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風を求めて(4)

「アンデルさん。できたよ。」



 ハウとの契約が済んでから丸一日。睡眠時間を削って魔法の習得に励むアンデルの元に朗報が届いた。



「本当に一日で完成させてしまうとは。腕がいい鍛冶師だったというお話通りだ。」



 照れ臭そうに笑うのは、モラットに紹介してもらった元鍛冶師の男。その手には、トラバサミが握られている。



「ちょっと材料が足りないから、廃材やなんかであつらえたもんでちょっと不恰好だが大丈夫かい?」



 アンデルはトラバサミを受け取る。ところどころ錆びていたり、釘を形そのままで流用していたり、確かに急ごしらえであるのが見て取れる。



「むしろ一日でこんな立派な物が出来たことに驚きです。ありがとうございます。」



 やめてくれ、と顔をそむける鍛冶師であるが、満更でもなさそうである。



「よし、準備は出来た。後は俺次第か。」



 鍛冶師と入れ替わりに、にハウとソユが連れ立って現れる。



「アンデル!調子はどう?」



「ああ。見てくれ。」



 アンデルはそう言うと、目を閉じて瞑想を始める。アンデルの体が緑の光に包まれ始める。しばらくすると、アンデルの体が途端に重力から解放され、浮き上がる。



「おお!翔べるようになったか!」



 ハウがアンデルの周りを飛び回る。



「まだ発動するのに時間がかかってしまうけどな。でもコツは掴んだぞ。」



 アンデルは刮目すると、さらに高度をあげる。時にバランスを崩しかけ、ゆっくりとではあるが、宙空を縦横無尽に動き回る。



「ほお、飲み込みが早いのう。」



 ソユもこれには舌を巻く。



「慣れればもっと自由自在に翔べるようになるぞー!」



 ハウが見せつけるように高速の空中機動を見せる。



「とりあえず今はこんな感じだが、一通り風の魔法も使えるようになった。あとは精度をあげるだけだ。」



「なら次は複合魔法の成果を見せてもらおうかの。」



 ソユの言葉にアンデルは頷く。



「ブリザード!」



 アンデルは、魔力を込めた両手を重ね、手のひらを空に向ける。辺りに一瞬で冷気が立ち込め、氷を伴う暴風が夜空へ吸い込まれて行った。



「完璧だ!これならあいつらも一網打尽にできるな!」



「うむ。重畳重畳。」



 精霊二人に合格をもらい、アンデルは小さく拳を握る。



「準備は整った。早速行くか。」



 アンデルはトラバサミを拾い上げると、歩き出す。



「ちょっとちょっと!アンデル昨日からろくに寝てないだろ?魔力とか体力とか大丈夫なのか?」



 ハウが慌てて止める。



「大丈夫だ。体の底から力が湧き上がってくるんだ。早くこの魔法を試したくてうずうずしている。」



 アンデルはおもちゃを買い与えられた子供のように目を輝かせながら言う。



「ふむ、魔力の総量も回復量も、妾の見立て以上であったな。先代の勇者を凌駕しておるぞ。」



 ソユが呆れ半分、感心半分に呟く。



「ハウ、ここらで開けた場所はあるか?魔狼を迎え撃てるような。」



「完全にハイになってるなあ。」



「まあ本人にやる気があるのは良いことじゃろうて。」



 ソユの言葉にハウはため息をつく。



「ハウ!」



「ああわかったわかったって!」



 急かすアンデルの背中を、ハウは追った。





 ーー森の中に忽然と広がる広場に、アンデルは一人立ち尽くす。その足元には巧妙にトラバサミが隠してある。



「こんな広場があったんだな。」



「ここは村の資源になる木材の伐採場だ。もしかしたら切り株が残っているかもしれないから気をつけろよ。」



 魔狼に警戒をさせないため、ハウは宝石に入ったまま答える。アンデルは月の明かりを頼りに辺りを見渡す。目につくような切り株は見当たらない。流れ者の中に、樵でもいるのであろうか、ちゃんと切り株は引き抜かれている。



「ヒカゲ。」



 アンデルはヒカゲを呼ぶ。影の中からヒカゲが現れる。



「魔狼が来るか、哨戒を頼む。」



 ヒカゲは物言わず、闇に溶け込む。昨晩以来ヒカゲとは話していないが、感情を見せないヒカゲがどんな心情なのか、アンデルにはわからない。だが、普段通り任務を遂行してくれるとアンデルは信じる。



「さあ、来い。」



 アンデルは目を閉じて辺りの気配を探る。静かな夜の森は、生物の気配を全く感じさせない。アンデルの背中側から吹く風が、アンデルの髪と木々の葉を撫でる。



「来ている。」



 ヒカゲの声がアンデルの耳に響く。アンデルには気配を感じられないが、ヒカゲが言うのなら確かなのであろう。アンデルは小声で尋ねる。



「数は?」



「正面に三。その奥に二十。」



 恐らくはその三体が斥候で、奥の群れが本隊なのであろうとアンデルは考える。既に風下を陣取り、こちらを伺っている。アンデルはあえて魔狼に背を向けて、隙を見せる。



「来た。」



 ヒカゲの合図を聞くや否や、アンデルはその場から跳んで離れる。オットーのそれと同じ様に、自身の脚力を風の魔力によって強化している。



「こいつらが魔狼か・・・」



 数瞬前までアンデルの立っていた場所に、三体の狼が居た。黒い毛に覆われた狼は、赤い目を光らせ、よだれを垂らしている。アンデルのことは餌にしか見えていない様だ。体を屈め、アンデル目掛けて飛び掛る。



「よし来い!」



 飛び掛る狼達のさらに上を飛び越え、アンデルは着地する。そこから狼三体と、アンデルの追いかけっこが始まった。時には三体一斉に、時には時間差で、狼が執拗に向ける牙を、アンデルは冷や汗をかきながらかいくぐる。そして、ついに追いかけっこに終わりの時が来た。



「かかった!」



 魔狼の一体が、アンデルの仕掛けたトラバサミに後ろ足を挟まれたのである。じだばたともがくが、鉄の歯は食い込んで離さない。残りの二体も、トラバサミを噛んだり前足でつついたりとなんとか仲間を助けようとしているが、びくともしない。



「さあ、仲間を見捨てないお前達はどうするんだ?」



 アンデルが行く末を見守る中、魔狼の内の一体が遠吠えをする。やがて、辺りの草木がざわめき立つ。



「群れを釣れたな!」



 茂みの中から次々と魔狼が姿を見せる。その体躯は最初の三体よりも一回り大きい。



「斥候をしてたのは若い個体なのか?」



 アンデルは群れの性質が気になったが、頭を振って余計な考えを捨てる。



「もっと集まれ・・・」



 アンデルの周りを、ゆっくりと魔狼の群れが囲み始める。一飛びでアンデルの喉笛に噛み付ける間合いを取り、こちらを窺っているようだ。アンデルは杖を右手に持ち、魔力を体に纏わせ始める。



 永遠に続くかと思わせる睨み合いは、魔狼の咆哮によって破られた。一斉に魔狼が飛び掛る。



「フライ!」



 一瞬早く、アンデルが空へと飛び上がる。



「フレイムウォール!」



 アンデルが杖を振りかざすと、広場を覆うように、炎の壁が出現する。突如炎に囲まれた魔狼は、狼狽え始める。実際に熱は持っていないのだが、魔狼は本能的に炎から距離を取る。煌々と地面を照らす灯りは、広場から影を消した。



「やったぜアンデル!これであいつらは影に逃げ込めない!」



 ハウが宝石の中ではしゃぐ。



 アンデルは杖を腰にさし、両手をかざして魔狼の群れを見下ろす。



「やっちまえ!」



「ブリザード!」



 アンデルが両手を重ねると、地面に向かって冷気が吹き荒ぶ。暴風が雪と共に、氷のつぶてを飛ばす。炎の壁の中は、たちまち銀世界へと変貌した。



「ふうっ・・・」



 アンデルが手を離し一息ついたところで、眼下には動くものは見当たらなかった。アンデルはゆっくりと地面に降下する。さくっと小気味いい音を立てて、雪の上に着地する。地面からは氷柱が林立し、白い景色の中に魔狼の流した赤い血が際立っている。



「全滅したか?」



 アンデルは魔狼の様子を見て回る。地面から天に向かって聳える氷柱に串刺しにされたもの、外傷はないが肺が凍りついてしまったもの、辺りは死屍累々であった。トラバサミに捕らえられた最初の一体は、降り注ぐ氷のつぶてに頭を割られていた。



「自分がしたこととは言え、むごい。」



 立ち込める冷気がそうさせたのか、アンデルは頭が冷えて冷静になってみると、惨憺たる光景に眉をしかめた。



「仕方ないよ。やらなきゃやられる。そういうもんだよ。」



 ハウが宝石の中から声をかける。



 その時、大地を揺るがす地響きが聞こえてきた。



「なんだ!?」



 アンデルは思わず手近にあった氷柱を掴んだ。魔術で出した氷と違い、確かに冷たい。

 地響きは段々と近付いてくる。そして、遂にそれは姿を現した。炎の壁を飛び越えて来たそれは、アンデルの足元に転がっている魔狼の十倍はあろうかという、巨大な魔狼であった。


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