介入(2)
「インペリアルガーディアンだ・・・?」
ギリアムはソファラの本陣を眺める。総大将討ち死にの報を喧伝する騎馬が何騎も戦場を駆け巡っている。
「どっかの誰かさんがおたくの頭をやっちまったみてえだけど、どうする?」
顔色ひとつ変えない、孤独な挑戦者に向けてギリアムが問う。男は剣を構え、ギリアムに飛びかかった。
「やる気なのは嬉しいけどよ、もう殺しあう意味がなくなっちまったんだよ。」
男の剣撃を受け止めたギリアムは、相手の剣を搦め取り、弾き飛ばした。丸腰になった男を一瞥し、剣を納めたギリアムは、興醒めした態度で背中を向けると、グラシエル兵達に言い放った。
「捕らえとけ。」
しかし、兵士達が動く前に、男に異変が生じた。丸腰の男の右腕が突然肥大化した。皮膚は鱗に覆われ、その爪は鋭く尖っている。背中を向け油断しているギリアムに、その右腕をもって猛然と襲い掛かった。
「騎士団長!」
兵士達は皆ギリアムが切り刻まれる未来を想像した。しかし、その未来はウェイクの大剣によって塗り替えられた。
「てめえなんだよこれは!」
咄嗟に二人の間に割り込み、大剣でもって凶刃を防いだウェイクであったが、余りにも異形な目の前の男に恐怖を覚えた。
「おらぁっ!」
硬直した二人の横から、ギリアムが再び剣を振るう。異形の男は、すぐに跳び退り、距離を置いた。
「リザードマン・・・か?」
ギリアムは男の右腕の特徴に、湿地帯に住む魔獣との共通点を見た。
「リザードマンが高い知能を持っているのは知ってるが、人間に化けるなんて聞いたことねえぜ!」
異形の男から目を逸らさず、ウェイクは思わず大声を出す。
「二人掛かりでやるぞウェイク!」
ギリアムが油断を捨て、走る。ウェイクも反対側から追従する。
「ふっ!」
ギリアムが異形の男の左側から、袈裟斬りに斬りつける。異形の男はその豪腕で、剣先を受け止める。剣を止められたギリアムは、にやりと口元を歪める。
「おらぁっ!」
ウェイクが裂帛の気合いとともに、その異形な右腕を肩口から斬り飛ばした。
「ぐがあっ!」
片腕を失った男は、声にならない悲鳴をあげる。
「複数を相手に、動きを止めるなんて愚かな選択をするもんじゃないぜ?」
ギリアムは勝ち誇った顔で言い放った。手傷を負った男は、再び跳び退り距離を取る。
「ぐおおおおおっ!」
そして咆哮をあげた。空気が振動するほどのその雄叫びに、その場にいた皆が耳を押さえる。そして再び男に変化が訪れた。先程の右腕同様に、全身が肥大化していき、鎧やチュニックなどの身にまとっていた物が弾け飛ぶ。
「正体を現しやがったな・・・」
人間だった面影はすっかり消え、爬虫類そのものの顔つきになった男は、ぎょろりと辺りを見渡す。そして短く咆哮すると、なんと右腕が生えてきたのである。
「普通のリザードマンじゃないぞ。気をつけてかかれよウェイク。」
ギリアムがウェイクに声をかけたその一瞬の隙をつき、リザードマンがギリアムに肉薄する。ギリアムは咄嗟に剣を出し伏せごうとするが、リザードマンは御構い無しと、剣の上からギリアムにむけ剛腕を叩きつけた。
「かひゅっ・・・」
殴りつけられた勢いで、ギリアムは肺の中の空気を吐き出しながら吹き飛ぶ。
「おら・・・っ!」
リザードマンが背中を見せた隙に、ウェイクが斬りかかるが、大剣を振り下ろす前に側面から衝撃を受け、吹き飛ぶ。
「ごはっ!」
リザードマンの尾撃によって吹き飛ばされたウェイクは、宙を舞い、周りを取り巻くグラシエル兵の集団に飛び込んだ。
「おいおいリザードマンてのはいつからこんなに強くなったんだ・・・?」
腹部を抑えながら、ギリアムがリザードマンの前に戻ってくる。着込んでいたプレートメイルがへこんでいることが、その衝撃の大きさを物語っている。リザードマンは舌なめずりをすると、ギリアムに飛びかかる。
「きしゃあっ!」
独特の声をあげながら振り下ろされたその一撃を、ギリアムは剣で辛くも受け流す。追撃をやめないリザードマンに、防戦一方のギリアムを見て、グラシエル兵が動揺する。
「あの鬼神とも謳われるギリアム騎士団長があんなに・・・」
「なんだあの化け物・・・」
及び腰になっている兵士達を、ウェイクが一喝する。
「化け物が一匹出たぐらいでなんだ!お前ら軍人だろうが!」
「うっ!」
ざわついていた兵士達が黙りこくる。
「弓持ってこい弓!俺が突っ込んでって、ギリアムの旦那とあいつを引き離す!その瞬間を狙って一斉掃射だ!」
ウェイクが檄を飛ばすと、兵士達は慌ただしく弓や弩弓に持ち変える。しかし、吹き飛んできたウェイクを受け止めた兵士から声が上がる。
「あんた、その傷でまだやるのか!?」
兵士は、血が流れるウェイクの頭を指差した。
「ちっ!やられっぱなしで終われるか!」
ウェイクは袖で雑に血を拭うと、大剣を構え駆け出した。
「ぐらあっ!」
リザードマンが振るった左腕の一撃が、遂にギリアムを捕らえる。腕を引いた瞬間に剣を突き刺し、力が伝わる前に攻撃を止めようとしたギリアムだったが、その膂力に押し負け、剣が根元から折れてしまう。
「こりゃやべえな・・・」
防御手段を失い、ギリアムが諦めを悟ったその時、ウェイクが走り込んで来る。
「うおおおおっ!」
それに気付いたリザードマンは、再び尾を振るって迎撃する。しかしウェイクは、速度を緩めず、その勢いのまま跳んだ。体を捻って尾撃をかわすと、その回転を乗せて大剣を振るう。遠心力を乗せた一撃は、リザードマンの尾を半ばから斬り飛ばした。
「ぐがあっ!」
リザードマンが苦悶の声をあげる中、ウェイクはリザードマンを蹴る。その勢いでギリアムに飛びつき、抱きかかえたまま地面を滑り、叫ぶ。
「今だ!やれ!」
尾を失った怒りと痛みに悶えるリザードマンに、何百本もの矢が降り注ぐ。大半の矢はその鱗に阻まれ体表を滑って行くが、何本かの矢はリザードマンの皮膚を食い破る。やがて矢の雨が尽きると、針山のように矢を生やしたリザードマンが佇んでいた。
「や、やったぞ!」
「おっしゃあ!」
兵士達に喜びが伝播して行く中、ウェイクはリザードマンを注意深く見つめていた。すると、ぴくりと動いたリザードマンが、咆哮を上げた。
「ぐらあああっ!」
その雄叫びは勝利に歓喜する兵士達を黙らせ、ウェイクは歯噛みする。ぶるりとリザードマンが体を揺らすと、突き刺さった矢が地面に落ちる。緑の血を流しながらも、大地に立つリザードマンの姿は、兵士達を絶望に叩き落とすのに十分であった。水を打ったように静まり返る兵士達に向け、リザードマンが一歩踏み出した瞬間、リザードマンの腹に槍が突き刺さった。リザードマンの背後より飛来した槍は、腹を突き破り、リザードマンを地面に縫い付けた。なんとか槍を抜こうともがくリザードマンだったが、腹部からの出血は止まらず、ついに力尽き地面に伏す。
「なんだあいつらは・・・」
一瞬の出来事に皆が動けずにいる中、ウェイクは槍の飛んできた方向に、一団が整列しているのを見た。彼らは皆騎乗し、一様に銀色の甲冑を身に纏っている。日の光を反射するその騎士団を見て、ギリアムが呟く。
「銀色の騎士団・・・インペリアルガーディアンってのは聞き違いじゃなかったみてえだな。」
「インペリアルガーディアン?」
ウェイクが聞き返す。
「ああ。聖ガーランド国の正規軍。あの勇者の国の騎士団だよ。」




