07 レベルアップ
幼なじみのアクシオンと話したことで、バンプはまた少しだけ、前向きになれた気がした。
そしてこの絶望に立ち向かう決意を、さらに強くする。
――俺はなにもかも失ったかと思ったが、そうじゃなかった……。
俺にはまだ、多くのものがあるじゃねぇか……!
生命に、幼なじみに、そして、コイツ……!
それだけのものがあって、『希望』がないはずがねぇ……!
見てろよ……!
どんなことをしてでも、這い上がってやる……!
足掻いてやる……限界まで……!
この生命尽きるまで……足掻いて足掻いて、足掻きまくってやるっ……!
バンプは握りしめていた『ハイ・ポーション』を、ちぎれかけたポケットにしまうと、ゆらりと立ち上がる。
錆びたナイフが輝きとも呼べぬ鈍光を帯び、ボロ布のような上着の裾が風を受けて翻る。
それは、廃館した劇場の幕が再び開かれたような、蘇生の息吹を感じさせる光景であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日から、バンプの『Gランクテイマー』としての戦いが始まった。
まずは、戦いの場である『ゴブリンの森』を熟知する。
森のなかを走り回り、構造を頭と身体に叩き込んだ。
そうすることにより、地形に味方につけることを考えたのだ。
バンプはシルヴァーリーフ家の期待の星と言われていただけあって、身体能力は高い。
剣術も幼い頃からやらされていたので、腕の覚えも多少はある。
彼が身に付けていたのは王道の剣、悪く言えば『お坊ちゃん剣道』であった。
強力なモンスターと、多くの配下がいるという前提であれば、その正々堂々とした剣術は大いに役立ったであろう。
しかし単独での戦いとなると、途端に心許なくなる。
利用できるものはなんでも利用し、プライドも捨てなければ勝利はままならないのだ。
そのためバンプは、いままで身に付けた剣術を魔改造し、自分なりのオリジナルのものに変えていく。
空き地でひとり、標的に向かって石を投げる日々が続いた。
しかし全然当たっていなかったので、クラスメイトたちは馬鹿にする。
「あのゴミ野郎、ホームレスみたいな格好で、なにやってんだ?」
「錆びたナイフを手に、石を投げてるみたいだぞ」
「しかし下手くそだなぁ、いっこも当たってねぇぞ。あの距離なら俺でも百発百中だってのに」
「やっぱりアイツ、ただのゴミ野郎だったんだよ。アリンコがお似合いのヤツだったんだ」
「それに、全然当たってねぇのにやめねぇだなんて、とうとう頭までおかしくなったみたいだな」
まわりの嘲りをよそに、オリジナル剣術を完成させたバンプ。
その時すでに、入学から3ヶ月が経過していた。
あと3ヶ月でレベル9に達しなければ、強制退学となってしまう。
バンプの兄弟やアクシオンを始めとする、エリートとされていた新入生たちはすでにレベル7オーバー。
この時点でレベル5以下の者たちは、学園側より自主退学の勧告をされていた。
もちろんバンプもその勧告の対象となっていた。
なぜならばこの時、彼が倒していたモンスターは、3ヶ月前のゴブリン1匹のみ……!
しかしバンプは自主退学をしなかったので、まわりの者たちは、本当に頭がおかしくなったんだと思っていた。
バンプは、木を切るために与えられた6ヶ月という期間のうち、半分を斧を研ぐのに費やしていたのだ。
己の中にある、心の斧を……!
それはもはや、『斧』と呼べるものではなくなっていた。
寄らば斬る、触れば己すらも斬られるほどの、『魔剣』……!
その魔剣がついに、解き放たれる時がきた。
バンプは森の中で、5匹のゴブリンの群れを尾行していた。
彼のなかでは、すでに我が庭と化している空間。
不意打ちに最適な、藪の多い場所にさしかかると、
……ドスッ!
最後尾にいたゴブリンに忍び寄り、錆びたナイフを突きたてる。
気付いて一斉に振り向くゴブリンたちの、手近な者の喉元に、さらにナイフを押し込んだ。
悲鳴すらあげることなく、崩れ落ちる2匹のゴブリン。
バンプは残った3匹のゴブリンには手を出さず、背を向けて走り出す。
「ギャーーーーーツ!!」
ゴブリン特有の、耳障りな怒声が追いすがる。
しかしバンプは振り向かない。そして振り切ることもしない。
パルクールのように岩を乗り越え、倒木をくぐり、ゴブリンたちと一定の間合いを保ったまま走り続ける。
しばらくすると背後からの怒声が、「ギャッ、ギャアッ……!」と途切れがちになる。
そこでバンプは身体を反転させ、ゴブリンの元へと舞い戻る。
ゴブリンたちは足の速さがまちまちのため、一列になって追いかけてきていたのだが、距離が離れれば離れるほどのその差は如実となる。
先頭のゴブリンと後続のゴブリンは、かなりの距離が空いていた。
もはや完全に1対1。しかも相手は疲労困憊。
バンプは大ぶりの棍棒の一撃をひらりとかわし、カウンター気味に、無防備な首の側面にナイフを叩き込んだ。
残るは2匹。
ようやく追いついてきたゴブリンコンビ、バンプはそのうちの1匹に向かって、石を投げつけるう。
それは頭のスレスレをかすめていき、後逸してしまった。
「ギャッ! ギャッ! ギャッ!」っと、小馬鹿にするように飛びかかってくるゴブリン。
しかし次の瞬間、
「ギャアアアアアアアアアアーーーーーーーーツ!?!?」
突如顔を押え、もんどり打って倒れてしまう。
もう1匹のゴブリンが何事かと驚いているスキに、仕留めるバンプ。
残った1匹がなおも地面で悶絶しているところを、トドメの一撃。
動かなくなったゴブリンの目玉には、アリンコが食らいついていた。
そう。
バンプが投げた石は気をそらすためのオトリであり、同時に投げていたアリンコを密かに相手の顔に投げつけるのが目的だったのだ。
ゴブリンの頬に張り付いたアリンコは、こっそりと目元まで這いよっていく。
そしてタイミングを見計らって、目玉に向かって、大アゴを突きたてれば……。
回避不可能な『時間差目潰し』の完成……!
これは相手が単体に限定されるが、恐ろしい技であった。
なにせ、砂かけなどの通常の目潰しとは違い、ほぼ目視不可能。
顔に張り付かれても気付くことができないうえに、いつ襲いかかってくるかもわからない。
しかも、ただ砂が目に入るだけではなく、抉られてしまうのだ……!
ほとんどの生き物が弱点としている『目玉』を……!
アリンコのサポートと特訓の甲斐あってか、バンプは復帰戦にして、6匹のゴブリンの群れを苦もなく倒すことができた。
モンスターというのは短時間のうちに連続して倒すほど、多くの経験値がもらえる。
これを『連続殺傷』と呼ぶ。
パーティで戦っていても、狙うのは難しいとされている行為なのだが、バンプはそれを単独で達成。
しかもパーティだと山分けの経験値も、ソロだと独り占めできるので、この一戦だけでレベルアップしてしまった。
……パァァァァ……!
レベルアップの証である光が、バンプの身体を包んだ。
それは本来は、ホタルが放つような、ほのかな光のなのだが……。
バンプのそれは、目も開けていられないほどに、まばゆい輝きであった……!




