開戦(2)
「ようアンデル。ぶるってないか?」
ウェイクがアンデルの肩を叩く。
「怖いさ。これが戦場の空気なんだな。」
アンデルの目の前には、相対する二つの軍が広がっている。アンデルは今まさにぶつかろうとしている戦場の真っ只中にいた。
「俺もこんな大きな戦場にでるのは初めてだけどな。何度経験しても、腹にずっしりくる重い空気だ。」
「ああ。」
アンデルは手の震えを止めるため、手を握りしめる。
「お前が失敗したら、大勢の人間が死ぬことになる。びびってる暇はねえぞ。」
「わかってるさ。それより、本当にここに残るのか?」
「ああ、ギリアムの旦那には返しきれねえ恩があるからな。何としても守ってやりてえんだ。」
ウェイクは覚悟した表情で言う。
「そうか。」
「お前が成功するって信じてないわけじゃねえからな。」
「ふふっ。尚更失敗できないな。」
そう言って二人は笑う。
「始まるぞ。」
ウェイクが指差す方をアンデルも見る。ソファラ軍から数騎の騎馬が駆け寄って来る。そしてこちらの陣営からもマーシュを先頭に数騎の騎馬が出る。互いの騎馬は平原の中央にて相対する。
「ソファラ国軍務長官キシュワードだ!我が国の王を拐かした罪、その身を持って償うがいい!」
「グラシエル王国王太子マーシュである!度重なる説得も聞き入れず、愚かにも侵略して来たその非道さを悔い改めるがよい!」
そして互いの総大将は自陣に戻って来る。
「聞け!グラシエルの兵よ!我が子らよ!ソファラは愚かにも大義なくこの大地を土足で踏み荒らそうとしている!こんな非道は許されることではない!その魂に後悔を刻みつけてやれ!」
マーシュの檄でグラシエル兵が沸き立つ。同じくしてソファラ軍からも歓声が上がる。互いの軍の士気は最高潮に達し、正に一触即発である。
「進めえっ!」
指揮官の号令で、互いの軍が駆け出した。
「お見事でありました。殿下。」
ギリアムが戻ったマーシュに声をかける。
「うむ。いよいよだな。」
マーシュは兜をはずし、戦場を振り返る。
「ええ。さてどうなることか。」
ギリアムも同じく戦場を見つめた。
「やはり相手の騎馬が突出してくるぞ!」
ウェイクが興奮気味に言う。ソファラ軍は偵察の報告通り、鶴翼の陣で突撃してくる。広げた翼の先端に置かれた騎馬が、その突進力を生かして突撃してくる。
「よし、オットー頼むぞ。」
アンデルは傍に立つオットーを呼ぶ。
「指揮官らしきホース見えてるよ!」
オットーの目が緑に光る。そして同じく緑色の光に包まれた右腕で、弓を引き絞る。
「やれ!」
アンデルの号令で、次々と矢が放たれる。驚異的な速度で放たれた矢は、友軍の矢の射程距離を遥かに超え、かつ正確に敵陣に撃ち込まれる。
「部隊長が射られた!」
「こっちもだ!」
「指揮官殿!」
両翼をあがる騎馬を、混乱が襲う。オットーの放った矢は、指揮を操る隊長達を正確に馬から落としたのであった。
「くそう!接敵するぞ!食い破って後方に抜けろ!」
その指示を飛ばした隊長もまた、肩に矢を受け落馬した。混乱極めるソファラの騎馬隊であったが、その勢いは止まらず、盾を構えて待ち受けるグラシエル軍両翼に突撃した。横陣によって薄く引き伸ばされたグラシエル軍では、この突撃を止められない。
「突き抜けろぉぉぉ!」
「行かせるなああああ!」
騎馬の塊が、盾を持った歩兵を弾き飛ばしていく。しかし、ここでソファラの騎馬兵が異変に気付く。
「まだか、まだ後ろに抜けないのか!」
倒しても倒しても、その後ろには歩兵がいる。相手の兵数からして、まだ抜けられないのはおかしい。突進力を失った先頭の騎馬が一人、また一人と討ち取られていく。
「騎馬の足は止まったな。」
マーシュが呟く。
「はい。アンデルという青年の言う通りになりましたな。」
ギリアムがそれに答える。
--時は軍議に戻る。
「軍の大半を両翼に集めてください。それぞれ方陣を作って騎馬の突進を受け止めます。中央は二列あればよいでしょう。凹の形を想像して頂ければわかりやすいかと。」
「そんなもの中央に突撃先を変えるだけではないか!」
アンデルの草案に、幹部が噛み付く。
「いえ、相手からは横陣にしか見えないはずです。ここは平原ですからね。」
「しかし、中央には残り四万の歩兵が押し寄せてくるぞ?」
ギリアムは苦言を呈す。アンデルは笑いながら返す。
「それは私の方でなんとかしましょう。」
--そして戦場に戻る。
「さて、どうするんだアンデル。」
ギリアムは愉快そうに口を歪めた。
「騎馬は完全に脚が止まった!指揮系統もないからばらばらだぜ!」
ウェイクが興奮している。
「オットーの能力を思えば、ここまでは成功して当たり前だ。」
アンデルがオットーに振り返ると、オットーは親指を立てて応える。
「問題は正面の四万だが・・・」
地鳴りのような足音と共に、砂塵を上げながら大軍が押し寄せてきている。
「パム。頼むぞ。」
縋るような視線で、パムを見る。
「や、やってみます。」
おずおずと前に出たパムは、口を開く。そして歌い出した。
「な、なんだおい。この娘はなんなんだよアンデル!」
「いいから見てろ!」
パムの美しい歌声は、戦場に響き渡る。怒声や剣戟で騒がしいはずの戦場で、まるで魂に直接染み込むように兵士達に届く。そして異変はソファラ陣営の歩兵で起こった。
「お、おいどうしたんだあいつら。」
まさにグラシエル軍の鼻先まで迫っていた四万の歩兵が、武器を手放して後退りする。やがて、せきを切ったかのように後ろへ走り出した。我先にと駆け出すソファラ歩兵は、前に行く者を殴りつけながら、ばらばらに逃げて行く。
「ふはぁ!疲れましゅた!」
「よくやってくれたぞパム!」
額に汗を光らせ、ぐったりするパムの頭をアンデルが撫でる。
「ひっ!」
頭の上にかざされた手に怯え、パムは縮こまる。アンデルは苦笑いで手を引っ込める。
「何をやったんだアンデル!」
詰め寄るウェイクをアンデルが宥める。
「実はこの少女は幻惑魔法が使えるんだ。ソファラ兵達はこの世の物とは思えないほどの恐怖を目にしたはずだ。」
「魔法?なにを言ってるんだ?」
困惑するウェイクに、アンデルはこれ以上の説明を諦める。
「説明は後だ。この時間を無駄にはできないからな!ウェイク、パムを頼むぞ!」
アンデルとオットーは馬に跨ると、軍列を離れた。一人残されたウェイクは、怯えるパムを見下ろしながら呟く。
「いや、頼むって言われても・・・」
--アンデルとオットーが森の入り口に到着すると、そこにはイムカとエバを始め、マクスウェル劇団の元冒険者が十名程集まっていた。
「ちょっとアル!いきなりいなくなったと思ったら急に戦争に参加するって何!」
予想通りのイムカのおかんむりに、アンデルは思わず笑いそうになる。
「説教は後で聞く。今は拙速が肝要だ。」
アンデルは皆を引き連れ、森へ入った。




