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暗雲(3)

 応接間に入って来た身なりのいい男に視線が集まる。アンデルが思わず名を呼んだその男は、かつての同窓生であった。



「やあアンデル。元気そうだね。」



 オルフェンは笑顔で右手を差し出す。



「そっちこそ。でもなんでまたこんなところへ?」



 アンデルは困惑しながらも握手を交わす。



「オ、オルフェン様・・・」



「続きは僕が話します。」



 オルフェンは代官に優しく微笑む。代官は狼狽えながらも椅子に座った。オルフェンも代官の横に腰掛け、同卓する面々を見渡す。



「オルフェン。俺の劇団の仲間だ。ウェイク、イムカ、オットー。」



 それぞれ名前を呼ばれ、会釈をする。



「皆、彼は俺の学院時代の同級生だ。主席で宮廷魔術師入りを果たした天才だよ。」



 宮廷魔術師、と息を飲む音が誰かより漏れた。



「それと・・・エバの婚約者だ。」



「ええっ!?」



 思わず驚愕の声を上げたイムカが、慌てて口を押さえる。



「天才は言い過ぎだよアンデル。それと、エバ嬢とは元、婚約者だよ。」



 オルフェンは苦笑いで頰を搔く。一同はエバに注目するが、我関せずと言わんばかりにお茶をすすっている。



「何をおっしゃいますかオルフェン様!こうしてエバお嬢様がリンドールの名を使われたということは、約束通りご成婚を・・・」



「代官殿。」



 まくしたてる代官を、オルフェンが制す。



「エバ嬢の上司であるアンデルが、旧友の僕に会いに来た。エバ嬢はそれに随伴しただけで、リンドール侯爵の名は出していない。侯爵にはそうお伝えしてください。」



「しかし、お館様に・・・」



「代官殿。お願いします。」



 不意に立ち上がったオルフェンは、代官に頭を下げた。その姿に慌てたのは、代官である。将来を嘱望される宮廷魔術師であり、いずれ自分の仕える主人になるかもしれないオルフェンに頭を下げさせるなど、一代官である自分の風聞に関わる。



「わかりました!わかりましたよ!ここにいるのはただの旅人達です!」



 代官の言葉を聞いて、オルフェンはにっこりと微笑む。オルフェン様もエバお嬢様も頑固者で困る、と代官はひとりごちながら椅子に掛け直す。オルフェンはアンデルに向き直ると、



「改めて、宮廷魔術師のオルフェンと申します。以後お見知り置きを。」



 と自己紹介をする。ちらり、とエバを見やるが、エバのつれない態度を見て、一瞬困ったような表情を見せるがすぐに取り繕った笑顔を見せる。



「さすがアンデルの仲間だね。皆手練れの様だ。」



 褒められたことでウェイクとイムカは気分が良くなる。



「なんだなんだわかってるじゃねえか。」



「お高くとまってない辺り好印象ね。」



「やめろ。オルフェンは平民にも関わらず実力で宮廷魔術師入りを果たした天才だぞ。社交辞令だってことくらいわかれ。」



 二人を窘めるアンデルの言葉に、オルフェンはかぶりを振る。



「社交辞令だなんてとんでもない!アンデルがいい仲間に巡り会えたことを本当に嬉しく思うよ。誰よりも秀でた魔力量を持ちながら、それに溺れず努力していたアンデルの元に才能が集うのは当然だよ。」



 裏もなく素直に褒めている様に見えるオルフェンに、アンデルは気恥ずかしくなって鼻の頭を掻いた。正確には魔力量しか取り柄のないアンデルは、人一倍知識を取り込み、少しでも多くの魔術を扱える様に座学に走るしかなかっただけであるが。思えば、アンデルの特異性が明らかになってからも変わらず接してくれたのはオルフェンだけであった。



「ふーん。人を見る目もあるのね。才能もあって人間もできてる。こんな優良物件なんで破談にしちゃうのよエバ。」



 イムカがエバに問いかける。



「それは違うんだ。婚約の話は互いに本意ではないんだ。平民の僕が宮廷魔術師としてやっていくには、どうしてもやっかみが多くてね。そんな折、リンドール侯爵がパトロンになってくれたんだ。侯爵の後ろ盾があれば平民の僕にも手は出せないだろうって。」



 オルフェンはエバの代わりに答える。



「でもそのうち、侯爵家に婿入りして貴族になってしまえばいいって話が出たんだ。そんな、出世のためにエバ嬢を利用するみたいな結婚なんて僕はできない!」



 オルフェンは自分の太ももを殴りつける。



「だからエバが家を出て自由に生きることに賛成したってわけね。」



 オルフェンは項垂れる。代官が口を開け挟みたそうにうずうずしている。応接間には重苦しい空気が流れる。そんな気まずさを振り払う様に、アンデルが切り出す。



「と、ところでなぜオルフェンはここに?宮廷魔術師が王都を離れていいのか?」



 オルフェンは顔を上げる。



「君達が使命を受けて旅立った後、僕も陛下から使命を受けたんだ。マーシュ王子率いる一団に加わって、王女様を救出せよ、と。」



 アンデルは謁見の間で王が救出部隊を組む旨を話していたのを思い出した。



「そうなのか!そこに選抜されるなんてすごいな!」



 アンデルは旧友の出世を祝福する。しかし当の本人は浮かない顔をしている。



「それがさ・・・」



 隣に座る代官の顔も同じく影を落とす。



「君が旅立った後、世界各地で魔王による襲撃があったんだ。」



「なんだって!?」



 アンデルの脳裏にマクスウェル神の言葉がよぎる。魔王は高貴な血を欲している、と。グラシエル王国のみならず、各国の王族が狙われることは不思議でもなんでもない。



「僕らが東の大国ソファラへと渡った時、運悪くソファラ王が魔王によって拐われたんだ。」



「東の大陸へ渡っていたのか。」



 後に出たはずのオルフェンの方が先行していたことに、アンデルは冷や汗をかく。



「ソファラは大混乱になった。御伽噺でしか知らない魔王の存在に行き着くわけもなかったんだ。そこにちょうど宮廷魔術師の僕がいたものだから・・・」



 宮廷魔術師一人で一軍に匹敵するこの世界に置いて、他国の宮廷魔術師が自国に来ているという事は大きな意味を持つ。余りにも強大な力を持つ魔術師は、抑止力としての役目を持つのみで、いざ戦争に駆り出されてしまえば蹂躙の一途を辿るのみである。



「まさか、グラシエル王国が宮廷魔術師を動かして、王を拐ったとでも!?」



 アンデルは声を荒げる。



「向こうはそう考えたみたいだよ。はっきり言って、両国は緊張状態にある。」



「まさか戦争を仕掛けてくるつもりか!」



 オルフェンはおもむろに頷く。



「マーシュ王子が交渉についてくださっているけど、万が一のために王都では軍を編成しているし、真っ先に戦火になるであろうこの街もすぐに避難できるようにしなくちゃならない。」



「なんてこった・・・そんなことしてる場合じゃないってのによ!」



 ウェイクが机に拳を叩きつける。



「まさか僕のせいで火種をまいてしまうなんて・・・」



 オルフェンは唇を噛みしめる。



「お前のせいじゃないさ・・・」



 アンデルはオルフェンの肩に手を置く。



「しかしこれでは東の大陸へ渡ることもできないな・・・」




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