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暗雲(1)

「このキャンドル平原をオーバーしたら港町ポートクォーツだよ。」



 オットーの声に、皆が馬車から顔を出す。アンデルがあやつる馬車はだだっ広い平原へと入った。見渡す限り背の低い草が広がり、ところどころ土が露出している。



「オットーはポートクォーツに行ったことはあるのか?」



 アンデルが同じく御者台に座るオットーに話しかける。



「何回か行ったエクスペリエンスはあるけど、行商の護衛で行っただけで、サイトシーイングはしたことないんだ。」



「そうか。俺は海を見るのも初めてだ。なんか楽しみだな。」



「あっ!この平原の名前の由来になったキャンドルロックだよ!」



 オットーの指差す方向には、石柱が立っていた。その石柱の上部には、角のない丸い岩が器用に乗っかっている。



「ほんと蝋燭みたいね。」



「人工物か?」



 荷馬車の中から反応が飛ぶ。



「人のハンドによって作られたものか、ナチュラルに出来たものなのか、わからないらしいよ。それくらい昔からあるものだって。あれをご神体と祀る宗教もあるくらいだって話だね。」



「古代遺跡の時代に作られたりしたんだろうか。」



 一行がキャンドル岩に見とれていると、馬車を引く馬が嘶いた。



「まずい、一雨くるな。」



 アンデルは地平線からもくもくと広がる黒雲に気付き、舌打ちをする。



「少し飛ばすぞ!」







 ーー港町ポートクォーツの街の大通りは慌ただしく人が往来している。大急ぎで露店をたたむ者や、外套を頭に被り道を駆けていく者など様々である。



「ああくそびしょ濡れだ。」



 人の波を轢かないよう、ゆっくりと馬車を進めるアンデルは頭からつま先までずぶ濡れである。



「あそこ!宿屋あるわよ!」



 イムカの指し示す先に厩舎のある大きな宿屋を見つけると、一行は馬車を預け宿屋に飛び込んだ。



「雨に降られちまったようだな。」



 カウンターには中年のマスターが腰掛けていた。



「そのままじゃ風邪引いちまうだろうから部屋を取ったら公衆浴場に行ってこい。」



 アンデル達は店主の言う通り、部屋を取るや否や公衆浴場にでかけた。







「いやー生き返るぜ。」



 港町で一番大きいと言われる公衆浴場は、大勢の客でごった返していた。それでも手足を伸ばして湯に浸かれる広さに、街一番の誇りを感じる。ハーブのような花弁を浮かべ、爽やかな香りが湯気に乗って広がる。



「湯に浸かるなんて王都を出て以来だ。」



 アンデルはウェイクの横で長旅の疲れを流すようにリラックスしている。



「それ、ヴァンパイアの時の傷か?」



 アンデルは不意にウェイクの腹についた大きな傷を見やる。



「ん?ああ、ポーションで塞がっても、痕は残っちまったな。」



 腹の傷だけでなく、体中についた傷痕が歴戦の猛者であることを物語っている。



「ん?オットーどうかしたか?」



 アンデルはオットーが目をつぶったまま俯いてる事に気が付いた。のぼせてしまったのかと顔を覗き込む。



「ふふふ・・・ふふ・・・」



 にたにたと口元を歪ませているオットーにウェイクも訝しげに眉をしかめる。



「どうしたんだこいつ。」



 その時アンデルが違和感に気付いた。



「お前魔力で聴覚を強化してるな!」



 オットーの耳が緑の光に包まれている。



「てめえ女風呂の音を聞いてやがるな!」



「ふふ、覗くのはルール違反でも聞こえてしまうのはしかたないのさ。」



「てめえ!」



 アンデルとウェイクが立ち上がってオットーを挟み込む。



「「何が聞こえるか教えろ!」」








「--ほんとエバって肌が白くて綺麗よねえ。魔術師ってみんなそうなの?」



 イムカがエバの腕を撫でる。エバは抵抗する事なくなすがままである。



「外でないから。」



「それに細いし。私最近剣を振る機会が多くて筋肉ついてきちゃった。」



 イムカは自分の腕を撫りはじめる。エバはじっとイムカの胸を注視する。



「・・・でかい。」



 そんなエバの視線に気付いたイムカは、肩を回しながら答える。



「重いしいい事ないわよ?もうちょっと小さい方が動きやすいし。」



 その言葉にエバは普段見せない俊敏な動きでイムカの双丘を鷲掴みにする。



「ちょ、ちょっとエバ!?」



「・・・ずるい。」



 エバは胸の中に湧いた感情が羨望であり、嫉妬であると確信した。



「だめよエバ!あっ・・・」







「お待たせ!」



「あ、ああ。うん。」



「ん?どしたの?」



 イムカ達はアンデル達と入り口で合流したが、目を合わせずよそよそしい男性陣の態度に首を傾げる。



「いや、なんでも!さ、さあ雨もあがったし帰ろうか!」



 アンデルは殊更元気よく振る舞い歩き出した。イムカはエバと顔を見合わせ、まあいいか、と後に続いた。




「お、屋台が出てるぜ。」



 ウェイクは匂いにつられ、立ち止まる。雨が止んだ事で、再び大通りに屋台が立ち並び始めていた。



「いいスメルだねえ。港町だけあってシーフードが豊富だ。」



「時間的にも夕飯時か。よし今日は屋台で夕飯にするか。」



「さんせーい!」



 一行は適当な屋台へと顔を出した。



「らっしゃい!何にする?」



「取り敢えず魚介を適当に見繕ってもらえます?」



「あいよ!」



 メニューを店員に任せ、各々椅子に座る。



「へえ。目の前で焼いてくれるのね。」



 海老や貝が網の上で焼かれている光景に、イムカが感嘆の声を漏らす。



「どんどん焼いてくからじゃんじゃんやってくれ!」



 香ばしく焼き上がった魚介の匂いに、一同は生唾を飲み込む。



「いただきます!」



 誰が言ったか、我先にとかぶりつく。



「うお!この海老身がぎっしりだ!」



「このスクイッドもプリプリだよ!」



「んー!この貝おつゆまで最高!」



 次々と出される魚介料理に、皆一様に舌鼓を打つ。



「お次はうちの自慢のスープだ!」



 店員が差し出した器には、赤いスープに野菜や魚介がごろごろと浮いている。



「トマトベースか。・・・うまい!」



 思わずアンデルも感嘆の声を漏らす。



「へへっ。干した貝柱の出汁に、新鮮な魚介のうまみが染み出した港町ならではのスープだ!うまいだろ!」



 一行はその後も魚介を堪能した。





「いやー食った食った。ごちそうさん!」



「毎度あり!また来てくれよな!」



「さて、宿へ戻るか。」



「アル、明日からの予定は?」



「とりあえずは船の運航予定を調べて、あとは本隊が合流するまでに劇場を押さえておきたい。」



「船賃を稼がないとね。」



「毎日新鮮な魚介類が食えるってんならやる気もでるってもんだな。」



 一行は腹をさすりながら、夜の大通りへと消えて行った。




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