真なる脅威
【ルド】第一区『イーグル』は『塔』を中心に地下を開拓し、住まいが作られている。
この区は兵士のみならず、ディーケの守護もある。ネルカルによる風供給に滞りなければ最も安全と言える区だった。
――地下三百メートル、住区のエリアの一戸にて。
その認識で恩寵を受けていた『旧き姓』、一定期を超えて再生力が衰え老け込んだアストリネ等が集まり、卓を囲む形で話し合う。
「……グラフィスが派手に動いたな。ディーケを始めにネルカルまで囚われた以上、【ルド】の風が止まる」
瞼を閉じて俯くのは、六十代と思わしい壮年期の男性。彼は、前屈みで肘を突いてる姿勢で薄紅色の髪を乱れようが気にかけない様子で低く唸る。
血管浮き出る手の甲に一筋の亀裂が入ったと思えば、彼の異能と思わしい虚ろな鳶色の目がギョロリと覗いていた。
「これでは塔も止まるだろう。全ての電力を住民区の空調と地盤維持にあたる以上、『門』を用いれない……。永続バッテリー液を用いた最新型でない以上、完全停止する。……残り時間は、五時間か」
そう遠目で分析視認はできている。尚、外では一向に危機を知らせるサイレンは鳴り響くことはない。
アストリネの管理は万全という体面がある以上、この先でも沈黙したままだろう。
たとえこの先で限界を迎え、異常が事前に知らされることなく、――全動力が落ちれば支えを失った地盤は緩み、崩壊し、多くの生命が地層の餌になるだけだ。
「そうなれば終わりだな。我々も、アストリネの管理社会も……」
【暁煌】とは違い、上手い具合に誤魔化せない。
ここは地下。上以外に逃げ道もないのだ。
大いなる力による介入がなければ大きな犠牲が生まれるだろう。
絶望的な状況に打ちひしがれる重き空気に満ちる。
やがてそれを潰すようにダンッと木製の机に拳が叩きつけられた。
「くそっ!ふざけるなよ!」
拳を震わせたまま青い顔で歯軋りを立てるは、四十代と思わしい濃茶髪の男性だ。
彼は、ズレた眼鏡を掛け直すこともせずに苛立ちを露わにした。
「グラフィス……あの女……!全てはこのためか!」
「同志。そう、感情に飲まれるな……」
「我慢できるわけがないだろう!?これ自体狙い通りに違いない!我らが同志の[核]を継いでながら尊き姓を絶やしにきたのは、奴の狂った信念と偏愛が起因だ!」
唾を吐き散らす勢いで荒れる男に頭を痛ませるよう、初秋を迎えたばかりと思わしい五十代の女性が目深に純白の婦人帽を被せていく。
「……三十九代目グラフィスとは違う。我等は四十代目グラフィスを正しく見極められなかったのです」
そうして老いを示す白き瞳と髪を覆い隠しては、長い、肺胞から酸素を尽きさせるような、溜め息を漏らす。
「二代目イプシロンが四十代目グラフィスに刃向かったのを我々の吉と見るべきか?」
手の目を動かす男の質問に、女性はかぶりを振る。
「期待はできません。そもそもアレが過去に見せた獅子奮迅の活躍は、裏にサージュ=ヴァイスハイト有りきだった筈ですよ」
故に、現状は楽観視は出来ない。イプシロンが解決するとは思わず、ここで座して来る荒波を静かに待ち受けるだけしかないのだと女性は固く目を瞑る。
「………我々が大海の波に飲まれて死するか否か。もはや天に運命を委ね、祈祷する他ない」
危機を前に『旧き姓』は動けない。
管界における代表、六主とは違う。彼等のように世界を制する異能を持たぬのだ。
「我々は始祖は愚か、管界の六主にも近づけてないのですから………」
女性が零した諦念にも等しい発言に、異論反論が飛び交うことはない。
自然とその場には重き沈黙と静寂が降りてしまう。
――キィ、と。場を割くように。
僅かな摩擦音と同時に、金属の扉がゆっくりと開き始めていた。
◆
「無能な搾取者しかない『旧き姓』は不要。それが導き出した結論だ」
堂々と当然のように、サージュは存在否定を言ってのける。
「そうだろう?兵器蔓延という世界の危機にも駆けつけもせず、裏で息を潜ませるだけ。生命循環の役にも立たない無用なる存在だ。廃棄物を分解できる羽虫の方がまだ有益だよ」
これに関しては全くの同意だと、腕を組むサージュが何度も首肯する。
「ねぇ、ミカエラ。君も同じ考えなんだろう?イプシロン以外には管理センスがない六主たちで、処理も都合がいいから【ルド】を生息地となるよう便宜を図った。『旧き姓』が贅を貪る都合いい温床へ仕立て上げ……君が嫌いな兵士達と共に一斉掃除しようとした」
組んだ腕を解いて、大きく広げる。
「素晴らしい!“正義”を振り翳す側としては完璧な思考だ。理に適ってるよ!」
悪感情と必要な断捨離を両立させた良き判断だと、サージュは小さな拍手を送り、賞賛した。
「人類の数を減らすならばこそ平等に、痛み分け。アストリネの数も減らす。のちに人々に所業が露呈しても『道誤った同族を含めた粛清』だと説けるだろう。『旧き姓』が溜め込んだ富を分配し、甘き恩恵を与えることで怒りを宥める。………所謂、“ガス抜き”だねぇ」
教育内容を決定できる立場だからこそ、グラフィスは判断した。
民衆は、疑念を抱いても現状が崩れぬのなら受け入れる。火が立たぬのならば大事を起こしたとしてもグラフィスに蜂起しない。
「元々【ジャバフォスタ】は君の信者だらけ。【暁煌】は管界に興味ないエンタメ思想の利己主義的人類が多い。我の強い傾向が多い【ルド】さえ強引に制圧できれば……間違いなく君のお父様の理想は成就しただろう」
国の特徴を分析した強引な計画。何も感情だけで起こした虐殺ではなかったと評価したサージュは、片眉を吊り上げて挑発的に笑う。
「――通達してあげる。此処で君の夢はおしまい」
他者の夢を踏み潰し愉悦に浸る。まさに悪魔じみた姿。
それを前にしたイプシロンは、唇を噤んで否応でも思い出す。
(ああ、そうだった。あなたは踏み潰す側、だったな)
サージュ=ヴァイスハイト。
天災を起こせる天才。性格は個性的かつ難しかない。
しかし、望んだ物を必ず創り上げる。絵空事のような道具も必ず形に残す。
研究者を超えた創世者。
(飲み込めなかったこの予感も、頭の片隅に残る憂慮も当たってた)
予想通りだ。サージュが、碌に訓練されてない月鹿程度に破壊されるわけがない。
(タナトで垣間見たあの心のことを鑑みても……計画を練り上げてたはずだ)
オルドヌングはサージュ=ヴァイスハイトが至高の創作物への完成を目論む妄執で心が満ちていることを、知っている。
今はその夢を必ず果たすために、『観測』を用いて多くを踏み砕くのだろう。
(――だから、あり得なかったんだ。たまたま、うっかり。なんて、そんなあり溢れたミスを踏み抜くような凡夫じゃなかっただろう)
信じてはならなかったのに。何故、今更、思い出したのか。
元より弱者に一騎当千の活躍をさせる才能を肌で感じ、文明開花の発想力に溢れていたではないか。
焦燥感に駆られて、目先の問題を優先してしまったオルドヌングは強く奥歯を噛み締める。
(だからこそ、まだ、こうして本来あり得ぬ形で居続けてるのが……何よりの立証じゃないか………)
彼自身が抱え込む夢の妄執さえなければ、きっとこの世は恒久なる平和が実現しただろう。
単純な異能ではない相手を失念し、手段を使い切ってしまった愚かな己を責めるように。目を瞑り、かぶりを振って胸中で後悔の念を募らせる。
(ああ、クソ。ミスった。やはり最後の切り札をグラフィスに切るべきじゃあなかったんだ)
やがてオルドヌングが前を睨み据えれば、一凪の風が吹き、紅走る髪を揺らしていた。
(尤も、あなたの場合。こうして俺が致命的なミスを起こすように……『観測』して測ったんだろうがな)
相対する位置で佇むサージュを、鋭く刺すように睨み付け、オルドヌングは血濡れた口を開く。
「………サージュさん」
「んー?何だい?」
「貴方が大事に育てていた吏史は、人間だったよ。この目を通しても、……心を覗いても。彼は至って善良な普通の人間だ。何故だ?」
「いやぁ。それはそうだろうねぇ。吏史には知識や戦い方を必要な分を教えただけだから」
敢えてここにはいない養子の話題を持ちかけたが、何の機微をも感じない振る舞いで返された為、オルドヌングの翡翠瞳が不快に歪む。
「んで。それがどうかしたのかい?」
「………別に。『それだけで仕込みは十分』って話なんだろうなと思っただけだよ」
確信する回答に、サージュは呆れを込めた溜め息を吐く。
「昔から賢すぎてキモいと思ってたけど、僕をよく理解されてるのも鬱陶しいよ。もう、此処まできたらある種の恋じゃん?でも僕はお前が嫌いだから潰すけど」
「図星刺されたら早口で捲し立ててくだらん冗談で誤魔化す癖はご健在で何よりだ」
冗談のような揶揄いは嫌味で返す。オルドヌングは少女の肉を得たサージュを、ビルダが与えた祝福が灯る翡翠瞳で心理を暴く。
――見えるのは泥濘の異形。額を中心に渦巻き、顔が覆い尽くされた混沌だった。
「………。あなたが昔から俺のことをひどく嫌って居たのは、知ってたさ。もし生きていても俺が消えるまでは決して顔を出さないだろうと、予想はしていた」
金色灯る翡翠の双眸が、鋭く睥睨するよう平らに据わる。
「なぁサージュさん。わざわざこうして大っ嫌いな俺と顔を合わせてきた理由は――手を下す行為そのものに意味があるから、なんだろう?」
確信を抱く問いを投げられたサージュは、やがて、翠玉瞳を大きく瞠らせ、パチンッと指を軽快に鳴らす。
「正解」
床を始めに壁や天井には格子状の亀裂が走り、その場の空間含めた崩落が始まった。
「!?」
逢魔時の夕暮れ空が広がる中、オルドヌングは咄嗟に周囲を見回す。
先ずは体勢等を崩さぬようにしつつ、目視で足場を探したが、途中で、気づくのだ。
(違う!コレの目的は意識の分散だ!!)
死角から現れたるは日光に輝く細剣。時計の長針じみた剣の鋒が、眼前にまで迫っていた。
瞬発的に身を屈め、片足を大きく広げてから半弧を描くように身を回す。
ガキン!と遠心力を乗せた脚甲と細剣からは重々しい打撃音が鳴り響いた。
「おいおい、随分と簡単に見切ってくるなぁ?ほんと生意気なクソガキだ」
「今の、肉体的には、あなたの方が年下だろう…っこの若作りが…!」
お互い嫌悪を込めた悪態を吐く。後の鍔迫り合いをも拒絶するよう、双方共に渾身の力で遠くに弾かれた。
不敵に笑むサージュを睥睨したオルドヌングは、後方に退いたままだ。距離を詰める愚行はしない。
崩れる足場を渡るよう転々とした跳躍を繰り返し、グラフィスの元へ駆けつけ片手で俵で担ぎ、回収を行う。
(最上区なら破壊されても地下に大きな影響はない。だが、広範囲に及ぶ交戦が続けば……!)
眉間に皺を深く刻んだオルドヌングは、瓦礫が積み重なる形で安定した足場の方へ飛び移る。
「ミカエラ!聞こえてるな!?」
先に救出したグラフィスを座らせるように下しては、肩を掴んで揺らし訴えた。
「今すぐディーケを解放しろ…!君の理想はもう破綻した、残される後世を憂うのならば今、此処で!サージュ=ヴァイスハイトを打破しなければならない!」
グラフィスが執り行ったディーケを解き放つべきだと。
最早、己もグラフィスも、いつ尽き果ててしまってもおかしくはない。
この絶望を覆すためには、『観測』すら薙ぎ倒す重力の虚空が必要だろう。
「――まあ、その判断自体は悪くはない。確かに四十六代目ディーケは僕の手ですら余りまくる化け物だ」
だが、サージュは一定距離を保ったまま。追撃もせずにクルリと円を描いて納刀を済ます。
「……でもねぇ、オルドヌング。僕の建てた計画に於いての障害はね。まだ余力があるお前だけだったんだ」
語らう声に呼応するよう、風が吹き荒れる。
旋風は瓦礫の破片や砂利を巻き上げて、黒き風を描いた。
――但し、正確には砂ではない。
「……『遺児』……?」
オルドヌングがそれらの名前を微かな声で紡ぐ。
砂一粒には小さき意思が込められた分散分裂可能型意識集合体――兵器『遺児』であると。
その無数の群勢とも言える『遺児』は、サージュに集わず、寄生しない。
崩落した壁の向こうへ。――そんな意志を感じさせるような黒く畝りを起こしつつ蓄積されていく。
(―――何、なんだ。サージュ=ヴァイスハイトは『遺児』に何を、いや、いったい何を起こそうとしてる…?)
オルドヌングの思考が回らない。理解し難い展開ばかりが広がって、混乱が乗じている。
しかし、直感は危機を拾い、動悸が高まり警鐘のように強く脈を打つばかりだ。
黒き流砂は円球を型取ることで孵化を彷彿とさせる光景があるのも、また、不気味で仕方ない。
「相変わらずお前は詰めが甘いねぇ。だって何処かで最悪を予感してる癖に肝心な所で踏み切れない」
憐憫という最大の侮蔑を送りながら、サージュは両手の指でフレームを作り上げる。
額縁を想起させる型に、オルドヌングを捕えていく。
「だから百パーセントの失敗を、繰り返すわけさ」
面そのものをひっくり返すように、両指をクルリと回すのだ。
同時に、黒き外殻が破られる。
澄み渡る空を彷彿とさせる群青色の翼が扇状に広がった。
『遺児』の黒殻から衝撃を広げて現れたるは、背から生える群青翼を顕現させた四十六代目ディーケ。
最強の武力を冠する者が両翼と剛腕を奮い、纏う黒砂を薙ぎ払わんとする。
「ディ、――――――」
オルドヌングは疑問を紡げない。ただ、言葉を失う。
それは混乱による絶句が原因ではない。
両翼により破壊された壁がある。断片は空気を切り裂き、周囲へ飛散する。
それは鎌鼬なんて言葉は生ぬるい。全てを断ち切る巨大な斧にも等しい。
オルドヌングは胸部を穿たれた。問答無用で壁に飛びされ叩きつけられて、磔の刑に処されてしまう。
「ッ―――――゛……!」
悲鳴すら、儘ならない。喉も肺をも潰されたのだ。
嚥下する機能までも潰されたため、堰き止め切れない血を多量に吐き出す。
「あらら〜!やっば、痛そぉ〜!」
身じろぎもできずに項垂れたオルドヌングに、サージュはわざとらしくも驚きながらご機嫌なステップを踏んで近づいた。
「麻酔してあげよっか?…あ!ごめんごめん!手元に無かったわぁ!」
両手を合わせて眉根を下げて気遣うような提案を行い、解決策にもならなかったことへのわざとらしい謝罪を送るという。
ただの挑発でしかない言動を振る舞い――
「というか弱ってるとは言え、このくらいも避けきれないのかよ。間抜けすぎてウケる」
実に無様だと肩を上下させて嘲笑うのだ。
「……ッ………………ッ!」
「わぁ、こわぁーい」
首筋から頬にかけて青筋立てたオルドヌングが憤怒を込めて睨み据えるが、サージュは臆する様子もない。
恐怖したと口先で被害者を語りつつも堪えきれない喜悦がククッと喉を鳴らす。
「………ところでさ。今、何されたか、わかる?」
「――――――」
不意に問われたオルドヌングは沈黙する。
否、それ以外の選択肢がない。
器官を潰された今のオルドヌングには、言葉を発する行為を封じられてるのだ。
「わかんないならぁ、教えてあげる」
敢えてサージュは無知の返しと受け取るように。人差し指を左右に揺らしては教示する。
「何か勘違いしてるみたいだけど……『遺児』の強みはねぇ、増殖と数を生かしてある種の魚群のように強き形へ変貌できることじゃあない」
曰く。脳へ寄生して【ルド】の民を強化したことが『遺児』の真髄ではない。
「――対象問わずの無法と呼べる寄生力と物量なんだよ」
脳という非常に繊細な神経部に【ルド】の民全てを強化した。
これが大きな評価点であり、特出した脅威性だと語る。
「つまり、難攻不落の城でも分子レベルの数で襲えばどんなものでも寄生できる」
フッと鼻を鳴らし、不敵に笑む。
「『四十六代目ディーケ』の寄生だって可能とするだろう。いくら規格外だろうがね、要点さえ抑えれば攻略は可能だ。この世に無理はない。ゲームと同じだ。試行回数を重ねて超えていくように、とんでもモンスターには数でぶつけんだよ」
宣言通り、『遺児』による漆黒の寄生は順調だった。
剛腕を振るおうが、細胞一つ一つに取り憑かれてしまえば無意味なのだろう。
抵抗虚しく首元から耳全体。目元の先まで『遺児』は這い、眼球の白目までもが『遺児』の黒に変色しきっていた。
「まあ、でも。生きたまま大量の蟻に噛まれて肉を引きちぎられる程度の痛みさ。きっと耐えられる。最強最高峰の四十六代目ディーケ様なら、ねぇ」
凄惨な比喩にグラフィスが絶句し、オルドヌングの眉間には深い皺が刻まれていくばかりだ。
「しっかしまあ、ほんと生意気だな」
そんなオルドヌングにサージュは手を伸ばす。
「っ、っ゛…!」
乱雑に髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。
拍子で数本、ぶちりと嫌な音を立てて髪が抜けてしまうが、今度は形だけの謝罪すら送らない。
しかと翡翠の双眸に、何度も珊瑚色の瞳を煌めかせては踠くディーケの様を見せつけた上で耳元で囁いた。
「これはお前でもできたことだよ。始めから、こうすればよかったのに」
そう、せせら笑い、鼓膜を煩わしくも揺さぶる。
「ああ、でもできないかな?何せ冷酷にもなりきれない半端もんだったもんね?お前はアストリネとしての信念もなく、『シェルアレンを護りたい』――なんて、馬鹿で幼稚な願いだけしかないクソガキだったから」
小馬鹿にする調子で人格を否定し、自尊心も誇りも踏み躙っていく。
「ってかさぁ。僕のサポートがないとまともに兵器も壊せない雑魚の出来損ないが、ひとりで何かを成せると思ってたの?――僕がお前に吏史を任せたのも、ミカエラに反抗するように仕向けるためだったよ?」
所詮はサージュの手で使われるだけの傀儡だった事実を突きつけ、過去に重ねた努力思い全てを否定していく。
「お前が頑張っても何も変わらない。現にタナトは広がり悲劇が起きた。――お前をアストリネとして認めてくれた『 』はもう、何処にもいない」
目を逸らして直面しようとしなかった事実までも。
残酷に突きつけられたオルドヌングの翡翠瞳の瞳孔までもが瞠り、戦慄いた。
「わかるかな。お前はもう、本当にただひとりなんだよ」
「――、―――ッ、―――……」
心が、軋む。
捻れるように、折れ掛けて、崖端に立たされてしまうような、どうしようもない瀬戸際にまで追い込まれて揺れる様を、翠玉瞳はしかと見届ける。
「ねぇ、お前生きてて何か意味あった?何のために生まれてきたの?」
あの冷えた夜と同様の疑問を容赦せず投げつけていく。
「アストリネとして無駄に生きてたくせに、愛した者の想いすら汲み取れない。だから、実親は愚か。シェルアレンにすら捨てられたんだ」
与えられた筈の生の意味と意義を詰問しても、沈黙は決して破られることはない。
反論も、否定も拒絶も許さない。喉を潰された地獄の中で延々と。
千々に刻み込むような摩耗が行われた。
「シェルアレンは二度とお前の所に戻らない。愛し愛されることも、許されないさ」
「――――――」
間違いなく、それは心の琴線。一線を超えさせる言葉だったのだろう。
無機質な呼吸ばかり漏らしてたオルドヌングの口から、迫り上がった赤褐色の塊がゴボリと、溢れる。
僅かに開いた口は、何の意味を成すこともない。伏せられた睫毛を震わせて、金色の瞳孔が散大しては泥に沈むよう濁り始めていく。
「……その目、早く見たかったなぁ」
サージュは損なわれていく祝福の光を一秒たりとも見落とすことなく、凝視し続けた。
「変にしぶといから時間かかっちゃったや。ちょっとした誤算……?腐っても六主の血縁だったってことかなぁ。ま、もう終わった話か!」
ようやく得られた満足感に頷き、壊れた玩具を愛でるようにも、冷たき頬を悪戯に突っつくが――もう反応は何もなかった。
「が、ァアァアアァアァアア゛!!!」
やがて、鼓膜を穿つ研ぎ澄まされた高声が静寂を切り裂く。
最後の抵抗か、憤激か。群青色の翼で旋風を起こすよう羽ばたかせる。
しかし、黒き『遺児』の勢いは一向に衰えることはない。
所詮は無駄な足掻きだとディーケを制するように、珊瑚瞳を完全に覆い尽くした。
「………サージュ。……お前、は………」
瓦礫の上で身を引きずり、グラフィスは必死に声だけを絞り出す。
「この世界に、破滅と、混沌を……齎すつもりなのか…………」
投げられた問いにサージュは目を瞑る。
後に目を瞬かせて、物言わぬオルドヌングを掴んだ手を乱暴に離す。
「何言ってんの。サージュ=ヴァイスハイトは『平定の狩者』に属した最高のアストリネだよ?目的なんてただ一つさ」
息を吐き屈んだ姿勢を真っ直ぐと正し、開かれた天井から差し込む光の下へ向かい陽光というスポットライトを浴びていく。
「乱れた世の平定を成す。――だけどねぇ」
夜へと変わる夕暮れ空に、紅に染まる太陽へと手を伸ばして力強く掴むのだ。
「新たな秩序を創るならば、旧き体制や慣例の破壊は必須なんだよ」
溢れる渇望に呼応するように、蒼光が溢れて突風が栗色髪を巻き上げる。
それは、自然に発生したものではない。機械によって巻き起こされたものだ。
「――ねぇ。君も、そう思わないかい?」
満面の笑みを浮かべたサージュが振り返り、訪れた“待人”へと問いかけた。




