刺さる言葉 - 3/4
再び裏山を目指したのは、最初の遭遇から一ヶ月近くが経った真夏の午後だった。季節が悪い。
前回は国道沿いの茂みの端だけを歩いたが、今回はそこから更にずっと奥に入ってみる。雑木林の先には獣道のような踏み分けがあって、蜘蛛の巣を払い、枝をくぐり、蚊に集られながら進んでいく。
道は何度も消えて、同じ場所も何周したかわからない。
喉が渇いている。だが手持ちの水は残り少ない。靴の中は泥が入り、腕は引っ掻き傷だらけだ。
このまま遭難して新聞に載るかもしれない、などと考え始めた頃に──沢の音が聞こえた。耳を頼りに斜面を降りていくと小さな水の流れがあって、その向こうがちょっとした空き地になっている。
日が差し込んで、森の中でそこだけが明るい。その空き地の真ん中には彼がいた。
前に見た時と同じ大きさ。同じ形。同じ "いかにもサボテン" な佇まい。ただし小さな花が──黄色い花が二つ、幹の上の方に咲いていた。前に見た時はなかったものだ。
「また刺されに来たのか。」
やっぱりこのサボテンはものを言う。知っていたし覚悟していたから今度はもう驚かない。
「探してたんです、あなたを。」
「そうかよ。暇な奴だな。」
沈黙が落ちた。サボテンの棘の間を風が通ってかすかに鳴いている。
「一つ聞いてもいいですか?」
「聞くだけなら勝手にしろよ。」
「あなたは──何者なんですか。なんで喋れるんですか。なんでここに...」
「三つ聞きやがったな。」
ごもっとも。
「.....やっぱり三つ聞いてもいいですか。」
「ダメだね。」
「じゃあ、聞きません。代わりに話したいことがあります──あなたがネットで話題になってる事は知ってますか?」
サボテンは何も言わなかった。知っているのか知らないのか。そもそもインターネットを認識しているのかどうかすら不明だ。しかし沈黙の質がわずかに変わった気がした。
「このままだと面倒な人たちに見つかって、掘り返されるか切り倒されるか、ロクなことにならないと思うんです。私がどうこう言う事ではないかもしれませんが──」
「..........で?」
「.....うち働きませんか?」
風が止まった。蝉も止まった。
「はぁ?」
「教会なんですけど...屋根があるし、小さいけど庭もあるんです。」
「教会だと? お前、何を言って──」
「仕事は告解を聞くことです。信徒の話に適当に答えてくれればいいんですよ。そういうの、できるのでは? お金は出せませんが、肥料は出しますよ。」
「サボテンにやらせるとか、お前本当に神父か?」
棘を飛ばす準備をしているのが腕の角度でわかる。
「待ってください! 真面目な話です! 人手が足りなくて本当に困っているんですよ!」
そうなのだ。大きも小さくもないこの町の地味な教会で、礼拝を開いても誰も訪れない週もある──ずっとそんなのが当たり前だった。
しかし最近は町に外国からの移民や労働者が増えていて、主に彼らが教会に来てくれる。地元住民との交流の場にもなっており、コミュニティセンターとして活用されているのだ。
それは嬉しい事なのだが、私一人ではすでに手が回らなくなりつつある。
「応援の司祭を呼ぶアテもないし、もう去年からずっとパンク寸前なんですよぉ。告解だけでも手を借りたいんですよぉ。」
「...そりゃ気の毒だが、サボテンに何しろって言うんだよ。」
「聞くだけでいいんです!聞いて、何か一言返してあげればそれで...。」
「ホントかよ...。」
自分がこのサボテンに会いにきた理由はなんだったろうか。なにか、もっと “救う” みたいな目的があった気がするが、気づけば自分の方が救いを求めていた。サボテンを相手に。
そういえば長い幹から左右に腕が伸びていて、見ようによってはちょっと十字架っぽい。
「告解っていうのは、要するに "言わせてあげる" ことなんですよ。こっちが何か立派なことを言う必要はないんです。"へぇ" とか "あぁ、そう" ぐらいでも十分です。私はずっとそうしてますよ。」
「さっきもそうだけど、お前そんなんで神父を名乗っていいのかよ。」
「.....カ、カトリックの教義では、告解の秘跡は司祭を通じて行われるとされていますが、実際に赦しを与えるのは神です。つまり私は中継点ですね。ですから中継点があなたであっても、システム的には問題ありません。」
「その説明を教皇が聞いたら泡を吹くぞ。」
「安心して! バチカン公式の慣例対応マニュアルもあるんです! なんと言っても歴史の長いシステムですから。ほら、あなたでも出来そうだと思いませんか?」
サボテンは長い沈黙に入った。ぎらぎらと陽光が空き地に降り注ぎ、黄色い花がかすかに揺れている。蝉がまた鳴き始めた。
「.....水は?」
「望むだけ差し上げます。」
「...日当たりは?」
「告解室は南向きです。窓もありますよ。」
「..........。」
「..........。」
「ま、ここにいても暇だしな。」
やったー、とは言わなかった。代わりに、鞄に入れてきたビニール袋を広げて周囲の土を掘り始めた。根を傷つけないようにゆっくりと。
「雑に扱ったら刺すからな。」
「心得ていますよ。」
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