刺さる言葉 - 4/4
翌週から町の教会の告解室は24時間対応になった。評判は、控えめに言っても微妙だ。良いのか悪いのか、俄かには判断を迷っている。
告解室から出てきた信徒たちが言うには──どうやら告白が終わる前に「あぁ、そう」「知るかそんなの」「好きにしろ」系の一言で切り上げてしまうケースが散発しているらしい。あるいは告白の途中で「それはお前が悪いだろ、帰って反省しろ」と断じられるケースも。
ただ不思議な事に、苦情として報告してくる信徒が一人もいない。精々が「あれは...何なんでしょう?」程度の温度感だ。ほとんどの人はむしろ少しだけ気が楽になった様子なのだった。
中にはうっかり信心を深めてしまう信徒も居た。ある信徒の言う事には──
「こんなにも神の存在を感じられた告解は初めてです。仕切りの向こう側に、ぼんやりとですが “十字架” を見たような気がしました。」
──それは幹の左右に腕を伸ばしたサボテンの影だろう。信徒たちが投げやりな対応をも受け入れてしまう原因はそれだろうか?
運用開始から1週間経ったころ。私が夜の告解室の扉を開けてみると、サボテンは床に置かれた鉢の中で微動だにしていなかった。私の方を向いたのかどうかもわからないが、一応は反応が返ってくる。
「なんだよ、監査か?」
「様子を見に来ただけですよ。困っていることはありませんか。」
「特にないな。水はもう少し欲しいけど。」
私は持ってきた水をサボテンの鉢にかけてやり、告解室の窓を少しだけ開けて風を通した。花が──いつの間にか二つに増えた、あの黄色い花が揺れていた。
「小型のウォーターサーバでも据えましょうかね。.....ところで、一つお話しさせてもらってもいいですか?」
「三つじゃなくて良いのかよ。」
相変わらず言葉には棘があるが、拒否されたわけではないと判断して告解室の扉を閉じた。そして信徒側の扉を開き、中の椅子に腰掛ける。
「お前──まさか神父が告解を受けるってのかよ。」
「いけませんかね? 私だって資格はあると思うんですけどね。」
「サボテン相手に赦しを求める神父なんて、世も末だな。」
「世も末なのは今に始まったことじゃないですよ.....いいですか?」
「好きにしな。」
それで私は、ぽつりぽつりと話し始めた。出張の帰り道に「全部投げ出したい」と零した時から、ずっと心の底に沈めていたものを。
信徒が増えて嬉しいと思う自分と、その対応に潰れそうになっている自分と。神に仕える身の癖に、祈りよりも事務と庶務に追われている毎日のこと。
一番辛いのは誰にも弱音を吐けないことだ──聖職者には "聞いてくれる人" がいない。ソラさんに心配をかけたくないし、信徒たちには弱いところを見せて不安を与えたくない。
「...だからあなたが来てくれて、正直すごく助かってるんですよ。告解要員としてもですけど、それ以上に──」
「おい。」
「なんでしょう。」
「長ぇよ。話が長ぇんだ。」
「..........。」
「あのさ──"全部投げ出したい" は撤回すんのか、しないのか? そこだけはっきりしろよ。」
「...撤回しません。投げ出したいと思っているのも事実なんです。でも本当に投げ出しはしませんよ。やるべきことが沢山あるのでね。」
「ならそれでいいだろ。持っとけよ、その気持ちは。別に捨てなくても大丈夫だろ。」
あの日、一人で零した私の愚痴を拾ってくれた相手がいた。そして少し時間がかかったが、こうして “赦し” が返ってきた。赦しの言葉にしてはぶっきらぼう過ぎるが、しかし不思議と胸が軽くなる。これがうちの信徒たちが体験しているものなのだろうか。
──そう言えば、訊きたかったことがもう一つあった。
「投げ出すと言えば、もう一つだけいいですか。どうしてあの時あなたは私の独り言に怒ったんですか? "よそでやれ" って。」
「別に怒ったんじゃねぇよ。」
「じゃあ何だったんでしょう。」
サボテンはしばらく黙っていたが、声のトーンを少しだけ落として答えた。
「投げ出される側の気持ちを、ちょっと知ってるってだけだ。」
それ以上は何も言わなかった。聞くべきでもなかったと思う。サボテンにもサボテンの過去があるのだろう。
どこから来たのか、どうしてここにいるのか、どうして喋れるのか。三つの問いの答えを聞ける日は、いつか来るかもしれないし来ないかもしれない。
* * *
この話には最後にもう少し付け足しがある。ソラさんの話だ。
「ねぇ、告解室にサボテン居んだけど...。」
やって来るなりの唐突な放言に、中身を捨てようとしていたゴミ箱を思わずひっくり返してしまった。
「──っ、覗いたんですか?!」
「そりゃ見るっしょ、あんなあり得ん対応する奴どんなツラしてんだって気になるし。てゆーかあの話マジだったん? めっちゃ喋るね、あのサボテン。」
恐るべし異教徒、とんでもない事をあっさりとやる。信徒以外が寄り付かなすぎて日本人の感覚を失念していたかもしれない。少々迂闊だっただろうか。
しかしソラさんが告解を? あまり悩みなど無さそうに見えたが一体...いやそれは考えてはいけない事だ。それよりも──
「あの、このことは秘密にして欲しいんですけど.....。」
「言うわけないじゃん。神父さんみたいに頭の心配されたくないしね。そんなことよりサボテンのこと正式に紹介してよー。アイツなんかツンツンしてて、いまいち話が弾まないんだよー。」
...え、友達になりたいと? なんでも面白がる人だとは思っていたけど、サボテンが喋ってても平常運転なのか。
「そんなに気に入るような相手でしたか? 普通に取っ付きにくいと思うんですけれど...。」
「んー、口が悪いし対応は雑だけどさぁ、割と──なんか刺さるんだよね、サボテンの言葉。」
..........。
告解室の前にパイプ椅子を二つ並べて、私とソラさん──そして扉を開けてサボテンとの3人で話をしてみた。告解ではなく、ただのお喋りだ。仕事じゃないというのが良かったのか、サボテンの態度は相変わらずだが会話はちゃんと成立している。
「ねぇサボテン、このバイトちゃんと報酬もらってんの?」
「水と肥料をな。」
「──ブラック企業がよぉ。」
「宗教法人だからセーフ...ってことになりませんかね?」
結局その日は空が赤く染まるまで、ずっと話を続けていた。喋り疲れたわけではない。教会を訪れる信徒の気配を感じて、慌てて扉を閉めたのだ。ソラさんはまだ喋り足りない様子だったが。
「じゃー今日は帰っけど、ゲーセン潰れて暇だからちょくちょく来るね。」
「え? バイト先潰れたんですか?」
「先週ね。電気代がどうとかで。」
聞くけば以来暇を持て余しており、でも遊べるお金は心許なくて、だからここへ来て外国人信徒たちと適当に喋ってみたり、思いつきで告解をしてみたり、のんびりと肉まんをタダ食いしているのだという。
なるほど、彼女にも救いが必要らしい。
「.....もし良かったらですけど、ウチで庶務のバイトでもしますか? あんまり多くは出せないので腰掛け扱いでもいいですよ。」
「マジで? めっちゃ助か──あ、ゲーセンから引き取ったプライズとか持ってきて良い? 邪魔だからここに飾らせてよ。ここ看板に書いてなかったら教会だなんてわかんないくらい地味だしさ。」
「.....礼拝の邪魔にならない程度なら。」
「さっすが神父、善業積みまくりじゃん! じゃあ明日から来るわ。またね!」
ソラさんが肉まんの紙を丸めてゴミ箱に放り込んで帰っていく。いろいろと投げ出したかったはずなのに、気づけばサボテンとバイトと大量のぬいぐるみまでを抱える事になりそうだ。
...まぁいいか。理想は理想。実際の人生はこんなものだろう。
信徒たちも帰った後で、その日最後の水やりのために告解室の扉を開けた。ちょっと見ない間に黄色い花は三つ目を咲かせていた。町の教会の片隅に、町で一番不思議な植物が根を下ろしている。
「花、また増えましたね。」
「サボテンだぜ。そういうモンだよ。」
* * * ぽりぽり * * *




