放課後の生徒会室
放課後の生徒会室。西日が差し込む静かな部屋で、生徒会副会長を務める高校2年生の神宮寺翔は、手元に広げた資料から一切目を離さずに口を開いた。
きりりと整った端正な眉に、少し硬質な知性を感じさせる黒縁のメガネ。その奥にある大きな瞳は、まるで冷たい宝石のように澄んでいる。彫刻のように美しい横顔と、常に乱れのない端正な佇まいは、まさに「触れがたい秀才」そのものだった。
「——比呂、さっきから僕のペンを回すの、やめてくれませんか。集中できません」
「え〜、いいじゃん。翔のペン、重心のバランスが最高で回しやすいんだよね。あ、今のトリプル回転見た!?」
同じく高校2年生で、生徒会広報の蒼井比呂は、生徒会室の窓際にあるパイプ椅子に気怠げに腰掛け、その誰もが見惚れるような中性的な美貌にいたずらっぽい笑みを浮かべて、器用にペンを回してみせる。
誰もが憧れる「学園の5人組アイドル」のメンバーでありながら、生徒会執行部として学園の頂点に君臨する翔と比呂。廊下を歩けば全校生徒からキャーキャーと黄色い歓声を浴びるのが彼らの日常だ。しかし、ペンの回転をピタッと止めた瞬間、比呂の童顔に一寸の狂いもない観察者の光が宿った。
「……ねえ、翔。僕たちってさ、毎日嫌でも全校生徒から視線を浴びるじゃない? だからこそ、全校生徒の顔と名前、所属クラスは全部頭に入ってる。……でもさ、2年特進クラスだけ、ここ数ヶ月ずっと『おかしな影』が差してたんだよね」
副会長である翔がようやく資料から目を上げ、眼鏡の奥の瞳を動かした。
「影、ですか」
「そう。1学期の中間テストが終わったあたりからかな、僕たちを見る生徒たちの目が、あの一画だけ徐々に暗くなって、みんな怯え始めてた。原因は学年トップの御手洗正くん。彼は裏でクラスメイト全員の『弱み』を個別に時間をかけて握り、脅し、独裁者として君臨してたんだよ。みんな自分が脅されてるって言えないから、クラス全体が窒息しかけてた。……特に飯田くんなんてさ、今朝ボロボロの顔でさ。あんなの、見てて気持ちいいもんじゃないじゃん?」
広報として常に生徒の動向を見ている比呂は、いつものおちゃらけた態度を引っ込め、困っている人を見過ごせない、その繊細で優しい瞳を真っ直ぐに翔に向けた。
対する翔は、一度小さくため息を吐き、資料をパタンと閉じた。
「……。あなたはまた、そうやって他人の領域に踏み込む。生徒会の規約に『クラス内の恐喝の調査』など含まれていません。大体、放課後の旧校舎裏に行くなど非合理的です」
「え〜、だってそれじゃ御手洗くんに直接『もう大丈夫だよ』って言ってあげられないじゃん。ね、お願い翔。一緒に行こ?」
比呂がふにゃっと、どこか甘えるように笑う。
翔は眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、観念したように深いため息を吐いた。そして、手元のタブレットの画面をツン、と叩いて比呂の方へ滑らせた。
「……はぁ。あなたがそう言って泣きつくだろうことは、2週間前から予想がついていました。だから、とっくに準備は終わらせてあります」
「え……?」
滑ってきた画面に映し出されていたのは、御手洗が裏で使っていた私物PCのIPアドレス、被害生徒のリスト、そして御手洗が今朝学校のWi-Fiに接続した瞬間に自動でハッキングが完了したことを示す『同期完了』のログデータだった。
「君がその特進クラスの『影』とやらに視線を留めた日から、こちらで御手洗の行動パターンはすべて割り出しています。今朝、彼が油断して校内Wi-Fiに接続した一瞬の隙を突き、仕込んでおいたプログラムで全データを吸い上げました。あなたが無防備に突っ込んでいって返り討ちに遭われると、こちらの仕事がさらに増えて大迷惑ですからね。……15分だけ時間を割きます。アイスが溶ける前に終わらせますよ」
「……。あはは、やっぱり翔には敵わないや。ありがと」
比呂は嬉しそうに目を細めると、手渡されたタブレットを愛おしそうに胸に抱えた。文句を言いながらも、副会長としての翔の頭脳は、すでに最も完璧で、最も比呂の望みを叶えるための『パズル』を完成させていた。




