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Poly Scape, Poly Time.  作者: 煙亭しっぽ
刺さる言葉 -Wild Talky-

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9/10

刺さる言葉 - 3/4

 再び裏山を目指したのは、最初の遭遇から一ヶ月近くが経った真夏の午後だった。季節が悪い。


 前回は国道沿いの茂みの端だけを歩いたが、今回はそこから更にずっと奥に入ってみる。雑木林の先には獣道のような踏み分けがあって、蜘蛛の巣を払い、枝をくぐり、蚊に集られながら進んでいく。


 道は何度も消えて、同じ場所も何周したかわからない。

喉が渇いている。だが手持ちの水は残り少ない。靴の中は泥が入り、腕は引っ掻き傷だらけだ。


 このまま遭難して新聞に載るかもしれない、などと考え始めた頃に──沢の音が聞こえた。耳を頼りに斜面を降りていくと小さな水の流れがあって、その向こうがちょっとした空き地になっている。


 日が差し込んで、森の中でそこだけが明るい。その空き地の真ん中には彼がいた。


 前に見た時と同じ大きさ。同じ形。同じ "いかにもサボテン" な佇まい。ただし小さな花が──黄色い花が二つ、幹の上の方に咲いていた。前に見た時はなかったものだ。


「また刺されに来たのか。」


 やっぱりこのサボテンはものを言う。知っていたし覚悟していたから今度はもう驚かない。


「探してたんです、あなたを。」


「そうかよ。暇な奴だな。」


 沈黙が落ちた。サボテンの棘の間を風が通ってかすかに鳴いている。


「一つ聞いてもいいですか?」


「聞くだけなら勝手にしろよ。」


「あなたは──何者なんですか。なんで喋れるんですか。なんでここに...」


「三つ聞きやがったな。」


 ごもっとも。


「.....やっぱり三つ聞いてもいいですか。」


「ダメだね。」


「じゃあ、聞きません。代わりに話したいことがあります──あなたがネットで話題になってる事は知ってますか?」


 サボテンは何も言わなかった。知っているのか知らないのか。そもそもインターネットを認識しているのかどうかすら不明だ。しかし沈黙の質がわずかに変わった気がした。


「このままだと面倒な人たちに見つかって、掘り返されるか切り倒されるか、ロクなことにならないと思うんです。私がどうこう言う事ではないかもしれませんが──」


「..........で?」


「.....うち働きませんか?」


 風が止まった。蝉も止まった。


「はぁ?」


「教会なんですけど...屋根があるし、小さいけど庭もあるんです。」


「教会だと? お前、何を言って──」


「仕事は告解を聞くことです。信徒の話に適当に答えてくれればいいんですよ。そういうの、できるのでは? お金は出せませんが、肥料は出しますよ。」


「サボテンにやらせるとか、お前本当に神父か?」


 棘を飛ばす準備をしているのが腕の角度でわかる。


「待ってください! 真面目な話です! 人手が足りなくて本当に困っているんですよ!」


 そうなのだ。大きも小さくもないこの町の地味な教会で、礼拝を開いても誰も訪れない週もある──ずっとそんなのが当たり前だった。


 しかし最近は町に外国からの移民や労働者が増えていて、主に彼らが教会に来てくれる。地元住民との交流の場にもなっており、コミュニティセンターとして活用されているのだ。

 それは嬉しい事なのだが、私一人ではすでに手が回らなくなりつつある。


「応援の司祭を呼ぶアテもないし、もう去年からずっとパンク寸前なんですよぉ。告解だけでも手を借りたいんですよぉ。」


「...そりゃ気の毒だが、サボテンに何しろって言うんだよ。」


「聞くだけでいいんです!聞いて、何か一言返してあげればそれで...。」


「ホントかよ...。」


 自分がこのサボテンに会いにきた理由はなんだったろうか。なにか、もっと “救う” みたいな目的があった気がするが、気づけば自分の方が救いを求めていた。サボテンを相手に。

 そういえば長い幹から左右に腕が伸びていて、見ようによってはちょっと十字架っぽい。


「告解っていうのは、要するに "言わせてあげる" ことなんですよ。こっちが何か立派なことを言う必要はないんです。"へぇ" とか "あぁ、そう" ぐらいでも十分です。私はずっとそうしてますよ。」


「さっきもそうだけど、お前そんなんで神父を名乗っていいのかよ。」


「.....カ、カトリックの教義では、告解の秘跡は司祭を通じて行われるとされていますが、実際に赦しを与えるのは神です。つまり私は中継点・・・ですね。ですから中継点があなたであっても、システム的には問題ありません。」


「その説明を教皇が聞いたら泡を吹くぞ。」


「安心して! バチカン公式の慣例対応マニュアルもあるんです! なんと言っても歴史の長いシステムですから。ほら、あなたでも出来そうだと思いませんか?」


 サボテンは長い沈黙に入った。ぎらぎらと陽光が空き地に降り注ぎ、黄色い花がかすかに揺れている。蝉がまた鳴き始めた。


「.....水は?」


「望むだけ差し上げます。」


「...日当たりは?」


「告解室は南向きです。窓もありますよ。」


「..........。」


「..........。」


「ま、ここにいても暇だしな。」


 やったー、とは言わなかった。代わりに、鞄に入れてきたビニール袋を広げて周囲の土を掘り始めた。根を傷つけないようにゆっくりと。


「雑に扱ったら刺すからな。」


「心得ていますよ。」



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