記録出入区画第1管理ゲート - 2/2
その後は広報誌の入った段ボール箱をぎちぎちに詰め込んだバンを見送り、昼前には毒々しいレインボーカラーのバスを追い出し、午前の仕事はそれで終わりだ。
そして午後には、橋の向こう側からサボテンを満載した軽トラックがやって来た。ご当地ゆるキャラである「サボ天 」の素体だ。このサボテンを町のどこかで加工して、町中に飾ってPRする計画らしい。
端末に表示された補足資料によると「サボ天」は、サボテンと天使と天麩羅を掛け合わせたキャラクターだと聞いている。おぞましいにも程がある。生命と信仰と食物をひとまとめに冒涜する腕前だけは見事なものだ。
もっと言えば、この町はサボテンにも天使にも天麩羅にも特にゆかりがない。企画を出した奴も承認した奴も舐めている。
「やあゲートキーパーさん。サボテン9本通るけど申請は通ってるよね。」
「はい、確認だけしますので少しお待ちを。」
荷台のサボテンを数え始めて、すぐに厄介な点に気がついた。幹と枝の区別が難しい.....密集したサボテンというものが、凄まじく数え難いことを今知った。
サボテンではなく鉢の数をカウントしようか。1、2、3 ───
「...問題が発生しました。10本目があります。」
「えっ? 」
慌てて車の外へ降りて来た運転手も荷台を覗き込んだが、鉢の総数は確かに9。しかし鉢に植えられていない、根が剥き出しの10本目がそこにあるのだ。
「まいったなぁ、運搬中に育って増えちまったのか。」
「.....? サボテンって、そういうものなんですか?」
「え、そりゃあそういうもんですよ。しかし、この10本目はどうすればいいですかねぇ。申請は9本でしょう?」
捨ててくれ──と言いたいところだが、実際に口にするのは憚られる。仮にも生命相手の話だし、捨てるにしても自治体のシステムに則った作法がある。ならば...。
「...この町にも花屋はあります。何軒か回って、引き取ってもらえないか交渉してみてください。」
「え、じゃあ一旦は持ち込んでもOKなんで?」
私はすでに端末を操作中だ──緊急対応としてサボテン1の本追加を申請──これで良し。即座に “暫定・期限付き” のタグが付与された許可が返って来た。
「2時間の時限付きですが問題ありません。花屋でなくても、正式に譲渡できるなら誰が相手でもいいんです。そうすれば後は、システム上で自動処理が行われますから。」
運転手はサボテンを10本積んだトラックに戻っていった。鉢に刺さっていない1本が、荷台の端でぐらぐらと揺れている。落とすなよ。
「じゃ、とりあえず町の花屋を回ってみますよ。2時間ね。まぁ何とかなりますわ!」
ならなかった。
* * *
「いやーダメでしたわー。」
運転手は申し訳なさそうに頭を掻いたが、別に彼のせいではない。ただ花屋が、出どころ不明の1m超サイズのサボテンを商品として扱いたがらないだけなのだった。
私は端末の画面に残り時間を確認する。「暫:00:05:36:残」の表示──町にいていいサボテンでいられる猶予時間だ。
「このあと、この町でも荷物を積んで戻らなきゃいけないんだよなぁ。スペースどうしよう...。」
別に時間がゼロになっても誰が罰せられることもない。システム的にはエラーログが残るだけだ。
ただ、この手のエラーは後になって突然他への悪影響を発揮したりすることがある。それも大抵、最悪のタイミングでだ。何とかしたいところではある。
「.....では最後の手段を使いましょうか。」
私はそう言って荷台からサボテンを抱え上げた。ずしりとした重みと、軍手越しのちくちくした痛みを感じる。川を渡る橋の手前まで運び、物言わぬサボテンを地面に横たえた。
ここまでは当区の管轄。そしてここから先は隣区の管轄である。その境界線の上に一本の緑の塊。私は小屋に戻り端末に報告を入力する。
<<追加サボテン個体1について一時退避措置を実施>>
<<所在:橋上・境界線上>>
そのまま待機し、画面の隅でカウントダウンがゼロになる瞬間を待った。
──暫定許可:終了
──自動処理キューへ送信
そして、橋の上からサボテンが消えた。土のこぼれた跡があるし、何本かの棘が落ちている。ただ本体だけが跡形もなく見当たらない。
川に落ちたのなら水音くらいは聞こえたはずだ。端末のログを遡ってみても出区・入区のどちらにも、それらしい記録はない。消えたとしか言いようがない。
「あれぇ? サボテンがどっか行っちまいましたよ?」
「成功です。存在自体が消えた、と見るのが一番シンプルですよ。ちょっとした “裏ワザ” ですが口外無用に願います。」
「これはそういうシステムなんですか? だとしても、何でこんな風になるのやら...。」
「さて、私にも解りません。町の管理にしても...あなただって、そのトラックの制御にしても、システムの全容を完全に理解している人間なんていないでしょう。システムなんてそんなものです。」
橋の真ん中。市と区の管轄の境目。町のシステムの間隙だ。そこに跨がるように置かれ、そしてどの帳簿からもはみ出して、するりと抜け落ちた。
サボテン1本、消失。原因は不明。被害届の提出予定なし。問題──なし。私はそう記録して、ログに保存した。
翌朝の出勤時、ゲートの脇に昨日までなかったものを発見した。小ぶりのサボテンである。大きさは20センチもない、花屋で売っていそうなものだ。
「..........。」
仕事を上がる同僚に尋ねてみたが、私が指摘するまで気づかなかったという。急いで端末のシステムログをチェックしてみるが、昨日の内容に変化はない。
消失──不明──問題なし──。システム上はそうなっている。ならば、確かに問題はないのだが.....だが異常だ。
悪い予感を覚え、ゲートの周囲を確認して回った。排水溝の縁、ガードレールの根元、コンクリートとの隙間、そして川原の至る所。手のひら分の土さえあればという顔で、小さなサボテンがあちこちに生えていた。探せば探すだけ見つけられそうだ。
これは、昨日の自分の判断が招いた結果なのだろうか。私の仕事の成果にしては、ずいぶんと賑やかしいじゃないか。遣責や戒告はないだろうが、私の仕事に対するプライドには傷がついた。
「でもよぉ、問題はないんだぜ? なら別に良いじゃないか。」
一方で同僚の方は呑気なものだ。こちらの気も知らないで。しかし流石に自分を棚に上げてまで、いつものように心の中で罵る気にもなれない。
「お前...これ見て本気でそう思えるのか?」
「だってシステムが “こういうものだ” って判断したんだろ? 良くないってんなら、システムの方で弾くはずじゃないか。それに今日の入区予定を見てみろよ。ちょうど良いと思うんだけどな。」
端末の画面を切り替えて、言われた通りに予定表を確認してみる。その1行に「市内全区共同:緑化推進計画 / 入区」の項があった。
「計画を先取りしたんだと思っとけよ。それで辻褄が合う。そんじゃ、もう上がるぜ。お疲れさん。」
私が常々不思議なのは、日勤組は元気に出勤して疲れて帰っていくのに対して、夜勤組は何故か陰気に出勤して陽気に帰っていく事だ。これは一体...ダメだ、集中しろ。これから仕事なのに余計なことを考えるんじゃない。
ここは記録出入区画第1管理ゲート。通称のどぼとけ。そこに今、小さな棘が刺さっている。それはもう、そこらじゅうに刺さりまくっている。
「喉元過ぎれば.....か。」
果たして、この棘が私の中で腑に落ちる日は来るのだろうか。
*/ ぽりぽり /




