刺さる言葉 - 1/4
とある日。
出張先から電車を二本乗り継いで、やっぱり乗り継ぎというのは何度やっても億劫で、最初の電車が遅れたせいで二本目の接続が駄目になって、その上ホームで30分近くぼんやりと突っ立っていたからで、ようやく地元の国道沿いの、山道に片足を突っ込んだ歩道を歩いていた、そんな帰り道での出来事だった。
8月のあの、何もかもが嫌になる蒸し暑さの中でだ。
まだここから家まで20分以上ある。信号が赤に変わったのを見て足を止めた先には、人も車も見当たらない。真面目に待つのも馬鹿馬鹿しくて、でも一応──職業柄ね──清く正しく待ってしまう。
信号が青に変わった瞬間に、たぶん疲れていたんだろう、口から勝手に言葉が出ていた。
「あぁ、全部投げ出したい...。」
言って、自分でも驚いた。心の声が表に出たのなんて初めての事だったかもしれない。あっと思って周囲を見渡してみたが──いやわかってる、どうせこんな所には誰もいない。
国道を挟んだ両側には雑草と雑木林が広がっていて、その向こうで送電塔が空を刺しているだけ。まるで他人に興味のない風景.....なのだが。
「投げ出すならよそでやれよ。人前でやられたら、そこにいた奴に迷惑だ。」
反射的に振り返った。声は確かに背後から、正確にはガードレールの向こうの茂みの、さらに奥から聞こえた気がする。
「.....えっ、誰か居ます?」
返事はなかった──しかし幻聴ではなかった気がする。疲労がそんな形の錯覚を誘うことはあるんだろうか。精神医学に詳しくはないけれど、あまり健全ではない兆候かもしれない。
気づけば信号は再び赤に変わっていた。その場に留まるしかないが、背後の茂みが気になってじっと待っているのが辛い。
...迷いはあったが、ガードレールを跨いで茂みに分け入ってみた。とにかく何か居るなら確かめないと気が済まない。私の性分では「神様が囁いたんだよ」なんて考えで済ませることはできなかった。
15メートルほどを進むと、雑木林がそこで拓けていた。伸びた雑草に囲まれた送電塔の根元である。
その脇にぽつんと、もたれ掛かるようにして──サボテンが一本生えていた。
高さは大人の胸あたり、だいたい1メートル前後くらいか。両腕を広げたような典型的な形で、要するに "俺はサボテンだ、文句あるか" という感じだった。しかし、なぜここにサボテンが。
「あなた.....喋りましたか?」
長い間があった。風はなかった。鳥も虫も鳴いていない。
何も起こらないまま数秒が過ぎて──そろそろ自分の正気を疑い始めた頃に。
「...文句あるか。」
声の出所を疑う余地は、もはやなかった。
次の瞬間、そのサボテンが一瞬だけ震えたように見え、そして眉間に小さな衝撃を感じた。
気が付いたら家で目が覚めた。家というか、職場に併設された寝室だ。最近は忙しすぎて、もはや職場で暮らしている状態だ。
私の職場? その表現はやや不敬だったかもしれない。ここは神の家──教会だ。
司祭室の見慣れた天井。時計は午前6時を少し回っている。だが今日は何日の何曜日だ? まだ脳がうまく起動していない。
夢だったんだろうか。出張帰りに疲れすぎて、国道脇で居眠りでもしたんだろうか。いや、ならどうやって教会まで辿り着いたんだ。おかしいな、昨日の記憶がはっきりしない。
.....顔を洗おうか。そう思って洗面所に向かい、鏡に映った自分の冴えない顔を見て、そこで一気に目が覚めた。
眉間に棘が一本刺さっている。それは、どう見てもサボテンの針だった。
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