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誓い(2)

 学院長室からでると肩が軽くなる。昔からの癖が抜けないのか、学院長室に入るときは決まって怒られたり、課題を出されたりといい思い出がなかったことをアンデルは思い出す。



「・・・ありがとう、エバ。」



 隣にいる物静かな女性に喝を入れられたという事実が少しおかしくなり、頰を撫でた。



「痛かった?」



 小柄なエバが上目遣いで問うてくる。



「いや、おかげで気合が入ったよ。」



 軽く伸びをしながら答える。実際、周りの事を考える余裕さえなかったことに気付かされた。意識が変わったからか、自然と視界も広くなったような気になる。



「騒がしくなってきたか?」



 先ほどまでは静まり返っていた廊下に、ちらほら人影が現れる。といっても今まで気にする余裕すらアンデルにはなかったのであるが。



「講義が終わった。」



 懐中時計を確認しながらエバが答える。次々と教室から流れ出てくる幼さの残る学生達に、アンデルは幾ばくかの郷愁にも似た感情を覚える。



「アンデル先輩!」



 無意識ににやけていたアンデルに声がかかる。



「ヨットハム嬢か。」



「アンデル先輩とエバさんのお姿が向かいの校舎から見えたので!本日はどうされたんですか?」



 アンデル達の姿を見つけて走ってきたのか、肩でしている息を整えるカチュア。



「少し学院長とお話をね。」



 先ほどまでの無様な姿は後輩に見せられたもんじゃないな、と自責の念にかられながらアンデルは平静を装い答える。



「もう旅立つんですか?」



 察しのいい子だな、とアンデルはカチュアを評する。



「ああ。ヨットハム嬢には迷惑をかけるね。学院長にには他のカリキュラムを組むよう頼んで・・・」



「私も連れていってください!」



「うぇ?」



 突拍子も無いカチュアの願いに、思わずアンデルは気の抜けた返事をしてしまった。



「私があの場にいたのは偶然じゃないと思うんです!きっと何かの巡り合わせで・・・そう思うんです!」



 アンデルは、いや、その、と口ごもってしまう。カチュアは止まらない。



「それに、私とさほどお年の変わらない王女様がお辛い目にあわれているんです!私だけのうのうとしていられません!」



 カチュアの勢いに気圧されていたアンデルだったが、ひとつ咳払いをすると、真っ直ぐにカチュアの目を見る。



「これは危険な旅だ。君を守りきれるとは思えない。連れて行くことはできないよ。」



「自分の身は自分で守ります!」



 引かないカチュアに、アンデルは言い含めるように説く。



「学生の君に何ができる?初めての旅で足を引っ張らないという根拠は?」



「それは・・・」



 突き放すような言い方をするアンデルに、ようやくカチュアの勢いが削がれる。



「そもそも貴族の娘を危険な旅に送り出すなんて君のお父上が許さないよ。」



 ちらり、とエバを見るが相変わらずの無表情である。



「うぅ・・・」



「君の気持ちはわかる。だからこそ我々に任せて欲しい。」



 返す刀でアンデルは畳み掛けられ、すっかり意気消沈してしまったカチュア。



「わかりました。」



 その答えに、アンデルはほっと胸を撫で下ろす。しかし顔をあげたカチュアの瞳の奥には、強い意志の炎がメラメラと燃え上がっていた。



「この学院で力をつけ、お父様を説得した上でアンデル先輩の後を追います!」



 やはりこの子は察しが悪いかもしれない、とアンデルは前言撤回する。



「必ずお役に立ってみせることを誓います!それまでどうかご無事で!」



 一方的にまくしたてたカチュアは、その、勢いのまま駆け抜けていった。アンデルは思わずエバと顔を見合わせる。



「・・・若いって素晴らしい。」



 お前もまだ若いだろ、という言葉を飲み込み、アンデルは肩をすくめた。






 アンデルとエバが劇場にもどると、ウェイクをはじめとした劇団員が慌ただしく動いていた。



「よう、戻ったな。」



 アンデルに気づいたウェイクが片手をあげる。それに答えるようアンデルも片手をあげた。



「すまんな。首尾はどうだ?」



「二十六人が今すぐ動ける人員てとこだな。」



 思ったより少ないな、とアンデルは歯噛みする。魔王の炎を直撃してしまった負傷者が多いのだ。



「こっちは滞りなく。」



 イムカの報告に頷いたアンデルは、忙しなく動き回る劇団員達を集める。



「みんな聞いてくれ!」



 手を止めた劇団員達がアンデルを中心に囲む。



「皆も知っての通り、俺は魔王を討伐する使命を授かった。奇しくも我がマクスウェル劇団と名を同じくするマクスウェル神よりの天啓だ。」



 そういやそうだな、とウェイクが茶々をいれ、イムカに肘で脇腹を小突かれる。



「俺はこれを天命と受け入れ、死の大陸へ向かおうと思う。ついてこれるものはついてこい。ついてこない者には次の職をみつけるまでの生活費を渡す。」



 皆声を上げることなく顔を見合わせる。



「俺は弱い。戦いにおいても、戦い以外の場面でも、お前達の助けがなくては何もできない。だが、これは命令ではない。ついてきたくないものは名乗りをあげてくれ。」



 アンデルは皆を見渡すが、いまだ沈黙したままである。やがて、ひとり、またひとりと声をあげる。



「まあ俺たちがいなきゃ団長なんかすぐおっちんじまうしな。」



「冒険者として挫折した俺を拾ってくれたのは団長だ。どこまでとついていくぜ!」



「大体舞台をめちゃくちゃにしやがった魔王を一発ぶん殴らないと気がすまねぇ!」



 そこかしこから劇団員達の思いが飛ぶ。アンデルは目頭が熱くなるのを感じた。



「よし、ならばマクスウェル劇団第二章の始まりだ!歴史に名を刻んでやるぞ!」



 アンデルの檄に、皆拳を突き上げて答える。



「やってやるぜ!」「魔王ぶったおすぞ!」



 熱気冷めやらぬ面持ちで、皆それぞれ持ち場に戻る。満足気にそれを見送るアンデルに、ウェイクとイムカが近付いてくる。



「よおアンデル。なんで劇団の名前と神の名前が一緒なんだ?」



 さきほどの発言がひっかかっていたのか、ウェイクは思案顔である。



「知らん。」



 ばっさりと切り捨てるアンデルにウェイクは慌てる。



「知らんてお前がつけたんだろ!?」



「つけたのは前の団長よ?」



 イムカが横から助け舟を出す。



「俺が入ったのはアンデルが団長になってからだからなあ。いまいち前の団長のことを知らねえんだ。」



「そうだったな。今どこで何をしているんだろうか。」



 アンデルは遠い日を思い出すように目を細める。強い風が吹いた。この風は元団長の元へも吹いているのだろうか。

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