決行(1)
「確かに城門は固くクローズだね。」
トリス城を眼下に見下ろす丘の上で、オットーが告げる。
「ヒカゲの報告通りなら、シリカ王子のおっしゃっていた王族専用の抜け道も固められているってことだな。」
アンデルはため息をつく。その目の下にはくっきりと隈が浮かんでいる。
「元よりそこから侵入するのは難しいでしょうけどね。」
アンデルの隣に立つシリカの目の下にも隈が見える。色が白い分、際立って不健康な印象を与える。
「もう少し作戦を練る時間があれば・・・」
口惜しそうなアンデルを、シリカが微笑みながら宥める。
「アンデルさんと私が捻り出した作戦ですから、きっと上手く行きますよ。」
そう言ったシリカは後ろを振り返る。丘の傾斜にはシリカ派の兵士二十人と、マクスウェル劇団の武闘派二十人の計四十人が待機していた。
「皆さん、聞いてください。」
シリカの凜とした透き通る声に、アンデルも含めた四十余人が顔を上げる。
「トリス城下町を囲う城壁は、大国のそれのような、敵を弾き返すために聳え立つものではありません。精々皆さんの上背より少し高いくらいです。」
シリカ派の兵士は元より、マクスウェル劇団の面々も一度城門をくぐっているので、これはあくまでも確認である。
「トリスは大軍と大軍のぶつかり合いを想定していません。城門を狭めることで、各個撃破を狙う城構えです。」
元兵士達は頷く。
「私達は向こうの百分の一にも満たない数です。よって向こうは均等に兵をばらけさせ、壁を乗り越えて侵入したところを捕らえようとしてくるはずです。」
シリカは皆の顔を見渡す。シリカの当初の計画は、陽動として壁を乗り越えて騒ぎを起こしている内に、王族だけが知る脱出経路を通り、シリカとセレンが決死の突入を行うというものであった。
「そこで私達は敢えて正面から堂々と乗り込むとしましょう。」
しかしアンデルらの参加によって、いくつもの手が可能になった。
「城門を破壊して、まっすぐ城を目指して走ります。けして振り返ってはいけません。」
一晩かけて何度も何度も試行錯誤を繰り返した。
「そうすればゼファーの首は目の前です。」
ごくり、と元兵士達から唾を飲み込む音が聞こえた。
「私達が敗れるということは、即ち大陸の戦火を意味します。死ぬことは許可しません。必ず生きて玉座までたどり着け。」
普段は温厚で、優しい王子であるシリカのその王然とした雰囲気に、皆肌が粟立つのを感じた。
「お前達の顔を一人残さず覚えたぞ!誰一人欠けることは許さぬ!お前達一人一人が英雄となるのだ!」
シリカの檄に呼応して、皆が一斉に鬨をあげる。やってやる!王子万歳!と気炎を揚げる者までいる。
「さあ行こう!我らの城へと帰ろう!」
ーートリスの城門は非常に狭い。人一人が通り抜けるのがやっとである。その城門を守る門番達の前に、馬車数台を引き連れた一団が近づく。
「止まれ!今は厳戒態勢下にある。何人も通すわけには行かないんだ。」
先頭の馬車に乗ったローブの人物が御者台から降りてくる。
「私達は旅の劇団をしております。急病人がでてしまったため、急ぎ医者に診ていただきたいのです。」
「む、といってもな、見ての通りこの正門は人が通る幅しかない。馬車は城壁をぐるっと回って裏門からしか入れないぞ。」
病人と聞いて、門番もやや情にほだされてしまう。
「ん?劇団・・・?」
そのやり取りを聞いていた別の門番が気付いた。
「馬車はここに捨てていきますのでノープロブレムです。」
「ん?何を言って・・・」
ローブの人物の言い様に、門番が困惑したところに、別の門番が駆け寄ってくる。
「おい!今手配が回ってるのも劇団だぞ!」
「何!?じゃあ・・・」
門番二人がローブの人物を振り返ると、ローブを下ろしたセレンが門に近付いていた。
「待て!止まれ!」
「まかり通ります!」
門番達が飛びかかるより早く、セレンは右の拳を門へと叩きつけた。轟音とともに正門は弾け飛び、城門に大きな穴が穿たれた。
「行くぞ!」
アンデルの号令とともに、馬車から武装した男達が飛び出した。
「エバ!」
アンデルが呼びかけると、城下町の見取り図を片手に持ったエバが進み出る。
「ファイアーウォール。」
エバが放った炎の壁が二本、大通りと平行に燃え上がり、道を作る。
「よし城への道は確保した!駆け抜ける!」
アンデルを先頭に、皆が一斉に走り出す。一瞬ふらっと揺れたエバも、短槍を支えに踏ん張り、走り出す。
「結構な魔力じゃない?平気?」
イムカがエバに声をかける。
「問題ない。」
エバのその答えを聞き、イムカは満足気に笑う。
「全く人遣いが荒いわよねうちの団長さんときたら。」
ーー最後尾を走るのは、シリカについて城を離れた元兵士達である。
「よし、俺達が最後尾だ!」
「後ろは死守するぞ!」
「おうっ・・・!」
返事をした兵士の一人が、どしゃりと崩れ落ちた。
「どうした!」
「おいポール!」
振り返った仲間達が見たのは、血に塗れて地に伏すポールと、そこに佇む『調停者』の姿であった。
「ポール!」
「くそっもう来やがったか!」
慌てて踵を返し、剣を抜く元兵士達。
「立ち止まるな!」
その時、前方を走る集団から躍り出る影。
「城に入ってからはあんたらの土地勘が必要になる。止まらず行ってくれ。」
大剣を抜き、既に臨戦態勢になったウェイクが『調停者』の前に立ちはだかる。
「くっ・・・」
「武運を祈る!」
元兵士達は、ウェイクの指示通りに再び走り出す。
「よう凡骨。今日は逃げねえし逃がさねえからな。」
ウェイクは『調停者』にむけ、獰猛な笑みを浮かべる。感情を持たない『調停者』は挑発に乗ることはないが、目の前のウェイクを敵として認識し、襲いかかって来た。
「おらよ!」
ウェイクは大剣を強引に薙ぎ払う。直線的な軌道で走りこんで来ていた『調停者』は、宙へ跳んだ。そして地面を見据えるが、そこには先ほどまでいたウェイクがいない。
「へえ。ゴーレムと違って視覚で敵を捉えるってほんとなんだな。」
ウェイクのその声は『調停者』のさらに上から聞こえた。『調停者』は半回転しようとするが、ウェイクの大剣が背中を突き刺したことによりそれは叶わなかった。そのまま地面に叩きつけられる。
「死角の存在する相手なら、避けられねえ攻撃も容易いぜ。」
ウェイクは前日に、シリカから『調停者』の仕様を聞き出していた。人間離れした動きで予備動作なくかわすならば、そもそも認識できない攻撃をすればいい。己の武に自信を持つウェイクの出した結論はそれであった。
「リアル志向の製作者だったのが運の尽きだったな。」
腰から真っ二つになった『調停者』を見下ろし、そう言い捨てたウェイクは再び走り出した。
ーーそのころ、先頭を走るアンデルにも、刺客の魔の手は伸びていた。
「ライトから来ます。」
一般の兵士達は炎の壁を恐れて飛び込めずにいるが、『調停者』達はおかまいなしに飛び込んで来る。しかし、飛び込んで来た瞬間にはセレンによって壁の外へと吹き飛ばされていく。
「レフトにも二体!」
オットーが叫ぶ。すぐさまセレンは体を翻して左の壁へと突っ込む。
「ああ、オットーの訛りが、セレンさんにうつってしまった・・・」
息があがりながらも足を動かすアンデルの悩みの種は、目下セレンにオットーの訛りが伝染してしまったことであった。
「まあ、個性だと思えば、ありがたい話ですよ!」
同じく息があがりながらも隣を並走するシリカは、そう言って喜ぶ。
「正面に敵影!取り残された一般兵!」
アンデルがその声に顔を上げると、正面から一般兵が三人走って来ている。エバが炎の壁を作った際に、たまたま内部にいたのであろう、焦げ跡もない元気な兵士である。
「セレン!」
シリカがセレンを呼ぶが、『調停者』相手にかかずらっているようで、こちらに戻って来る気配はない。
「どいてどいて!」
二人の間をすり抜けて行ったイムカが、回し蹴りを放って敵兵を壁の外へと蹴り出す。
「城は目の前よ!あんたら二人はもうちょっと基礎体力つけたら?」
息を切らすことなく颯爽と駆けて行くイムカに、アンデルとシリカは顔を見合わせた。




