種火(3)
「このような無骨なところでは、大したお構いもできませんで。」
アンデルの前に、シリカ王子が座る。
「お初にお目にかかります。旅の劇団を率いております、アンデルと申します。」
アンデルが頭を下げる。
「ああそんなやめてください。私は今王子の身を落としています。ただのシリカとして接して頂けると助かります。」
シリカがかぶりを振って応える。
「王子の身を・・・?」
「ええ、国を追われた身です。ここにいるのはそんな私について来てくれた少数の腹心だけです。」
やはりアンデルの推測通り、トリス王とシリカの間には、浅からぬ因縁があった。実の息子を追放までする理由として考えられるのは・・・
「『調停者』の製作者だから、ですね?」
「ご明察です。父は、『調停者』を戦争の兵力として投入するつもりです。近く、近隣の諸国に対して戦争をけしかける腹積もりでしょう。」
また戦争か、とアンデルの背後の空気が重くなるのを感じた。
「その戦争に反対をしていたシリカ王子は、国王によって追放されたという経緯なんですね?」
「その通りです。私が『調停者』を作ったのは、兵器としてではありません。五年前、小国のトリスを繁栄させるための労働力として生まれたのが『調停者』でした。」
「『調停者』のその規格外の力に目をつけたのが王だったわけですね。」
「はい。まさか国を豊かにしようと生み出した力が、国の破滅へと影を落とすとは思いもしませんでした。」
シリカの表情が翳る。アンデルも二の句を継げない。
「父を、いえ、ゼファーを止めなければなりません。私が力で持って排斥します。」
シリカは口を真一文字に結ぶと、その決意を込めた心中を吐露した。
「そ、それは・・・」
「クーデター?」
後ろに居並ぶ仲間からも、思わず声が漏れた。シリカの決意、それは王位簒奪を意味していた。口にしただけで斬首刑にあたるほどのものである。
「ゼファーの凶行は私が止めます。そして私がトリス王となり、この国を正しい方向へ導かなくてはなりません。」
「しかし、向こうには『調停者』がいるのでしょう?」
アンデルは不安をぶつけてみる。
「そうですね。『調停者』五百体と正規軍が三千人ですね。その戦力は五万からなる軍隊と同等と言っても過言ではないでしょう。」
ご、五万!?とシリカ以外の面々に動揺が走る。五万の軍隊となると、グラシエルやソファラといった大国の、戦時中に動員できる数に匹敵する。
「『調停者』一体で兵卒百人分の力があるのかよ・・・」
その力と対峙したウェイクだからこそ、大げさではないとわかってしまう。
「あれは休息もいらず、士気に左右することもありません。一方でこちらは人間の兵士が百人ほどいるのみ。戦力差は絶望と言えるでしょうね。」
シリカは淡々と語る。
「勝つ見込みがあってのクーデターではないのですか?」
アンデルは、シリカがなぜクーデターに踏み切れるかが理解できなかった。」
「私達を支援してくれている聖ガーランドからは、亡命を勧められましたがね、」
シリカの裏にはテトラの影。やはり試されていたのかとアンデルは確信する。シリカは続ける。
「私達にはセレンがいます。彼女の力を使えば、この計画も無謀とは言えない。」
「セレン?まさか彼女も・・・」
アンデルは『調停者』の腹に風穴を空けたセレンの力から一つの答えを導き出す。
「ええ。彼女は『調停者』よりも遥かに力を持った、私の最高傑作であり、最高の友人です。」
シリカの後ろに控えているセレンは、お辞儀をする。
「オートマトン!?人語を介し、感情を持つオートマトンなんて聞いたことがない!」
アンデルは思わず声を荒げる。
「そうですね。彼女はオートマトンを超えたオートマトン。さしずめアンドロイドと言ったところでしょうか。」
「アンドロイド・・・ならアンドロイドを量産できれば!」
シリカはかぶりを振って否定する。
「聖ガーランドには、内戦に手を貸すことは出来ないと軍資の支援は断られてしまいました。それに、彼女が生まれたのは偶然というか、ある方の手をお借りしたのです。」
「ある方?」
「はい。風の精霊様が気まぐれに力をお貸しくださったのです。」
「風の精霊!?」
アンデルは思わず腰に下げた宝石を握りしめる。
「彼女の完成と同時に、風の精霊様は満足したようで、いずこかへ飛び去ってしまいました。なので量産どころか、再現すらままならないのです。」
シリカはため息をつく。しかし、すぐに顔をあげ、力強く言い放つ。
「例え彼女一人であろうと、玉座までの道を守る『調停者』を蹴散らし、必ずやトリス王に匕首を突きつけてやります。」
「正面からぶつかるのでなく、奇襲をかけるということですね。」
アンデルは納得する。セレン、彼女こそがシリカの切り札であったのだ。
「失敗すれば、この国は戦火に包まれます。なので今の内にあなた方は国を離れてください。」
シリカの存在はゼファーの凶行の抑止力となっている。もしクーデターが失敗したとなると、ゼファーは直ちに隣国へと手を伸ばすであろう。まるで藁の束に落ちた種火のように、瞬く間に炎があがることは、明白である。
「一つ、聞かせて頂いてよろしいですか?」
アンデルはシリカに訊ねる。シリカは答えられることなら、と頷く。
「なぜ王は私を狙ったのでしょう。そして、なぜシリカ王子は私が狙われることを察知できたのでしょう。」
そんな事ですか、とシリカは笑う。
「我が国のような小国が生き残るにはね、何よりも情報の速さが肝要なんです。魔王討伐同盟の象徴、勇者アンデル。あなたの噂は既に耳に入っていますよ。」
アンデルは感嘆の声をあげる。魔討同盟の話も、アンデルが魔王討伐の使命を受けていることも、まだ一部の人間しか知らないことである。
「オットーさんからあなたの名前を聞いた瞬間ピンと来ました。周辺国に戦争を仕掛けたいゼファーにとって、魔王討伐同盟なんてものが組まれるのは歓迎できませんからね。盟主となるあなたの存在は消えてもらった方がいい。そうでしょ?」
アンデルは唾を飲み込む。名を名乗った段階でトリス王に素性がばれていたのならば、その素早い行動にも納得が行く。
「どうやらこのクーデター、私にとっても人事では済ませられないようですね。」
今度はシリカが驚く。
「いけません!こんなところであなたにもしものことがあれば、私は全世界に顔向けができません!」
しかし、アンデルは笑う。おそらくこれは、テトラの手の上なのだろう。表立ってクーデターに加担できない聖ガーランドに代わって、俺を巻き込むことでトリスの戦力を魔討同盟に組み込もうとしている。アンデルはそう推察した。
「どうする皆!」
アンデルは振り返って仲間に問う。
「僕は手伝うよ。シリカ王子とはいい友人になれそうだしね。」
オットーが真っ先に答える。
「俺もあの人形には煮え湯を飲まされてるからな。やり返したいところだぜ。」
ウェイクも意気揚々と答える。
「ていうか止めなきゃ戦争になるんでしょ?じゃあ止めなきゃね。」
イムカも腹をくくった様子を見せ、エバも頷いて応える。
「劇団の皆にも聞いてみます。といっても答えは決まっているでしょうが。」
「あなた方は・・・なんというか、すごいですね。」
シリカは苦笑いをこぼす。
「マクスウェル劇団です。どうぞ宜しく!」
アンデルは胸を張った。




