第四話 家族のカタチ
ノエルとハルがオールドアルケディアを去って数日。
アイリスは相変わらず忙しく子供たちの世話や内職をしていた。
さてと、内職のやり終わった段ボール箱を橋の向こうの受け渡し場所まで持って行かなくてはならない。
玄関を開けてサビだらけのショッピングカートにダンボールを積んで行く。
少し前にこのカートを百貨店の跡地だった廃ビルで見つけ家に持って帰り、車輪を磨いて油をさし使えるようにした。
これでほんの少しだけ荷物を載せて押してゆくのが楽になる。
子供達はまたオスカー先生のところに少しだけ預かってもらおう。
本当のところ先生には頼りっぱなしで申し訳ないけれど。
彼がスラムにやってきたのはアイリスが10歳ぐらいの時だった。どこかの大学の教授だったとか、科学者だったとか、そんな話を聞いたけれど本当のところどこから彼が来たのか誰も知らなかった。
ただ彼が来てスラムの子供達はほんの少しだけ変わった。
彼が文字を教えてくれたのだ。最低限の計算も。
だからこうして内職をして、お金やお給料の計算ができるようになった。それは本当にありがたいことで、そうでなければお給料をごまかされてもきっと気づかないだろうから。
彼女は子供達を連れて三階のオスカーの部屋の扉を叩く。
「みんないい子にしててね。先生のお仕事の邪魔しちゃだめだからね」
「はーい」
子供達は元気に返事をした。
オスカーは、「仕方がないな」というようにため息を一つついた。
カートを押して不安定な橋の上を歩いて行く。
慎重に、慎重に。なるべく真ん中のあたりを進みながら。
荷物の受け渡しが終わると新しい内職のダンボールを受け取る。お給金を頂いてそのお金で雑貨店に行った。
子供達に栄養のあるものを食べさせたいけれど、どうしてもメインのパンなどの主食に偏ってしまう。果物はとても高いし、もちろん肉だって高い。子供が好きそうなおやつを買ってあげたいけれどきっとすぐになくなってしまうし、食費が足りなくなってしまうかもしれないからどうしても後回しだ。
そうだ小麦粉とお砂糖、ベーキングパウダーを買おう。
シンプルなパンケーキだったら、お腹だって膨らむし、子供たちだって喜ぶ。
あら、今日はりんごジュースが安いのね。
処分価格のりんごジュースを購入する。これはきっと子供たちが大喜びだろう。めったに飲めない特別な飲み物だもの。
早く帰らなくっちゃ。
昼下がり、子供達は今頃お昼寝しているかしら。
台車をしながら元来た道を戻っていく。
通りに面した建物の間で何か物音がした。
猫かな?アイリスは建物の間を覗き込む。
……いや違う!
子供だ。
小さな子供が驚いたように室外機の後ろに隠れた。
子供どうしかくれんぼをしているような様子ではない。
かすかに黒髪と服の裾が見えた。
血がこびりついている。
これはただ事ではない――そう感じたアイリスは台車を止めて建物の隙間に入ってゆく。
室外機の後ろの子供が怯えているのがわかる。
「大丈夫よ、怖くないから」
なるべく、相手を怯えさせないように優しくアイリス はそう言った。
まだ年の頃はダリアと変わらないぐらいだろうか。
三歳ぐらいの小さな男の子が震えていた。
「坊やこっちにおいで」
男の子は 恐る恐る室外機の後ろから出てくる。
「坊や、迷子なの?」
男の子はフルフルと首を振った。
「坊やのパパとママは?」
反応はない。
「お家はどこだかわかる?」
男の子はまた首を振る。
服は血まみれ。
もしかして両親は、路上強盗か何らかのトラブルで殺されたのかもしれない。そんな考えが頭に浮かぶ。
「お腹空いてない?それとも、ノド乾いてない?」
アイリスは少し考えた。
気温も高い。この子が いつからここにいるのかわからないけれど、服についている血が乾いているのならかなり長い間ここに一人でいた可能性がある。
荷物の中からりんごジュースを取り出す。
「どうぞ」
口を開けて渡す。
男の子は手にとって、ごくごくと飲みだした。
やっぱり相当、喉が渇いていたのだろう。
この子のこと、どうしよう……
男の子はぐたりと座り込んで 声を上げて泣き出した。
ここに置いておくわけにはいかない。
警察に連れて行くべきなのかもしれないけれど……
ヒースが死んだ時に警察が全く取り合ってくれなかったことを思い出した。
……どうしよう。
まずはこの子の保護を一番最初に考えなくちゃ。
きっとお腹も空かせてるし、すごく疲れていると思うし。
怖い思いもたくさんしたのかもしれない。
彼女はカートにその子を乗せてゆっくりと押し始めた。
この子のことをどうするかは一旦連れて帰ってから考えよう。
先生に相談してから決めよう。
オールドアルケディアと旧市街を結ぶ橋の上をゆっくりと進んで行った。
「ママ―、おかえり!」
扉を開くと勢いよくダリアが飛び出してくる。
後ろにいた男の子はビクッとして思わずアイリスの影に隠れた。
「ママ、その子だぁれ?」
部屋の中でオスカーが呆れた顔をしている。
「また子供を拾ってきたのか……しかもかなり大きい子じゃないか
「うん、そのことでちょっと相談が……」
アイリスは自分の影に隠れている子の方を向いた。
「大丈夫よ、ここは私の家だから。この子は私の娘のダリア。お腹空いてたら一緒にパンを食べてて。さ、中に入って」
男の子はおずおずと前に出てきた。
こわごわと家の中に入る。
それを見届けるとアイリスは扉を閉め、オスカーと奥の部屋に入った。
「あの子、私が帰る時に出会って。血がついた服を着て、怯えていたの。何か事件に巻き込まれたのか……ともかくそのままにはしておけないから連れてきた」
「なるほど、確かにまあ路上強盗も多いからな。あの子を休ませて少しでも話が聞けるといい。とりあえず服は証拠になるかもしれないから着替えさせたら取っておいた方がいいだろう」
「明日話を聞いて警察に連れて行こうか」
「そうだな、それが一番いいだろう。だが警察が取り合ってくれるかどうか……」
「うーん、そこよね」
警察は路上強盗の犯人を探すということはないだろう。この子の身寄りがなければ、本来ならば児童保護施設に送られるのだろうが、このアルケディア において保護施設の許容量をはるかに上回る捨て子や身寄りを失った子供がいる。
警察に相談しても、この子の引き取り手がいないかもしれない。そうなった時はどうするか しっかり考えなくては……
「ねえ君、どこからきたの?」
「なまえ何ていうんだ!?」
「……アル」
「よろしくアル、私はダリアよ!」
「オレはアレク!」
「私、デイジー」
「ねえパン食べる?ママがいいって!」
子供達はすっかりと打ち溶けているようだった。
その様子を見てアイリスはほんの少し微笑んだ。
翌日、アイリスはアルを連れて警察に行って事情を話したが、事実関係を書き記してそれで終わりだった。
アルが一体どこの子なのか、身内はいるのか、それともみなしごになってしまったのかは分からずじまいのまま。
予想していた通り保護施設には入れそうにはなかった。
数日の間 一緒に過ごす時間でアルと他の子供たちはすっかりと仲良くなっていた。
この家にやってきた時はとても緊張していたのに、今では ごく自然に笑って話すようになっている。
「アルー、こっちこっち」
「まってよーみんな」
子供たちの声がする。
ダリアやアレクやデイジーたちともすっかり仲が良くなって、ピィのことはちっちゃい妹みたいに大切にしている。
……きっとこの子は、このまま私たちと一緒に暮らすのが一番いいだろう。
アイリスはアルを引き取ることを決めた。




