第六話 ジャックとエース
ジョンとコールが、ダリアやアレクたちと一緒に住むようになってしばらく経ってからのことだった。
アイリスが一人の小さな男の子を連れてきた。
アルと同じように一人で震えて泣いていた身寄りのない子供だった。名前はクリスと言った。
三歳ぐらいの小さな男の子。
自分よりも小さな弟がいたらきっとこんな感じだろう。
もし母さんがちゃんと生きていて元気な赤ちゃんを産んでいたら、俺の弟もこんな感じなのかもしれない。クリスがやってきて コールはそう感じた。
母さんのことも生まれてくるはずだった赤ちゃんのことも思い出すのはあまりに辛いけれど。
クリスは大人しくていつもコールの後ろをついて歩いていた。
弟がいたら……
コールもまた新しくやってきた小さなこの子のことを、いつもしっかりと見ていた。
それから一年、
子供達はすくすくと成長していった。
変わったこと、といえばアイリスにもう一人 赤ちゃんができたことぐらいだった。
彼女だって、二十歳のまだ若い女性なのだ。
恋だってする。
だがスラムで生まれ育ち、たくさんの子供たちを抱える彼女の恋はうまくいかなかった。
周りに反対され彼女自身もまた、一緒に暮らしている子供たちを置いてスラムを出ていくわけにはいかなかったからだ。
娘のダリアだけじゃない、みんな一緒に幸せにならないと意味がない。
だから彼女はここで 赤ちゃんを産んでともに暮らす日々を選択した。
赤ちゃんの名前はシオン。
このコミュニティの一番年下の弟だった。
――さらに一年が経った。
子供達はのびのびと自分の出来ることをして、学び、遊び、成長してゆく。
年長の七歳になった子供たちは、オスカーのところで文字を習い始めた。内職を手伝いたがる子もいた。
デイジーやアルは割と器用なタイプらしく少しは手伝いができた。
ダリアは料理に興味を持ち始め、アイリスの手伝いを良くしていた。
内職を受け渡しに行くのも、アレクもコールもアルもやりたがった。順番を決めて 1人ずつ色々な仕事を手伝い始めた。
それはまだ、子供のお手伝いだったかもしれないけれど……
その成長を一番喜んでいたのはきっとアイリスだろう。
「さてと、内職の分を持っていかなきゃ」
アイリスがそういうと子供達は色めきだった。
「はーい!ボクお手伝いする」
「はーい!俺が手伝う!」
「何言ってるんだよアレク!俺の方が先に手をあげた!」
「なんだよ、この間だってコールが一緒に持ってったじゃん!次は俺」
手伝いたくてたまらない子供たちが騒ぎ出す。
「ちょっと二人とも!次はアルの番でしょ!前はコールでその前はアレクだったんだから」
ダリアが割って入る。
「あー、そうだったな。悪りぃアル」
二人はアルの方を見た。
アルはニコニコ嬉しそうな顔している。
「それじゃあ今日のお手伝いは、アルにお願いね」
アイリスがそう言った。
「それに2人とも、今日はオスカー先生のところでラジオの修理 を一緒に教えてもらうんじゃなかったっけ?」
彼女がそう言うと二人ともハッとしたような顔をした。
「そうだった急がなきゃ!」
「おい待てよアレク」
「まってボクもいくー」
クリスが後を追いかける。
「ピィも行きたい!」
アレクはピィのところに行って手を引いて、玄関へと一緒に向かった。
「ダリア、デイジーお留守番お願いね」
「はーい」
「任せて、ママ!お昼ご飯作って待ってる!」
得意げなダリア。
デイジーは赤ちゃんのシオンを抱っこしてソファーに座っていた。
アイリスはアルと二人でショッピングカートを押して橋を渡り、旧市街の方へと行った。
旧市街の商店街には車が入ってこない。
だから貧しい労働者の子供たちがよく道でボール遊びなどをしていた。
コロコロとボールがアルの足元に転がってきた。
「おーい、こっちに投げてくれよ!」
アルと同じぐらいの歳の少年がそう言う。
アルはボールを投げる。
「なあお前どこの子?こっちで一緒にサッカーやらねえか?」
くせ毛の褐色肌の少年がそう言った。ヒスパニック系だろうか。
アルはアイリスの方を見た。
「いいよ、行っておいで。私はこの荷物を届けて戻ってくるからそれまでの間 一緒に遊んでおいで」
そう言って、アイリスは微笑む。
「うん!」
アルは元気よく走って行った。
「お前、何て名前?俺はジャック! で、こっちのでかいやつがエースな!よろしく」
「ボクはアル」
この辺じゃ見ない顔だけど、どこから来たんだ?
今度はエースと呼ばれたアフリカ系の少年がそう話しかけた。
「あの橋の向こうから」
アルは自分たちが通ってきた道の向こうを指す。
「ふーん、そうなんだ。俺たちの家はあっち」
そう言って、ヴァストン工業地帯の方を指す。
「そうなんだ!この辺でよく遊んでるの?」
「もちろん!ここだったら車が来ないから遊んでもいいって」
子供達が打ち解けている様子を見てアイリスはゆっくりと台車を押して歩いて行った。
内職を渡して新しく受け取ると、食料品店で少しだけ買い物をしてアルを迎えに行く。
日差しは随分と強くなっていた。そろそろお昼時だろうか。
楽しそうに笑う声が聞こえた。
「じゃあなー。また遊ぼうぜ!」
「うん!また遊ぼうね」
子供達は元気よく手を振った。
「お友達ができてよかったね」
「うん!帰ったらみんなにも話すんだ!」
ご機嫌のアルはアイリスと一緒に台車を押し始めた。
子供同士というのは、すぐに仲良くなる。
オールドアルケディアの外の子供達とだって、一度遊んだら友達になれる。
「ただいま」
扉を開けるとダリアが笑顔で迎えてくれる。
「おかえりママ!あのねパスタ作ったの!」
お皿の上にはドンと、山盛りのパスタがのっている。
それは少しばかり湯がきすぎていて、ふにゃふにゃになっていた。味付けは何もされていない。
ただ湯がいて、お皿の上にのせてあるだけのパスタ。
「すごいね、ダリア頑張ったね!」
得意げなダリアの顔を見て、アイリスは笑顔になった。
「ダリアお昼ご飯だから、オスカーの所にいるみんなも呼んできてね」
「うん!」
ダリアは走って出て行った。
パスタにサラダオイルと塩コショウをまぶして和える。
小麦粉とスキムミルクがまだ少し残っていたからホワイトソースを作れるかしら。
アイリスはキッチンに立った。
少しずつだがダリアは料理を覚えてきている。
まだまだとても上手とは言えないけれど。娘の気持ちがとても嬉しかった。
「ただいまー!」
子供達が帰ってきた。
アレクとコールは得意げにラジオを持ち上げる。
「じゃーん!オスカーに教えてもらってラジオの修理二人でやったんだ。すごいだろ!」
得意顔の二人。
「すごい!本当にこれから音が出るの!?」
アルが目を輝かせている。
「もちろん!ちょっと待ってろ!」
コンセントを差し込むアレク。
電気は 外の壁のソーラーパネルへと繋がっている。所々割れて壊れ捨てられていたものをかき集め、電気が使えるようにつないだものだった。
オスカーがやってきた時に教えてもらって、今はもういないヒースやノエルやハルたちが設置したのだ。
だからお天気さえ良く充電できればちゃんと電気が使える。
アンテナを動かすとノイズ混じりに音声が聞こえる。
『それでは続いて1920年代から30年代のスイングジャズをメドレーでお送りいたします。』
ラジオから軽快な音楽が流れ始めた。
それは初めて聞く心躍るような音楽で、アレクは思わずリズムに合わせて足踏みを始めた。
子供達はラジオのそばに張り付く。
目をキラキラさせて、その魔法のような音を聞いていた。
「すごい!こんなの聞いたことないよ!」
「すごく楽しい!ママ、ラジオって魔法みたい」
みんながラジオのそばで座り込んでいるその横でアレクは踊り出していた。
音楽に合わせて軽快にステップを踏む。
誰にも習ったことがないのに、軽やかに舞う。まるで大昔の映画スターのように。
五分ばかり音楽は続いた。
『ありがとうございました。ただ今お送りした音楽は、チャールズ・チャップリン、バスター・キートン、ハロルド・ロイドらが活躍した時代に、多くの劇場や映画館で親しまれていた音楽です。彼らは「三大喜劇王」と呼ばれ、世界中の人々に笑顔を届けました。』
「ママ、三大喜劇王って?」
デイジーがそう尋ねる。
「私もよくは分からないけど昔、活躍した映画スターの人たちなんだって」
「ふぅん」
さあみんなお昼ご飯を食べましょう。ラジオ聞きながらでもお昼ご飯を食べれるわ
アイリスは子供たちを席に座らせた。
「いただきます!」
みんなお腹を空かせていたのか、もりもりと食べてゆく。
だがアレクは一人ラジオの前に座り込んで、じっと真剣な眼差しで音を聞いていた。
新しい音楽、聞いたことのない世界がラジオの向こうにはあったのだ。
食事を終えて午後になる。
ピィやクリスはお昼寝をしている。デイジーやアルはアイリスの内職の手伝いをしていた。ダリアとコールは屋上菜園をしている人たちのところに野菜を分けてもらうと階段を上がっていった。その代わり内職で余った布で作った、小さな小物や布製のコサージュの飾りを持って交換に行ったのだ。アイリスが作った小さな小物や布製のコサージュの花はとても評判が良かった。
ピィが興味を持って作りたがっているが、まだ少し難しい。
アレクはラジオの前に座っていた。
つまみを回して音楽を流しているラジオ局を探す。
今まで音楽というものに触れてこなかった彼は誰よりも衝撃を受けていた。
こんなにも明るくて楽しい音があるなんて!
ラジオは色々な音楽番組を様々な時間帯にやっている。
彼が初めて聞いたスイングジャズ以外にもクラシック、ブルース、レゲエや民族音楽など様々なニュースと共にラジオの音は音楽に溢れていた。
だがやはり一番初めに聞いた、ジャズが何よりも彼の心をとらえていた。
おそらくラジオを初めて手に入れて、もっとも感動して、何よりも気に入っていたのはアレク自身だったのだろう。
穏やかに午後の時間は流れていった。
日がすっかり暮れてみんなが食卓に着いた中、でラジオの音声が流れる。
「ジョン、お疲れ様」
日雇いの荷物運びの仕事から帰ってきたジョンがぐったりとソファーに座り込んでいた。
まだ十五歳の子供がやるには早すぎる力仕事だったのだ。
それでも弟のため、アイリス……いや他の大人たちにも迷惑をかけたくないと彼は一人で抱え込んでいた。
「食事にしましょう」
そう言われてみんなと一緒に席に着く。
賑やかな食卓の声を聞きながら彼はどこか上の空だった。
ラジオの音声が聞こえる。
『ここで、緊急ニュースをお伝えします!
本日午後四時ごろ、ヴァストン工業地帯の労働者住宅地区A棟の付近でマフィアの銃撃戦が発生いたしました。
死者十数名、行方不明者に関してはまだ情報が入ってきておりません。現場は騒然としており、銃撃戦の主犯のマフィアたちは逃走、犯人グループに関してはまだ逮捕されておりません。
ヴァストン工業地帯の労働者住宅地区は緊張に包まれた状態となっております。
大変危険となっておりますので決してこの付近に近づかないでください。繰り返します、ヴァストン工業地帯の労働者住宅地区は大変危険な状態となっております、決してこの付近に近づかないでください!』
「ママ、なんだかこわい」
ピィがそう言った。
「大丈夫よ。さあ食べましょう」
食卓にはバター代わりにサラダオイルをちょっとつけたパンとスープ、それにダリアたちが屋上菜園からもらってきたトマトやレタスが並んでいる。
みんなが食事を取り始めた時だった。
外から物音がする。
アルは立ち上がって窓から外を見た。
そうして驚いたようにアイリスを呼ぶ。
「ママ!ママこっちに来て!ジャックとエースがいるんだ」
アイリスは扉を開けた。
すると少し離れたところに子供が二人いるのが見えた。
アルが扉の外に出て行く。
「ジャック!エース!どうしたの 二人とも!中に入って」
二人は戸惑った顔をしていたがしばらくして中に入った。
緊張した表情でかすかに震えている。
そうだこの子達は、ヴァストン工業地帯に家があると言っていた。何があったのか、どんな思いをしたのか簡単に想像できる。
アイリスはラジオを消した。
おそらく二人とも話せる状況ではないだろう。
お腹が空いてるでしょ。今から晩御飯なの。二人も一緒に食べて
そっと、そう話しかける。
震えている二人を見てただ事ではないと他の子供たちも感じているのだろう。誰も何も言えなかった。
「お腹、空いてるよね」
そう言ってアルがパンを差し出した。
受け取った途端、二人が泣き出した。
その晩、二人は大声で泣いた。
泣き疲れて寝るまで、ずっと、ずっと……
翌朝、警察に行って事情を話したアイリスは何があったかを詳しく知った。この子たちの両親はもういない。
兄弟たちはどこに行ったのかわからないらしい。
大丈夫、この子たちのことも私が守る。
二人は初めに会ったのがアルであったこともあって、すっかりアルをはじめ他の子供たちとも仲良くなっていた。




