翳った村(1)
「見えたぞ。ケープ村だ。」
御者台のアンデルの声に反応して、幌の中からウェイクが顔を出す。
「小さい村だな。宿屋もなさそうだぞ。」
「ケープ村は油の加工で生計を立てている村だからな。観光地のような宿屋はないだろう。村の外にテントでも張らせてもらうか。」
五十人を超える大所帯の身の振り方を考えていると、村の入り口が見えてくる。柵で囲われた村の入り口には、自警団と思わしき男が二人立っている。
「・・・この村に用か?」
「ええ、旅の途中でして。村長さんにお話を通していただいても?」
なるべく不信感を持たれぬよう笑顔で語りかけるアンデルに対し、男は気だるそうに答える。
「村長の家はあそこの一番でかい家だ。勝手に行ってくれ。」
「ああ、ありがとう。」
村長邸を目指し村の通りを歩いていると、イムカが話しかけてくる。
「なんか暗い村ねえ」
アンデルも同じことを思っていた。入口の門番から始まり、道行く人皆陰鬱な雰囲気を纏っているのだ。
「まるで山奥の寒村だな。」
「王都にほど近い村でこんなに活気がないのはなんだろうな」
一行は村の様子に不穏を感じていると、ほどなく村長邸についた。
「失礼、旅の者だが村長殿にお話があって参った。」
玄関をノックしながら声をかける。ややあって、扉から老人が顔を出す。
「おお、旅のお方。おもてなしもできませんがおあがりください。」
村長からして、既に陰鬱な雰囲気を醸し出していることに不安を覚えつつ、アンデル達は招きに答える。
「どちらから参られたのですかな?」
応接間へ通されたアンデル達に村長が尋ねる。
「王都より参りました。マクスウェル劇団という演劇を生業にしている者です。この度は我々の旅の休息として、この村に滞在する許可を頂きたく。」
「おおマクスウェル劇団とな!わしも王都に観劇に行きましたぞ!」
ようやく喜色を浮かべた村長が握手を求めてくる。アンデルの手を両手で握り、感激した様子の村長であったが、
「はて、あのような立派な劇場を持つ劇団がなぜ旅芸人のような真似を?」
「ああ、まお・・・」
村長の疑問に魔王討伐と答えようとしたウェイクであったが、イムカによって口を塞がれ、それは叶わなかった。わざわざ魔王が現れたことを吹聴し、世間を混乱に落とすことはない、と言うのがアンデルの見解であった。
「ええ、思うところがありまして、我々の演劇をもっと広く観てもらいたいと思い旅に出た次第です。」
アンデルの答えに納得したように頷く村長は、
「確かにあなた方の劇は広く世にしらしめるべきですな。ならばこの村で英気を養ってください。空き家がありますので、どうぞお使いください。」
と滞在をすすめてくる。
「ありがとうございます。ただ、後から五十名ほど遅れて到着しますので、村の外にテントを張らせて頂きたいと。」
「それでしたら村の広場をお使いください。村の中ならばいささか安全でしょう。」
「感謝いたします。」
「ただ・・・」
頭を下げるアンデルに、不穏な声がかかる。
「ただ?」
アンデルは尋ねた。
「村の裏手の畑には近づかないようお気をつけください。」
アンデルが顔を上げると、村長は、顔を合わせた当初のような陰鬱な雰囲気に戻っていた。
「畑といいますと、この村の特産である菜の花畑やヒマワリ畑ですか?」
「ええ、今あの畑に足を踏み入れることは、命を落とすことになります。」
暗い影を落とした村長に、アンデルはこの村の陰鬱さの根底を見た。
「立ち入ったことを聞くようですが、理由をお伺いしても?」
一瞬考え込んだ村長であったが、重々しく口を開いた。
「あの畑にキラービーが棲みつきました。」
「キラービーだって?」
ウェイクが驚愕の声をあげる。
「危険なのか?」
「一体一体の膂力は大したことはねえよ。だが奴らは女王蜂を中心に群れをなす。四方八方からの集中砲火はそこらの冒険者パーティーじゃひとたまりもないだろうな。」
「なるほど・・・」
アンデルは思案する。ウェイクは村長へと尋ねる。
「キラービーの群れは、冒険者ギルドの支援が受けられるぜ?討伐隊を組んで退治する義務があるはずだ。」
「二月ほど前に冒険者ギルドへと退治依頼を出しました。しかし、巣の場所がわからない以上、畑を焼き払わなくてはならないと言われまして・・・」
「そんなことしたらキラービーがいなくなっても収入源がなくなっちゃうじゃない!」
イムカが悲鳴にも似た声をあげる。
「村の若い者は王都へ出稼ぎに行ってしまい・・・決断の時なのかもしれませんな。」
村長はぽつりと呟く。
「そうですか。それでは畑にはくれぐれも注意します。」
アンデルはそう言うと立ち上がった。
「ちょっとアンデル・・・」
「え、ええ・・・村の広場の方は開けておきますので、ご自由にお使いください。」
「ありがとうございます。それと村長殿。その広場で演劇をする許可を頂けますか?」
「ええ、ええ!それはもちろん!マクスウェル劇団の皆様の演劇が観れるとなれば、この村の者も少しは元気付けられます。」
「それでは、失礼します。」
村長邸を後にした帰り道、イムカは拗ねたようにアンデルに声をかける。
「ちょっとアンデル!聞いておいて放っておく気?」
「イムカ、俺たちは魔獣を退治しに旅に出たのか?」
「そりゃ・・・違うけど。」
「冒険者ギルドの管轄の仕事に俺たちが口を挟んでいい義理はない。」
「だからって、あの悲しそうな村長を見て見ぬ振りするっていうの?」
「だから演劇をするっていっただろう。」
「もういいわよバカ!」
イムカはぷりぷりと怒って一人先に行ってしまう。
「ウェイク、イムカが先走らないようついてやっててくれ。」
「怒った女の相手は苦手なんだよな・・・」
ぶつくさ言いながら追いかけていくウェイクを見送った後、アンデルはエバに耳打ちをする。
「・・・で、・・・を・・・最後に・・・」
こくり、と頷いたエバに満足したアンデルはニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「さて、奴らが追いついてくるのを待つか。」




