煙突 - 3/4
地図づくりは、そのあたりから煙突調べに変わった。
なんでたどり着けないのか。あの煙突は一体なんなのか──自分でも意識しないうちに、最初に買ったノートの余白は煙突のメモで埋まっていた。2冊目のノートを買って、そっちは煙突専用の研究ノートにして本格的に調査を始める。
まずは地図を調べてみた。市販の地図、ネットの地図アプリ、図書館にある古い住宅地図。手当たり次第に全部見た。煙突は──ない。どの地図にもそれらしい名前や記号は載っていない。
だけど窓の外を見れば煙突は確かにそこにある。あの真っ黒な棒は今日も空に刺さっている。目には見えるのに、誰も説明を残さない。
答えって、本に載ってるものじゃないんだ.....そんな驚きを引きずりながらも、気を取り直して次はネットで調べてみた。「町の名前 煙突」で検索してみると、町の風景画像がいくつか見つかった。そこにははっきりと大きな煙突が写っている。だけど煙突についての説明は出てこなかった。「今日も大きい」だの「昔からある煙突」だの、そんなことしか書かれていない。
「巨大煙突 日本」で検索すれば別の有名な煙突がいくつか出てくるが、この町のものは影も形もない。SNSでもハッシュタグでもゼロだ。
三つ目は聞き込み。改めてクラスメイトたちに聞いてみた。
「ねぇ、あの煙突ってなんなの?」
「あぁ煙突。おっきいよね。」
「いや、そうじゃなくて──なんの煙突なのかな。」
「うーん.....そんなこと気にしてるのトーマくんだけだよ。」
先生にも聞いた。社会科の先生は少し考え込んで、それから首を傾げた。
「面白い疑問だね。哲学的と言うか...私も気にしたことなかったな。宿題の日記に書いてみたらどうだ?」
みんなの態度は全部がこの調子だ。僕はいよいよ学校で浮き始めた。友達らしい友達は全くできそうにない。それはマズいとは思ってるけど、どうしても煙突の方が気になるんだから止められない。
それでもクラスメイトとの距離がこれ以上開くのは良くない事だとわかるから、聞き込みの範囲は学校の外に絞ってみた。まずはよく行く商店街で自転車屋のおじさんに聞いてみた。
「あぁ、昔からある煙突だよ。俺のじいちゃんの時代からあるっていうぞ。なんの煙突かって...そういえば知らないな。」
蕎麦屋のおばさん。
「私が子供の頃からあるわね。小学校の頃、あの先っぽに魔女が住んでるなんてウワサがあったっけ。懐かしいわねぇ。あら、住んでるのは根元だったかしら。昔すぎて覚えてないわ。」
交番でお巡りさんにも聞いてみた。
「あれは政府の機密施設だよ。放射線とかをモニタリングする──いや黄砂を──えっと──まぁ、そういうやつだよ多分。」
全員がちゃんと答えようとはしてくれる。だけど誰の答えにも中身がない。みんな煙突を知っていて、見えてるし認識している。なのに誰も「あれが何なのか」を考えたことがないらしい。
近所に住んでるおじいさんの答えが、一番正直で一番怖かったかもしれない。
「わざわざそんな事を調べてるのか、物好きだな坊主。あの煙突はな──あれは...」
おじいさんはそこで少し黙った。何かを思い出そうとしているような、あるいは思い出しかけたものがするりと逃げてしまったような、そんな沈黙だった。
「...なんだっけな。まぁ、いつの間にかあったんだよ。なんだったかなぁ。」
結局、何もわからなかった。
ノートの後半からはもう、走り書きのメモが余白を埋めるだけになっている。「写真には写る」「地図にはない」「みんな知ってる」「誰も考えない」「行けない」「道が曲がる」「影がない?(要確認)」「魔女が住んでる(蕎麦屋情報)」「政府施設(駐在所情報)」「恐竜が住んでる(幼稚園児情報)」。
手に入れた情報を並べるほどに、わからなさだけが大きくなっていく。ノートの中身はもう支離滅裂で、殴り書き、矢印、疑問符の山だ。
なんで行けないのか。どうして誰も気にしないのか。"そういうもの"ってどういう意味なんだ。狂ってるのは僕の方か?
──最後の問いだけは、ちょっとだけ怖くて太い線で二重に潰した。
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