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エチュード(3)

「さて、どうしたもんか。」



 アンデルは途方に暮れていた。学院長から課題を出された即日、旅支度をまとめてケッペルの街を目指そうとしたものの、アンデル一人ではどう考えても課題をこなせる見通しが立たなかった。ケッペルの街への道中、魔獣が出たら対処できない。もしケッペルの街での問題が荒事だったら。

 そこで、アンデルはオルフェンの助言に従って冒険者ギルドを訪れた。



「金は必要だよなぁ・・・」



 アンデルはかれこれ数時間、ギルドに併設された酒場で自問自答していた。しゅわしゅわと発泡する紅茶がやけに美味しそうに見えて頼んでみたものの、今では気の抜けたただの紅茶である。



「手持ちの金は心許ないし・・・」



 冒険者ギルドに入ってからこの調子で悩んでいる。十日間の期限で冒険者を雇うとなると、それなりに金がかかる。その上十日間の食費や宿代などもアンデル持ちになる。かといって護衛代をけちると、腕の悪い冒険者を充てがわれる可能性が高い。



「どうするかなほんと・・・」



 アンデルがうんうん悩んでいると、にわかに酒場が騒がしくなる。どうやら依頼を終えた冒険者達が酒場になだれ込んで来たようである。外を見やると日は既に落ちていた。



「一日無駄に費やしてしまったな・・・」



 そうして項垂れるアンデルの背中を叩く者がいた。



「なにしけた面してやがんだ兄ちゃん!お?みない顔だな。新人か?」



 早くも酔った様子の冒険者が、アンデルに絡んで来たようである。



「いや、俺は冒険者じゃなくて・・・」



「冒険者じゃねえのにこんなとこにいんのか?変わってんなあ!」



「護衛の依頼を頼みたくて・・・」



「護衛だぁ?それなら俺が引き受けてやるよ!このタルカス様にかかればどんな魔獣だって一捻りだ!」



 そう言って冒険者はジョッキを傾ける。



「ぷはー!で、どこまでの護衛だ?」



「あ、ケッペルの街、です。」



 酔っ払いの勢いに気圧されて、やや尻込みしながらアンデルは答えた。その途端、傍若無人に振る舞っていた酔っ払いが顔色を変えた。



「あ、ああ!他の依頼を請け負ってたんだった!悪いな兄ちゃん!」



 酔っ払いは慌てたように席を外し、他の冒険者達のテーブルへ移ってしまった。



「なんなんだ・・・?」



 慌ただしい出来事に、アンデルは理解が追いつかず目を丸くした。ケッペルの名を出した途端、逃げてしまったような・・・とアンデルが考えた時、隣のテーブルから声がかかる。



「なあ兄ちゃん。今ケッペルの町がどうなってるのか知らないのかい?」



 アンデルがその声に振り向くと、猫背の男が一人グラスを傾けていた。



「それを調査しに行きたいのですが。」



 アンデルが答えると、猫背の男はくつくつと笑う。



「今あの街の炭鉱には、悪魔が棲み付いたって専らの噂だぜ。好き好んであんなとこに近づこうって冒険者はいないだろうな。」



 なるほど、とアンデルは納得する。ケッペルの街に起きた問題の一端を朧げながら理解する。



「時に、あんた魔術師だろ?」



 アンデルは魔術学院の印章が入った制服を着て来ていた。



「魔術師なら冒険者の護衛なんて雇わなくても、自分でなんとかできるんじゃないのかい?」



 冒険者に限らず、市井の者からしても魔術の強大さは語るに及ばない。魔術師は強い者だと言う共通認識がある。



「俺は魔術師ですが、攻撃の魔術を使えません。なので護衛が必要なのです。」



 本当は攻撃どころか全ての魔術が役に立たないのだが、自ら恥部を晒すのもなんだか憚られて、アンデルは言葉を濁す。すると猫背の男は、にやりといやらしい笑みを浮かべ、近づいて来た。



「なら俺が護衛を引き受けてやるよ。悪魔の正体も知ってるから、その対策も用意してやる。」



 男のその申し出に、アンデルは渡りに船とばかりに手を叩いた。



「助かります!それではさっそく向かってよろしいですか?」



「まあ待ちな。悪魔対策を準備しなきゃならねえ。な?わかるだろ?」



 男は親指と人差し指で輪っかを作り、アンデルに見せつける。



「金ですか?幾らいりますか?」



 アンデルは懐から貨幣の入った皮袋を取り出す。



「予算に合わせて仕入れて来てやるよ。財布ごと貸しな。あんたはここで待っててくれればいい。」



 男はアンデルの手から皮袋をひったくると、酒場を後にした。アンデルは一瞬嫌な予感がしたが、言われた通り待つことにした。男の飲んでいたグラスの氷が溶けて、カランと小気味のいい音がした。







 ーーアンデルは待っていた。既に酒場からは客足が遠のき、飲みつぶれた数人の客と、迷惑そうに顔をしかめている店員だけとなっている。



「遅いな・・・」



 アンデルがたまらずこぼす。



「兄ちゃん、騙されたんだよ。」



 その声は、アンデルの後ろの席から聞こえた。アンデルが振り向くと、男が一人グラスを傾けていた。



「騙された?」



 アンデルは思わず聞き返す。



「あんた昼間からずっと財布を覗き込みながら悩んでただろ。その気の弱そうな態度で、カモだと思われたんだろうな。」



 アンデルは自分の様子をずっと見られていたことに薄ら寒さを覚えた。



「魔術師だからって手を出さない様にしてたところに、自分から攻撃手段を持たないことをバラしてきたんだ。なら報復も恐れずに騙すには格好の獲物だよ。」



 アンデルは愕然とする。



「あんた人の悪意に鈍感すぎるな。自分の身は自分で守れ。ここはそういう場所だ。」



 男はそう言うとグラスを飲み干し、立ち上がった。店員もようやく片付けができることに安堵の表情を浮かべている。アンデルは言葉を失ったまま動けない。確かにアンデルは人の悪意というものを受けずに今までを過ごしてきた。孤児ではあったが、物心ついたときには教会で司教の優しさに触れ、学院長に拾われ、学友にも恵まれた。魔術の才能が無いことがわかってからは、交友関係を自ら狭め、せいぜいが陰口を叩かれる程度であった。



「あ・・・あ・・・」



 アンデルはわなわなと震える。椅子に座っていたのが幸いであった。もし立っていたならば、膝から崩れ落ちていたであろう。



「ちっ。おいあんた、金は残ってるか?」



 男は俯いているアンデルに声をかける。アンデルはふるふると首を横に振ることで辛うじて答える。



「バカ正直に全財産渡したのかよ・・・当てはあるのか?」



 アンデルはおもむろに顔をあげて男を見つめる。その頬には涙が伝っている。



「ちっ。明日の早朝ここに来い。わかったか?」



 アンデルは逡巡した後、こくりと頷いた。ふらふらと覚束ない足取りで酒場を後にする。その後寮の自室まで、どこをどう通ったのか記憶が定かではなかった。








 ーー明朝、アンデルは男に言われた通り冒険者ギルドの入り口に立っていた。まだ日も登っていないにも関わらず、冒険者ギルドはにわかに活気付き始めていた。アンデルは来るかどうか迷った。旅の一歩を踏み出す前に暗礁に乗り上げてしまった上に、よく知りもしない相手の指示に従うなど、警戒して然るべきである。しかしアンデルには他にすがるものがなかった。



「うお!ほんとに来たのかよ。」



 虚ろに中空を彷徨うアンデルの視線が、呼び出した主を捉える。



「おはようございます・・・」



 警戒はしながらも、アンデルは一応挨拶をする。男は片手を上げただけで返し、くつくつと笑い始める。



「見ず知らずの人間の言ったことを真に受けるのかよ。学習してないのか?」



「迷いはしました・・・しかし今は藁にもすがりたいのです・・・」



 アンデルの様子に、男は笑みを消し、ふんと鼻を鳴らしながら頭を掻く。



「ちっ。辛気くせぇな。・・・ほらよ。」



 そう言うと男はアンデルに向けて何かを投げてよこした。アンデルがなんとか受け止めたそれは、昨日猫背の男に騙し取られたアンデルの財布であった。



「いくら入ってたか知らねえから中身の保証はできねえぞ。」



 アンデルは目を輝かせる。



「取り返してくれたんですか!?」



 アンデルがありがとうございます、と頭を下げると、男は腕を組んだままそっぽを向いた。



「早く中身を確かめろ。」



 アンデルは、男に促されるままに皮袋の口を開ける。



「へ、減ってる・・・」



 数えるまでもなく、明らかに半分ほどに目減りした貨幣を見て、アンデルは悲痛の声をあげる。



「なに!?あの野郎!」



 男は怒りの表情を浮かべて、背負っている大剣の柄に手を添えたが、ため息をひとつつくと、落ち着いた声でアンデルに告げる。



「金は勉強代だと思って諦めろ。それよりも、だ。ついてこい。」



 男はそう言うとギルドの入り口をくぐって行った。アンデルもその背中を追って入り口に駆け込んだ。

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