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魔の森(3)

「契約、だと?」



 アンデルは思わず聞き返す。もちろん水の精霊の助力を得られることは願っても無いことであるが、いまいち腑に落ちない。



「人間と関わりを絶った精霊が、なぜ今さら契約など?」



「お主、馬鹿か?」



 ソユは呆れ気味に答える。



「魔王が現れたならば、それを倒す勇者に手を貸すのが精霊の使命じゃ。」



 そうなのか?とヒカゲに視線をやるが、闇の精霊は首をふるふると振る。



「ええいまどろっこしいのう!」



 アンデルの返事を待たずに、ソユはアンデルを押し倒す。



「ほれ、小指を出せ。」



 アンデルは言われるがままに右手の小指を差し出した。



「汝、我が主とならんことを認むる。」



 ソユがアンデルの小指を甘噛みする。するとにわかにソユの体が光に包まれる。



「お、おい!」



 アンデルはソユの変化に慌てる。



「なんじゃ?契約は初めてのことではなかろうに。」



 やがてソユを包む光は収まり、そこには少女が立っていた。それが普通の少女と違うのは、向こうの景色が透けているということだった。



「ソユ、だよな?」



 アンデルは恐る恐る声をかける。



「うむ。妾の力の源であった湖から、お主の魔力へと供給源を変えたからな。お主の負担にならぬよう、体躯を縮めてみた。」



 ソユの面影を残す少女は、どうじゃかわいいじゃろ?と言いながら笑った。



「そう言われてみれば、魔力が減ったような気もする・・・」



「姿を維持するだけならば、苦でもなかろう?先程調べたが、お主の魔力量は五百年前の勇者と比べても遜色ないわ。」


 

 ソユはケタケタと笑う。



「ほんとに力を貸してくれるんだな?」



 アンデルが訊ねる。



「くどいのう。そう言ったじゃろ。お、そうじゃ、パム。」



 ソユが湖に向かって声をかける。湖から人魚が顔を覗かせる。



「なんですかソユ様ぁ。」



「お主も一緒に来い。」



「ええええ!?なんでですかぁ!?」



 パムは素っ頓狂な声をあげる。



「この姿の妾の世話を誰がすると言うのじゃ?」



 ソユはさも当たり前と言わんばかりに胸を張る。



「人間と一緒に行くなんて嫌ですぅ!」



「なぁに人に化けてれば問題ない。」



 嫌がるパムにあっけらかんとソユは言い放った。



「それに森の番人の使命が・・・」



「なあに誰かがやるじゃろ。なあ?」



 ソユは、パムのさらに後方に声をかける。すると、湖の水面が波立ち始め、何人もの頭がひょっこり顔を出す。



「人魚がこんなに・・・」



 アンデルは目の前の光景に目を奪われた。人魚達は、いってらっしゃーい、とにこやかにパムに手を振る。



「そんなあ・・・」



 パムはうなだれながら陸に上がってくる。満足気なソユの横に立つと、あっという間に少女の姿に変わる。さながら姉妹である。



「ま、まあ正体がばれないよう俺も気を使うからさ。」



 同行せざるを得ない空気になり、落ち込むパムにアンデルは声をかける。



「うう、不束者ですがよろしくお願いしますぅ。」



 嫌々という態度を隠さないものの、パムは観念する。



「そうだソユ。お前の治癒の能力を早速借りたいんだが。」



 アンデルは先程の水球の事を思い出す。



「ん?契約したのだから、お主が使えばよいではないか。」



 ソユは何を言ってるのだと言わんばかりの怪訝な顔を見せる。



「お、俺が!?」



「そのために契りを交わしたのじゃ。お主は魔力を提供する。対価として精霊は魔法を使わせてやる。」



「魔法?使えるのか本当に・・・」



 アンデルの体が自然と震える。それは恐怖や寒さからくるものではなく、武者震いであった。魔術が使えない自分でも、魔法という手段を使えば皆の役に立てる。



「精霊と契約したのじゃ。使えない道理があるわけなかろう。」



「なら、早く向かおう。一刻を争うかもしれないんだ。」



 アンデルはオルフェンを想う。決して浅い傷ではなかった。こうしている間にもオルフェンの命の灯火は消えかかっているかもしれない。癒す手段を手に入れた今、アンデルはいてもたってもいられなくなった。アンデルは馬に轡と鞍をつけ直すと、跳び乗った。



「こら、先走るでない。ん?」



 ソユがアンデルの腰元に注目する。



「お主、良い物を持っておるの。」



 アンデルはソユの視線の先を確認する。そこには、学院長よりもらった例の宝石の入った袋がぶら下がっていた。



「これのことか?」



 アンデルは袋から宝石を取り出す。



「おお!これは妾と親和性が高いのう!」



 ソユが青い宝石に指を触れる。すると、ソユの体が宝石に吸い込まれてしまった。



「ソユ!?」



「ソユ様!?」



 アンデルもパムも、目の前で起きた出来事に動揺する。



「おお、これは快適じゃ!妾はここに住むとしよう!」



 青い宝石から、ソユの能天気な声が聞こえてくる。



「精霊を宿せる宝石・・・?」



 学院長はこうなることがわかっていて、自分にこれを託したのであろうか。そんな考えがアンデルの頭をよぎる。



「学院長の事だから、あながちないこともないのか・・・?」



「なにをぼけっとしとるのじゃ。火急の用ではないのか?」



 思考の海に潜りかけたアンデルの意識が、宝石から聞こえる声によって呼び戻される。



「そうだった!はっ!」



 アンデルは反射的に馬の腹を蹴った。



「まってくださあい!私はどうすればいいんですかあ!」






 --森の中をアンデルの乗った白馬が駆ける。



「このまま真っ直ぐ行くと街道ですぅ。」



 アンデルに抱えれるように同乗したパムの道案内によって、アンデルは最短距離で森を抜けようとしていた。



「森を抜けるぞっ!」



 アンデルが森を抜けると、そこはまさに王国軍の駐屯地であった。



「何奴!」



「魔獣の類か!」



 森の近くにいた兵士が、槍を構える。



「違う!俺は人間だ!マーシュ殿下に拝謁願いたい!」



 アンデルは馬上で両手をあげる。パムはアンデルに抱きついて震えている。



「魔の森より出でし者を、王子に会わすわけがなかろう!捕らえよ!」



 兵士の号令で、アンデルは取り囲まれる。



「違うんだ!聞いて・・・」



「アンデル?」



 アンデルが弁明をしようとしたとき、聞き覚えのある声がした。



「やっぱりアンデルじゃねえか!生きてやがったかこの野郎!」



 兵士をかきわけ現れたのは、ウェイクであった。



「ウェイク!無事に王国軍と合流できたんだな!」



「ウェイク殿?知り合いですか?」



 兵士の一人がウェイクに問う。



「おうよ!こいつのおかげで俺達はマーシュ殿下をお助けできたんだぜ。」



「なんと!これは失礼した!」



 兵士達が武器を下ろす。



「ウェイク、オルフェンは?」



「ああ、こっちだ。」



 頭を下げている兵士に見送られ、アンデルはウェイクに着いて陣中に入って行く。



「アンデル!」



 途中でオットーがアンデルを見つけ、駆け寄ってくる。



「オットーも無事か、よかった。」



「何言ってるのさ!魔のフォレストに入っていったアンデルの方が、よっぽど心配だったよ!」



「ん?魔のフォレスト?」



 アンデルが聞き返す。



「お前が突っ込んでった森は、魔の森と呼ばれ、生きて出てこれた者はいないって有名らしいぞ?」



「魔の森?ああ・・・」



 アンデルは、噂の原因であろう少女を見やるが、パムはアンデルにしがみついて震えている。



「おいアンデル、その子は・・・?」



 ウェイクはアンデルにしがみつく少女に気が付く。



「事情は後で話す。」







 --駐屯地の真ん中に鎮座した天幕に、アンデルは早歩きで近付く。



「失礼する。」



 言葉の通り、礼を欠きながら天幕に入ったアンデルの表情は緊張で強張っていた。



「不届き者め!ここがどこか・・・」



「アンデル!息災でなによりだ!」



 闖入者を咎める兵士が立ち上がるより先に、マーシュがアンデルに気付く。



「殿下、ご無事でなにより。」



 アンデルは跪き、臣下の礼を取る。



「うむ、貴殿の機転のおかげで生き長らえることができた。礼を言う。」



 王子であるマーシュが頭を下げたことに、重臣達はどよめく。ああ、こういうところが慕われる理由なんだな、とアンデルは一人納得する。



「オルフェンの様子は・・・」



 アンデルはおずおずと訊ねる。するとマーシュは顔に影を落とす。



「今軍付きの治癒術師がヒールをかけているが・・・危うい。」



 天幕の隅で、オルフェンが横たわっている。ポーションによって一度は塞いだ傷も、再び開いてしまっている。息遣いが荒く、ひどく苦しそうだ。治癒術師が額に汗を流し、必死に治癒魔術をかけているが、事態は好転しそうにない。



「殿下・・・私に任せて戴きたく。」



「貴殿が?」



 マーシュは怪訝そうな顔をする。後ろに立つウェイクからも、不可思議なものを見る声が聞こえた。



「なんとかできるやもしれません。」



 決意の篭った目で、アンデルはマーシュの目を見据える。その目を見たマーシュは、一つ頷いた。



「オルフェンを救ってくれ。彼奴もまた私の命の恩人だ。」



 アンデルは頷き返すと、治癒術師と場所を代わった。苦しむオルフェンを見下げ、生唾を飲み込んだ。



「道中教えた通りにやるのじゃ。」



 宝石の中から、ソユのアドバイスが飛ぶ。どこから聞こえたのか、皆がきょろきょろ辺りを見回す中、アンデルが動く。



「アクアヒール!」



 アンデルの掌より生み出された水が、オルフェンを包み込む。



「貴様何をしとるか!」



 背中より怒号が飛ぶが、アンデルは集中を乱さないよう必死である。



「魔力を込めすぎじゃ!それでは効率が悪すぎる!」



 ソユからの叱咤が飛ぶ。アンデルは息を吐き、魔力を抑える。



「そうじゃ、そのまま球体を意識しろ。」



 ゆっくりとだが、オルフェンを包む水の膜が球体を成していく。



「そんな不恰好では分散してしまうぞ。もっと真球を意識するのじゃ。」



 アンデルの額に汗が噴き出し始める。



「よし、波打つこともなくなったの。ではまず傷の消毒じゃ。ただ傷を塞ぐだけでは感染症の恐れがあるからの。」



 アンデルは傷口を洗うイメージをする。



「よし!今じゃ!ありったけの魔力を込めよ!」



 アンデルは掌に意識を集中させ、魔力を解放する。すると、水球の表面がにわかにさざめき立つ。皆が固唾を飲んで見守る中、アンデルの孤軍奮闘は続く。しばらくして、マーシュが声をあげる。



「おお!傷が塞がっていくぞ!」



 すると治癒術師が震えた声で呟く。



「で、殿下。恐れながら申し上げます。あれは、塞がっているのではありません。再生としか言いようがありません・・・」



「・・・どう違うのか説明してくれ。」



 マーシュが治癒術師に訊ねる。



「我らの治癒魔術やポーションは、人間が備え持つ治癒能力を活性化させ、促進させているにすぎません。いわばかさぶたをつくって蓋をしているだけです。しかし、あの者の治癒術は・・・失った肉体を再生しているのです。それは腕を失ったとしても、再び生えてくるのと同義です。」



「そんな事が可能なのか?」



「まさか!これは神の仕業と見まごう程の偉業にございます!或いは、聖女様であれば・・・。」



「ふむ、聖女テトラか。」



 ざわつく観衆をよそに、オルフェンの傷はみるみるうちに再生していく。



「上出来じゃ。初めてにしては上手くいったのう。後は妾が代わろう。少し休め。」



 すると、ソユが突然姿を現わす。半透明の少女が現れた事によって、場が一層ざわめき立つ。アンデルは力尽きたようにその場に尻餅をついた。



「はあ、はあ・・・」



「お、おい、アンデル・・・お前。」



 ウェイクが声をかけようとすると、マーシュがアンデルの横に立ち、見下ろす。



「アンデル!なんだその力は!」



 それは怒りに満ちているのか、喜びに溢れているのか、当の本人にもわからないほど力強い声であった。



「彼女は、水の精霊です。契約の後、助力を頼みました。」



 息も絶え絶えに答えるアンデルに、再び場がざわめき立つ。



「精霊だと!?」



「精霊は人に姿を現わすことすら稀な程気難しいという話ではないか!」



 そんな中ウェイクだけは、またか、という別の感情を覚えていた。



「アンデル・・・」



 今度は先程とは打って変わって静かな声でマーシュが呟く。そして座り込むアンデルを抱きしめた。



「よくやった!」



「なんだこれは!」



 その時、ソユの声が天幕に響き渡った。



「どうした!」



 その剣幕にアンデルは焦りを覚える。ゆっくりと振り向いたソユは、ぽそりと呟く。



「もっとサンプルが欲しいのう。」



 ソユはそう言うと、ウェイクを水球に捕らえる。そして次々とその場にいるものを水球に捕らえていった。







 --今、水の精霊が正座させられている。



「なんであんなことをしたのか説明してもらおうか。」



 アンデルの額には青筋が立っている。ソユはそのアンデルの剣幕に、しゅんとなって正座させられている。



「あの者の体内組成を見ておったらの、見慣れない器官があったのじゃ。彼奴が特殊なのかと、調べたくなったのじゃ・・・」



 ソユは言葉尻弱く説明する。



「だったらせめて断ってからやれ。皆をいたずらに驚かせるな。」



 一時は、天幕の中が水球で埋め尽くされ、アンデルだけが呆然と立ち尽くす事態になった。



「まあまあ、アンデル。精霊殿も、人間と接する機会がなかったのであろう。人間の常識を押し付けてはならん。」



「殿下がおっしゃるならば・・・」



 マーシュに宥められ、アンデルは振り上げた拳を下ろす。



「して、精霊殿。見慣れない器官とは?」



 マーシュに訊ねられたソユは、跳びながら立ち上がり胸を張る。



「うむ!お前達には五百年前の人間にはなかった器官が存在している!」



「というのは?」



「この器官はどうも体内の魔力をエネルギーに変換する役割を持つようじゃ。」



 マーシュが重ねて問う。



「それにはどんな意味が?」



「妾の知っている人間は、魔力を差し出す対価に、精霊の力を行使していた。一方で、今の人間は魔力を変換して魔法を・・・今は魔術と呼ぶのであったな、魔術を行使しているようじゃ。」



「なるほど。簡素化できるよう進化したというわけか。」



「うむ。と言っても精霊の力を借りた魔法よりよっぽど効率は悪いがの。」



「五百年前まで魔法というものがあったとは知らなかったな。」



 マーシュは腕を組み、考え込む。



「ちょ、ちょっと待ってくれ。」



 アンデルがわなわなと震えながらソユの肩を掴む。



「今の人間には魔法はつかえないのか?」



 ソユは頷く。



「そうなるの。その器官・・・仮に魔導器官と呼称するか。魔導器官が邪魔をして、精霊の力を借りることはできぬ。」



 そこでウェイクも気が付く。



「おい、さっきアンデルは精霊の力を借りてたんじゃ・・・。」



「うむ。アンデルよ。お主には魔導器官が見られなかった。お主魔術使えんじゃろ。」



 長年の悩みの原因をあっさりと告げられ、アンデルは膝から崩れ落ちる。



「そ、そんな・・・」



 その時、カチャカチャと鎧がぶつかる音を立てながら、一人の兵士が天幕へと飛び込んできた。



「急報!ソファラ軍がキャンドル平原に布陣!その数、ご、五万!」

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