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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第二章. 落陽の果て、蒼穹に嵐吹く【ルド】
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激動の荒波

一時間前――。


「『門』が緊急停止だなんて……」

「うむ。そうだなぁ……」


【ルド】第一区『イーグル』の『門』前では、人山が生まれて混乱が乗じていた。


「何もまぁ……こんな時にならなくても」

「遭遇してしまったもんはしょうがないさ」

数百名をも超える密集は解けることなく停滞し喧騒が高まりゆく中で、一組の夫妻は話し合う。


「でも……店もそう長く閉められないでしょう?早く解決するといいのだけれども」

「まあ、これに関しては待つしかあるまい。先から地震のようなもんも断続的に起きてるしな。………長引くようなトラブルでもあるまい」

団子上の飴色髪を揺らした女性――美沙は、ふっくらと丸みのある己の頬を撫でて溜め息を吐き、金髪男性トリスターノは丸太のような腕を組み梅色瞳を薄めては佇んだ。

『門』が回復する兆しが見えず、区内放送も動かない。

HMTも沈黙したまま、代表管理者からの通知を受信しない。


刻々と時間ばかりが経過する。

されど数十分の時間でも好転の兆しがなければ、彼等には違和感を生じさせるには、十分だ。


「―――……なぁ。いくら何でもおかしくないか?」

「流石にちょっと…どうかされたのかしら?」

「せめて一報くらいは貰える頃合いだよな?」


次第に、人々から疑問の声が上がり始める。

――普段ならば即座にネルカルが動きを見せてくるというのに。何の音沙汰もない。

これは間違いなく、“異常”ではないのだろうか?


「いいや、ネルカル様に限って……この事態を見過ごす真似はあり得ないわ」

「いえ、今はきっとお忙しいのかも……他の三光鳥の方々も居られるのだからその内………」

「解決に此処まで時間を要するなんてことある………?」


しかし、信頼にも限界がある。いくら強固でも虚無の時が続けば、亀裂が走る。

「―――何かあったんじゃないか?」

焦燥感に駆られた一人の張り詰めた声が、やたら場に響いた。


「……皆さん、落ち着いて!現在原因調査中です!そのまま暫くお待ちください!」

『門』案内職員たちが慌ただしく右往左往し、両手を忙しなく振り民を引き止めようとする。


しかし人々の緊張感が高まるのは止まらない。空気が重くなる一方だ――。


「………ねぇ、あなた……。……朝海なら、きっと大丈夫よね?」

段々と、鬱蒼とした空気に負けてしまい猛烈な不安に駆られたのだろう。

美沙はポツリと雫を落とすように、厚い唇を動かして呟く。


「事故で意識不明なんて………しかも、輸血も必要になる大怪我を……」

これは数時間前にアルデから受けた事後報告。彼女たちが第四区()から動いて第一区の『イーグル』に訪れた主な理由だ。

夫婦揃ってネルカルに詳細を尋ねようとしたものの、運悪く取り込み中。方針を変えて『ピーヘン』へ向かおうとしたのが経緯である。

不運が重なった――とはいえ、此処まで立て続けだと気が暗くなるのは無理もない。

「どうしましょう。このまま、あたしたちが駆けつけられずに、あの子が目覚めないまま……」

大事な娘だ。手当てが間に合わず、滞った心臓が止まり、永遠の眠りについてしまうかもしれない。

愛娘を喪失しかねない恐怖が謙虚に現れて、視線を彷徨わせ焦点が泳ぐ。

涙で潤んだ瞳は不安に揺れ続けていた。


「――大丈夫だ!」


弱音を吐いて落ち込んでいく妻を不安の濁流から掬い上げるように。トリスターノは力強く、己の胸を拳で叩き励ました。

「朝海はな、ネルカル様に認められた自慢の娘だ!ガッツがある!そう、簡単に終わらん!だから、な?俺たちで信じてやろう。信じてやらんといけん」

豪気するその拳が僅かに震えてるのを映した美沙の瞳が、徐に伏せられていく。


「………そう、よね。…私たちの自慢の娘だもの…きっと大丈夫よね」

子が生死を彷徨う危機に陥ってると知り、不安を持たぬ親はいない。

互いにそんな異常者ではないと分かり合ってるからこそ、美沙も無理に笑う。

「あの十九代目アルデ様が直接治療にあたってくださってるもの。絶対、助かる。………何の心配ないわ」

暗い絶望に落ち込むより、共に明るい希望を持つべきと意気込むように両腕を上げてグッと脇を締めていた。


―――そして。

PI、と全ての部屋に居た者たちのHMTから、無機質な電子音が立つ。

「え?……緊急通信?」

誰かが疑問符をあげた途端、青のホログラムが応えるよう横長形の画面を強制構築する。


やがて―――画面は煌めく白銀髪と夜空瞳を抱くものを映し出す。

豪奢な金色装飾が飾られた白き礼服を身に纏う姿は、華美と言い表すに相応しい。


「………これは……」

「何、このひと、だぁれ?」

青年を始めに幼き子供たちは、無垢なる声を上げる。


「でも。すごくきれい。お星様みたい」

素直な所見感想まで、溢れていく。


それだけ精緻を極めた造形だ。

白銀髪の内側は濃紺に染まるが、天の川を描く星々を映すように不思議と光が揺らめく。

夜空瞳の輝きも、まるで宙の巡りを描くように流れる点から流星の化身と呼べるだろう。

未だ審美眼が育たぬ幼児であろうとも、宝石のような感覚を持って『綺麗』と喩えられるまでに。


「……ねぇ。ママ。このひとはアストリネ様なの?」

だからこそ誰もが同時に察せれた。

画面に映る其れが、“人ならざる者”であることを。


「―――……ま、さか……っ、!?」

トリスターノは声を荒げた。同時に記憶の底を抉られるような感覚を覚えてしまう。

既視感なんてものではない。眉間に皺を寄せて小刻みに震えながら、画面に映る身姿を凝視する。

「ぁ、あなた……!?」

食い入るように見ている姿勢といい尋常ならざる様子だった。

乱心の可能性にも行き当たった美沙が焦り、腕に両手を添えて夫が崩れぬよう支える。

だが、トリスターノの大脳は妻の不安を案じる感情より処理を優先し、記憶の澱から画面に映るものの答えを明示させていた。


「―――そう……そうだ……!ああ、嗚呼!この方が、この方こそ……」


数十年前を思い出す。

“始祖の再来”として名を馳せて、多くの兵器を廃しシルファール討伐をも成しえた偉大なる者。

当時のトリスターノを含めた多くの民は類稀なる強さに羨望し、人のために尽くす慈悲深き思想に慕情を募らせて、側に仕えることを一心に願い、いつか届けばと手を伸ばした先。――夢そのもの。


『悲劇』を境に姿をくらませ、生死不明と扱われてしまった。

流星めいていたあの始祖の再来と評されたアストリネではないか。


「二十五代目エファム………」

溢れんばかりに瞠目したまま、感涙を流し、口を開いて声帯を震わせる。


「………シェルアレン様だ。……シェルアレン様だ…!」


呟きという雫が波紋となり、やがて、人々へ反響した。

「そ―――そうだ!シェルアレン様ではないか!」

「嗚呼!二十五代目エファム……!我々の星はご存命だったのか!」

歓喜が上がる一方で、喜色ではかき消せぬ声まで上がる。


「しかし、長らく不在だった筈……いったい何故、このような時に……」


画面の向こうであっても無関係に、シェルアレンは聞き届けたように。

甘く柔らかな至上の微笑みを浮かべ上げ、形の良い唇を開く。


『愛しき人類たちよ。私が二十五代目エファム。シェルアレン=エファムだ』

銀鈴を振るうような透明な音で自ら名乗り上げながら、柔らかな所作で胸元に手を宛てがう。HMTを手にする全人類に向けて、優美な会釈を送る。


『まず、悲劇から長らく管界を不在にしていたことを詫びよう。本来ならばこのまま……私は顔を現す権利もない。だが、こうして恥を偲んで表したのには理由がある。――嘆かわしいが今のアストリネには腐敗が根付いているのだ。平和を尊ぶアストリネの役目と信念を放棄し、我欲に溺れた卑しき腐敗が』


姿勢を緩やかに正した後、改めて、公の場に姿を現した理由を紡ぐ。


『先ず私は、『旧き姓』の処分を実行しよう。彼等は『古烬』と長年手を組んでいた。同胞や人類を悪辣な実験体として売買を行い、過剰な利益と私欲を肥やす。その益を得るために『古烬』の兵器を無断所有して争いを絶えなくさせていた。――打破すべき悪である』

温情の余地もない相手だと認識させるよう、淡々と事実のみを現す。


『同時に、私は“兵士”の処分も実行しよう。残念ながら彼等は人を護る為の盾ではない。『旧き姓』の悪事の一部にして、いずれ人類を縛る道具。『古烬』という矛先を無くせばあなたたちの自由を縛り付けるための鎖と変貌するだろう。――不要と見做し一掃するが……無論、情状酌量は与えるつもりだ』

悩ましげな吐息と共に語らい、憐憫を滲ませた瞳を揺らし細めて伏せていた。

だが、決して項垂れることはない。全てを見通すように夜空瞳が瞠る。


『故に、私は宣言しよう。『平定の狩者』として腐敗を断つ。必要ならば新たな国を再建するとも約束しよう』


煌々と輝く夜空瞳を覗かせたまま、延々と鬼気迫る勢いで己が実行すべき全てを語り切り――フッと。

花が綻ぶようにも柔らかな微笑みへと戻った。


『この大規模な自浄作業は国を無くす激動となる。巣窟たる【ルド】は無論のこと、他国にも影響がないわけではない。少なからずあなたたちにも相応の混乱が生じてしまい、平穏が乱れることは免れないだろう。……可能な限り被害を最小限に抑えるつもりだが―――………どうか、私の意を理解していただきたい』

まるで聴き心地のいい歌めいた声調で、始祖は人類へ願い求めて語らう。


『悲劇は続かせない。犠牲を編む負の連鎖は止める。全て愛するあなたたちのためなら()()()()()()()()()()()()()()。……先ずは傲慢の芽から私が間引く』


これはエゴではない。あくまで民の安寧を確約させる為。必要正義の実行だ。

平和の道を濁り腐らせる悪を正す、平定が役割であるエファムとしての義務――。


『それがアストリネ。一族の始祖。その系譜たるエファムを冠する私の役目だ』


慈愛と善意を手向けながらも、関与する全てに罰と連座処分を謳い力で制しにかかる。

そんな宣戦布告か独裁にも等しい発言を、人類へ発してしまう始祖エファムの映像が流れてしまったのだ。


◾️


ヴァイオラ=アルデはHMTから構築された放送画面を閉じきれなかった。

身を戦慄かせて鉛のような重い息を吐く。


「ヴァイオラちゃん………」

心傷を受けたのだと、わかりやすい反応だ。

すぐさま察したフリッドは案じるように肩を掴む。彼女が膝から崩れぬように支えていた。

「ヴァイオラちゃん、大丈夫?」

気遣いを受けたアルデは、返事がままならない。

あれこれと込み上げる感情が心内に渦巻く感覚に吐き気を催してしまったように、口を触手で覆い俯く。

「……ああ……ヴァイオラちゃん。大丈夫、大丈夫だから。深呼吸して……息をするのよ」

慌ててフリッドが支えたが、受けた動揺は相当、大きかったのだろう。

碌な返事もできずに支えられた形で俯くばかりだった。


「……なぁ。カサンドラ。今の………」

「何よ。質問の意味はある?シェルアレン様からの放送よ、HMTを装着していた子全てに向けてのね」

「いや、それはまあ存じ上げておりますといいますか。……あー……」


イアンは戸惑いつつもフリッドに質問する。

俯くばかりのアルデを横目に、罰悪そうな調子で頬を掻きながら。


「いや、ほらさ。映像技術も進化してるわけだろ?先の映像も悪趣味なフェイクかも……ってほんのちょっと疑ったわけだけど。『色』を操作するカサンドラからして本物なら、俺様からは何も言えませんけども」

「全世界発信される映像にフェイクはない。無論、嘘であってもならない。中継式が生が絶対よ」

「あ、ああ。そういう……ズルできないようちゃんとしてたんすね……」

「そうよ。……そんなもんなのよ」


途端に何も言えなくなったイアンが気まずそうに口を閉ざし、フリッドは溜息を吐く。

その息一つであらゆる複雑に交錯した想いを吐露し切ったのだろう。

細めた瞳はアルデへの憐憫だけに染まっていた。


「ヴァイオラちゃん、大丈夫よ。すごくショックなことが立て続けに起きちゃったけれど……目的は、ほら。何も変わらないじゃない。ね?子犬ちゃん抜きでもあたしたちにできることを考えましょう……」


悲しみに暮れる子を宥めるような優しい声色で。

未だに唇を噛み続けて沈黙するヴァイオラ=アルデの背中を、フリッドは優しく撫でていく。


「あたしも考えるから、ね。だから大丈夫よ。落ち着くまで好きなだけ悩んでていいの……」


誰かに寄りかかれないと倒れてしまうほど、ひどく傷ついた。その様は人を慰める形と何ら変わりない。


――ベガオスはそんな弱々しい有様を見せつけられてしまった。


「――………」

ただ、唇を一の字に固く結び押し黙り続けるような形で見つめていた。


(…変わらない、のか)

内心では、想いを巡らせながら。


(シェルアレン様は、まさにアストリネ(導師)だ。悪への粛清という大義をもとにこの先処刑を容赦躊躇いなく実行できる強さがある…)

たとえシェルアレン自身の理解が薄かろうが、先の放送でも窺える。

非難批判を始めに世界中から罵詈雑言の嵐を前にしてもシェルアレンはあの完璧な微笑みを携えて、罰を執行するのだろう。


(いいや、寧ろ、批判は少ないかもな。長年雲隠れしていた問題よりも今の腐敗を提示して解決に動くと宣言したシェルアレン様の方が誠実だ。その上、『旧き姓』の所業は……許されてはならない。確実に絶対的な信仰心は損なわれただろう……)


この放送がなくとも『古烬』の加虐が異常ではないかと兵士でも疑っていた人がいたのだ。

そんな朝海のように――他国でも疑念を抱く者が多いに違いない。

もし多少の痛み(損害)が生じたとしても溜まり込んだ膿を吐き出し正常を取り戻せるならば…と。シェルアレンを支持する者が増える筈だ。


(先日の【暁煌】のように『兵器』による事故が連続したのも、追い風となる)

争いを望まぬ多くの者が、『根本的な原因』を廃しようと君臨した孤高の救世主(メシア)を崇拝し、追従するのだろう。


(――いや、…待て)


ふと、思考のピースが嵌るような気づきを得て、ベガオスは息を呑む。


(もしや、グラフィス様の凶行はシェルアレン様と似た理由か?兵士に対して何かしらの対処を行うための根本的な問題は……変わらない、のでは)

ベガオスからしてみればグラフィスが起こした凶行は、シェルアレンが謳った内容とそう変わりがない。

その点に気づいた後、さまざまな憶測が記憶と共に巡り回る。


〈平和を愛し謳う私たちの本当の敵は、何だ?〉


先日、発信された放送で四十代グラフィスとして語られていた。

当時のベガオスには何を訴えたいのか分からなくて、どうして『古烬』を庇うのかと疑念を持ち、彼女が慈悲深いからと納得させていた言葉。

(あれがグラフィス様なりの予告(メッセージ)…だったのか?)

腐敗は蔓延り、痛みを伴う形でしか完全に削ぎ落とせない。

『そうせざるえない』選択だったと、後に訴えるためにも宣言した。

そう憶測すれば辻褄が合うし納得もつくのだ。


(いや、断定は、できない。兵器を用いて反対意見を封殺する気概だと、仰られても居たからな……)


時間がない焦燥感に苛まれてか。或いは早期解決を果たしたかった、のか。

所詮は一介の兵士にすぎないベガオスに事の真相自体は不明だ。


(何にせよ、許されることではないが)


しかし、ベガオスにはわからないことがある。

見てる先は同じだろうに何故、シェルアレンやグラフィスは決別するようにも各々で世界を呑む荒波を起こそうとしてるのだろうか?


(――………他者の心は、わからない)

当然の事を思いながら、自然と伏せていた顔を上げる。

悲しみに打ちひしがれて悲壮感に満ちている女性にしか見えないヴァイオラ=ベガオスを瞳に映す。


(…………そうか)

やがて、ベガオスは黒瞳を瞠り、気づきを得た。


(意思あるものは皆、同じだ。アストリネ様も、総じて完璧ではない。種に関係なく『古烬』にも……心が、ある。時には感情を暴走させ、思い悩み、苦しみ、……嘆かれてしまうのか……)


阿諛追従思想に染まり濁り切っていた思考の霧が、晴れた感覚を覚えながら明瞭になった現実を映す。


〈本当に『自分は兵士となるべくして生まれた存在』と自負できるんですか?〉


記憶の檻に刻まれた、問いかける朝海の梅色瞳は細まり、咎めるような眼差しを差し向けるばかりだ。


「いや、……いいや、もう、この先では、誰もが変わらねばならないんだよ……」


現実から目を逸さぬ姿勢で、ベガオスは小さく答える。後に何度かにかけて深呼吸を繰り返し、気を落ち着かせてからアルデ達へ歩み寄った。


「え?何……?」

若干警戒するフリッドに意を介さず、床に膝をつけて跪く。


「………アルデ様」

決意を秘めた真剣な面持ちで、未だ俯くアルデのみを双眸に映して声をかけた。


「ご命令を」

求める発言に、アルデが僅かに肩を揺らす。

戸惑うように顔を上げれば桜色の瞳が大きく瞠っていた。

だが、ベガオスは構わずに再度紡ぐ。


「自分には、自分のようなものには、アルデ様のような方が必要です。グラフィス様やシェルアレン様にどんな大義があったとて争いを起こすことを許容できません。多くを巻き込む前に、荒波を止める必要がある」

欲しい言葉をかけて奮い立たせられる者がこの場に居らぬのだから、ベガオスがその役目を担い護らねばならない。

そんな思いを込めて淡々と言葉を紡いでいく。

「………始めにそう決起した貴方のような方こそが、先の未来で必要になるでしょう」


グラフィスが起こす凶行。シェルアレンが下す変革は交わる。暦にかかる混沌の畝りは避けられないだろう。


だからこそ、あくまで全体維持を第一とするアルデのような者がなくてはならない。

同調を誘う直情者に対抗するには――高潔な現実主義者が必要なのだ。


(例え、弟子に嫌われたことに傷つき、思い悩む弱き心でも。折れて信を変えられては困る)

故にベガオスは懇願の意を込めて、深々と頭を下げた。


「透羽吏史の代わりとしては力量不足でしょうが、全力を尽くします。……どうか貴方の最善を自分に命じてください」

そうして『ヴァイオラ(悩める女性)』から『アルデ』へ引き戻しにかかった。


「――ここで動かなければ、アルデの姓ごと貴方が終わるだけです。これまで先代を信じた道を貴方様自身が閉ざしてしまいますよ」


不安定に揺れて狼狽する傷を慮る事なく、ただ現実を突きつけるように。

傷を抉るような核心をもついて、ベガオスは丁重な恫喝を行うのだ。


「!あんたは……!ッ!」

アルデの弱さに同情し、味方していたフリッドの目は吊り上がる。

ベガオスの言動を咎めんと瞳が炯々と煌めいたが――先の動作が鴇色の触手に腕を掴まれる形で、制止されていた。


「ヴァイオラちゃん……」

他ならぬ、庇おうとしたアルデに止められてしまったものだから呆然とした声を漏らす。


困惑するフリッドに対し、静かに首を横に振った後、アルデは速やかに立ち上がる。

フリッドという暖かい場所から離れて、跪いたベガオスへと数歩歩む形で近づく。


ただ、変化を望まず、今のアルデのままで命を望み跪く少年の前に佇んで、見下ろした。


「…吏史無しでは、最終兵器『開闢』を破壊できません。『ゴエディア』が必要なのです。貴方の勇気は汲み取りますが、不可能を可能に変えるほど期待は寄せない」

「ええ。奇跡を自らの手で掴めるなぞ、自分は傲慢を語りません」

「ですが貴方が私のような者は必要と仰いました。…友を信じずに見放した情なきアストリネを。――ならば、貴方には『師たるディーケに仕えなくても良いのか』という質問も無粋。非情なアストリネとして、私が……命じましょう」


アルデは呼吸を繰り返す。

心の乱れごと正すように肺胞を枯らすような長い息を数度吐き切ってから、続けた。


「……シェルアレン様の件も気掛かりですが、一旦放置します。現に起こり得てる殲滅と全人類強制変化だけは看過してはならない。グラフィスの計画だけでも必ずや頓挫させるべきです」

「――仰る通りです。兵士である自分としても、かの方の残酷な選択を許容し兼ねております」

「ええ。だからこそ、私は兵器ではなく操作主そのものを破壊する」


誰かが「え」と虚を突かれた声を上げる。

だが、主従関係を締結せんとする者等は雑音に構わず進行させた。


「ディーケとネルカルに注視してる今が最大の隙。そこを突く。アストリネが人を傷つけられなくても……その逆か同志であれば、何の問題はありません」


これはある種の必要な儀。

少しでも多くを救うために心を切り捨ててでも行う経世済民の精神を強固にするためのもの。

鴇色の触手が横に振るわれ、鞭のようにしなり空を切った。


「四十六代目ディーケと協力するのを最優先に、四十代目グラフィスを打倒します。ベガオス、貴方は死ぬ覚悟で着いてきなさい」

「はい。謹んで拝命致します」


無論、ベガオスは決して意を唱えることはない。アルデの命を拝受して命を捧げることを受諾する。


「全てを賭してでも貴方様の命に従いましょう」


――例え自死を求められようとも構わないのだ。

それが恥ぬ選択ならば、身が燃え尽きようとも突き進むべきだろう。


「それが己で選んだ道ですから……」

ゆっくりとした所作で峻烈な面持ちでアルデを見上げながら、意を伝えていた。



「―――………最近の若者ってさ。破滅願望か覚悟ガンギマリちゃん多くね?これが平和な世で広まるトレンドなら終わってね?」

イアンはフリッドにこっそりと近づき、耳元で囁く。

フリッドは瞳を動かしてイアンを刺すように睨み据えたが、直ぐに溜め息を漏らす。


「馬鹿なことほざいてないであんたも行くのよ。ヴァイオラちゃんの足として使われてきなさい」

「……………ゑ?」

虚を突かれて舌を巻くという素っ頓狂な声を上げたイアンは、目を丸くしたまま肩につける勢いで頭を真横に傾けるのだった。

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