねぇ?僕の好意は数に限りがある。許容数を超えたら降順から断捨離するタイプなんだ」
『待機』。なんて生ぬるい対処をサージュは行わない。
片目を瞑り、狙い済ませ、容赦躊躇いなく引き金を引いた。
「光栄に思うといい。僕の実験体となることで、歴の礎になれるのだから」
後に響くは火薬弾ける音でなく、雷鳴。
目標に白き落雷の鉄槌を下さんと銃口の先は対象を繋ぐ眩き雷光を描く。
光の刹那を以て、対象に暴発的な破壊を与えんとした。
(ま、ずい。また!直撃する……!)
着弾する。寸前、危機という状況下にて脳が覚醒を果たし、ベガオスの時間的解像度が上がる。
汗が顎まで伝う感覚が、今やコマ送りのように感じられた。
(耐えうるのか?自分は。もう一度、全身を引き裂くような苦痛の嵐に。いいや、耐えなければ。耐えなければならないのだ…!耐えて、此奴を止めなければ……!)
しかし、ゾーンに至れど思考が明瞭になるだけだ。ベガオスは正しき行動を起こせない。
何せ、傷ついた四肢は鉛が詰まったように重く、最早重石同然。指先一つとして満足に動かせなかったのだ。
憎たらしくも自信に満ちた表情を浮かべる者の暴挙を止めなくてはならないと思うだけで、体は碌に動けずにいる。
(歯痒い……情けないことこの上ない……!)
ベガオスは苦渋の歯軋りを立ててしまう。
(…防具を与えられても所詮人の身では、異能には敵わんと言うのか…!)
やがて光速の白雷が灼き穿つ。証明が成されてしまうだろう。
「ったく。見てられないねぇ」
―――だが、接触する寸前。
縦横無尽に翔けて奇跡を残す閃光が走る。
「だが、これまでよく頑張った。あたしも久々に…全力で働くとしよう」
彼女は光速を以て光速に対抗する者。
雷は光という解釈にて、制することを可能としたハーヴァの天敵と評すべき存在だった。
豪奢な羽模様が描かれた和装の長き袖を翻す。
革の手袋で覆われた貫手を差し込み、ベガオスに代わって飛んだ白雷を受ける。
だが、着弾――放電炸裂にまで至らない。
彼女の手は、エネルギーでしかない雷弾を、一つの物質として捉えられるのだ。
短い息を吐き、雷弾は手に掴まれて上へと投げられた。
一拍遅れてドン!と場を揺らす爆破音が響き渡り、白雷を被弾した天井からは粉混じりの瓦礫が落ちていく。
「しっかしまあ、随分と派手にやってくれたもんだよ」
呆れ混じりの深みある声が流れ、カッと踵で地面を踏み鳴らすブーツの音が立つ。
動作で乱れた白髪を手で整えた後に、介入者は煌めく藤色の瞳でサージュを睥睨した。
「どうやら手痛い仕置きが必要なようだね。このクソガキ」
憤怒と嫌悪が混じる威圧を向けられたサージュが、憂鬱を込めた溜息を吐く。
「……あなたの相手は骨が折れるどころか確定で骨折するって、わかってるんだけどなぁ」
カンデラ=メカリナン。
決して望まぬ来訪者との相対に、サージュは心底辟易するよう肩を落としつつも白雷の銃口を彼女に向けた。




