エチュード(2)
『次の四名を卒業試験不合格とする。
チェイス、ロズ、ジャクセン、アンデル』
魔術学院の正門前掲示板に、卒業試験の不合格通知が貼り出されている。学生達が掲示板の前に集まり、口々に安堵の声を漏らしている。
「よかったぁ、合格だ。」
「よっぽどひどくなきゃ合格だって話だけどな。」
「じゃあ不合格の四人はよっぽどひどかったのか?」
「そりゃ三バカと、あの『ハッタリのアンデル』だろ?落ちるに決まってるさ。」
「しっ!三バカが来たぞ。」
口々に噂を立てていた学生達が一斉に道を開ける。その道を柄の悪い三人組がおもむろに歩いてくる。
「ちっ!何が不合格だ。」
三人組のリーダー格の男が、掲示板に蹴りを入れる。
「おいチェイス。どうするよ。」
チェイスと呼ばれたリーダー格の男は気怠そうに答える。
「どうするもこうするもねえだろ。俺らが試験に受かる頭をもってるわけねえってんだよ。」
「そりゃそうだ!ろくに授業もでてねえんだからな!」
三人の中で最も背の高い男が下品に笑う。
「ロズも俺も、チェイスとつるみ始めてから落ちこぼれちまったしな。」
「俺のせいにすんなよ。」
短髪の男の悪態を受け、チェイスは睨みつけて返す。
「ちっ。卒業だけはしねえと親にぶっ殺されちまう。」
そう言いながら三人組は校舎へと入っていった。
「例年ああいう落ちこぼれはいるらしいけど、実技で落ちたアンデルはなおさら惨めだな。」
再び掲示板の前では学生達の噂話が始まった。
「アンデルっていえば、学院長のコネで入って来たんだろ?」
「ああ。それなのに魔術は見かけだけのハッタリ。学院長の顔に泥を塗ったな。」
学生達の陰口はその後も続いた。
ーーアンデルは一人寮の自室にいた。掲示板を見に行くこともない。自身の不合格などは試験を受ける前からわかりきっていたことであるためである。ただ黙々と、何度も何度も繰り返し読んだために、擦り切れ始めている魔術書に目を通している。
『君にはとてつもない魔力がある。』
そう言って学院長に魔術学院に連れてこられて早五年。最上級生となり、卒業を控えてアンデルは荒れていた。
「くそっ!何が才能だ!そんなもので人間の価値が決まってたまるか!」
アンデルは魔術書を乱暴に閉じると、ベッドへ身を投げた。当初は期待に満ち満ちていたアンデルも、自分の魔術の特異性に気付き、『ハッタリのアンデル』などと言う不名誉な呼び名を付けられた辺りから、次第に周りとの関わりを絶っていった。
「くそっ!くそっ!」
アンデルは枕に拳を叩きつける。
「はあっ・・・はあ・・・」
そのとき、こんこんこん、と部屋のドアがノックされる。
「アンデル?なんか騒がしいけど・・・」
「・・・オルフェン。」
訪ねて来たのは学生議会長のオルフェンであった。アンデルが皆と距離を置いてからも変わらず接してくる眉目秀麗、成績優秀な男である。今年の首席卒業は間違いないと噂され、宮廷魔術師に内定している。平民の身ながらも、その才能とカリスマ性から、彼の周りにはいつも人の輪が絶えない。
「平気かい?」
「ああ・・・」
オルフェンの優しさは余計にアンデルを卑屈にさせていた。
「ならいいんだけど。そうそう、学院長がお呼びだよ?」
「学院長が?」
オルフェンの口から飛び出した人物にアンデルは顔をしかめる。学院長に呼び出されるときは、いつもろくでもない用事だと経験上アンデルは知っている。
「その・・・落第者を呼んできてくれ、とのことでね。」
オルフェンは申し訳なさそうに口にした。わかってはいたことだが、改めて自分が落第したことを知り、アンデルは拳を握る。
「ああ、わかった。すぐ行く。」
「その、アンデル?僕に何か出来ることがあったら言ってくれよ?」
そう告げてオルフェンは部屋を後にした。アンデルは固く握りすぎて白くなった爪に目を落とすと、深く溜息をついた。
「はあ、行くか。」
最上級生の証であるマントを羽織ると、アンデルは自室を後にした。
「失礼します。」
アンデルは学院長室の扉をノックすると、返事も待たずに扉を開けた。
「これ、許可してから入れ。」
書類になにやら書き込んでいた学院長が手を止め、アンデルを叱りつける。
「小言は結構です。用件はなんですか?」
つっけんどんな態度のアンデルに、学院長は溜息をつく。
「まあ待て。全員揃ってから話す。」
そう言って再び学院長は書類に目を落とした。しばらくして、学院長室の扉がノックされる。
「入れ。」
学院長が許可すると、チェイス率いる三人組が緊張した面持ちで入ってくる。
「し、失礼します。」
「うむ。全員そろったな。」
アンデルと三人組は黒檀の机の前に並ぶ。
「さて、この度お主達は卒業試験に不合格となった。」
誰のものか、ごくりと喉がなる。
「お主達には追試を受けてもらう。」
学院長の言った追試という言葉に、四人は目を見開く。
「課題は一つ。北の山脈の麓にケッペルという町がある。鉱山の町として知られる町だが、とある理由で鉱山を封鎖している。その問題を解決し、レポートで報告することで合格とみなす。」
降って湧いた卒業の機会に、四人の目ににわかに希望の光が灯る。
「期限は?」
「片道で三日かかる。よって移動も含めて十日とする。」
「とある理由とは?」
「それを調べるのも課題のうちだ。」
実質四日か、とアンデルは呟く。
「動くなら早い方がいいな!」
チェイスが踵を返したとき、学院長がさらに告げる。
「そうそう、お主ら以外の学院の人間の手を借りることは禁止とする。」
チェイスたちは顔を見合わせると頷き、失礼します、と足早に学院長室を出て行った。
「お主は行かんのか?」
眉間にしわを寄せ考え込んでいるアンデルに
学院長が声をかける。
「聞きたいことがあります。」
「なんだ?」
「なぜ今年に限って追試を?例年なら落第した時点で留年のはずですが。」
アンデルは訝しげに学院長を睨む。
「ふむ・・・」
学院長は目を閉じ、髭をなでつける。
「そしたらお主、卒業できんだろうに。」
衝撃的な学院長の発言に、アンデルは言葉を失う。
「お主を連れてきたのは私だ。親心だと思って素直に受け取れ。」
アンデルはわなわなと震えだす。
「角が立たんように筆記に落ちた三人にも機会を与えたのだ。あの三人ではどうせ課題をこなせまい。さっさと追試をこなして来い。」
アンデルは勢いよく頭を下げた。涙が零れぬよう、声が震えるのをばれぬよう、ただただ頭を下げ続けた。やがて落ち着いたアンデルは頭をあげ、学院長に告げる。
「必ず、課題をこなしてみせます。」
アンデルの高らかな宣言を聞いた学院長は、照れ臭そうに鼻をかき、書類へと目を落とした。
「失礼しました。」
アンデルは深々と頭を下げると、学院長室を辞去する。
「ようハッタリ。」
アンデルが学院長室を出ると、扉の前に三人組が待ち構えていた。
「なんだこいつ、目腫らしてんぞ?」
「おいおい、怖くて泣いちゃったかー?」
チェイスの取り巻きが下卑た笑いを浮かべている。アンデルは無視して脇を通り過ぎようとする。
「おい、俺達の邪魔するなよ?」
すれ違いざまにチェイスに悪態をつかれるが、アンデルは足を止めることはなかった。
「あ、アンデル。」
部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、オルフェンに話しかけられた。
「学院長の用件はなんだった?」
アンデルは言うべきか逡巡する。しかし、オルフェンは本気で心配してくれているのであろうと考え、話すことにした。
「ケッペルの町で起こっている問題を解決すれば、卒業できるらしい。」
掻い摘んで要点だけ話したが、オルフェンはまるで自分のことのように大喜びしている。
「やったなアンデル!これで一緒に卒業できるじゃないか!僕にも是非手伝わせてくれよ!」
「あ、いや、学院の人間の手は借りるなって条件が・・・」
そう告げると、オルフェンは見る見るうちに消沈していく。
「そうか。役に立てなくてごめん。」
先ほどとの落差に、アンデルはなぜか申し訳なくなる。
「いや気持ちは嬉しいよ。ありがとう。」
オルフェンは力なくにこっと笑うと、提案をしてくる。
「そうだ、学院の関係者がだめだというなら、冒険者ギルドを訪ねてみなよ。手の空いた冒険者を雇えば護衛にもなるし。」
「冒険者か・・・わかった。」
「幸運を祈るよ。」
アンデルとオルフェンは固く握手をした。




