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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第7章 家族

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    対面③

「つまり中梛は、光咲翠が昔会った女の子だから会いたいんじゃなくて」


 眉間にしわを寄せながら、勝元は改めて確認する。


「自分と瓜二つの容姿を持っているから会いたかったってことか?」

「ああ」


 性別を明かし、軽く事情を話した中梛は頷いた。当然だ、というようなその顔に、勝元は眉間を押さえて息を吐いた。


「ダメだ。何か色々追いついてない」


 それは柚もそうだった。衝撃の事実に、まだ理解が追いついていなかった。



 中梛紫。


 ずっと男子だと思っていた彼が、実は女子で。

 そしてその幼少期の姿は、光咲翠と瓜二つだった、なんて。



 驚きなんてものではない。四月からの四か月間で自分が見て感じていたもの全てを、ひっくり返されて粉々に壊されたようなものだった。



 そうなると、翠とのことについては、そもそも前提から違っていたのだ。


 中梛と翠が昔出会っていた、というのも、写真を見た柚たちが勝手に言っていただけに過ぎなくて、本人の口から聞いたことではない。柚たちが翠と中梛だと思っていたあの写真の二人は、実際は中梛と見知らぬ少年、ということだった。


 それならば、翠が中梛を覚えていないのも当然だ。だって二人は、元から出会っていなかったのだから。



 砕かれた今までの認識と現実が、違う形に再構成されていく。元の形に収まっていく。その様子を見守りながら、その正しい認識を飲み下そうと、柚は画策する。



 中梛は、翠とそっくりの女子だった。


 全く気づかなかったけれど、それは柚が鈍感だったからかもしれない。今まで中梛と接してきた中に、気づくためのヒントがあったかもしれない。そう思い、これまでの中梛との思い出を反芻する。



「……」


 いや、さすがに無理だ。


 記憶の中の中梛は、どの場面を切り取っても、義理堅く曲がったところのない、誰よりもメンタルがイケメンでフィジカルが強めの不良男子だった。



「え、だって、お前、じゃあ、だって――え?」


 皆が困惑する中、誰よりも混乱している様子の櫟依が頭を抱える。


「てことは俺ずっと女子とあの距離感で話してたってこと?」

「めっちゃピュアなこと言うじゃん。束縛強めの彼女いるのに」

「え、俺、束縛強めの彼女いるの?」


 天瀬の言葉に目を白黒させる櫟依。かなり混乱している様子だった。


 櫟依と中梛は、バイトでは二人で組むことが多かったし、普段からも仲が良かった印象がある。だから、櫟依の驚きが他の人より強いのも当然だった。



 自分よりも取り乱している櫟依を見て、皆冷静さを取り戻してきた様子だった。ある程度落ち着いた空気の中、勝元が皆を見回して口を開いた。


「中梛の性別に気付いてたのは、凪沙と桜草樹さん、天瀬と藍代か」


 名前を呼ばれた四人が頷く。四人も気付いていた人がいたなんて、それも柚にとっては驚きだった。


「ま、オレも気付いたのはホント最近だけどね。気付いたのは性別だけで、翠ちゃんと似てるってとこまでは気づかなかったし」


 天瀬がのんびりとした声で言った。


「意外だね。天瀬くん、よく周りのこと見てるから、とっくに気付いてるんだと思ってた」

「それ褒めてくれてる? うれしーな」


 これまで藍代と並んで静かに部屋の隅に立っていた凪沙の久しぶりの発言に、天瀬はニコリと笑った。


「ムラサキは今までずっとノーマークだったの。凪沙センパイみたいな、みんなの雰囲気変えちゃうような中心人物には様子をよく見て媚びを売った方が上手くいくじゃん。でも、ムラサキには別にそういうのはいらないかなって思ってたから」


「……天瀬くん、最近ちょっと気が緩んできてるんじゃない?」


 あまりにも明け透けな天瀬に、凪沙の片眉がピクリと動いた。


「それで、ノーマークだった中梛くんを最近気にするようになったのは?」

「あ、いやそれは……」


 分かりやすく口ごもる天瀬。その反応に、澄ました顔の凪沙は満足げだった。どうやら天瀬は、凪沙に弱みを握られているらしい。



 他に気付いていたという人は、一華と藍代だったか。柚は、隣の席に顔を向けた。


「一華ちゃん、よく気付いたね」

「護衛をお願いして、ご一緒することが多かったですから、自然と」


 一華は落ち着いた声で答えた。


「それに、『家』の部屋や『道』の並び、会社での机の位置も裏付けになりました。男女別の五十音順に並んでいると言われている中、中梛さんの位置は、どれも女子の先頭でしたから」


「確かに……」


 皆の感心した声が揃う。それらの中梛の位置については、初めの頃に疑問に思わなかったわけではないけれど、特に深く考えることもなくそのままになっていた。



「回収されたままになっていますが、初めに渡された名簿にも、中梛さんの名前は女子の先頭に書かれていましたから、もしかして、とは思っていました。ただ、私も初めは、名簿を作る際に名前の読み方を間違えていて、その間違った名簿をもとに様々なものを配置したせいで、間違った場所に組み込まれてしまったのだろうと考えていましたが」



 そういえば、と柚は思い出す。

 プロジェクト二日目に景山から渡された名簿。確か、中梛の書かれている位置が違う、と指摘したところ、景山が社長に対する文句を言いながらその紙を回収していったのだった。一華もあの名簿を目にしていたのか。


 彼女の言う通り、あのときは、間違えて中梛の『中』を『なか』と読んでしまったのだろうと思っていた。そして、それが全てに適応されているのだとも。まさか、間違いだと思っていたそれが正しかったとは。



「そう思うと、気づくための要素は初めからちゃんとあったんだね」


 創がしみじみと言った。穂乃も頷く。


「完全に、中梛さんは男性だと思い込んでいました」

「そうだろうな。俺もそういうふうに振る舞ってたから、無理もねえよ」


 中梛本人も、それに同調した。


「お前らが俺のこと男だと思ってるってことは知ってた。訂正する必要もねえかと思ってそのままにしてたけど、驚かせちまったな。悪かった」


 一同を見回して、中梛ははっきりと謝罪の言葉を口にした。


「ただ、訂正しなかったってだけで、別に隠してるわけじゃねえよ。学校にも女子として通ってる。まあ、制服は男子のだし、学校は名簿が男女で分かれてねえから、そっちでも俺を男子だと思ってるやつは大勢いると思うけどな」


 なるほどそんな感じか、と柚は思う。男子のように振る舞っていたのも、男子だと勘違いされるのも、中梛にとっては日常らしかった。



「それで、中梛くん自身は、自分についてどうありたいと思ってるの?」


 単刀直入に、凪沙が尋ねた。


「私たちにはどう接してほしい?」


「俺の場合、性別については別に気にしてねえんだ。男になりたいってわけでもねえ。ただ、自分が納得できる一番強い姿を目指したら今の形になったってだけだ」


 中梛は、いつもの中梛らしく、さっぱりとそう答えた。一片の迷いも強がりもない真っ直ぐなその言葉からは、誰に何と言われようと傷つかないような確固たる強さが感じられた。


「だから、俺については今まで通りでも構わねえし、気になるなら変えてくれてもいい。呼び方も接し方も、お前らにとって一番しっくりくる形にすればいい。あんま気にすんな」



「そっかー。じゃあ今まで通りでいっか」


 あっさりと、天瀬がそう言った。その気楽さに、中梛が呆れた目を向ける。


「お前くらい軽いと逆にこっちが驚くって」

「そう? ちゃんとムラサキにも媚び売った方がいい?」

「いや、普通にキメェからやめろ」


 顔をしかめる中梛を見て、天瀬は楽しそうに笑う。天瀬の柔軟であっけらかんとした性格は、やはり純粋に尊敬できた。


「それなら俺も、天瀬に倣ってあんまり気にしないことにするよ。よろしくな、中梛」

「僕もそうする。でも、何か嫌なことがあったら教えてね」


 勝元と創もそう言った。中梛は「ああ」と頷いた。



「ほら、タカシもそんな気にしないでいいって」


 天瀬が、ずっと俯いたままでいる櫟依の肩をポンと叩いた。

 櫟依の肩がピクリと震える。彼は、天瀬から逃げるように顔を背けて、「あ、いや……」とつぶやいた。


 そんな彼に、中梛は「櫟依」と呼びかけた。その呼びかけにも、櫟依は黙ったままだった。


 そこで初めて、中梛の顔に影が差した。後悔のような感情が滲む表情。しかしすぐに、その表情は消えていった。



 元通り、何も気にしていないような堂々とした様子で、中梛は櫟依の正面に移動した。そして、「悪かった」と頭を下げた。


「悪かった、騙すようなことになって。俺が気にしなかったとしても、お前は気にするよな。無理を言ってるのは分かってる。気になるなら離れてくれていい」

「いや、中梛は悪くないよ、別に」


 ちらりと、櫟依は中梛を見る。申し訳なさそうな顔をすると、彼はまたすぐに顔を背けるように伏せた。


「ごめん、普通にまだびっくりしてるだけ。俺の問題っていうか、その、多分一日くらい置いたら大丈夫になると思う。もうちょっと待って」


「……そうか」


 静かに、中梛は言った。


「ありがとよ、櫟依」

「……うん」


 小さく、櫟依も答えた。



 これに関しては、感じ方や考え方も、選ぶ答えも、人それぞれなのだろう。天瀬たちのように簡単に受け入れるのも、櫟依のように躊躇うのも、どちらも間違いじゃないはずだ。


 そして、正直なところ柚もまた、どう接すればいいのか答えが出せないでいた。急なこと過ぎて、やはりまだ追い付いていない。


 性別のこともあるから、男子だと思っていたときと完全に同じ、というわけにはいかない。けれど、これまでの中梛との接し方や距離感に無理はなかった。女子だから、という理由で、突然女子として接するのも違う気がした。


 どうすればいいのか。

 中梛にとっては、どうするのがいいのか。


 柚には、中梛がどうしてそう振る舞っているのか、その理由も真意も知らない。どれだけ思いを巡らせたところで、それは本人にしか分からない。


 けれど、中梛の話を聞く限り、今まで見ていた中梛の姿は、中梛がそうありたいと願った、中梛の一番納得できる姿だったのだ。その姿を見て、柚は中梛との接し方を決めてきた。それなら、今まで通り接するという選択も間違いではないはずだ。


 それなら、と柚は口を開いた。



「――あの」


 中梛の目が、ゆっくりと柚を捉える。揺るがないその真っ直ぐな瞳に、心が落ち着いていくのを感じた。


「私も、今まで通り、中梛くん、って呼んでもいい?」

「もちろんだ」


 躊躇いなく、中梛は頷く。その力強い答えを聞いて、柚は思う。



 彼は何も変わらない。中梛紫は、柚の知る中梛紫だった。



「これからもよろしくね、中梛くん」


 改めて、柚は言った。軽く微笑んで、中梛も「ああ」と答える。


「よろしくな、白葉」

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