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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第7章 家族

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    対面⑤

お久しぶりです。生きています。

長らくお待たせしてしまい本当にすみませんでした。

 『家』の玄関前に、複数のスマホの通知音が響き渡る。画面を見ると、『合流しました。今から向かいます』というメッセージが表示されていた。穂乃から送られたものだった。


「よかった。無事に合流できたんだな」


 勝元が皆を代表して言った。ホッと息を吐くと同時に、皆の顔が緊張で引き締まる。



 これから、ここに光咲翠が来る。


 スマホに表示される時刻は十九時五十五分。約束していた合流時間より五分ほど早かった。



 藍代が翠のアカウントへ送ったメッセージには、あの後すぐに返信が来た。そして、あっという間に翠と会う日時が決められた。その迅速さを見るに、藍代が言っていたことは全て本当であるようだった。


 翠と会う機会を設けるにあたり、一番の問題となったのは、どこで会うか、だった。


 仕事の合間を縫って来てくれる翠のことを考えると、T市の柚の家まで来てもらうことはできない。けれど、街中のどこかで会うとしたら、人の目に触れたり話の内容を聞かれてしまう危険がある。色々と考えた結果、結局この『家』に招くこととなった。


 しかし、『家』が安全かというと、決してそうではない。『家』は『特別プロジェクト』参加者専用の施設だ。地下には、魔法が利用されたあの『道』もある。そこに、プロジェクトに無関係の翠を関わらせてしまうのが危険であることは明白だった。



『僕は、君たちや、君たちの周囲の人たちの情報を、他の人が知りえないところまで掴んでいる』

『もしこちらに従わなければ、それらの持っている情報を全て公表する』



 以前、社長が柚たちに突きつけた脅しの言葉。



『もしプロジェクトへの参加を拒否したり、続行の妨げになるような行動を取ったりするならば、そのときはどうなるか、もう分かってくれたよね』



「……」

 あのときの、身体の中身が抜け落ちるような恐怖を思い出す。


 社長のことだから、中梛に関係している翠のこともきっと把握しているだろう。でも、翠は今、社長の管理下である『特別プロジェクト』の内側にはいない。それなら、その状態を維持するべきだ。できるだけ巻き込みたくなかった。


 そういうわけで、翠がここへ来ることは社長たちに伝えていない。かなり攻めた計画であることは、皆理解していた。



「葵さん、もう帰ったんだよな」


 勝元が確認する。それに、天瀬が「うん」と頷く。


「オレがテキトーなこと言って帰ってもらった。特に変な顔はされなかったから大丈夫じゃない?」


「そうなると、気がかりなのはルリさんですよね。探しましたが、結局姿が見えませんでしたし」


 今度は一華が少し眉をひそめて言った。それにも、天瀬が答える。


「ルリチャン、この時間いつもどこにいるのかよく分かんないからねー。もう寝てるといいんだけど、こんな時間に寝るタイプの子じゃなさそうだし」


「そうだね。あの子、年齢の割に頭が良いし、かなり社長に懐いてるから、もし今からのことを見られたら確実に社長の耳に入ると思うよ」


 凪沙がいつも通り淡々と言った。あのルリがそんなことをするなんて思いたくないけれど、あの子が社長側だというのは本当だろうから、否定はできなかった。



「ていうかそもそも社長って生きてるの?」

 唐突に、櫟依がそう言った。


「五月の白葉さんの件から、一切姿を見てないんだけど」

「そういえば……」


 柚はつぶやいた。確かに、柚たちに脅迫の言葉を残したあの日以降、社長の姿を見かけていない。それまでは結構な頻度で顔を出していたというのに、最近はそれがパタリと途絶えていた。


「確かに、変な感じだよねー」

 場違いなほど緊張感のない声で、天瀬は言った。


「オレが街中で『破壊の司者』の力使ったときも、何も言ってこなかったし。一応それが、社長たちが掴んでるオレの『弱み』なのにさ。あったことといえば、魔力のせいで腕時計壊しちゃってルリチャンに怒られたくらい」


「藍代くんが抜けるってなったときに、引き留めたりしなかったのも意外だよね。連れ戻すことを提案したのも景山さんだったし」


 創も言った。藍代を見ると、彼は軽く顎を引いた。


「特に引き止められなかったよ。僕は、ここに戻るって決めて手続きしたときに社長と会ってるけど、そのときにも特別何も言ってなかったし」

「そうなんだ……」


 柚のときは参加の継続を強制したというのに、随分と対応が違う。どういうことなのだろうか。



「実はもうオレたちに興味なくなったのかな」


 天瀬が、純粋にそんな言葉を口にした。しかしそれは、すぐに別の人物によって否定された。


「そんなことねえと思うけどな」


 そう言ったのは、扉の正面で仁王立ちをして、緊迫感をまとっている中梛だった。彼は、うんざりしているように軽く息を吐いた。


「今までのことも、今回のことも、あいつはどっかで見てるだろうよ。天瀬と藍代のことは、俺らで何とかすると思ったんじゃねえの。必要があれば、多分あいつは姿を現す」


 まるで、それが分かり切った事実であるというように。

 中梛は迷いなくそう言った。



 必要があれば。

 社長の目的。

 中梛が抱えている『事情』。



「今回については、中梛はどう思うんだ?」


 勝元が尋ねた。


「……」

 中梛は答えなかった。彼はただ真っ直ぐ、これから待ち望んだ瞬間が訪れるであろう扉の方を黙って見つめていた。



 そのとき、ふと、扉の向こう側で微かに声がした。二人分の、女の子の声。皆の注目が、一斉に扉に集まる。


 近くまで来た翠をここまで案内する役目は、穂乃に任せていた。

 翠に警戒心を持たせにくく、万が一誰かに見られたときの危険が少なく、そして確実にここまで翠を連れてくることのできる人物。その条件を最も満たすのが穂乃だったからだ。



 『家』の玄関の扉がゆっくりと開く。深い藍色の夜を背景とするその隙間から、穂乃がそっと顔を覗かせた。


 穂乃と目が合う。彼女は緊張した表情でこくりと頷いた。柚も、そして周囲に集まった他の参加者たちも、それに応えて頷く。


 ふと視線を向けると、扉の正面に、まるで目の前にいる敵に正面から向かおうとする兵士のように真っ直ぐに立つ中梛の姿があった。彼は、見たら思わず逃げ出してしまいそうな険しい顔で、瞬きもせず、じっと扉を見据えていた。



 研ぎ澄まされた期待と緊張感。

 息を吸ったら肺が焼けてしまいそうなほど澄んだ覚悟。



 高鳴る心臓が、大きく大きく動き始める。震えだす両手をぎゅっと握り合わせて、柚は扉の方に向き直った。


 穂乃は、ぎこちない動きで扉の隙間に身体を通過させた。そして、後に続く人物のために、振り返ってその隙間を広げた。



 玄関の照明が、扉の向こうの藍色に滲む。


 その中に立つのは、柚が初めて会ったときと同じ姿をした、光咲翠だった。



「……」


 目深に被った帽子と眼鏡の奥の瞳が、真正面に立つ中梛を捉える。

 

 一瞬のうちに、二人の視線が合わさる。



 その瞬間だった。



 サッと。

 二人の世界を囲む空気が変わった。



 二人を起点として、今までの空気を外側へと押し出すような、一気に解放されてこちらに押し寄せるような空気の流れを全身に感じる。特別だと誰もが理解させられるその空気が、あっという間に風景を違ったものへと変えていく。



 普段と何も変わらない『家』の玄関。何の変哲もない板張りの床と、それを照らすLEDの光。普段から生活音以外は聞こえないような、特別な音なんて何もない空間。


 そんな何もない景色が、その姿を変えないまま、急速に塗り替えられたようだった。



 桜の花びらが舞い散るあの暖かい風のような。

 木々の葉が擦れるあの柔らかな喧騒のような。


 まるでドラマチックな演出で彩られたドラマのクライマックスシーンを見ているような、そんな感覚。



 瞬きも忘れたまま、呆気に取られた表情のまま。

 翠の足が、暗闇に伸びる照明の光の中から、煌々と照らされる玄関の床へと踏み入れる。



 二歩目が、躊躇いもなく板張りの床を踏む。はやる彼女の気持ちが、床を蹴る足へ伝わる。


 帽子がふわりと外れる。髪がさらりと広がる。



 飛びつくように、翠はそのまま中梛に抱きついた。



 顔が、まるで用意されていたかのようにぴったりな位置にある肩に収まる。

 感動を抑え込むように、もう離さないとでもいうように、中梛を抱きしめる翠の腕に力がこもる。



「……」


 空中を彷徨う中梛の腕が、遠慮がちに、翠の背中へ回される。片方の腕は、翠の背中に触れるかどうかギリギリのところで止まった。もう片方の腕は、諦めたように、また彼の身体の横に戻された。



「……会いたかった」



 笑うように閉じられた目の隙間から零れた涙とともに、翠はそう言った。



「ずっと、待ってた」


「……ああ」



 背中に回した方の手が、そっと翠に触れる。目を伏せて、中梛は穏やかに微笑んだ。



「俺もだ」

読んでいただいてありがとうございます。お待たせしてすみません。

続きもまた間があいて四月ごろになってしまうと思います。お待ちいただけると嬉しいです。

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