エチュード(4)
「よう、こいつの冒険者登録頼む。」
冒険者ギルドに入るなり、男はカウンターのギルド職員に言い放った。
「え?冒険者登録?」
アンデルは思わず横から口を挟む。
「えっと・・・魔術学院の学生さんのようですが、本当によろしいですか?」
ギルド職員の女性も戸惑っている。
「いいから早くしてくれ。」
「わかりました。ではこちらに記入をお願いします。代筆が必要でしたらお申し付けください。」
ギルド職員から一枚の羊皮紙とペンが差し出された。アンデルは展開についていけず、その紙をただ見つめている。
「文字が書けるんならとっとと書け。
男に促されるまま、アンデルは紙を受け取り記入し始めた。
「冒険者になるにあたりまして・・・」
「あーそこら辺の説明は俺がしておくから大丈夫だ。」
ギルド職員が、冒険者になるにあたっての注意事項や契約の内容を説明しようとしたのを、男が遮る。三人の間を沈黙が包む。
「書けましたけど・・・」
アンデルは空欄を埋めた紙をギルド職員に見せる。
「はい、確認しました。冒険者登録料に銀貨一枚かかりますがよろしいですか?」
受け取ったギルド職員が尋ねてくる。
「ちょっと待ってください。」
アンデルは男に向き直る。
「俺は冒険者になりたくて来たわけじゃない。」
目の前の男にはっきりと断りを入れる。確かにこの男は親切なようだ。だからと言って冒険者に登録させられるというのは、アンデルにとっても理解できたことではない。
「ちっ。説明は後だ。」
男はめんどくさそうに舌打ちすると、懐から銀貨を取り出す。
「俺が後見人になる。さっさと登録してくれ。」
男が銀貨を差し出すと、ギルド職員は頷いて受け取り、一枚のカードを差し出す。
「これでアンデルさんは冒険者として登録されました。後見人はウェイクさんが務めるということで、依頼の失敗や、契約の不履行の際の違約金はウェイクさんの責任となりますがよろしいですね?」
「ああ、それでいい。」
今頃にして男の名前を知ったことにアンデルは気付いた。お互い自己紹介すらしていない、この歪な状況に頭が痛くなってくる。男はアンデルの登録カードを受け取ると、ずんずんと外に出て行ってしまった。
「ウェイク、さん?そろそろ説明が欲しいんですけど。」
ウェイクに追いついたアンデルは、説明を求める。登録料の銀貨一枚まで払ってもらっている。とりあえずはそれだけでも返したいとアンデルは銀貨を取り出す。
「ウェイクでいい。敬語もいらない。」
ウェイクは銀貨を受け取ると、カードと一緒にアンデルの鞄にねじ込む。
「ええ!?」
一般的に、銀貨一枚あれば五日は食いつなげる。それを肩代わりした上に、ギルド職員の説明によれば、アンデルの冒険者としての行動の責任を被る契約までしている。アンデルは目の前のこの男が何をしたいのか理解ができない。
「必要経費だ。それより急ぐぞ。」
ウェイクはアンデルのペースに合わせることなく、ずんずんと先を行く。アンデルも置いていかれないよう小走りでついて行った。
王都をぐるりと囲む城壁。その城壁の北にある城門に二人が差し掛かったとき、ウェイクは足を止めた。
「アンデルっていったか?ケッペルまでどうやって行くつもりだった?」
アンデルはそれに答える。
「冒険者を護衛に雇って、乗合馬車で。」
「金がかかりすぎるな。もっと安上がりな方法を教えてやる。あそこを見ろ。」
そう言ってウェイクが指差す先には、いくつもの荷馬車がひしめき合っていた。
「商隊、か?」
「そうだ。あの中からケッペルへ向かう商人を探して来い。ケッペルへ向かうなら北門にいるはずだからな。」
「商人を見つけてどうするんだ?」
「冒険者カードを見せて、護衛してやるって言って来い。」
ウェイクがにやりと笑う。
「護衛だなんて、俺が護衛を探してるっていうのに!」
アンデルは慌てる。
「大丈夫だ。降りかかる火の粉は俺が払ってやる。」
「ウェイクも一緒にケッペルまで来てくれるのか?なぜそこまで俺によくしてくれるんだ?
アンデルの質問を受けたウェイクだが、アンデルの背中を蹴り飛ばし吼えた。
「いいからとっとと探して来い!」
アンデルはその剣幕に跳ねるように商人の集いに向かって突っ込んでいった。
「北の王国まで護衛はいらねえか!」
「シャイトック村まで護衛できる方いませんか!?」
「街道での護衛求む!」
日も上り始めていない薄暗闇の中、活気付いた声が飛び交っている。護衛を売り込む冒険者と、護衛を求める商人の声だ。アンデルはきょろきょろと辺りを見回す。その活気に、やや怖気付いていた。
「ケッペルの街!ケッペルの街まで護衛してくれる方いらっしゃいますか!」
その声はアンデルの後方から聞こえた。大分声を張り上げているのであろう、その声は枯れ気味だ。
「あの・・・ケッペルまでの護衛につきたいんですけど・・・」
アンデルはおずおずと話しかける。
「えっ!?本当ですか!いやあ助かります皆さん嫌な顔をして避けていってしまうものですから!」
浅黒く日焼けしたその商人は、破顔して両手を広げる。
「早速カードを見せて頂けますか?」
アンデルは鞄から先程入手したばかりの登録カードを取り出す。
「Fランク?駆け出しじゃないですか。」
途端に商人の顔が曇る。登録カードに記載されている冒険者ランクを見て、実力を察したようだ。先程登録したばかりなのだから最低ランクなのは当然である。どう説得しようかとアンデルが思案していると、後ろから声がかかる。
「大丈夫だ。そいつは荷物持ちだとでも思ってくれ。」
ウェイクが人混みから現れ、カードを差し出した。
「Bランク!?ウェイクってあの!?」
それを見た商人が驚嘆の声を上げる。周りの冒険者や商人達も、にわかに色めき立つ。
「どのウェイクか知らんが、俺とこいつのパーティがあんたを無事にケッペルへ送り届けてやる。」
「光栄です!まさかあの、固定パーティを組まずに野良パーティと単身でBランクに上り詰めたあのウェイクさんに護衛していただけるなんて!」
商人の喜びように、アンデルはなんとなく凄いということはわかり、ウェイクをちらりと見やる。
「それでは早速出発しましょう!」
嬉々として御者台に乗り込んだ商人に倣い、荷台に乗り込もうとしたウェイクは、アンデルの視線に気付き、その背中を蹴飛ばして荷台に転がり込んだ。
「いやーあの竜殺しのウェイクさんに護衛していただけるなんて一生の自慢になりますよ!」
ケッペルに向けて一日馬車を走らせた一行は、今は街道の脇で野営をしている。焚き火を囲んでいる一行の中でも、商人は終始上機嫌である。
「俺が倒したのはドラゴンじゃない、レッサードラゴンだ。」
まるで子供のようにウェイク相手にはしゃいでいる商人に、ウェイクは大剣を布で磨きながらつっけんどんに答える。今日一日でも、何匹もの襲い来る魔獣を斬り伏せている大剣だ。
「それがかの有名なドラゴンキラー!いやあ立派ですねえ!」
「そんな名前はついていない。」
商人が語るウェイクの武勇伝を、アンデルは黙って聞いている。
「さて、喋りすぎてしまいましたな。私はそろそろ寝ますので、見張りの方よろしくお願いしますね。」
そう言うと商人はテントに入っていった。
「凄腕の冒険者だったんだな。」
アンデルは焚き火をくべているウェイクに声をかける。
「あ?ああ、まあな。ただ噂が先行しすぎてやがる。」
うっとおしいと言わんばかりに、小枝をへし折るウェイク。
「固定のパーティを組まないのか?」
「まあな。」
「それはなぜだ?パーティを組んだ方が効率がいいんじゃないのか?」
「ふん、足手まといはいらねえ。」
「ならなぜ足手まといの俺にこうまでよくしてくれるんだ?」
「あ?それはお前が余りにも惨めったらしかったから見てらんなかったんだよ。」
にやにやと下卑た笑いを浮かべるウェイクに、昨夜からの情けない自分を全て見られていることを思い出したアンデルは、恥ずかしさと悔しさを覚えた。そのとき、一陣の突風が吹きすさび、焚き火を強く揺らした。
「やべっ消えちまう。」
慌てふためくウェイクを尻目に、小声でストーウォール、と唱えたアンデルは寝袋へ潜り込んだ。風が止み、焚き火が小さな囲いに守られていることに気がついたウェイクは叫んだ。
「お前魔法使えんじゃねえかよ!」




