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エチュード(1)

(早く講義終わらないかな・・・)



 魔術学院の教室で、カチュアは上の空で教員の講義を聴いていた。教科書を開いてはいるものの、既に予習が済んでいる単元だ。無意識の貧乏ゆすりに、隣の席の男子がちらちら目をやってくるが、カチュアは気づかない。




「つまりこの燃焼によって引き起こされるのは・・・おや、今日の講義はここまでですね。」



 鳴り響く終業の鐘の音を聞くと同時に、カチュアは隣の男子が引いてしまう剣幕で席を立った。



「今日こそは学院長を捕まえなきゃ。」



 アンデル達が旅立ったのは一月前。その日よりカチュアは学院長との面談を申し入れていた。しかし、会議があるだの、来客があるだのと、学院長は何かと理由をつけて申し入れを取り下げていた。



「正面から当たってだめなら、待ち伏せしてでも・・・」



「あら、カチュア?そんなに急いでどこへ行くの?」



 廊下を淑女らしからぬ大股開きで行くカチュアに、声がかけられた。



「クロ!ちょうどいいわ!」



 教室から出てきたばかりの金髪の少女。その腕をむんずと掴み、やや強引に引っ張るカチュア。



「ちょっとカチュア?説明を・・・」



 少女の文句は、カチュアの紅く燃える髪に振り払われた。









「カチュア?そろそろ説明してもらえるかしら?」



 学院長室へと続く廊下の曲がり角で、顔だけだして張り付いている友人に、金髪の少女は問いかける。



「今日こそ学院長と話をつけるわ!」



 背中を向けたまま答えるカチュアに、少女は溜息を漏らす。



「明らかに学院長に避けられているじゃないの。諦めなさいな。」



 同級生へかける言葉というよりは、妹をなだめるような物言いで少女は語りかける。



「何よ!親友が困ってるっていうのに!クロの薄情者!」



「ここ一月のカチュアと言えば、なんだか凶暴になったわねえ。」



 今にも噛みつきそうなほどに威嚇してくるカチュアに、少女は今日何度目かになる溜息をついた。



「あら、学院長よ?」



 少女が学院長室からでてくる学院長の姿に気付き、カチュアに教えると、カチュアは確認もせずに学院長室へと突撃して行った。



「学院長!!!」



「カチュア=ヨットハム・・・」



 廊下を駆けてくる赤い影を視認した学院長は、心底面倒臭そうに顔をしかめた。



「学院長!お話がありますっ!」



 今にも掴みかからんばかりの剣幕のマキアの後方から、一人の少女が歩いてくる。



「クロエ=ヤングステンもか・・・」



 金髪の少女、クロエが学院長にぺこりとお辞儀をする。



「仕方ない。入りなさい。」



 学院長はしぶしぶという態度で、二人を招き入れた。






「ヨットハムには職場見学が中止になった代わりに、レポートの提出で単位を補うと通達したはずだが?」



 二人にソファーを勧め、その対面へと腰掛けた学院長がカチュアに語りかける。



「納得いきません!」



 断固とした決意を露わにカチュアが言う。



「今年の職場見学の期間は過ぎた。もう受け入れてくれるところはないぞ?」



 学院長は淡々と告げる。



「私はマクスウェル劇団で職場見学すると決めたんです!ならアンデル先輩達と一緒に魔王討伐へ向かうべきなのでは!」



「それは彼奴らの仕事ではない。」



 まくし立てるカチュアに対し、学院長は冷静に切り捨てる。



「しかし、神託を受けた際に私も立ち会いました!」



「お主に何ができる?」



 カチュアは言葉に詰まる。自分が未熟であることは理解している。



「なぜ魔王討伐にこだわる?お主はたまたま居合わせただけだ。」



 学院長は一転して優しげな声色でカチュアに語りかける。



「私、何も出来ませんでした・・・魔王の魔力にただ怯えて・・・」



「お主はまだ十六歳だ。恥じることはなかろう。」



「でも、アンデル先輩は・・・アンデル先輩は自身の弱さを認めながら、魔王に立ち向かっています!」



 カチュアの言葉に、学院長は目を細める。



「彼奴には仲間がいる。心強い仲間がな。お主は一人で何ができる?」



「一人じゃありません!クロ・・・クロエがいます!それにキールも誘えばきっと付いてきてくれます!」



 えっ私?と寝耳に水といわんばかりにクロエが目を丸くする。



「ユングヴィ騎士団長の息子のキール=ユングヴィか・・・」



「私達は小さい頃から一緒に過ごしてきました。三人揃えばなんだってできます!」



 クロエに肩を掴まれ、揺さぶられながらカチュアは力強く言い放つ。



「ヨットハム男爵、ヤングステン伯爵、ユングヴィ騎士団長・・・は別か。お主らの親が旅に出るのを許可するわけなかろう。」



「いえ、説得してみせます!」



「私行くなんて言ってないんだけど!」



 半べそをかいているクロエを無視し、カチュアは学院長から目を逸らさず宣言する。



「貴族の子弟にもしもの事があれば、預かる身としての学院の立場がなくなる。」



「あら?在学中は貴族も平民も身分を等しくするという規則を設けたのは学院長でなくて?それなら私も学院内で貴族として振る舞った方がよろしいですわね。」



 オホホ、とわざとらしく高笑いするカチュアに、学院長は顔をしかめる。



「学生の身で旅に出るのは危険だぞ。」



「アンデル先輩は卒業試験で、冒険者と一緒に追試をこなしたと聞きましたが?」



 カチュアが逐一反論してくることに学院長は辟易とし始めていた。



「奴の追試がどれほど過酷なものだったか知らぬのか?」



「え?」



 カチュアとしても内容を知らずにカマをかけただけなので思わず聞き返してしまう。



「ならば聞かせてやろう。奴の命がけの冒険を。」



 カチュアはごくり、と喉を鳴らす。ソファーに顔を埋めてさめざめと泣いていたクロエも顔をあげる。



「あれはもう三年も前になるかーー」

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