風を求めて(2)
アンデルは背後の声に振り向いた。しかし声の主は見当たらない。
「あれ?人間か?」
その声はアンデルの目線より高い位置から聞こえた。アンデルが視線をあげると、子供が宙に浮かんでいた。
「風の、精霊?」
「オイラの事知ってるのか?なんか怪しい奴だなー!」
その子供は、風の精霊である事を認めた。しかし、警戒をさせてしまった事にアンデルは焦りを覚える。
「私は魔王を討伐するため旅をしているアンデルと申す者。是非風の精霊殿のお力をお借りしたく馳せ参じた!」
やや芝居がかった口調になってしまったのは職業柄であろうか。アンデルは失敗したなとばつが悪そうに風の精霊を仰ぎ見る。
「魔王?嘘つけ!そう言いながらこの村をめちゃくちゃにしようってんだな!」
風の精霊はますます警戒を強める。しかし、そこに鶴の一声がかかる。
「この者は真に今代の勇者じゃ。妾が保障するぞえ。」
ソユが宝石より現れる。
「ソユ婆!?久しぶりだなあ!」
風の精霊はソユの姿を見て、顔に喜色を浮かべる。
「久しいのハウ。じゃが・・・五百年ぶりで忘れてしまったのか?」
ソユがふわりと風の精霊に近付く。そして突然風の精霊の頬を掴む。
「婆と呼ぶでない!」
「あでででで!ソユ姉!お姉様!」
よろしい、とソユは風の精霊の頬を抓る手を緩める。
「えーっと、それで私が怪しい者ではないというのは理解いただけたか?」
アンデルが旧交を温める二人に気を遣いながらも、割って入る。
「おーいてえ。ソユば、姉がついてるってことは、本当に勇者みたいだな。」
ソユ婆と言いかけて、ソユの眼光が刺さるのを感じた風の精霊は、あからさまにソユとの距離を開ける。
「悪かったな!アンデルって言ったっけ?オイラはハウってんだ!ところでソユ姉の他にも精霊の魔力を感じる気がするけど?」
ハウはきょろきょろと辺りを見回す。
「ああそれは・・・」
アンデルが答える前に、アンデルの影が実体化する。
「お!闇の精霊!でも見ない顔だなあ?」
「闇の精霊、ヒカゲ。顕現して三年。」
「なんだ赤ん坊なのか!道理で見ない顔だと思った!」
アンデルとほぼ変わらない背丈のヒカゲに対し、子供のようなハウが赤子呼ばわりする光景は倒錯的であるが、五百年前には既に魔王と戦っていたハウからすれば赤子のようなものなのだろうとアンデルは無理矢理自身を納得させる。
「それで、風の精霊殿・・・」
アンデルが口を開いたところで、ハウに遮られる。
「堅いなお前!もっと砕けた態度で接してくれていいぞ!」
無邪気に言うハウの言葉を受け、アンデルは一つ咳払いをする。
「ハウ。魔王を倒すため、俺に力を貸してくれないだろうか。」
アンデルはハウの目を真っ直ぐに見据え、改めて要請する。
「魔王が復活したって言うならオイラも黙っちゃいられない!勿論手を貸すよ!って言いたいところなんだけど・・・」
ハウが翳のある表情で語気を弱める。
「今オイラが離れたらこの村は大変な事になる。だからついてはいけない。」
「村を覆うこの不可視の壁と関係がある話なのか?」
アンデルは不可視の壁に手をつく。
「この村を守るためにオイラが作り出した空気の防護壁さ。オイラが離れたらこの壁はなくなっちゃう。」
「一体何から・・・」
何から村を守っているのか。そうアンデルが尋ねようとしたところで、ヒカゲがにわかに警戒の色を現す。
「気配。魔獣だ。」
ヒカゲはそう告げると、背中の直刀に手を伸ばし、腰を落とす。
「臭いを嗅ぎつけたな。」
ハウは掌につむじ風を起こすと、無造作に茂みに向かって放つ。キャン、と魔獣の悲鳴が聞こえて、森の奥へと逃げていく狼の後ろ姿が見えた。
「ここじゃ奴らに臭いを嗅ぎつけられちまうな。とりあえず村に入ろう。オイラの防護壁の中なら平気だから。」
そう言ってハウは集落に向かって飛んで行った。アンデルが恐る恐るその後をついていくと、先程見えない壁に阻まれたのが嘘のように集落の中へと踏み入れることができた。
「とりあえず村長に会おうか。オイラ説明が得意じゃないから。」
飛んでいくハウに従い、アンデルは歩く。途中集落の人々から奇異の視線を向けられるのがこそばゆい。
「おや、旅のお方ですかな?こんなところに旅のお方が来るなんて何十年ぶりになりますかの。」
ハウの案内してくれた先の家には、好々爺といった老人が住んでいた。
「じっちゃん!こいつは信用できる奴だから大丈夫だよ!オイラがこの村に居着いた経緯を説明してあげてよ!」
「おや、ハウの知り合いかい?」
まるで孫と祖父の様な気安さで接する二人のやり取りに、アンデルは微笑ましさを覚える。
「アンデルと申します。この村に何が起きてるのかお教え願えますか?」
「まあまあ、お茶でも飲みながら話すとするかのう。」
老人はアンデルを家の中へと招き入れる。
「儂はこの村の村長をやっとるモラットという者じゃ。村長と言ってもただ一番年長と言うだけで、特に何かするわけではないんじゃがな。」
モラットはお茶を淹れながら、ほっほっと笑う。
「して、この村に何が起きているかじゃったな。ご覧の通り、この村は山奥でひっそりと平和に暮らしておったんじゃがな、一年ほど前から魔狼の群れがこの辺りを縄張りにし始めたんじゃよ。」
「魔狼?」
聞き慣れない言葉に、アンデルは飲もうとしたカップを持つ手を止める。
「ああ、さっきの狼だよ!憎らしいんだあいつら!」
先程の狼の後ろ姿を思い出し、アンデルは淹れてもらったお茶に口をつける。飲み慣れないハーブの香りが鼻腔に広がる。
「その時丁度ハウが現れての。奴らからこの村を守ってくれているんじゃよ。ハウが来てくれなかったらこの村は今頃全滅しておったじゃろうな。」
モラットがハウの頭を撫でる。ハウも満更ではなさそうな表情を浮かべる。
「群れごとやっつけてやろうと思ったんだけどさ!あいつら頭がいいんだ!一匹だけを犠牲にするような戦い方をしないから、絶対に群れで動くんだよ!さっきみたいに斥候を出しても、仕留める前に逃げちゃうんだ!」
集団を相手にしては、ハウ一人では手数が足りないのであろう。アンデルは提案する。
「軍や冒険者ギルドに助けを求めないんですか?こちらも数で攻めればまだ勝算はあると思いますが。トリス?いや、聖ガーランドですか?」
モラットは静かに首を振る。
「この村はどの国にも所属しておらん。村などと呼んではいるが、実質は脛に傷持つ流れ者が寄り合った集落じゃからの。」
「隠れ里・・・」
「犯罪に嫌気がさして山賊を抜けた者、夫からの暴力から逃げ出した者、孤児、雇い主から脱走した奴隷。皆何かしらの枷を背負っている故に人里で住むことはできぬ者たちの集まりじゃ。」
そう悲しげに呟くモラットの袖から、ちらりと傷痕がのぞく。
「奴隷?そんな古い風習が残っているのですか?」
アンデルは尋ねる。
「旅のお方、出身は?」
「出身はわかりませんが、南の大陸のグラシエル王国で育ちました。」
「おや、南の大陸から来なすったか。東の大陸、それも北部の方では今だに身売りが行われておるよ。死の大陸から吹く風によって作物が育たない様な村では、家族を守るために子供を売ることも手段じゃ。」
アンデルは余りの衝撃に、開いた口が塞がらなかった。アンデルは家族の顔を見たことがない。だからこそ家族の絆というものに憧れるし、家族同然の劇団の仲間や、学院長を大切に思う。
「儂らは互いに助け合って生きて来た。じゃから今更国に助けてもらうことは出来ないんじゃよ。」
モラットの言い分はアンデルにも理解できる。しかし、それではハウの力を借りることは出来ない。アンデルは意を決して口に出す。
「私が魔狼を退治します。」




