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戦乱(1)

「ふう、ひどい雨だ。」



 ずぶ濡れのまま部屋に入ってきたウェイクに、イムカがタオルを渡す。アンデルがオルフェンと話をしてから四日、本隊と合流したアンデル達は、宿屋から動けずにいた。



「街の様子はどうだった?」



「戦争になるかもって噂が広がってるみたいだな。日に日に疎開する住人が増えてるみたいだぜ。」



 アンデルは窓の外を見る。強い雨が窓を叩いている。



「・・・どう動くべきか。」






 --悲報はその晩のうちに届けられた。交渉のテーブルについていたマーシュ王子が、決裂という形で東の大陸より帰還した。これを持って、ソファラとグラシエルの戦争は決定的なものとなった。南の大陸の玄関口となる港町ポートクォーツは、王の名の下に避難命令がだされ、騒然となる。



「団長、出発の準備は整ったっす。」



 マクスウェル劇団の古参幹部タニヤが、アンデルへと報告に来る。



「仕方ない。一時戦火を離れるために下がるぞ。」



 荷物をまとめ避難する住民と同様に、マクスウェル劇団もまた踏破してきた道を戻るほかなかった。



「俺はオルフェンに挨拶していく。皆は先に行っていてくれ。」



 アンデルはタニヤに隊を任せ、一人領主邸へと向かった。





「やあアンデル。行くのかい?」



 アンデルが顔を出すと、オルフェンは慌ただしく指示を出している最中であった。



「ああ、一旦離れるよ。・・・忙しそうだな?」



「王国軍が到着するのにあと三日はかかる予測なんだ。この街の衛兵と、王女様の救出部隊、合わせて二百人でこの街を守りきらないといけないからね。」



 よく見れば、オルフェンの目の下には隈ができていた。徹夜で防備を固めているのだろうとアンデルは慮る。



「何か俺にできることがあったら言ってくれよ。」



 アンデルの申し出に、オルフェンは首を横に振って応える。



「これは軍人の仕事だよ。アンデルは使命を果たすため、無事でいてくれなきゃ困る。それに、これは僕の責任だから。」



 そう言い放つオルフェンからは、言い知れない決意が感じられた。その責任感から、どこが危うい雰囲気をアンデルは感じ取った。



「オルフェン・・・」



「オルフェン!いるか!」



 アンデルが声をかけようとしたとき、オルフェンの名を呼ぶ声が別に飛ぶ。



「王子、ここに。」



「ああそこにいたか。」



 身なりのきれいな青年が部屋へと入って来る。そして、アンデルは見やる。



「む?見ない顔であるな。オルフェンの客人か?」



 アンデルは、目の前にいるのが次期国王となる第一王子であることを察し、片膝をついて礼を取る。



「お初にお目にかかりますマーシュ王子。私はアンデルと申します。オルフェンとは魔術学院での同期でございます。」



「アンデル?そうか、お主が神託を受け、魔王討伐の使命を授かったという者か。」



「左様に御座います。この度は、私の不手際で妹君の身を危険に晒してしまったこと、深くお詫び申し上げます。」



 アンデルは深くこうべ垂れる。



「そうか。お主の劇団の演目中の出来事だったらしいな。なに、魔王の襲撃など誰にも予測できぬ。誰の責任というわけではあるまいよ。」



 マーシュはアンデルの肩に手を置き、微笑む。その思慮深さに、アンデルは感動を覚える。この王子は臣民に慕われる。アンデルはそう確信した。



「その深きお心、大変感謝致します。必ずや魔王を打ち果たし、姫君のご無事をお約束致します。」



「うむ。私の方でも動くつもりでいたが、旅の足止めをしてしまってすまぬな。」



「いえ、とんでもございません。」



 アンデルが頭を下げる。横からオルフェンが口を挟む。



「王子、私に御用があったのでは?」



「そうであった。・・・ふむ。アンデルといったな。一つ頼まれてもらえぬか。」



 思いもよらぬ王子からの申し出に、アンデルは面食らう。



「頼み、ですか?」



「オルフェンをこの街から連れて避難してくれないか?」



「王子!」



 オルフェンが悲痛な声をあげる。



「此奴、此度の戦争が自分のせいだと責任を感じてしまっていてな。魔王の脅威に目を向けられない、頭の固い、時代に取り残された老害共の勘違いだと言うのに、寝る間も惜しんで働き通しでな。」



 アンデルは、マーシュの言葉の端々に怒りを見た。交渉の場で余程苦労したのだろう、と汲み取る。



「しかし王子!軍人の私が戦線を離れるなど・・・」



「勘違いするな。宮廷魔術師は軍人ではない。こんな大義のない戦で魔術師を動かすなど、国の恥になる。貴様の使命は国を守ることであろう。」



 食い下がるオルフェンを、マーシュが一刀両断にする。オルフェンは拳を固く握り、俯いてしまう。



「わかってくれ。こんなつまらぬ戦でお前を失いたくないのだ。」



 マーシュは先ほどまでの厳しさを消し、優しく微笑みかけた。そしてアンデルに向き直る。



「頼まれてくれるかアンデル。」



「殿下の心意気しかと受け止めました。このアンデル、無事ご命令を遂行致します。」



 アンデルはオルフェンの肩を抱き、部屋を出る。その後ろ姿を見送ったマーシュは、誰に言うでもなく呟く。



「オルフェンよ、生きろよ。」






 --霧雨のけむるキャンドル平原を、アンデルとオルフェンを乗せた馬が駆ける。



「アンデル・・・降ろしてくれ。」



 意気消沈していたオルフェンが口を開く。



「それはできない。オルフェンを連れて逃げろとの殿下のご命令だからな。」



「でも、このままじゃ・・・」



「わかるだろオルフェン。戦争に魔術師が出張ったら、数万の命が消える。お前にそんな虐殺ができるのか?」



 オルフェンの肩がびくっと跳ねる。



「でも、王子になにかあったら・・・マーシュ王子はこの国になくてはならない方だ。わかるだろアンデル!」



「わかるよ。俺も一度お目通りしただけで立派な方だとわかった。でも大丈夫。敵が攻めてきたら防衛を諦めて、本隊までさがってくるはずさ。」



 声を荒げるオルフェンを、アンデルがなだめる。



「それは、そうかもしれないけど・・・」



「ソファラが攻めてくる前に王国軍が間に合うさきっと。」



 そのとき、前方に避難する人々の集団が見えてくる。最後方にはマクスウェル劇団の面々が見える。



「おーいアンデル!」



 ウェイクが手を振る。アンデルも片手を上げ応える。



「お?オルフェンも一緒なのか?」



 アンデルは手綱を団員に預けると、馬車へ乗り込む。



「ああ、オルフェンも一緒に避難だ。」



 オルフェンの意気消沈した姿に、馬車の中の一同は声をかけられなかった。







 --東の大陸、南沿岸を治める大国ソファラの城のとある部屋で、一人の青年と、ローブ姿の男が密談を交わしている。



「ヤジルよ、本当に戦争になってしまっていいのか?」



「致し方ありますまい。グラシエル王国が国王陛下を拐ったのですから。」



 気弱そうな青年に、ローブの男は優しく語りかける。



「本当にグラシエル王国が父上を拐ったのか?マーシュ王子は魔王の仕業だと申しておったぞ?」



「魔王なぞ御伽噺の中の存在ですぞ。グラシエル王国の魔術師が、我が国に潜伏していたのが何よりの証拠にございます。」



「う、うむ。宮廷魔術師のそなたの言うことならば、そうなのであろう。」



「一刻も早く国王陛下を助けださねばなりません。直ちに軍を出立されるがよいでしょう。」



「う、うむ・・・」



 青年が部屋を出て行ったのを見送ると、ローブの男は口元を歪めた。蝋燭の火が、男の不気味な顔を照らし出す。



「ひっひっひっ・・・」



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