旅立ち
「よし、これで荷物は積み終わったな。」
城壁の前に立ち並ぶ馬車。アンデルはその馬車に積まれた食糧や積み荷を確認し終えると、イムカの姿を探した。
「ーー以上がこちらの金貨です。」
「確かに。」
商人と何やら話しているイムカに声をかける。
「問題なしか?」
「つつがなく。」
金貨の入った袋をよこしながら、イムカは答える。
アンデルはイムカに一つの仕事を頼んでいた。旅に出るにあたって必要となるのは食糧や怪我人を運ぶ馬車、そして何より金である。王都でも割と人気のあったマクスウェル劇団だけに、資金には割と余裕があったのだが、期限のない旅である。先立つ物は多い方がいいと劇場を売り払っていたのだ。
魔王の襲撃によって損壊を受け、更に即日現金で取引という悪条件をこなせるのは、類稀なる美貌と卓越した交渉力を持つイムカを置いて他になかった。その上馬車と食糧までわずか一日で用意してしまうのだから、もしかしたら商人としても成功を収められるのでは、とアンデルは考えさせられた。
「さて、行路はどうするんだ?」
ウェイクが自慢の大剣を背負いながら聞いてくる。
「まずは東に向かおう。」
ここグラシエル王国は南の大陸でもさらに南端に位置する。死の大陸がある北へ向かおうとするには、海を渡る必要がある。
「東の大陸へ渡るのか?」
「ああ、港町ポートクォーツから船を使う。」
「死の大陸へ向かう船なんてねぇぜ?」
ウェイクの言う通り、英雄戦争の余波で生命が存在できないほどの瘴気におかされている死の大陸へわざわざ向かう船便などない。
「まずは近付いてみるしかないさ。」
行き当たりばったりといっても過言ではないアンデルの計画に、ウェイクもイムカも呆れ顔である。
「タニヤ!」
アンデルが劇団員の集まっている場所へ声をかける。すると、小太りの男が小走りに向かってくる。
「呼んだっすか?」
「旅団を二つに分けようと思う。俺たち先行隊と、怪我人を乗せた後方隊だ。」
小太りの男はうんうんと頷く。
「後方隊の指揮をタニヤに任せたい。合流場所は東のケープ村だ。」
「了解っす!」
タニヤと呼ばれた小太りの男は、肩に乗せた猛禽類の顎を撫でながら返事をする。この男、見た目は童顔で腰も低いが、アンデルの倍の人生を送っておりマクスウェル劇団の創設メンバーでもある、劇団員の信頼厚い古参である。
「それでは俺たちは先に行くから、怪我に障らぬようゆっくり来てくれ。」
頼れるタニヤに劇団員を託したアンデルは、ウェイク、イムカ、エバを乗せた馬車を駆ってグラシエル王国を後にした。
「ーーうおりゃぁぁぁぁ!」
森の中にウェイクの裂帛の気合いが木霊する。身の丈ほどもある鈍重な大剣が振るわれるたび、魔獣の血飛沫が舞う。
「あらかた終わったぞ。」
「よし離れてくれ!」
アンデルが森と街道の境界から呼びかける。ウェイクが魔獣の死体から離れたところで、アンデルの魔術が発動する。
「サンドストーム。」
にわかに大気が渦を巻き始め、落ち葉や砂が旋風によって舞い上がる。そして浮力を失った砂が魔獣の死体や血痕に覆いかぶさり、隠す。
「この調子なら後方隊が魔獣に接触することはないな。」
アンデル達先行隊は、進む先でこうして魔獣を間引いて回っていた。
「なあ今の魔術ってかなり上級なんじゃねえのか?」
「風と土の合成術。本来の威力なら王都を半壊させる。」
「それがただの砂かけ魔術になっちゃうなんてねえ。」
「さあ先へ進もう!」
三人からの視線にいたたまれなくなったアンデルは、御者台に乗り込みつとめて明るく振る舞った。




