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種火(2)

 壁に何かが叩きつけられる音で、アンデルは目を覚ました。



「なんだ・・・?」



 眠たい目を擦りながら体を起こす。と、そのとき、扉が蹴破られ、部屋の中に雪崩れ込んでくる影を見た。



「主よ!」



 廊下からヒカゲの声が飛ぶ。襲撃されたことを悟るアンデル。誰が、何故に。思考する間も無くベッドから転がり落ちる。空になったベッドに、凶刃が突き刺さる。



「何者だ!」



 アンデルの誰何に、襲撃者は答えない。杖はベッドの脇に立てかけてあるが、その傍らには物言わぬ襲撃者。アンデルは丸腰で対峙することになる。



「目的はなんだ!俺の命か!」



 問い掛けたものの、答えは期待などしていない。壁際の燭台を手に取り、構える。それを突き出し牽制するが、襲撃者の剣によって打ち払われる。



「くっ!」



 武の心得のないアンデルでは、容易くあしらわれてしまう。一瞬で壁際まで追いやられたアンデルは、襲撃者の顔を覗き込む。窓から射し込む月明かりが照らし出すその顔は、仮面によって覆われている。



「人間・・・か?」



 えもいわれぬ不気味さを感じ取った瞬間、窓ガラスが割れ、何者かが部屋に突入して来た。破片がアンデルに降り注ぐ。ローブで全身を覆った新たな闖入者は、今まさにアンデルに剣を振り下ろさんとしていた襲撃者に襲いかかる。



「別勢力!?」



 敵の敵は味方、アンデルは二人が戦っている隙をつき、素早く杖を拾い上げる。杖を構えて二人を振り返るが、勝負は既に決していた。後から入って来た方が、先に襲って来た襲撃者の腹に風穴を空けたのである。致命傷に間違いない穴を空けられた襲撃者は、それでもなお立ち上がり、後退りで部屋を出て行く。



「やはり人間じゃないか・・・」



 内臓がこぼれ落ちてもおかしくない傷を受けながら、血の一滴も垂らさないその姿を見て、アンデルは確信する。



「退いてくぞ!」



 廊下から誰かの声があがる。恐らく複数人による襲撃であったのだとアンデルは推測する。そしてその襲撃者の団体は、退却を選択したのであろう。



「アンデル!無事か!」



 ウェイクが部屋に駆け込んでくる。そして部屋の中心に佇む謎の人物を見て、警戒を露わにする。



「まだいたか!」



「いや、奴らとは別だ。」



 目の前の人物の目的がわからない以上、アンデルは無用な刺激をしないようウェイクをなだめすかす。それでもウェイクは大剣を構えて警戒する。



「斬り合ってわかったが、奴らの動き、間違いなく『調停者』だ。」



 ウェイクの報告に、やはりな、とアンデルは歯噛みする。



「イエス。彼らは『調停者』。トリス王の刺客で間違いありません。」



 清らかな女性のものであるその声は、ローブの人物から発せられた。



「君は・・・」



「女か!」



 フードを下ろしたその下には、長い赤髪を結わえた女性の顔があった。



「私はシリカ王子よりの使い。アンデル様をお迎えにあがりました。」



「シリカ王子の・・・?」



 やはりアンデルの推測通り、シリカ王子とトリス王は反目しているようだ。それにしても、王の動きが早い。アンデルが探りを入れる前にその口を封じに来たようだ。そしてそれ以上にシリカ王子の動きが早い。アンデルが王に不信を抱いたことも、さらに王がアンデルに刺客を差しむけることも如何様にして察知したのであろうか。



「シリカ王子はどちらに?」



「国のはずれに潜伏しております。ご案内いたしますのでご同行願えますか?」



「ウェイク。タニヤに皆を起こすよう伝えてくれ。国をでるぞ。」



 アンデルはウェイクに指示を出す。



「おいおい!ついて行くのかよ!罠って可能性もあるんじゃないのか!?」



「罠をはる必要なんてない。こちらの女性は『調停者』を一撃で屠れる実力がある。その気になれば俺の首なんて既に飛んでる。」



 ウェイクはそれを聞いて、しぶしぶタニヤの元へ向かった。



「すまないが少々時間がかかる。なにせ大所帯なものでね。」



「承知しました。準備が整いましたらお声かけください。」



 使いの女は丁寧にお辞儀をすると、椅子に腰掛けた。アンデルは女を残し、廊下に出る。



「主よ。またも御身を御守りあたわず、口惜しい限りだ。」



 がんじがらめになった襲撃者を前に、ヒカゲが跪く。



「捕らえたのか。ヒカゲがいてくれて頼もしいよ。」



 ヒカゲの肩を叩き、労いつつも、アンデルの視線は捕らわれた『調停者』に釘付けである。



「ソユ。こいつを水球に閉じ込めてもらえるか。」



「なんじゃこんな夜更けに。自分でやればよかろう。」



 寝ていたところを呼び出され、宝石から出て来たソユは愚痴りながらも襲撃者を水球に閉じ込めた。



「団長!みんな移動の準備できたっす!」







 ーーマクスウェル劇団の一行は、城下町を離れ、トリスと聖ガーランドの国境近くをひた走っていた。



「おーいカムヒアだよー!」



 国境の山岳地帯の麓に広がる森から、オットーが現れる。



「あっ!オットーじゃねえか!何やってたんだあいつ!」



 ウェイクが馬を駆りながら悪態をつく。




「やあセレンさん。無事にアンデルにミートできたんだね!」



 オットーは使いの女に馴れ馴れしく話しかける。



「はい。オットー様のインフォメーション通りにビッグな宿を探しましたので。」



「知り合いだったのか?」



 アンデルは目を丸くする。



「森の中を散歩してたらシリカ王子のグループとたまたまミートしちゃってさ。まあ詳しい話はシリカ王子にミートしてから!」



 オットーはあっけらかんと答える。



「ふらふらでてったと思ったら何やってるのよ!」



 イムカがオットーの脇腹を双剣の鞘で小突く。



「アウチッ!もう潮の匂いは嗅ぎ飽きたんだよー。木々の匂いが懐かしくて。」



「というか、セレン、さん?に喋り方うつっちゃってないか?」



 アンデルは使いの女の独特な喋り方を危惧する。視線を浴びせられたセレンは、小首を傾げた。







「ここがシリカ王子の拠点です。」



 一行が案内されたのは、一見ただの岩山にしか見えないありふれた景色であった。しかし、ところどころ空いた孔からは生活の煙があがっているし、ちらほらと見張りの兵が立っているのが見える。四方を山と森に囲まれた天然の要害である。



「こちらでお待ちください。」



 アンデルとウェイク、イムカにエバ、そしてオットーだけが要塞の深部へと足を踏み入れた。いよいよシリカ王子と対面である。あの『調停者』の製作者であり、こんなに離れた位置から国内の動向を予測できた慧眼の持ち主といよいよ会えると思うと、アンデルは思わず唾を飲み込んでしまう。



「ようこそおいでくださいました。」



 やがて奥から一人の青年が現れる。透き通るような白さを持つ、まるで女性のような顔立ちのシリカ王子が、今アンデルと邂逅したのである。

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