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記憶を失くしたハデス様 〜愛を知る必要はないと、ハデスは言う〜  作者: HARUHANA


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15.愛し愛される時

 繋がった手と手。

 まるで、溶けた感情の雫がゆっくり……ゆっくり流れ落ちるように、胸の奥から生温い言葉が溢れてくるのだ。嬉しいと感情を出すのは、得意ではないのに……自分なりに表現したいと思う心に従ってみても、良いのかもしれない。


「この世界に長く生きてきて、初めて怖いと思ったのだ。自分を認めるのも、ベルを失うかもしれないと思ったことも」

「……」

「認めてしまえば、もう知らなかった頃の自分には戻れない。誰かを愛し、憎み、殺すような狂った神々を軽蔑してきた自分が、愛に触れるなどあってはならないと思ってきたのだ。何もかも初めからやり直せば、それで良いと……思ったのに――」 

「……のに?」


 愛を知った私は、もう引き返せないところまで来てたのだ。

 愛に触れ、知らなかった頃には戻れない。


「何をしていても、何もしていなくても頭の中はベルでいっぱいだった。忘れようと思えば思うほど、会いたくて……抱きしめたいと願わずにはいられなかった。互いの幸せを願うなら、私は冥府、ベルは地上の野に囲まれた方がきっと良い、それが最善だと……。だから、ベルの幸せを優先しようと必死に耐えてきたのだ」

「私の幸せは、私が決めます。だって私の幸せは、ハデス様といることだからっ」

「ベル……」

「二度と会わないって言われた日から、これは罰なんだって思ってきました。人間なんかが天界に行って、神様を怒らせた罰なんだって。だからハデス様もきっと呆れちゃったんだって……会いたくても、ハデス様が手を伸ばしてくれなきゃ私にはどうすることも出来ないんだって……諦めようと思ったんです。でも今日、最後にハデス様に会いたいって、蛇に殺されるくらいなら……せめて一目でもハデス様に会いたいって心から望んだ私がいました」


 真っ直ぐに見つめるベルの目から一雫の涙が溢れた。


「人間じゃないって分かった時、ハデス様と同じ時間を生きていけるかもしれない、そう思ったら怖かった事も辛かった事も、全部どうでも良くなったんです。私は……ハデス様が好きです」


 心臓を、誰かにギュッと掴まれたような痛みに耐えながら、この手でベルを思いきり抱きしめた。ベルに会うための過去だったのならば、甘んじて受け入れよう。


 『何かを得たときこそ、その価値を見失ってしまう』


 いつかの自分は、そう信じて疑いもしなかった。それが今は、失う恐怖より……得られる幸せを、ただ感じていたいと思った。きっと私は、知ってしまった愛という感情に、溺れる覚悟が出来たのだ。


「私もベルが好きだ。この気持ちが自分だけじゃない悦びを……どう表現したら貴女に伝わるんだろう」

「ちゃんと伝わってます。だってこんなに強く抱きしめてくれてるじゃないですか」

「……もうベルが拒まない限り、離してやれそうにない」


 きっと元の形には戻れないかもしれない。

 知ってしまった愛の形が、いつか変わってしまうかもしれない。

 

 それでも……きっと私は、手放せないだろう。


「嬉しくても涙って出るんですね」

「……愛しいベルが笑っていてくれるなら、私も笑っていられる。どんな涙も私の手が拭うと誓おう。ベル……私が間違ったなら伝えて欲しい。貴女のためならどんな事も直してみせる」

「それなら私も、ハデス様のために出来ること沢山します」


 互いに微笑んで、もう一度強く小さな体を抱きしめた。



 ***



「んっ……此処は――」


 仄暗い陰気な場所。少し先に見える微かな灯り以外、何も感じない。

 俺は、ベルと名乗る美しい我が子に会いに行ったのだ。痣を見た時は驚いたが、把握出来ない唯一の子があの娘だったとは……いやはや、デメテルにはしてやられた。大方、俺から隠して人間として育てたかったのだろうが、それが幸か不幸か女神として誕生してしまったと気付いているんだろうか。


 どっちにしても、心から欲しいものが手に入らないのだから、誰をどうしようが俺の勝手だろう。あの温もりを探したって、どこにもいないのだから。


 それにしても……ハデスの奴、俺に本気で向かって来たのは初めてだ。冥界に降りる前からずっと軽蔑した目を向けて、関わろうともしなかったくせに、まさか地上にケルベロスまで寄越すとは想定外だった。おかげで、甘噛みとは言え傷になった腕がやけに傷むな。


「冥界から出るには一人じゃ無理だな……神殿の目安さえ分かれば」


 ――カタンッ


「誰だ!」


 研ぎ澄まされた感覚で、僅かな音の方向に目を向け歩き始めてすぐ、灯りの下に見えた人影に安堵したのは言うまでもない。何故なら、それが冥界の神であり、ハデスだから。


「ハデス! よくもこんな場所にっ」

「……今も昔も、私はお前を軽蔑している。自分の欲望のままに、まるで人を駒のように扱うお前が許せなかった」


 口を開こうにも言葉が出ないのか、沈黙が流れる。


「だが……私にも欲望はあった」

「ベルとか言う娘か」

「初めて心が動いた……。長く時を生きてきて初めてだ」

「俺にもあったよ。本当に深くまで繋がり続けたいと願った相手が。お前は忘れたかもしれないがな……」

「これは交換条件だ。二度とベルに手を出さないと誓ってくれ。さすれば、忘れてない証拠を見せても良い」

「どっ……どういう意味だ……」



 ハデスの後ろから現れた見覚えのある羊――


 

「……イ……オ」

「…………」

「い、い……今すぐ姿を戻してあげ――」


 首を振る羊のイオは、感情の読めない瞳で俺を見た。あんなに探して探して、忘れられなかったイオが目の前にいるのに……何故姿を戻さないと首を振るのだ。お互いを想い合う仲じゃなかったのか?


「イオ、頼む……頷いてくれ。元の姿で抱きしめたいのだ」

「…………」


 それでも首を振るイオに愕然とした。膝を地につけた俺に、ハデスが「声だけ生かそう」とイオに念を込めた。


「ゼウス……」

「イオ!! なぜ首を振るのだ!?」

「……私は、怖くて堪りません。何百年経っても、貴方を私だけのゼウスに出来ないのです……ですからもう苦しさに心が押しつぶされるのが怖くて堪りません」

「そんな……俺の心はいつも――」


 いつも、イオのそばにあっただろうか……?


 イオと離れ離れになってから、俺は何をした? 寂しさを埋める女を探し、本当に欲しいと願うイオが手に入らないもどかしさを他の女で満たした……。欲を満たし、子を成し、新たな神は要らぬと子の身体に付く痣を取って神の誕生も妨いだ。

 本当にイオを誠実に想うならば、探し続け、思い続け、ヘラとの未来を切る覚悟も持たなければ資格は無かったのかもしれない。


「イオ……すまなかった……。どうやら俺は自由すぎたな」

「もう、良いのです。今更地上に出たところで行く当てもありません。どうかこのまま起き置いて下さいませ」

「その願いを俺が聞いてやれると思うのか?」

「それでも、です」


 無理矢理にでも姿を戻し、手を引いて天界まで行くことだって出来るのに、イオの瞳がそれを許さないようにすら見える。こんなに愛おしいのに、無闇に天界へ連れていけばヘラが黙ってはいない。どうすれば――


「取引をしよう。ゼウスよ、二度とベルに近付かないと此処で誓え。さすれば、イオの心だけでも救おう」

「……あぁ、約束するとも。あの娘には関わらない、関わらないからイオを――」

「お前に返すわけではない。イオの心を救うだけだ」

「……それでも、良い。会えただけで十分だ」


 長い時を過ごすには、十分な施しだった。

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