エチュード(8)
重厚な扉はひとりでに開いていく。そこから現れたのは、漆黒のローブを纏った男であった。
「に、人間なのか・・・?」
アンデッド発生の原因と思われた扉から、人間が現れたことは、アンデルに大きな衝撃を与えた。しかしその男は嘲笑交じりに答える。
「人間だと?お前たち脆弱な人間と一緒にされるなど、笑止千万。我は闇の住人の王たるヴァンパイアなるぞ。」
「ヴァンパイアだと!?」
ウェイクは驚愕の声をあげる。その隙をついて、闇の精霊がウェイクの拘束から抜け出す。
「しまった!」
慌てたウェイクが大剣を構え直すが、闇の精霊はウェイクに背を向け、ヴァンパイアに斬りかかる。
「なんだと!?」
ウェイクは混乱する。先程まで戦っていた敵が、新手の敵と思われる者に斬りかかったのだ。ウェイクからすれば仲間割れにも映る光景である。迫り来る闇の精霊の刃に対し、ヴァンパイアは反応できていない。その凶刃に身を斬り裂かれたウェイクだからこそ、ヴァンパイアの首が胴体から離れるであろうことは確信していた。しかし、目の前に広がる光景はウェイクの想像とはかけ離れていた。
「こうるさい蝿が。王の前を飛ぶな。」
ヴァンパイアは微動だにせず、闇の精霊の刃をその身で受け止める。たしかに首元に襲いかかったその攻撃は、皮一枚切ることも能わずに止まっている。自らを王と称したヴァンパイアが腕を一振りすると、闇の精霊は目にも留まらぬ速さで吹き飛ぶ。そのまま壁を壊し闇の中へ消えていった。
「な、なにが・・・」
アンデルもウェイクと同様に思考が纏まらずにいる。冷や汗などはとうに流れつくし、喉が渇きを訴えている。絞り出した声も震える始末である。アンデルは今まで味わったことのないほどの恐怖に見舞われていた。
「お前たち下等な生物でも、我の贄となれることを光栄に思うがいい。」
何事もなかったかのように、ヴァンパイアは口元を歪めアンデルに向き直る。
「アンデル!逃げろ!」
ウェイクが檄を飛ばす。その声にアンデルはびくり、と反応する。まるで金縛りが解けたかのように体が軽くなる。
「うおおおおお!」
ウェイクは雄叫びをあげながら大剣で斬りかかる。ヴァンパイアはまたしても気にもとめず微動だにしない。しかし、ウェイクの一撃は動かない的を空振り、地面に叩きつけられた。
「なんだその及び腰は。避けるまでもないではないか。」
ヴァンパイアが声をあげて笑う。
「アンデル逃げろ!逃げて冒険者ギルドに伝えてくれ!魔族がでたとなればすぐに動くはずだ!」
ウェイクを見捨てて逃げる。アンデルに選択肢が突きつけられた。
「そんなこと、できないっ!」
「いいから行け!」
アンデルは迷う。確かに自分が残ったところでなすすべなく殺されるだけである。しかし、数日の付き合いとは言えここまでよく付き合ってくれたウェイクを見殺しにはできない。
「なぜそこまでできるんだ・・・。学院長に雇われただけのあんたが!」
アンデルは思わず叫ぶ。金で雇われただけの傭兵が、命を賭して自分を逃がそうとしてくれるなど、あり得ないことだ。
「お前が・・・死んだ弟に似ているからかもしれねえな。」
ゆっくり振り向いたウェイクは、小さく笑った。その笑顔に、アンデルは何も言えず立ち尽くす。
「早く行けっ!」
ウェイクはヴァンパイアに向き直り。震えた声で叫ぶ。
「逃すと思っているのか?」
成り行きを見守っていたヴァンパイアが口を開く。
「あいつは見逃してもらうぞっ!」
ウェイクは大振りに大剣を叩きつけるが、またしても大きく空振る。アンデルはじりじりと後退りを始める。
「当たりもしないのに時間稼ぎにもならないではないか。」
ヴァンパイアはまたしてもくつくつと笑い始める。その時、ヴァンパイアの表情が凍りつく。ヴァンパイアの腹から、鉛色の大剣が生えていた。
「ほら油断した。」
ウェイクが大剣の柄を捻り込むと、ヴァンパイアは口から血反吐を吐いた。
「我に、傷をつけただと・・・?」
「あんたら魔族は常に魔力を纏って、一切の攻撃を受け付けないんだってな。でもな、一つだけ攻撃を通す方法があるのを知ってるぜ。」
ウェイクは目でアンデルに合図を送る。アンデルは頷き、振り返って駆け出す。それを見届けたウェイクは再びヴァンパイアに向き直る。
「俺の獲物はレッサードラゴンの血を吸ってるんだよ。竜の加護を!人間様の勇気を舐めるなよ!」
「下等な虫ケラがああああっ!!」
ヴァンパイアの瞳が妖しく光る。途端、ウェイクの体が宙を舞う。地面に叩きつけられたウェイクは入り口を見やる。アンデルの姿は見えない。
「・・・無事に辿り着いてくれ・・・」
ヴァンパイアは突き出している大剣を手刀でへし折る。
「我の肉体に傷をつけたことを後悔しながら死ぬがいい!いや、死の直前までいたぶりながら殺し尽くしてくれる!」
怒りに狂ったヴァンパイアは、ウェイクを宙に放り投げると、手刀をウェイクの腹に突き刺した。
「ぐはっ・・・!」
先程とは逆にウェイクが血反吐を吐く。その血を浴びたヴァンパイアは舌を舐めずる。
「おお美味だ。このまま縦に引き裂いてやろうか。それとも手足をもいで・・・。」
ーーーーーファイアーボールッ!ーーーーー
その時、ヴァンパイアの顔面に向かって火球が飛んできた。ヴァンパイアはウェイクを投げ捨て、大きく飛び退る。地面に放り投げられたウェイクは、杖を掲げ、立ちはだかるアンデルを見た。
「ばっかやろう・・・」
アンデルはウェイクに駆け寄る。
「酷い傷だ。」
ポーションをウェイクの傷にふりかける。
「お前はまたそうやって戻って・・・」
「また?誰のことだ?」
朦朧とした意識のウェイクが、錯乱していると気づいたアンデルに衝撃が走った。
「今の児戯はお前か?」
壁に打ち付けられたアンデルは、咳き込みながらヴァンパイアを睨みつける。
「自ら死にに戻るとは殊勝な事だ。」
「仲間を見捨てられるほど人間は愚かではない!」
「それが愚かだというのだ!」
ヴァンパイアの目が再び妖しく光る。アンデルは抵抗もできず壁まで吹き飛ばされる。
「くっ・・・これは!」
飛ばされた先にはウェイクの持ち込んだ荷物が転がっていた。アンデルは手早く中を漁る。
「あった!」
アンデルの手にはヒクイトカゲの体液が入った瓶が握られていた。先程の不意打ちのファイアーボールを大げさに避けたことで、ヴァンパイアは火に弱いとアンデルは当たりをつけていた。
「火打ち石はどこだっ!」
アンデルは再び袋に手を入れまさぐる。アンデルの魔術では火をつけることはできないため、火打ち石がなくてはならない。
「いつまでよそ見している。」
火打ち石に夢中になっていたアンデルの頭を、ヴァンパイアが片腕で持ち上げる。
「このまま脳髄をぶち撒けろ!」
「くそっ!ファイアーボール!」
「そんな児戯が効くかっ!」
先程のファイアーボールで、アンデルの特異性が見抜かれてしまったのか、ヴァンパイアは避けることなく受け止めた。
「シャイニング!」
「うおっ!」
突然の眩い光に、ヴァンパイアは思わず仰け反る。その隙をついて、アンデルは瓶をヴァンパイアに叩きつける。
「いい加減にしろ!」
ヴァンパイアはアンデルを力任せに壁に叩きつけた。
「ぐはっ!」
意識が飛びそうになるのを必死にこらえ、痛みに耐えるアンデル。
「くぅっ!う、腕が!」
左腕に力が入らない。骨が折れている。その激痛にアンデルは顔を歪める。
「もういい!ここで死ね!」
「ふ、ファイアー、ボール・・・」
アンデルの掌から火球が生み出され、すぐに搔き消える。
「死ねぇっ!」
ヴァンパイアが拳を振りかぶり、アンデルが目を瞑った時、突如影が飛び出した。
「ぐあっ!」
影はヴァンパイアごと壁に吹き飛ぶ。
「闇の、精霊・・・」
それは立っているのもやっとなくらいにぼろぼろになった闇の精霊であった。ウェイクの折れた大剣の切っ先を握りしめ、ヴァンパイアと対峙している。その刃は闇の精霊の掌に深く食い込んでいる。
「ファイアー、ボール!」
アンデルは必死の思いで火球を飛ばすが、ヴァンパイアに火をつけることはかなわなかった。
「このゴミムシどもがああああ!」
猛り狂ったヴァンパイアが雄叫びをあげると、それは衝撃波となり空間を揺らした。
「火を、火をつけさえすれば・・・」
ヴァンパイアが衝撃波で倒れ伏した闇の精霊にとどめを刺さんと歩み寄っていく。ビリビリと震える洞窟の中で、アンデルは悔しさに拳を握りしめる。その時、アンデルの右手が硬いものに触れた。
「これは・・・?鉄鉱石!」
度重なる壁への衝撃で崩れた岩の中に、鉄鉱石が混じっていたのだ。アンデルは死に体にも関わらず、その鉄鉱石をヴァンパイアへと投げつけ、そのまま勢いで前のめりに倒れこみながら叫ぶ。
「精霊よ!それを剣で打ち付けろ!」
まさに今とどめを刺そうとしていたヴァンパイアは、飛来する鉄鉱石を見やるが、最後の悪あがきだと無視する姿勢である。瀕死の闇の精霊は力を振り絞って大剣を石に叩きつける。
それは火花を生んだ。
「なっ・・・!」
生まれた火花は、ヴァンパイアの体に付着したヒクイトカゲの体液に燃えうつり、たちまちに激しい炎となった。
「ぐああああ!こ、こんな・・・下等な虫ケラに・・・」
火だるまになり、断末魔をあげたヴァンパイアは、やがて崩れ落ち灰となった。
「や、やったなアンデル・・・」
倒れ伏しているアンデルの元へ、意識を取り戻したウェイクが這いずってくる。
「ウェイク、傷は?」
「ああ、なんとか致命傷にはならずに済みそうだ。」
「それはよかった・・・」
アンデルは力なく微笑む。
「ったく無茶しやがって。ほら、最後のポーションだ。使え。」
自分も瀕死にも関わらず、ウェイクはポーションを差し出してくる。
「ウェイクが使え・・・いや、ウェイク、街まで我慢してくれ。」
アンデルはポーションを受け取ると、左手を庇いながら立ち上がる。そして今にも消えそうな闇の精霊に近付く。
「お前、消えるのか?」
アンデルは半透明になっている闇の精霊に話しかける。
「ポーション、使うか?」
答えない精霊に、アンデルはポーションの瓶を差し出す。
「・・・なぜ我を救おうとする?」
闇の精霊が重々しく口を開く。
「お前、あいつをこっちに来させないようにあの扉を見張ってたんだろ?あの扉は魔界に繋がっている。だからお前は・・・」
闇の精霊は答えない。
「お前がいなかったらあいつは倒せなかった。だからお前を死なせたくない。」
「・・・無駄だ。我は肉体を持たない。そんなもの意味を成さない。」
そうか、とアンデルは視線を落とす。
「我を救うなら・・・」
アンデルは顔を上げる。
「契約しろ。契約を結べば繋がりができ、貴様の魔力を供給源に、我の肉体を保つことができる。」
アンデルは闇の精霊をきょとん、と見つめると微笑んだ。
「ーーそれがアンデルの追試だ。」
一気に話し終えた学院長は、紅茶を一口含むが、冷めてしまったそれに顔をしかめた。
「アンデッド退治に、魔族退治に、闇の精霊と契約・・・ふぁーすごい。」
感心するカチュアを横目に、クロエが焦っている。
「その魔界の扉はどうなったんですか!」
「報告を受け、すぐさま人をやって封鎖したからもう陽の目を見ることはないな。」
それを聞いてクロエが安堵の溜息をつく。
「まさかヴァンパイアが出てくるなどと思いもしなかったでな。ぼろぼろの彼奴から報告を聞いた時は儂も冷や汗をかいたわ。」
人ごとのように学院長が笑う。
「さて、そんな危険な旅をお主らは無事に乗り越えられるのかな?」
優しく言う学院長に、二人は何も言えなかった。




