風を求めて(3)
「私が魔狼を退治します。」
アンデルのその宣言に、モラットは閉口する。突如現れた若造が、勢いで何か言っていると思われているだろうな、とアンデルは考える。実際アンデルが口にしてしまったのは勢いからである。
「何か策があるのかのう?」
策などあるはずがない。
「それはこれから考えます。」
アンデルは顎に手を当て思案する。しかし群れで襲ってくる敵に対し、有効な手立てなどあるはずもなく。いつもならウェイクやイムカを前衛に、オットーやエバが後方から殲滅する。劇団員みんなで人海戦術をとって追い込む方法もある。だが今はいない。今回はアンデル一人で成し遂げなくてはならないのだ。
「皆を連れてくるべきだったか。いや、言っても詮無いことだな。」
もしくは神器を借りてきておけば。アンデルの脳裏にはたらればばかりが浮かぶ。
「ほれほれ策を練るのは主の得意とするところじゃろ。」
ソユが茶々を入れてくる。突然現れたソユを見てモラットが固まっている。
「あいつら闇の住人だからな。獣だけど。影に潜まれて逃げられたらオイラにゃ手が出せないんだ。」
ハウが悔しそうに宙空に意味もなく拳を繰り出している。
「某が山を降りて呼んできてもよいが。」
ソユに続いてヒカゲが現れた時には、既に慣れたモラットは二人にもお茶を淹れる。
「確かにヒカゲの足なら一日とかからず皆の元へ行けるが・・・ん?」
アンデルはヒカゲの姿を見て思い付く。かつてヒカゲと戦った時に、いかに影からヒカゲを引きずり出したか。
「村長殿。村人の中に手先が器用な人はいませんか?もしくは狩人など。」
ヒカゲにお茶を固辞されたモラットは、ソユの前にだけお茶を置きながら答える。
「狩人はいないが、裁縫が得意なものは多いぞ。それから元大工に鍛冶師なんかもおったのう。」
「鍛冶師!?」
それを聞いてアンデルは立ち上がる。
「うむ。騙されて莫大な借金を抱えた末に逃げ込んで来たのがおったの。まあここじゃあ包丁を研ぐくらいしかすることはないんじゃがの。」
「鍛冶師はまさにうってつけだ!その方に話をつけることはできますか?」
「うん?とりあえず呼んでみるかのう。」
モラットは鍛冶師だった男を呼びに、家を出て行った。
「しかし、群れを殲滅する火力が問題だな。ヒカゲは個に特化しているし、ソユに攻撃力はないし・・・」
肝心の攻撃方法で行き詰まる。複数の敵を対処するのに、ハウの風ほどあつらえ向きな範囲攻撃はない。しかしそれでは火力が足りないであろう。
「あいつらを殲滅するのに困ってるのかい?確かにオイラだけじゃ殲滅させられないけどソユ姉と一緒ならやれるよ!」
「ん?」
水球を作ったり、癒したり、攻撃能力を持たないソユがどう関係あるのかアンデルは理解が及ばない。
「ただあいつら一箇所に集めるのが無理なんだよなあ。影に乗じてバラバラに逃げちゃうしさ!」
ハウは魔狼の逃げ足の速さを思い、唸っている。
「ソユと一緒なら火力があがるのか?」
アンデルはハウの発言の真意を問う。
「そういえば主に話してなかったのう。」
モラットに淹れてもらったお茶を傾けながら、ソユが言う。
「魔法は属性を組み合わせることでその性質を変えるのじゃ。」
「ん?どういうことだ?」
アンデルはソユの言わんとしていることがわからず、聞き返す。
「四大元素は精霊の魔力を混ぜ合わせることで、幅を持たせることができるのじゃ。例えば火と水を同時に使えば霧を起こせるし、風と火ならば雷を放てる。」
「その発想はなかったな・・・」
魔術だったら雷を放つのに一動作で済む。魔力を雷撃に変換して放つだけだ。属性を混ぜるという発想をしたことがない。
「火と土ならばマグマになるし、風と土で砂塵をつくったりもしておったのう先代の勇者は。」
「では風と水ならば?」
「うむ。氷を操れるの。水に魔力を多く注げば氷の壁を生み出せるし、風に注力すればブリザードを起こせる。」
複合することで氷も作れる。確かにハウが殲滅できると言い切るのも頷ける。
「でもあいつらをひとまとめにするのがそもそもできないからなー!ちくちょー!」
その時、モラットが帰ってくる音が聞こえた。アンデルはほくそ笑む。
「いや、出来るかもしれないぞ。」
ーー夜が更け、村人が家に入った頃。村のはずれでは、焚き火が煌々とアンデルの姿を浮かび上がらせていた。
「本当に使いこなせるのか?最近の人間は精霊の力を引き出せないみたいだぞ。」
ハウが心配そうに尋ねる。
「大丈夫だ。それに関してはソユが認めてくれた。」
「そっかー。なら行くぞ!汝、自由な風を束縛たらしめんこと能うる!」
ハウが緑の光に包まれる。
「アンデル!右手を上げろ!」
アンデルは言われた通りに右手をあげる。ハウはその右手をぱちんと叩いた。
「よし!契約成立だ!」
ハウの体を覆っていた光が収まる。途端にアンデルは気怠さを覚えた。
「うっ、力が抜ける・・・」
「オイラの魔力の供給源をアンデルに変えたからな!すぐ慣れるさ!」
「ほれハウはどれがいい?」
ソユが赤、緑、黄色の宝石を手に持つ。アンデルが学院長から貰ったものだ。
「うーん。あっこれ!一番居心地よさそうだな!」
そう言ってハウは緑の宝石に触れる。
「少し体が軽くなったな。」
「精霊の依代を親和性の高い宝石に置くことで、契約主の負担を軽くするとは考えたもんじゃのう。妾もこれは知らなんだ。」
学院長がどういう意図を持ってこの宝石を託したのかはわからない。しかし、アンデルは学院長に感謝の念を禁じ得なかった。
「さっそく風魔法つかってみろよ!」
ハウに促され、アンデルは肩を回す。そして掌に風魔法を意識する。
「おっイケてるイケてる!」
アンデルは掌の魔力を投げるイメージで解き放つ。アンデルから放たれたつむじ風が木々を揺らしながら飛んで行く。そして村を覆う不可視の壁にぶつかって消滅した。
「初めてにしては上出来だな!じゃあ早速水と複合してみろよ!」
アンデルは杖を腰にさし、両手を構える。右手に風の魔法を、左手に水の魔法を意識する。
「ちょっと水が強いのう。まずは等分を意識してみるとよいぞ。」
「魔力効率が悪いよ!無駄な魔力がだだ漏れじゃんかー!」
左右からごちゃごちゃと口を出され、アンデルの集中が途切れる。
「ちょっと黙っててくれ!」
アンデルが怒鳴ったところで、魔力の光が重なり、弾ける。辺りは暴風雨に包まれ、激しい風と雨が集落の家を叩く。
「ああやってしまった!」
突然の暴風雨は村人を驚かせたかも知れないとアンデルは焦る。一方精霊二人は手を叩いて称賛する。
「初めてにしてはよい出来じゃ。」
「前の勇者より魔力に関しては才能あるんじゃないか?」
アンデルは消えてしまった焚き火を付け直しながら尋ねる。
「そういえば、五百年前の勇者の話って聞いたことなかったな。どんな方だったか聞かせてもらえないか?」
ソユとハウは顔を見合わせる。
「うーん。どんな奴だったかって話なら、簡潔に強い、かな。剣を振らせれば達人の域だったし、魔力の量も多かった。」
「じゃが無愛想じゃ。それに冷たい男じゃったのう。」
「さりげない優しさはあったよ!人を見捨てたりは出来ない奴だな!」
「優しさなんてあるものか!魔王を倒してしばらくしたらふらっと姿をくらました薄情な奴じゃ!」
アンデルが聞きたかった勇者像は出て来ずに、人格についての話が盛り上がっている。
「あー、もういいや。とりあえず例の物が出来上がるのに一日はかかる。それまでに風魔法と複合魔法を形に出来るよう特訓だな。」
焚き火に火が起こったところで、アンデルは苦笑しながら二人を止めた。すると、アンデルの傍にヒカゲが立っていた。自分から出てくるのは珍しいな、と声をかけようとすると、ヒカゲはソユの前に立つ。
「ご老体に問う。」
「・・・なんじゃ?」
ご老体という言葉にひっかかったが、それを飲み込んだソユの一瞬の葛藤がアンデルにも手に取るようにわかった。
「オイラが婆って言うと怒るくせに、赤子には甘いよなあ。」
ハウがアンデルの背中で小さく愚痴る。
「某の力は何故主に与えられない。」
ヒカゲはそう尋ねる。確かにアンデルは気になっていた。ソユと契約し、水の魔法が使えるようになった瞬間に、じゃあヒカゲは?と思っていたのだ。契約を結んでいるのに、アンデルは闇の魔力を感じたことがない。
「妾もそれは気になっていたがの。お主がまだ未熟であること以外に考えられんかの。」
ヒカゲは黙り込む。
「契約の仕方や魔力の扱い方は、年長者の同じ精霊に代々教わるものじゃ。妾もそうやって教わってきたし、そうやって教えてきたものじゃ。」
ハウも頷いている。
「お主に契約の仕方を教えてくれた者は、魔力の扱い方を教えてくれなかったのかの。」
ヒカゲは黙ったままである。
「ん?どうした?お主の親代わりの闇の精霊がおったじゃろ?」
「某は主に出会うまで、一人だった。」
「は?ならどうやって契約した?」
アンデルが代わりに答える。
「ヒカゲが瀕死に陥るに際し、俺の魔力を分け与えたんだ。契約といっても口約束だったな。」
「なっ!?」
「えっ!?」
ソユもハウも驚く。
「それでは仮契約ではないか!」
「いいか?精霊にはそれぞれ契約の儀ってのがあるんだ。オイラ達は右手と右手をタッチするようにね。そうすることで初めて両者に繋がりができて、魔力を融通しあえるようになる。仮契約の状態は一方的に契約主の魔力を吸い取ってる状態なんだ!」
ハウがまくし立てる。一方的にアンデルの負担になっている。そう言われたヒカゲは、何も言わずに闇に溶け込もうとする。
「ヒカゲ!」
アンデルはヒカゲの腕を掴んだ。
「お前が何をしようとしたかわかるぞ。俺の前からいなくなろうとしたな?それは許さないぞ。俺にはお前が必要だ。ゆっくりでいいから、契約の儀ってやつを探そう。それからちゃんと契約を結ぼう。」
ゆらり、と揺れたヒカゲは、一言も発する事なくアンデルの影の中に戻っていった。




