第七話 夢見る子供たち前編
月日が流れるのは早い。
子供達もすくすくと成長してゆく。
三年の歳月が流れ、アレクやダリア、ジャックやエース、アルたちは十歳になっていた。
子供達はできることを自分たちで見つけ、教えてもらったことを吸収し遊び学び、そして働くようになっていた。
本来ならばこのアルケディアという都市において、法令では14歳未満の労働は禁止されている。だがそれはほぼ形骸化していて、身寄りのない子供たちは働きに出ていた。
もちろん子供であるために大した仕事はできない。
給料も大人の1/10か1/5程度のアルバイト代しかもらえない。
それでもその日の食料を食べることができる。
朝日が上り、オールドアルケディアに朝が来た。
台所ではアイリスとダリアが食事の準備をしていた。
パンとスープだけの簡単な食事だったが、その簡単な食事すら 育ち盛りの子供たちには少なくて、全員の量が少なくなってしまうこともある。
「お手伝い、ありがとう」
母にそう言ってもらえるのがダリアは何よりも嬉しかった。
料理を作るのは楽しい。
食べて喜んでもらうのはもっと楽しい。
母と一緒に内職を持って行った帰り道、いつもレストランの横を通る。レストランで食べたことはないけれど、看板の横に描かれている美味しそうなメニューや店の雰囲気はとても心惹かれる。
いつか私も料理を作る人になりたい。
お店で料理を作ってみんなに出すの。レストランに入ったことはないけれど、きっと私のまだまだ知らない美味しい料理がいっぱいあるんだ。
いつか大人になったらレストランで働きたい。
そして美味しい料理をいっぱい勉強して、みんなに食べさせてあげたい。
お皿を並べ終わると、ダリアはみんなを呼びに行った。
「みんな、ご飯よ!」
次々に子供たちがやってくる。
ジャックとエースはまだ帰ってきてないの
「帰ってきたけれどベッドで寝ちゃったよ」
とアル。
この二人は早朝の牛乳配達と新聞配達に行っていた。
夜明け前に起きて橋を二人で渡って、帰ってきたからまた少しだけ寝る。
「それじゃあそっとしておこうか」
ジャックとエースの分の食事にそっと布をかけてキッチンの方へ戻す。
「コールは?」
「多分いつものところだと思う。僕呼んでくるね!」
クリスは扉を開けて外に出て行った。
みんなで住んでいる廃ビルから五分ほど歩いたところに共同墓地がある。
コールは一つの墓の前に立っていた。墓の前にガラス瓶が一つ置いてある。そこにそっとタンポポの花を挿した。
ガラス瓶の中には 他にもシロツメグサやムスカリの花が入っていた。全てコールが摘んで来たものだった。
「……母さん」
コールは小さくそう呟いた。
母が元気だった日々を思い出す。
父はまだいて、生まれてくる赤ん坊を楽しみにしていて、兄がいて……
そうだ、あの頃はまだ兄がいたのだ。
兄であるジョンは二年前にここを出て行った。
仕事場の社宅に住めるからという話だったが、もちろんそこに住めるのは働いている従業員だけで、コールはここに残ったのだ。置いていかれたのかもしれない……
それから一年の間はジョンは月に一回ぐらいは帰ってきた。
食料や必要な衣類や、給料の一部を持って。
だけど、それは一年前に途切れてしまった。
きっと今月は忙しいだけだ。
コールは何度も自分に言い聞かせ その次の月に兄がやってくるのを待った。だが、兄は何ヶ月もやってこない。
きっと忙しいだけだ。
コールは自分に言い聞かせた。
母の墓に毎日その辺りに生えている花を供える。
名前の知らぬ雑草かもしれないが、なるべく綺麗な花を選んで。
「……兄貴」
「コール!」
後ろから自分を呼ぶ声が聞こえる。
振り向けばクリスが駆け寄ってきていた。
「ご飯だよー」
「分かった、今行く!」
コールは母の墓を見た。
母さんまた来るから、心の中でそう小さくつぶやきながら。
食卓にはパンとほんの少し牛乳の入ったポタージュスープが並ぶ。牛乳配達をしていたジャックが今朝、得意顔で牛乳瓶を一つ渡してきたのだ。
「じゃーん、アイリス姉ちゃん今日はこれ余ったから持って帰ってもいいって!」
たまにこうして配達する牛乳をもらって帰ってくることがある。
ここには冷蔵庫がないから、その日のうちにスープや パンケーキに入れたりして使ってしまう。もっとも子供もたくさんいるから飲みたい子たちはいっぱいいるのだけど……
「すごい今日はミルクポタージュなんだ!」
ピィが目を輝かせている。
「多めに作ったから、おかわりできるからね」
アイリスは微笑んだ。
「うん、やったー!」
はしゃぐピィ。
賑やかな食卓にラジオの音が流れる。
「なぁなぁ、後でまた宝探しに行こうぜ!」
「いいけど昼から仕事だからな!」
楽しそうな様子の子供たち。
いつも食卓は賑やかで笑い声に溢れていた。
ラジオからジャズの音楽が流れる。
足踏みをしているアレク。
その様子を見てアイリスは微笑んだ。
アレクはジャズ音楽が好きだ。きっと食事中じゃなかったら 踊り出しているに違いない。
そんな様子を聞いてジャックとエースが起きてきた。
二人とも大きなあくびをしている。
デイジーがキッチンの二人の分のパンを持ってきて前に出す。
スープのお皿にミルクポタージュを注ぐ。
「おー、うまそう」
ガタンと椅子を引いて2人は座った。
「二人が頑張ってお仕事してきてくれたからね、今日はママと一緒にポタージュスープ作ったんだよ」
ダリアがちょっと得意そうな顔でそう言った。
「ママ、パンにお砂糖かけてもいい?」
とクリスが言う。
「もちろんいいわよ、でもかけすぎはダメだからスプーン一杯だけね」
「やった!」
「ねえママ、あまり布でまたコサージュ作ってもいい?」
とピィ。
「いいわよ、針を使う時は気をつけてね」
「はーい!」
ピィはアイリスが作っていた、コサージュや小物を作るのを真似してすっかり覚えてしまった。彼女が作ったコサージュを行きつけの食料品店のレジの前に販売用に置かせてもらっている。
あまり大した金額にはならないけれど、それでもちょっとした食料品やお菓子を買うことができる。
ピィは可愛いものや綺麗なものがとても好きだった。
そんな彼女が作るコサージュはまだまだ下手だけれど、かなり人気があったのだ。
「ねえご飯食べ終わったら、遊びに行っていい?」
「いいけどお昼までにはみんな帰ってきてね」
「はーい!」
子供達は元気に返事をする。
パンを食べ終わると子供達は一斉に片付けを始めた。
キッチンでわいわい言いながら、お皿を洗う子、お皿を拭いて直す子、テーブルを拭く子。
みんな自分がやりたがって大騒ぎである。
「なぁ、今日はどこに行く?」
「いつも通り河原で宝探しじゃないのか?」
「それもいいけど中央区の劇場跡に行ってみないか?何か面白いものがあるかもしれないし!」
アレクがワクワクした様子でそう言う。
「んー、そうだな場所を変えても面白いかもしれないな」
「そうだそっちに行くんだったら旧図書館にも行こうぜ」
「お前本当に本が好きだな……」
コールは呆れたようにため息をついた。
旧図書館は誰も管理しなくなって久しいが、本を持ち帰ろうという人間はあまりないらしい。未だに古びた本が置いてあるのだ。
それはアレクにとっては宝の山 だった。
文字は知識だ、本は何よりも素晴らしい過去からの贈り物だった。
おとぎ話も演劇も喜劇も悲劇も本の中にはあった。
旧図書館で本を借りてまた返す。
これは共同の財産だから、とアレクは考えた。
もちろん持って行っても誰も怒らないのだろうが……
今日もまた後で何か本を借りてこよう。手元にあるシェイクスピアのリア王の本を返して違う本を借りるんだ。
次はマクベス にしようか、またロミオとジュリエットでもいい。
アレクは前に旧図書館で借りた本をリュックに入れて背負う。
左手にランプを持った。ビルの中や劇場の中は明かりがついていないから、ランプは昼間でも移動する時の必需品だった。
「よーし、それじゃあみんなで劇場跡に出発だ!」
アレクは拳を突き上げてそう言った。
「出発だー!」
他の子供達もはしゃいでいる。
みんなは玄関に向かって走って行き、靴を履いて外の螺旋階段の方へ向かった。
子供達は元気よく五階へと上がってゆく。
「デイジーは行かなくて良かったの?」
とアイリスが聞いた。
「うん、シオンと居たいし、ママと一緒に内職の続きやりたいから」
彼女はそう言ってにっこりと笑った。
膝の上のシオンが嬉しそうな顔をして見上げている。
勢いよく螺旋階段を上っていた子供たちは、ビルの中を抜けてゆく。もちろん、ビルの中の照明などはついていないのでアレクはマッチでランプに明かりをつけた。ビルの中に人は住んでいても管理人はいないため、共同部分の廊下も階段も基本的には真っ暗だ。
このオールドアルケディア において、ランプは昼間でも出かける時には必需品である。やがて ビルの中を抜けると、窓ガラスの割れた部屋へと入って行く。
大きな窓は完全にガラスがなくなっていて、住民たちの手によって吊り橋がかけてある。目の前がパッと開けて子供たちは目をこすった。
吊り橋の幅は1mほど、長さは30m以上あるだろうか。このような橋は至るところにかけてある。むしろ道路を歩くよりもこのオールドアルケディアの住人たちはこういった吊り橋を使いながら移動してゆく。
子供達は小さい時はアイリスに手を引かれて、だが今はもう自分たちで橋を走り回っている。
アレクはピィの手をつないだ。
「よーし、みんな競争な!」
ジャックがそう言い、エースと競争し合うように橋を渡って行く。
「あん、待ってよー二人とも」
アルが足早に二人を追いかける。
橋が大きくグラグラと揺れた。
「お前ら!揺らすんじゃねえよ!」
とコールが怒る。
その後をコールがクリスを連れて、そしてピィとアレクが続き、最後にダリアが歩いて行く。
「もう、ジャックとエースったら仕方ないんだから。急いで行ったって暗いんだから向こうで待ってるだけなのにね。アレク良かったらランプは私が持つわ」
彼女はアレクからランプを受け取った。
呆れ顔のダリア。
子供達が五歳ぐらいの頃は絶対に一人で渡っちゃダメとアイリスは強く言っていた。
子供達は全員、別のビルへと伸びる橋の上を歩いて行く。
高さがありビル風も吹いてはいるが、子供達にとって橋の上は 遊び場でもあるのだ。次のビルからまた次のビルへ、ビルと橋をいくつも超えて子供達は歩いて行く。
階段を上り、橋を越えて、次のビルへ行くと また今度は階段を下り橋を越える。
「ねえアレク、ここからだったら遠くまで見えるね。あっちはルミナス地区なんでしょ。白くて大きな建物がいっぱい!」
「あぁ、そうだなここからだったらよく見える」
アレクはピィが指さした方向を見た。
ビルの高さは200〜300メートルほどはあるだろうか。
15階建てから30階建て、高くても100mぐらいがメインのオールドアルケディアとは建物の桁が違う。
隣接する地域にも関わらず、こことは別の世界みたいだとアレクは感じた。
やがてお目当ての劇場跡が見え始めた。
ビルの間の橋をいくつか渡る間にそれぞれの区間を区切っていた中洲の細い用水路も超えて行く。
もうこの辺りはオールドアルケディアの中央区になってくるはずだ。




