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Poly Scape, Poly Time.  作者: 煙亭しっぽ
- The Person Inside -

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3/10

中の人 _ 3/4

内田ウチダさん、お疲れ様です。」


「あ、外崎トノサキさん。今日もご苦労様です。」


 お互いに自己紹介をしてみれば、あまりにもあんまりな運命の差配に笑ってしまった。中の人が「内」で自分が「外」とは、ちょっと出来過ぎじゃあないか。

 あれ以来彼女とは仕事中に言葉を交わすのが常になっている


「トノサキさん、今日のニュースは何かありました?」


「トップニュースは “今年の花粉症は相当ひどい” ですよ。平和なもんです。」


「花粉症ですか。ここって空調が効いてるからか、私はもうずっと縁がないですねぇ。昔は随分ひどくってお薬代もバカになりませんでしたけど。」


「生活費がほとんどかからないの、ほんと羨ましいなぁ。」


 夜の美術館内を上から下に巡回する。そして螺旋階段を登って上に戻るまでの間、柱の向こう側にいる彼女と短い雑談を交わす。

 自分にとっては退屈しのぎ。中の人には気分転換。たまに柱の各所の小窓から、コーヒーやお茶やお菓子を差し入れ合う。


 ある夜は──


「ウチダさんどう思いますか、この冬のトレンド。コートの丈とか急に短くなりましたよね。」


「...そうなんですか?」


「えぇ、店で売ってるのも短いのばっかりです。」


「トノサキさん詳しいですね。私は毎日来館者のこと見てますけど、全然気にしなかったなぁ。」


 ある夜は──


「実は今、来館者がこの螺旋階段を移動しながらAIに展示品の解説を聞いたり、質問に答えられるようにしようって案が出てるんです。」


「最新技術だ。そんなの導入しようなんて、館長さんも意外と攻めてますね。」


「それが、実際は私がでAIのフリをするだけでして。自信ないなぁ...。」


「.....。」


 またある夜は──


「そう言えばウチダさんって、いつ寝てるんです?」


「いやぁ、寝れなくなっちゃったんですよ。ここに落ちて以来、一度も眠くなった事がないんですよねぇ。」


「それも、そういうシステム(・・・・)だから──ですか?」


「多分...。」


 会話はだいたいそのくらいで終わる。だがその時は、少し歩みを遅めながら訊ねてみた。


「ウチダさん──そこは、飽きませんか。」


「.....飽きるとか飽きないとかじゃないですねぇ。ただ、落ち着けるんですよ。内側から見ていれば綺麗で──」


「何が?」


「世の中が。」


 彼女は言葉を続けなかった。自分も特に聞かなかった。

 ただその夜の会話は、少しだけ言葉が少なかった。



*/ The Person Inside /*



 月が変わって、自分はまた転職のことを考え始めた。正確にはずっと考えていたのだが、ここに来て頭の中の解像度が上がっている感じがする。

 このまま夜の美術館をぐるぐる歩き続けるのかという問いが、夜ごと少しずつ輪郭を持ち始めていた。


 ある夜、自分は彼女にその話をしてみた。柱の壁面を隔てた向こうに、外のくだらないニュースの代わりに。


「自分、ずっと転職するべきかなって考えてたんですよ。」


「そうだったんですか。どこか、行きたい所があるんですか。」


「...それが、別になくって。」


「それは転職とかじゃなくて、ただ今が嫌なだけなんじゃないですか?」


「そうなんです。それが問題なんだと、自分でもわかっているから悩んでいて。」


「.....でも、居心地が良いなら今のままでも良いのでは。」


 予想していたことだけど、彼女はそういう考え方だ。割り切っているというか、割り切れてしまえるだけの思い入れを持ってこの美術館になっている(・・・・・)。単に仕事でここに来ているだけの自分とは、人種が違うと言って良い。


 でも最近の自分は──ここでの仕事が苦ではない。


「居心地が良いのが問題なんですよ。」


「どうしてですか?」


「このままでも良いかなって思い始めたら、もうどこにも行けなくなる気がして。」


「それは、私みたいになるのが嫌だってことですか?」


 彼女の声のトーンはいつもと変わらない。責めているわけでも冗談でもなく、ただ確認する──そんな声だった。


「そういう意味じゃあないですね。むしろ逆かもしれません。ウチダさんの生き方には、正直ちょっと憧れがあるんです。

 だけど自分には、まだ外への未練があるみたいで。ウチダさんみたいに本気で取り組めるような趣味もありません。そんな自分に “どこか” に居直る資格があるのかなって...。

 いや──自分は、自分で選んでない(・・・・・・・・)なって、それぐらいしかわかってなくて.....駄目だ、自分でも何を言いたいのかよくわからなくなっちゃったな。」


 小窓の向こうで、湯呑みに何かを注ぐ音がした。それに続いてコトリと何かを置く音が。その後にはしばしの無音。それから、彼女が深く息を吐いた音が聞こえた。


「トノサキさん。外に出る理由がなくなってしまう前に、ちょっと無理にでも出てみた方が良いですよ。試すだけでも。

 本当に理由がなくなってから動こうとするのは、たぶん──すごく大変です。」


 この夜の会話も、そこから先の言葉は少なかった。そして夜が明けて家に帰った自分は、曖昧な動機のまま転職エージェントサイトに登録をした。



 * * * 続く * * *

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