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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第7章 家族

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    対面⑥ 

大変お待たせいたしました。

「初めまして。光咲翠といいます」


 皆を見回すと、改めて翠は挨拶をした。


「すご、本当に本物だ……」


 櫟依がしみじみとつぶやいた。他の皆も、目の前に立つ超有名アイドルをまじまじと見つめている。


 普通に生きていれば関わることのない、画面の向こうの存在。そんな彼女の姿が、普段過ごしている環境の中にいる。もう既に何度か会っている柚にとっても、その光景はどこか現実味がなかった。翠がいることで、見慣れたこの『家』が知らない場所に代わってしまうようだった。


「夜遅くに突然お訪ねしてしまいすみません」


 失礼とも取れる驚きの視線なんて、浴び慣れているのだろう。その点には変に恐縮することなく、翠は頭を下げた。それに、天瀬がニコリとして答える。


「全然気にすることじゃないっすよ。ていうか逆に、こんな大勢で迎えちゃって、オレたちの方が非常識って感じだし」


「俺が許可したんだ。こいつらにも関わることだからって。勝手なことして悪かった」

 中梛が謝った。翠は柔らかく微笑むと、「ううん、大丈夫だよ」と言った。



「それにしても、こうして並んでみると、やっぱりよく似てるな」


 勝元が感心したように言った。確かに、単体で見ると気づかなかったけれど、実際に横に並んでみると、二人が瓜二つなのは誰の目にも明白だった。顔の造詣があまりにも一致している。


 見比べる皆の視線を受けて、中梛と翠も互いの顔を見た。視線の高さまでぴったりと合った横顔。少し居心地が悪そうに顔を背ける中梛に対し、翠は少し照れたように、そして嬉しくて仕方がないというようにはにかんだ。


「はい。本当にそっくりです」


 じっと中梛を見つめながら、翠はそう言った。夢の中にいるような、夢である可能性を否定するために何度も確かめようとするような瞳だった。


「一目見てわかりました。私たちが――」



 そこでふと、弾んだ声が途切れた。


 喜びで満ちた翠の瞳が、少し迷ったように揺れる。表情は変わらなかったけれど、微かにそこに影が差したような気がした。


 言葉が途切れたのをごまかすように、翠は微笑んだ。彼女に向かい合う中梛も、翠の言葉を待っているのか、ただじっと黙っているだけだった。そんな二人に言葉の続きを尋ねるのは何となく憚られて、柚たちもまた、静かに次の言葉を待った。



「大丈夫だよ」



 不意に、不自然な沈黙を破る声が響いた。藍代の声だった。


 藍代を見る。皆の視線が集まる中、彼の静かな目は、真っ直ぐに翠のことだけを見ていた。



「ここにいるみんなは大丈夫。僕のことも知ってる」

「……」



 不安そうな翠の目が、吸い寄せられるように藍代の目を見る。数秒間見つめ合った後、翠は表情を引き締めて小さく頷いた。


 翠は、今度は視線を中梛へと向けた。中梛が軽く頷くのを見て、翠もまた、覚悟を決めたようにしっかりと頷いた。



 ゆっくりと、翠は柚たちの方に向き直った。


 観客の視線を集める舞台上の演者のような、今から何かが始まると見ている方に分からせるような、緊張感をまとった独特な空気。ライトを浴びた彼女の言葉が、『家』のロビーに響く。



「今会って、確信しました。私たちが姉妹で――多分、双子だっていうことを」



 双子。

 おそらく、この二人を見た人に二人の関係性を尋ねたら、全員が口を揃えてそう答えるだろう。そう言い切ってしまえるくらい、それは自明だった。


 一度知ってしまえば、二人が双子であること自体にもはや驚きはない。そうだろうな、としか言いようがなかった。問題は、そこではなくて。


「お二人が双子だというのには納得です。ここまで似た容姿をお持ちだと、逆に双子でない方が不自然なくらいですから」


 一華が代表してそう言って、そして尋ねた。


「でも、多分、というのには、どのような意味合いがあるのでしょうか?」


 柚が気になるところは、まさにそこだった。

 なぜ、わざわざ彼女は『多分』という言葉を使ったのだろうか。


 翠も、その質問が来ることは想定していたのだろう。特に焦ることもなく、彼女は口を開いた。


「――今までずっと隠していましたが」


 彼女の声が、高まった緊張感の中に響く。



「私、捨て子なんです」

「…………え」



 予想外の言葉に、一瞬、耳を疑う。


 捨て子。

 魔法使いと結びつけられやすい、イメージの良くない存在。


 そんなこと、聞いたことがなかった。翠の家族とのエピソードは時々語られているそうで、百合が話していたのを聞いたことがあるけれど、特にその中に捨て子を疑われるような話はなかったはずだ。詳しいことは話されていないが、きっと両親に大切に育てられたのだろうと、皆話していたような気がする。


 けれど、隠しているのも当然か、と思い直す。

 一般人だって、印象が悪いからと、捨て子だということを隠して生きている人が多いのだ。イメージが大事なアイドルである翠にとって、その情報は致命的になりかねない。公表する人なんていないだろう。



「私は、生まれたての赤ちゃんくらいの状態で捨てられていたところを、偶然通りかかった母――私のマネージャーさんに拾って育ててもらいました」


 丁寧に、落ち着いた声で、翠は言った。


「拾ってもらった場所には、私一人だけしかいなかったそうです。他の子はいなかったし、いた形跡もなかった。私の出生に関わる情報も、何も残されていなかった。だから、私たちが双子かどうか、そもそも私に兄弟姉妹がいるのかどうかも分からなかったんです」


「俺もいわゆる捨て子ってやつだ」


 中梛も、翠に続いてそう言った。


「俺が捨てられてたのはB県の山奥だったから、翠とはかなり距離が離れたところに捨てられてたってことになるな。俺の場合も、近くに他の赤ん坊はいなかったらしい」


「ってことは、二人は生まれた直後から別々だったってことか」


 勝元の言葉に、二人は鏡写しのような動作で頷いた。



 生まれてすぐに、遠く離れた別の場所に捨てられ、別の人に拾われ、そして全く別の環境で育てられてきた双子の姉妹。会うこともないままそれぞれの人生を生きて、先ほどようやく、長らく待ち望んでいた対面を果たした、ということだけれど。


「でも、二人が会うのは本当に今日が初めてなんだよね」


 今度は、創がそう尋ねた。


「兄弟姉妹がいるかどうかも分からない、っていう状態だったのに、会う前からお互いのことを知っていたような感じだったけど、それはどうして?」


「それは……」


 中梛と翠は顔を見合わせた。二人とも、何かしらの同じ答えは持っている様子だったけれど、それをどう言えばいいのか考えあぐねているようだった。



「……答えになるか、分からないんですけど」


 ややあって、翠が口を開いた。


「直感です。どこかにいるって、そんな感じがしたんです」

「直感……」


 そんな荒唐無稽なことを言う翠は、至って真剣だった。


 自分の出自に関わる情報もない中、一人で捨てられていたところを拾われた。そんな状況で、もしかしたら自分の家族がこの世界のどこかで生きているかもしれない、という期待を抱くことに不自然はない。


 けれど『自分の姉妹が存在している』なんていうピンポイントな可能性を、確信のように持っているというのはさすがに不自然すぎる。実際、本当に存在していたということも、直感で片づけてしまうのは強引な気がした。


「おかしいことを言っているのは分かっています。でも、本当にそうとしか言いようがなくて」


 皆の困惑したような顔を見てもなお真剣な姿勢を崩さず、翠はそう言った。そして、彼女はふと柚の方を見た。


「藍代くんは知ってることだし、柚ちゃんももう気づいてるかもしれないけど」


 突然の名指し。その名前が自分のものだと認識するのが一拍遅れる。状況を飲み込んで、ようやく疑問や驚きが追いついたときには、翠はもう口を開いていた。



「私、人間じゃないんです」



 はっきりと、覚悟を決めた声で。

 翠はそう告げた。



「私は多分、向こうから――魔法界から来た、魔法使いなんです」

「……」



 魔法使い。


 『司者』でも、『特殊能力』保持者でもなく、一華のような例外でもない。

 違う世界の存在である、魔法とともに存在してきた、純粋な魔法使い。



 現実が揺らぐような、頭がくらくらする驚き。そして、今まで気づかない振りをしていた事象に色がついていく感覚。


 そうか。


 翠が抱える『こちら側』の事情。

 柚たちに対しては見え隠れしていた、彼女の秘密。


 それは彼女が、この世界では忌避される対象そのものである魔法使いだ、ということだったのだ。



「知りたかったんです。私が何者なのか。どういう存在で、どうしてここにいるのか」


 皆の見開かれた目の中心で、翠は立っていた。瞳の中に映る姿の全てに、きっと彼女の強さがあった。


「自分がここにいることに、何か意味があるんじゃないか、この世界のどこかに、私の生まれと関わりのある誰かがいるんじゃないかって、そう思えて仕方がなくて。確証もないのに、きっとそうだっていう確信だけがあって」


 翠は、ぎゅっと胸に手を当てて、訴えるように続けた。


 人知を超えた、理屈ではない確信。それが魔法使いなら備わっている能力なのかは分からないけれど、きっと、柚たちが感じる『直感』とは訳が違うのだろう。


「そう思っていた中で、ちょうど芸能界にスカウトされました。母と話し合って、芸能人として大勢の目に触れれば、家族にも見つけてもらえるんじゃないかってことになって、芸能活動を始めることになったんです。そうやって、今までずっと、見つけてもらえるのを待っていたんです」


 そうだったのか、と柚は納得する。

 彼女が芸能活動をする背景には、そんな目的があったのか。この世界のどこかにいるはずの家族に見つけてもらうために努力して、翠は今の立場まで辿り着いたのだ。



「じゃあ、中梛くんも」


 中梛に目を向けると、彼は「ああ」と頷いた。


「俺も魔法使いだ」


 少しの躊躇いもなく、中梛は言った。


「翠ほどじゃないが、何となく、この世界のどこかには血の繋がったやつがいるんじゃないかって感覚はあった。俺の場合は、見つけてもらおうとか積極的に探しに行こうとか、そういう行動を起こそうとはしてなかったけどな」


 そう言うと、中梛はちらりと翠のことを見た。


「だから、テレビで初めて翠を見たときは本当に驚いた。自分とそっくり過ぎて、一瞬で自分の家族だって分かった。それからは、お前らの知ってる通り、翠について色々と調べるようになったって感じだ」

「なるほど……」


 中梛が翠を探し始めるにあたって、そのような経緯があったのか。その結果から見ると、家族に見つけて欲しくて芸能活動を始めたという翠の選択は大正解だったということだろう。



「言ってなかったの? 魔法使いだ、って」


 翠が、少し驚いた様子で中梛に尋ねた。中梛は、当然だ、とでもいうように頷いた。


「魔法使いってことも捨て子だってことも隠して芸能活動してるだろ。もし捨て子で魔法使いの俺と顔がよく似ていることに気づく人がいたら、翠もそうだって簡単にバレる。俺の人生なんてどうなったって構わねえが、それにお前を巻き込むのは違うだろ。だから、黙ってた」


「……そっか」


 中梛の言葉に目を瞬かせた後、翠は穏やかに微笑んだ。


「ありがとう。ずっと守ってくれて」


 中梛は「別にたいしたことじゃねえ」と顔を背けた。そして、改めて柚たちの方に向き直った。


「お前らが『司者』だとかその関係者だとか明かしていく中で、今まで自分も魔力を持ってるんだって言わなかったのはそれが理由だ。黙っていて悪かった」


「謝ることじゃないよ。気にするな」

「そうそう。そもそも言わないといけないルールなんてないんだし」


 勝元と天瀬が明るくそう言った。柚もまた、大きく頷いて同意した。



 これで、今まで分からなかった中梛の事情が明らかになった。


 集められた十人の参加者。


 魔法と関わりのある人が集められているのだと思っていたけれど、まさかその中に、人間とは違う世界を生きる存在である、本物の魔法使いが存在していたとは。

 そしてそこに、光咲翠も加わってくるとは。


 散りばめられた点と点が繋がれていく感覚。相関図に新たな情報が書き足されていく様を見ているようだった。


 次第に強く、鮮明になっていく結びつき。だんだんと囲われていくような気がして、どこかゾッとする状況だった。



 今、柚はどのくらいまでを知っているのだろうか。

 まだ、どのくらいのものが隠れているのだろうか。



 笑い合う魔法使いの双子の姉妹を眺めながら、柚はそう思った。

お待ちいただいている方々、ありがとうございます。

更新が止まっている間も見てくださる方がいらっしゃるようで、とても嬉しいです。

また時間は空く可能性はありますが、投稿は続けていきますのでよろしくお願いします。

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