第三話 子供の家
「ママ、お外であそんできてもいい?」
「いいけどママとのお約束、絶対守ってね。橋の向こうには絶対行かないこと!3つ以上むこうのビルには絶対には行っちゃダメ!それからお昼ご飯までには帰ってくること」
「はーい!」
玄関に向かう子供たち。
まず、ダリアが一番元気よく玄関先に走って行った。
その後をデイジーが歩いて行く。
アレクはピィの手を引きながら、ゆっくりと歩いていく。
「アレク、ちゃんとピィのお世話してあげて偉いね!」
「だって、ピィまだちっちゃいんだもん」
そう言われ、ちょっと恥ずかしそうにアレクはそう言った。
「ピィはアレクの、おひめ様だもんね!」
とダリア。
「ち、ちがうよ!ピィちっちゃいから!」
慌てて手を振るアレク。
その様子を見てアイリスはにっこり微笑んだ。
デイジーがピィの靴を履かせてあげる。
「ママー、行ってきます!」
ダリアは元気よく手を振る。
アレクはピィの手を引いてこっちを見て手を振っている。
デイジーが優しく扉を閉めた。
外に遊びに行った子供たちにアイリスはそっと手を振った。
ピィがやってきて一年。
まだハイハイするのがやっとだったピィは、よちよち歩きをするようになっていた。
四人の子供たちは元気よく外で走り回っていた。
子供はいつだって自分たちで遊ぶものを見つける。
内職の仕事が一段落したアイリスはテーブルの上を片付け、ダンボールを部屋の隅に移した。
決められた工程通りに布を縫い合わせ、完成した商品を袋詰めすれば出来上がり。一つあたりの単価は安いけれど、スラムにおいて金銭的にかかってくるのはほぼ食費に偏るために何とか生活ができている。
それに、この内職は一つ良いことがあるのだ。
小さな布の端切れが余ったものとして出てくる。これはいらないものだ。だから内職をしているアイリスがもらっても良い。
この小さな布切れのあまりで子供たちにちょっとした服や小物を作ってあげることができる。
もちろんちゃんとした裁縫を習ったわけじゃないから、上手とは言えないけれど……
活発な性格のダリアやアレクはすぐに服をダメにしてしまうし、ピィはまだ小さいながらに可愛いものが好きだ。
この間あまりの布で小さなコサージュを作ってあげたら大喜び していたっけ。
目をキラキラとさせて。
「きえー!まま」
と言ってたっけ。
ガチャリ!
玄関の扉が開いた音がした。
「おかえりなさい、みんな!ごめんね、ご飯は今からなの。って、あれノエル?」
「あの子達ならまだ外で遊んでるよ!みんなどろんこになってる
あらら。ノエル今日は仕事じゃなかったの?」
「……うん、ちょっとね」
ノエルはガタンと椅子に座った。
「あのね、アイリス ちょっと大事な話があるんだけど」
「どうしたの、改まって?」
アイリスもまた椅子に腰掛ける。
「あのね……赤ちゃんできた」
「え!?それ本当に!」
「うん」
「おめでとう!ハル絶対喜ぶ!……もう話したの?」
「……うん」
ノエルは曇った顔をする。
「それでね。その……」
「すごく喜んでくれたでしょ!」
「うん、そうなんだけど。そしたら彼がスラムを出て一緒に暮らそうって言い出して……」
彼女は伏せ目がちにそう言った。
「そっか、ねえお願いノエルそんな顔しないで!私あなたのこと祝福するよ。二人でここを出て行けるんだもの」
「ごめん
大丈夫、ノエルは幸せになってよ」
アイリスはノエルの手を握った。
「あのさアイリス。私が出て行ったら一人で四人の子供を育てなきゃいけないんだよ」
「分かってる。私は大丈夫だから」
「……でも」
「大丈夫よ、子供達も大きくなってくるし!私たちだってもっと大きいお姉さんやお兄さんたちが育ててくれて、みんな出て行ったんだから!ノエルも外で幸せになって」
「うん」
ノエルは泣きそうな顔していた。
「あのねアイリス。もしあなたが良かったらだけどデイジーかアレクかピィの一人を私たちで育てたいの。四人全員はアイリスだって大変だと思う。みんないい子たちだし、離れ離れになっちゃったら悲しいけど。でも私たち二人だけスラムの外に行ってこの子たちの面倒見れなくなるの、本当に申し訳なくって」
アイリスはしばらく考えてこう言った。
「大丈夫。あの子達を離れ離れにしたくないの。それに、子供産むのってとっても大変よ。ものすごく痛いし、赤ちゃんは可愛いけれど泣いてしか自分の気持ちを伝えられないし。だからね ノエルは心配しないで。ハルと二人で幸せになって。ね?」
「うん」
「さてと、私はお昼ご飯の準備を始めるから!」
「待って私も手伝う!」
二人はともにキッチンに立った。
子供達の共同体から、こんな風に十代の後半になってお互いに惹かれあってオールドアルケディアのスラムを出て新しい生活を始めるというのはよくあることだった。
アイリス自身、恋人のヒースと一緒にスラムを出て行く予定だったのだ。
だが、それは叶わなかった。
ダリアが生まれて間もなく。ヒースが行方不明になった。
彼が見つかったのは十日も経ってからだ。
それは無残な死体になってだった。
路上強盗だったのか、あるいはマフィアに絡まれて殺されたのか原因ははっきりしない。
このアルケディア という都市では、路上犯罪が多い。
警察もただ死者の数としてしかカウントせず、事件とすらならずに処理されて終わりだ。
あまりにも理不尽なのだが、一日に何件も起こるような些細なことという扱い しかしてくれない。
声が枯れるほど泣いて。
だが彼女にはダリアがいた。
ヒースの忘れ形見、愛しい娘。
ただ彼女のために前を向いて生きていくしかなかった。
ノエルたちが出て行けば、この共同体に残る十代の若者はアイリスだけになる。
だが彼女の腹はとっくに決まっていた。
娘とここで出会った小さな子供たち全員をちゃんと育てる。
みんなが笑っていつかここを出て行って幸せになれるように。
「ごめんね、アイリス。私たちさできる限りのことをするから!二人で暮らしていくし、私も働くからね。食べ物とこの子達のための服やお金持ってくるから」
「大丈夫よ。ありがとうノエル」
アイリスはただ彼女の言葉が嬉しかった。
幸せになってほしい。
私とヒースの分まで。
「ただいまー!」
玄関の扉が勢いよく開く。
「あらあら!みんな泥だらけじゃないの!」
アイリスは子供たちを見て微笑んだ。
「仕方がないなあ。みんな服を脱いで私が洗ってあげるから!」
ノエルは子供達を洗面所に連れて行く。
このオールドアルケディアでは、公的な機関のインフラ整備がすでにダメになっていて電気は各自で発電機や壊れかけた太陽光パネルを再利用して使っている。
水は雨水を貯水タンクに貯めたものかポンプで汲み上げた川の水だ。
川の水はとても綺麗とは言えないが、それでも泥だらけの服を洗う分には問題がなかった。
「ママごはん何?」
「ふふ、今日はパスタよ」
アイリスはテーブルの上にパスタの皿を並べる。
塩コショウで味付けされたシンプルなパスタ。
それに屋上の家庭菜園で作ったサニーと食用のマリーゴールドを添える。
「ママきれい、おいしそう!」
「きえー!」
子供達が目を輝かせている。
「今日はねなんと!ノエルがソーセージを買ってきてくれました」
「やったー!」
はしゃぐアレク。
「みんな一人一本ずつね!」
「はーい!」
子供達は元気に返事をする。
デイジーはノエルと一緒にフォークを並べるのを手伝っていた。
家族のだんらんのひと時であった。




