戦乱(2)
「なあおい、どうしちまったんだお前の友達はよ。」
ウェイクが馬車を顎で示しながら、アンデルに問いかける。
「どうも自分が戦争の引き金になったんじゃないかと責任を感じているらしい。」
アンデルは焚き火に薪を投げ入れながら答える。夜になって雨は止んだものの、辺りはまだ湿っていて、薪が時折弾けては火の粉が舞う。
「どうもひっかかるよなぁ・・・」
「何がだ?」
天を仰ぐウェイクに、アンデルが訊ねる。
「ソファラ王が魔王に拐われたところを誰も見ちゃいないのかってな。グラシエル王国が犯人だと考えたってことは、誰も現場を見てなかったってことだよな。」
「それは俺も変だと思っていた。あの魔王がこそこそ動くはずないもんな。」
「なんかこの戦争は嫌な感じがするな。」
ウェイクは立ち上がり、大剣を担ぐ。
「ウェイクは戦争の経験があるか?」
素振りを始めたウェイクに、アンデルは尋ねてみる。
「戦争なんて、でっけぇもんは、ねえけどよ!ちっちゃい、反乱になら、参加したこと、あるぜ!」
「そうか。戦争なんてここ百年は起きてないもんな。」
「まあせいぜい、小競り合いが、あるくらいだからな!」
アンデルは腕を組み、天を仰ぐ。
「まあ、魔術師さえ、出張らなきゃ、落としどこを、見つけて、停戦だ!」
汗を弾けさせながら言うウェイクに、アンデルも同意する。王国軍もすぐそばまで来ているし、このまま睨み合いにもつれ込めば、ぶつかる事なく和平交渉に持ち込める算段が高い。何もソファラ王国だって好んで死者を出したいと思わないはずである。誤解が解ければ、それで終わりだ。そうすれば膝を抱えて馬車の隅っこでうずくまっている友人も、少しは気が晴れるかもしれない。アンデルはそう考えながら仰向けに寝転がる。
曇天の空は、星を隠していた。
--いつの間に眠りこけてしまっていたのであろうか、アンデルは不意に目を覚ます。焚き火はすでに消えており、赤く熱する薪がほんのり温かい。焚き火を挟んで、ウェイクの寝姿が見える。ちゃんとテントで寝ないとイムカに怒られてしまうな、とウェイクを起こそうとしたその時、アンデルは微かな魔力を感じた。
「--!」
反射的に振り向いた時、アンデルは火柱が上がるのを見た。わずかに遅れて爆発音が響き渡る。
「なんだなんだ!」
その音を聞いて、ウェイクが飛び起きる。
「ポートクォーツの方角だ。」
「まさかおっぱじめやがったんか!」
まさか早すぎる、とアンデルは唇を噛む。宣戦布告もなしに急襲して来るなど、全面戦争を望んでいるとしか思えない。ポートクォーツがある方角の空が、赤く染まっている。
「魔術師をだしてきた・・・」
「おいおい、お相手さんはとことんやる気でいやがるのか?」
軽口を叩くウェイクの顔に、余裕は見えなかった。
「アンデル!大変だ!」
オットーが駆け寄って来る。
「どうした!」
「君のフレンドが、ホースに乗って飛び出して行ってしまった!」
「オルフェンが!?」
アンデルは慌てて駆け出す。
「だ、団長!」
頰を腫らした劇団員が駆け寄って来る。
「魔術師様が無理やり馬を・・・」
「今動ける馬は何頭いる!」
「よ、四頭です!」
「よし、一頭は残す。ウェイク、オットー追うぞ!」
「アル!」
アンデルが馬に飛び乗ったところで、イムカが駆け寄って来る。
「イムカ!団を頼んだぞ!」
アンデルは馬の腹を蹴って駆け出す。ウェイクとオットーも慌てて追従する。
「アンデル!どこ行くんだよ!」
馬を並べたウェイクが大声で問う。
「オルフェンは王子を助けに行ったに違いない!ポートクォーツだ!いいか、あいつを死なせてはだめだ!」
アンデルは矢継ぎ早に答える。その焦りように、ウェイクもオットーも何も言えず、ただ馬を駆る。明かりのない闇夜の平原を、三頭の馬が駆ける。
「見えた!ポートクォーツ!」
馬を走らせる事四半刻。炎に包まれたポートクォーツが浮かび上がって来る。
「このまま領主の館まで突っ切るぞ!第一目標はマーシュ王子!救出次第、オルフェンと代官を連れて脱出だ!」
アンデルの檄に、二人は頷いて応える。
「戦ってるな!」
開けっ放しの門に突入した三人の目の前には、蹂躙されたポートクォーツが広がっていた。建物は焼け落ち、辺りに死体が転がっている。中には装備もろくにできないまま、急襲に立ち向かったらしき兵士の亡骸も散見される。街のあちこちから、剣戟と怒声が聞こえて来る。
「どけ!フレイムウォール!」
大通りに群がって来る敵兵を、アンデルの生み出した炎の壁が阻む。大通りの両端に沿って平行に生まれた炎が、道を作る。触っても何もないが、それを知らないソファラ兵は飛び込めずに尻込みする。
「見えた!・・・あそこにも群がっているな
!」
領主邸の門には、ソファラ兵が押し寄せていた。グラシエル兵が必死に門を抑えているが、今にも破られそうである。
「俺がやる!」
馬の速度をあげたウェイクが、大剣を担ぎ突っ込む。
「うおおおおおお!」
馬から跳び下りたウェイクは、その膂力で大剣を振り回し、ソファラ兵を紙切れのように吹き飛ばす。
「殿下は無事か!」
「な、中に!」
息も絶え絶えの門番が門を開いて招き入れてくれる。数日前、代官のもとを訪れた時の門番であった。
「アンデル!早く王子を!」
弓に矢をつがえながら、オットーが叫ぶ。放たれた矢は、門を乗り越えようとする敵兵の眉間を正確に射抜いた。
「殿下!オルフェン!」
アンデルが扉を開け放つと、大広間には数人の衛兵に守られた王子がいた。
「て、敵か!」
衛兵が一斉に槍を構える。
「アンデルか。貴様も来てしまうとは。」
マーシュはどこか諦観したような笑みで語りかける。
「殿下!ご無事でしたか!」
マーシュの無事を確認し、ほっとため息をつくアンデルは、マーシュが抱えているものに気付き、息を飲む。
「オルフェン!」
マーシュが抱えているのは、背中を大きく斬り裂かれ、血塗れになったオルフェンであった。
「私を庇い、盾になりおった。全く貴様といいオルフェンといい、私を置いて逃げればいいものを・・・」
マーシュの頰は涙に濡れている。アンデルはオルフェンに近づくと、生死を確認する。
「ポーションで傷は塞いだ。だがこのままではいずれ・・・馬鹿者が。」
マーシュはやり場のない怒りに打ち震えているようであった。
「殿下、脱出いたしましょう。我々が道を作ります。」
アンデルは跪き、進言する。
「敵に囲まれたこの中をか?」
「我々が身を呈してお守り致します!王子はここで死んではなりません!」
衛兵達も槍を捨て、跪く。そこに、代官が駆け込んでくる。
「厩舎は無事ですぞ!馬が使えます!」
「代官殿!ご無事でしたか!」
「おおアンデル殿!」
アンデルと代官が無事を分かち合っていると、マーシュが立ち上がる。
「この、愚か者どもめが・・・よし、地獄まで付き合ってもらうぞ!」
わっとにわかに色めき立つ館内。アンデルは先立って正面の門に向かう。
「王子様は無事かい?」
立て続けに矢を放ちながら、オットーが話し掛けてくる。
「ああ、すぐに脱出だ。」
アンデルは門の前で一人奮闘するウェイクに声を掛ける。
「ウェイク!準備が出来次第やるぞ!」
ウェイクは何も答えずまた一人、と切り倒す。
「準備が整った!いつでも行けるぞ!」
駆け寄って来た衛兵に、アンデルは小声で指示を出す。
「合図があるまで物陰に隠れていてくれ。決して顔をだすなよ。合図をしたら一気に駆け抜けるんだ。」
頷いた衛兵は、屋敷の陰へと駆けていく。アンデルは馬に跨ると、オットーが門番を馬に乗せたのを確認した。
「ウェイク!」
アンデルが叫ぶと、ウェイクはすっと目を閉じた。
「馬鹿め!諦めたか!」
観念したのか、とソファラ兵がウェイクに殺到する。途端、辺りが眩い光に包まれる。門の前に群がっていた兵士達が、目を抑えてうずくまる。
「行くぞ!」
アンデルの号令と共に、屋敷の陰からマーシュ達が飛び出す。
「振り向くな!真っ直ぐ突っ切れ!」
衛兵の一人が、矢に当たって落馬する。
「街を抜けるぞ!」
全速力のまま、塊となったアンデル達はキャンドル平原へと飛び出した。
「まずい、追っ手がかかったぞ!」
殿を務めるウェイクが叫ぶ。
「くっ!振り切れない!」
全速力で走らせてきたため、アンデル達の馬は息も絶え絶えである。マーシュ達は、一頭に二人便乗させているため、速度があがらない。
「このままじゃ追いつかれちまう!」
ウェイクが大剣の柄に手を伸ばし、戦う姿勢を見せる。アンデルは手綱を強く握りしめる。オルフェンの怪我は一刻を争う。王国軍に随伴している治癒術師の下まで辿り着ければ、助かるかもしれない。アンデルは馬の速度を緩め、殿に躍り出た。
「アンデル!?」
「ウェイク。殿下とオルフェンを王国軍まで届けてくれ。」
アンデルはウェイクの答えを聞くまでもなく、踵を返した。
「フレイムウォール!」
そして迫り来る追っ手の鼻先に、炎の壁を出現させた。
「止まれ!止まれぇ!」
追っ手が手綱を引き、馬を急停止させる。
「ファイアーボール!」
アンデルは自らの周りに、火球をいくつも浮かべる。その明かりに照らされて、アンデルの姿が闇夜に浮かび上がる。
「魔術師だ!魔術師がいるぞ!先にあいつをやれ!」
追っ手がいきり立ってアンデルへと鼻先を向ける。アンデルは煌々と姿を照らしたまま馬の腹を蹴る。
「そうだ。ついてこい。」
火球を飛ばして牽制しながら、追っ手を引き連れ皆とは違う方向に駆け出す。
「アンデル!」
ウェイクの驚愕の声が聞こえた。
「皆を頼むぞ・・・」
アンデルは一人口元を歪ませる。
「そっちは魔の・・・」
離れて行くオットーの声が、馬の嘶きと、風に掻き消された。
「さあついてこい!」
アンデルは手綱を強く握りしめた。




