第九話 明日を生きるために
昼食後、子供たちはお皿を片付けていた。
賑やかな声がする。
「ママお片付け終わったらオスカー先生のところに行ってきます。今日は社会の勉強を教えてくれるんだって!」
デイジーが嬉しそうに話している。
「えー勉強、だるい!」
とジャック。
「文句言わないの!お勉強教えてもらえるのってすごく重要なんだから!」
とダリア。
「そうだぞ、じゃなきゃ給料の計算もできないだろ」
エースもすかさずそう言った。
「ピィもお勉強イヤ!お花、作ってる方が楽しいもん」
ちょっと拗ねた顔をしてピィはそう言う。
「お前はちゃんと勉強しろ。また自分の名前も書けないだろ」
とコールが言った。
「かけなくても、こまらないもん!ピィお絵かきとお花を作ったりするのは好きだけどお勉強にがて」
「それじゃあお絵かきをしてそこに自分の名前をかけるように頑張ってみようよ。そうじゃないとピィが描いた絵ってわからなくなっちゃうよ」
とアルがにっこり笑って、諭すように言った。
「う、うん。分かった頑張ってみる!」
アレクとコール、シオンを除く子供達は、二階へと駆け上がっていった。
アイリス はその様子を見守る。
「いってらっしゃい、みんな頑張ってね」
オスカーは同じビルの三階に住んでいるが、子供達を教える教室は二階でやっている。
スラムには学校がなく、オスカーが善意で子供たちに文字や算数、社会の仕組みを週にニ〜三日ほど教えている。
他のビルや北エリアの子供たちも一緒に学びにやってくる。
子供達はできる限りオスカーが教室をやってくれている時は勉強に行った。社会で生きていくためには 文字や 算数を覚えていくのは絶対に必要なのだ。そうでなければ給与をごまかされ、まともな書類すら読めず、搾取されてしまう対象になってしまう。
アイリスもまたオスカーに勉強を教わったのだ。
彼がやって来たからこそ、ノエルたちは文字を覚えることができて ここから巣立っていくことができた。
きっとまたあの子たちも成長してここから巣立って行くのだろう。
「あいつら、どうせまた大騒ぎしてるだろ」
コールは呆れた様子でそう言った。
「いいんじゃないか。みんなで勉強した方が楽しいし、それにみんなでしないと勉強しないやつもいるからな」
アレクは笑ってそう言った。
「それじゃあ行ってきます」
アレクとコールはリュックを背負い、橋を渡って旧市街に働きに出かけた。
「いってらっしゃい 、気をつけてね!」
アイリスはシオンを抱きかかえ、アレクとコールを見送った。
彼ら2人は昼からスーパーで品出しやバックヤードでの荷物運びのアルバイトだ。
給料は大人の1/5しかもらえないが、それでも明日のパンを買うことはできる。
確かに子供だから大人ほどは仕事ができないかもしれないけれど、でももうちょっともらえてもいいんじゃないか。
給料が大人の1/5というのはスラムの子供達が働いている賃金としては、決して安い金額ではない方なのだが……
早く大人になって、ちゃんと稼ぎたい。
俺がちゃんと稼げたら兄貴だって出て行かなかっただろう。
兄貴のことを考えると胸が苦しくなる。向こうのヴァストン工業地帯で働いているのだろうか。
また帰って来てくれよ兄貴。
コールは舌の上で言葉を噛み潰した。
スーパーでの仕事はいつも通りだ。品出しをして片付けをして、トラックから荷卸しをして今日は四時間ほど働く。
アレクとコールは忙しく働いていた。
やがて時間は午後三時を回った。
オスカーに勉強を教えてもらっている子供たちはそれぞれの学習できる内容に合わせて本を読んだり質問をしたりしていた。
北エリアの子供達も一緒に勉強に来ている。
リリー、ローズ、ヴィオラという名前の三人の女の子たち。
リリーは他の子たちより少し年上で、十三歳。優しくて物静かで、みんなのお姉さんのような存在だった。
ローズはちょっと強がりな性格の女の子。
ヴィオラは大人しい性格だった。
一番年下のクリスは、一桁の足し算の勉強をしている。
それを見てあげているアル。
ピィは横でお絵かきをしていた。
ジャックとエース、デイジー達はこのアルケディアの成り立ち、歴史や地理についてオスカーから講義を受けている。
「今日はここまで」
とオスカーが言った。
みんなで声を揃えて元気よく、
「ありがとうございました」
と一斉にお礼を言う。
子供たちは、下の階へと降りて行く。
勢いよく階段を降りて、家の扉を一番先に開けたのはピィだった。
「ママー!見て見て!これピィが描いたの!」
ダンボールの裏にクレヨンで描かれたお姫様の絵の横には、彼女の名前が書いてあった。だがそれはOとP以外は 鏡文字になっていたり明らかにスペルを間違えていたり、本来はないはずの文字が入ってあったり。だがそれは文字を覚えるのはとても苦手な彼女が一生懸命書いたのだ。
「すごいね。とても上手だね!」
そう言って、アイリスは彼女の頭を撫でた。
得意顔のピィ。
その後に続くように子供たちが続々と帰ってくる。
「みんなおかえり。お腹空いたでしょう。おやつ用意してるから」
お皿の上に焼きたての小麦粉にほんの少しお砂糖を加えて焼いただけの膨らまないプアマンズ・パンケーキが出てくる。
「美味しそう!やったー」
子供達は争うように席に着いた。
「おかわり!」
ジャックがそういう言った。
「ママ、私も一緒に焼く」
とダリア。
「アレクとコールの分ある?」
と気にした様子のデイジー。
「大丈夫 ちゃんと取ってるわ」
アイリスはそう答えた。
食卓は和気あいあいとしていて、子供達は思う存分食べるとまた一緒に片付けを始める。
「なー、アイリス姉ちゃん外で遊んできてもいい?」
とジャック。
「いいわよ。でも遠くに行っちゃだめだからね!」
「はい!」
「はーい、行こうぜ!」
ジャックとエースは外に飛び出して行った。
クリスとピィは少し眠そうだ。
シオンと一緒にお昼寝を始める。
アルとデイジーは一緒に内職の続きを始めた。
ダリアとアイリスは一緒に洗濯物をたたんでいる。
いつもと変わらない午後の時間が過ぎて行った。
外に出て行ったジャックとエースは1キロぐらい先の大きな橋のところを小型のトラックが走っているのを目にした。
いつも使う家のそばの橋は、木とロープでできていて、幅も1mぐらいしかないが、1キロ離れたところにあるその橋はアルケリアの行政が修理したものだった。だから車が通ることもできる。住民がかけた橋とは違う。
時々その橋を通って業者がゴミを捨てていくのだ。
もっとも、オールドアルケーディアにおいて捨てられたゴミを再利用したり、リサイクル業者に使えそうなものを売ったりするために、オールドアルケディアの子供たちとしてもトラックがゴミを捨てるために来ることに対してさほどマイナスのイメージがない。
「見ろよ、行ってみようぜ!」
2人は駆け出した。
今日は一体何が捨てられて……
いや、どんな宝の山があるのだろう?
壊れた家電?錆びた鉄?もうDVD デッキが一般的になってしまったから必要のなくなったビデオデッキやビデオテープもあるかもしれない!もし古本とかがあったら、アレクが喜びそうだからちょっとだけ持って帰ってやろう!
ニ人は走りながら期待に胸が高鳴っていた。
夕方、仕事が終わったアレクとコールはその日の給料を受け取り銅線やリサイクル品をリサイクル業者に持って行く。大した金額にはならないけれど、それでもほんの少しでも生活の足しになればいい。
買い取ってもらった後、食料品店に向かう。
ピィが作ったコサージを買い取ってもらう。これもほんの少しのお金にしかならないけれど、ピィは自分が作ったコサージュが買い取ってもらえるのをとても喜んでいる。
それにほんの少しでもおやつでも買えたらみんな嬉しいだろう。
パンと小麦粉とパスタを買い物かごに入れる。
ちょっとだけでもおやつを、一番安いビスケットをカゴに入れた。アレクはお金の計算をする。
あとはピーナッツバターかジャムでも買いたいけれど……
自分が稼いだお金とリサイクル業者に行った物のお金、それからピィのコサージュのお金を合わせてもジャムの瓶一つが買えない。一度手に取った瓶をそっと元の棚に戻す。
コールもまた今日もらったお金で買い物をしていく。
やはりパンとそれからサラダ油に砂糖、レジの横のタバコをじっと見つめる。
手を伸ばそうとしたその時、
「坊主、10ドルだぞ」
と店主の男性が言った。
コールは手を引っ込めた。
「ガキが、タバコなんか吸うんじゃねえよ。こんなもん健康に悪いだけだ」
と彼は言った。
お会計が終わった後、男性は一本コールにタバコを差し出した。
「火はつけてやるから、外で吸えよ!ガキが憧れるようなもんじゃねぇが、どうせ言ってもわかんねえだろうから」
「さんきゅー」
コールはニッといたずらっっぽく笑って、タバコを受け取った。
上機嫌で食料品店の扉を開けて外に出る。
そして思いっきりタバコの煙を吸い込んだ。
「ゲホッ、ゴホッ!」
途端にむせて彼は咳き込む。
咥え直して今度は慎重に、煙を吸い込んだ。
「どうだ、大人だろ!」
得意顔でアレクの方を見る。
「何が大人だ!思いっきりむせてんじゃねえか!」
アレクはため息をついて、呆れ顔でコールの方を見た。
ニ人は一緒に、元来た道を戻って旧市街を抜けて行こうとした。
日はだんだんと落ちて、あたりは薄暗くなっていく。
この辺りはまだ街灯があるが、狭い路地には明かりの一つもついていない。
そんな路地では、路上強盗や薬物の販売など犯罪が行われていることがあるのだ。この辺りはマフィアも縄張りにしている。
子供達だけで夜道を歩くべきではない。
いっそスラムの方がまだ安心だろう。
ニ人は足早に歩いた。
その時だった。
「キャァァーー!」
という悲鳴が聞こえたのは。
アレクは走り出そうとした。
誰かが襲われている!助けなくては!
だが慌ててコールが手を握る。
「まて!落ち着けアレク!」
「手を離せよ!コール!」
「俺らが行ったところで、助けられないだろ!むしろ巻き込まれて こっちまで殺されちまう。いいから落ち着けよ!俺らじゃどうにもならないんだ!」
コールの言い分はもっともだ。だが アレクは我慢がならなかった。コールの手を振り払って走り出す。
どこだ!どこだ!どこだ!
悲鳴が聞こえた場所を探そうと耳をすまし、辺りをキョロキョロと見回す。
……だが、もはや悲鳴は聞こえず、あたりはシーンと静まり返っていた。
アレクは足を止めた。
誰かが襲われたのかもしれない。だけど自分には何もできなかった。心の中にポタポタと痛みに似た感覚が広がってゆく。
「アレク、帰ろう」
追いかけてきたコールがそう言った。
「ああ……」
誰かを救えなかったかもしれない、そんな思いがアレクの心の中に広がっていった。
橋を渡って行けば、スラムの明かりが見える。
旧市街やルミナス地区と比べてはるかに暗くて、だがあれば我が家のあかりだ。
ピィやクリスや ダリアが待っている。
帰らなくては……
家の外でジャックとエースが待っていた。
「おーい、おかえり!アレク!コール!」
「すげえもん見つけたぞ!」
ジャックとエースは目をキラキラと輝かせて興奮した様子で話しかけてきた。
「なんだよ、お前ら……」
「何かあったのか?」
ニ人は尋ねる。
「じゃーん!見ろよ!」
得意顔の二人。
――そこには、壊れたバイクが三台止めてあったのだ。




